鬼神先生あしゅら   作:久木タカムラ

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第五目 『あーあ』

 上半身が素っ裸の女がいた。

 いや、眼前で叫ぶコレを女と呼んでいいものなのかどうか判断に迷うのだが、少なくとも天井に届きそうな巨体の上半分はホモサピエンスに酷似しているのだから、とりあえずひとまずは『女』と形容するとしよう。どうせすぐに忘れてしまうのだし。

 お前は不味そうだけど美味そうだと愉悦の籠った口調で喧しく叫び、人外じみた四足の下半身で廃屋の内部を破壊し尽くした変態女――はぐれ悪魔バイザー。

 ……バイチャーだったか? バザー?

 まあそれはどうでもいい。

 とにかくそのバイ何とかいう名前の素敵マッパは事もあろうに、よりもよって阿修羅を今日の夕餉と見定めてしまったらしい。この場にブレアが居合わせたなら、巻き込まれないようそそくさと退散するか合掌するかしたはずだ。

 正に不運という他ない。

 バイ何たらが駒王学園の生徒を巣である廃屋に誘い込まなければ、帰って来ない生徒の親が心配して学園に電話を掛けなければ――そして、その電話を残っていた阿修羅が取っていなければ。

 おそらくこのはぐれ悪魔は、ほんの少しだけ長く生きることができただろうに。

 

「……お前が何なのかは知らないが」

 

 まだ食われずに無事だった女子生徒を床に寝かせたまま、阿修羅は言う。内側から溢れ出る不快感を隠そうともせず、狂気の宿った仄暗い双眸で。

 

「せめて歯を磨くか黙るかすべきだったな。口から人肉の腐臭が漏れて気分が悪い」

 

 返事はない。

 できるはずもない。

 何故なら半裸の悪魔は、既に物言わぬ屍と化していたのだから。

 

「あーあ、怖かった」

 

 阿修羅の意のまま思うがままに、まるで二対の腕の如くうごめくロングマフラー。それぞれに血の滴る肉塊を――強引に捩り切られて四分割された『元』はぐれ悪魔の亡骸を握り締めている。

 彼女の死に顔に浮かぶ形容しようのない恐怖。

 自分など足元にも及ばない圧倒的捕食者に蹂躙された挙句、今まで食らってきた弱い人間たちと同じようになぶり殺しの末路を辿ったのだ。骨の髄、細胞の一片にまで染み渡った恐ろしさと狂気は彼女以外には――いや、おそらく彼女自身にも説明はできないだろう。

 言葉で表せる領域など既に逸脱している。

 

「……んがァ」

 

 天を仰いで大きく口を開き、澱んだ色の魂に舌を這わせる。

 心配する保護者に頼まれたから――なんて殊勝な理由で阿修羅が動く訳はない。彼の目的は最初から最後まで一貫して、この哀れなはぐれ悪魔の魂を食すことだった。

 人間のものとは異なる魂、一体どれだけ珍味なのか。

 甘いのか、それとも苦いのか。

 転生した一誠の魂を見た時から、人ならざる者たちの存在を知った時から、食らいたいという欲求だけが阿修羅の心を支配していた。

 しかしこの地は悪魔の支配するテリトリー。迂闊に魂を食い散らかせば、敵対し合う各勢力が攻撃的になるのは目に見えている。正体が露見する可能性は限りなく低いといえるものの、それが原因で種族間戦争でも起こされたら迷惑も甚だしい。

 なので阿修羅はじっと機会を窺い続けた。不確定要素に怯えながら、死角に身を潜めて獲物を狙う獣のように、群れから外れた『はぐれ』が現れるのを。

 ようやく、ようやくだ。

 待ちに待った至福の一時。

 もちゃりもちゃりと時間をかけて魂を飲み込んだ――その直後に上空高くからおびただしい数の紫電が降り注ぎ、廃屋ごと阿修羅を吹き飛ばした。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「あら、あらあらあら、ウフフフフフ――」

「もっとやりなさい朱乃ー、弾幕薄いわよー」

 

 何なんだコレは、と兵藤一誠は全身に冷や汗を浮かべながら、目の前で繰り広げられている光景をただ呆然と見守り続けた。見続けるしかなかった。それ以外にどうしろというのか。

 自分の人生は波乱万丈の一言に尽きるものだった。

 高校生になって初めて彼女ができたかと思えばその彼女から殺されるし、夢だったのかと安堵した矢先にはぐれ悪魔と間違えられて再び殺されそうになり、助けに来てくれた紅い髪のお姉様が朝起きたら一緒に寝てて実は悪魔で自分も悪魔になっちゃっていて何だそりゃの雨あられ。

 うん、全くもって意味不明だ。

 案内されたオカルト研究部ではリアスの眷属だというメンバーを紹介され、憎きイケメンもロリ猫マスコットも黒髪ポニテのお姉様も実はみんな悪魔でしたわあステキなファンタジー展開。おまけにあのガールフレンドは貴方を殺すために現れた堕天使だったのよ(ドギャーン!!)と衝撃的カミングアウト。

 まあ、百歩譲ってそれはいい――いやよくないのだけども。

 

「……なあ木場くんよ」

「……何かな兵藤くん」

「はぐれ悪魔を討伐する時って、いつもこんな感じなのか?」

「…………うん、だいだいはこんな感じだね」

「……今日はちょっと控えめ」

「肝が据わってるんだなぁ小猫ちゃんは」

 

 簡易召喚用の胡散臭いチラシ配りから始まり、初めてのご指名は魔力が足りなくて自転車でのお宅訪問。はっちゃけ公務員と一晩中ドラグ・ソボールについて語り合ったりゴスロリの漢女に『魔法少女にしてほしいにょ』と頼まれたり、あれってホントに悪魔の仕事だったのでしょうか?

 契約は取れなかったけどアンケートでは大好評とかどう解釈しろというのか。

 

「こんだけ派手にやったら人が集まるよな」

「悪魔の力のおかげで仕事中は認識されないし、今回は一応念のために人払いの結界も張ってあるんだよ。……じゃなかったら今頃僕らの周りは野次馬だらけだろうね」

「討伐ってより発破解体工事だもんな」

 

 いいことも、あるにはあった。

 女子部員は全員が掛け値なしの美少女だしオパーイも大きいしチパーイもあるし、先日だって天使のような金髪美少女シスターとお近づきになれた。極上女子エンカウント率がこれでもかと大幅に上昇したのだから、悪魔になってよかったと少なからず思う。

 しかし、だがしかし。

 ポニテ副部長が雷の雨をぶっ放す様を見せつけられるとは思わなかった。普通は思わねーよ。

 廃屋なんか屋根も壁も吹き飛んで焦土と化しちゃってるし。

 

「あのー、部長? そろそろ朱乃さんを止めた方がいいんじゃ……?」

「甘いわよイッセー。主の制御から外れた悪魔は何をするかわからないの。それにね、これは私の尊敬する人の台詞なのだけど――」

 

 そこで一度区切り、リアスは廃屋から視線を外してこちらを見た。

 雷光に照らされたその顔は悪魔的な美貌に満ち、迫力に気圧された一誠はゴクリと生唾を飲む。

 

「――『先手必殺』って素敵な言葉だと思わない?」

「台無しですよ部長」

 

 要は『相手が気付く前に不意打ちしちゃえ』ってことじゃねーか。

 それでいいのか人として。

 

「だって悪魔だもの」

「心を読まないでください! ってか誰ですかそんな物騒な戦法吹き込んだの!?」

「阿修羅先生よ」

「だろうと思いましたよ!!」

 

 叫ぶ一誠を尻目に、リアスは至極真面目な顔で言う。

 

「参考になるかと思って阿修羅先生の意見も聞いてみたのよ。先生は最後までチェスの話だと勘違いしてたけど、まあレーティング・ゲームも似たようなものだから別にいいわよね。とにかく私は先生にこう尋ねたの――『ゲームで対戦相手に必ず勝つにはどうしたらいいでしょうか』って。そうしたら……」

「……どう、なったんですか?」

「『ゲームが始まる前に相手を再起不能にすればいい』と言われたわ」

「教師のクセに何言ってんだあの人!?」

「その時私の目から鱗が落ちたの!」

「他にも色んな物を落っことしちゃってますよね!? 常識とかフェアプレーの精神とか!」

「勝負の世界に情けなど無用なのよイッセー!」

「部長しっかりして!?」

 

 とか何とか夫婦漫才をやっている間も、ドSトリガーハッピーの雷は降り続けた。

 バリバリバリバリバリバリと。

 はぐれ悪魔バイサーは既に滅び、無防備な女子生徒を守る阿修羅が代わりに酷い目に遭っているとも知らずに。

 

「ウフフ、ウフフ、ウフふふフフふフ♪」

「木場先輩、フルハウスです」

「ごめんね、ロイヤルストレートフラッシュだよ」

「っ!?」

 

 仕事をしろお前ら。

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