鬼神先生あしゅら   作:久木タカムラ

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第七目 『誰だそれ』

「ぎぃあああああぁぁぁあああぁあああああぁぁぁあぁぁあっっ!!!」

 

 聞くだけで気が狂いそうなる悲鳴。

 呼応するのは無造作に漂う魂の群れ。

 神器だと思い込んでいるグレモリーたちは深く考えず知る由もないが、これらの魂はバイサーによって惨殺された犠牲者の成れの果てであった。

 哀れな末路を辿ったはぐれ悪魔は、血肉こそ食らえど魂には微塵も興味を示さなかった。ゆえに食い残しともいえる魂魄は成仏できず――救いの手もないまま廃屋を彷徨い続けていたのだ。

 だが、それは悪魔と人間の事情。

 どんな理由や経緯があろうと、有象無象の命がどれだけ犠牲になろうと、阿修羅にとっては腹を満たすだけの代物に過ぎない。

 

「――くァ」

 

 呼吸に合わせて吸い込まれていく魂。

 傍目には神器を食らっているとしか思えない光景を、グレモリーたちはどういう風に見ているのだろうか。魂感知で精神の揺らぎ具合を覗いてみると、人間を止めさせられてまだ日の浅い兵藤はともかく、残りの面々は盛大に勘違いしているようだった。

 何にしてもコイツらの相手は面倒だ、と阿修羅はわずかに肩を竦める。

 まさか跡形もなく消し飛ばす訳にもいかない――まったくどうしたものやら。いっそ正体バラして開き直って夜遊びを見つけた教師っぽく説教でもしてやろうか。

 

「なんか……スゴくやる気なさそうなんですけど」

「気を抜かないでイッセー。油断させて隙を突く気かも知れないわ」

「違う違う――ってダルそうに首振ってますよ?」

「…………じゃあそうなのかも!」

「いや、もうちょっと疑いましょうよ」

 

 実を言えば。

 雷をぶち当てられた時こそビビッて大きな悲鳴を上げてしまったが、特に怒りらしい怒りを阿修羅は抱いてはいなかった。攻撃そのものや降り注ぐガレキ自体は簡単に防げたし、神の身体を持つ自分一人だけならばあの程度、そもそも防御する必要すらないのだから。せいぜい、まだ飛べもしないコウモリの赤子に噛まれたとでも思えばいい。

 気を抜くと忘れそうになる女生徒を仕方なく守るため――これ以上の余計な犠牲を出さず、責任から逃れて安息を手に入れるための最小限の苦労だ。

 後始末を押し付けるのに丁度いい奴らも来たことだし、腹もそれなりに膨れた。

 

「っ、やっぱり逃げるつもり!? 祐斗、小猫、あいつを止めなさい!」

「はい!」

「……逃がしません」

 

 踵を返して立ち去ろうとする阿修羅の背に、グレモリーの若干焦ったような声が刺さった。同時に強くも弱々しい波長の魂が二つ、緩急の差をつけた挟み撃ちの軌道で背後から迫る。

 なるほど、それなりに場数を踏んでいるだけあってチームワークは抜群らしい。

 

「祐斗の役割は『騎士』。その特性はスピード。そして小猫は『戦車』。ばかげた攻撃力と防御力が売りなの。あの二人を同時に相手して逃げられた奴はいないわ!」

 

 新入りへのレクチャーも兼ねての台詞なのだろうが、

 

「部長、それは明らかにフラグです!」

 

 兵藤のツッコミが圧倒的な戦力差を一言で表す。

 常人には捉え切れない速度でこちらに吶喊を試みる木場だが、目視すら困難なスピードとはすなわち、ほんの少しでもバランスを崩せば制御できなくなるということ。転生悪魔だろうとF1マシンだろうと理屈は変わらない。マフラーの端で道筋をずらすように足先を狙えば――

 

「うわぁっ!?」

「ああっ、木場がコケた!」

 

 いとも容易く自滅する。

 木場より遅い塔城小猫の場合はもっと単純だ。

 小手先も物理学も必要ない。

 この猫又少女がいかに膂力に長けていようと、

 

「…………にゃー」

「しまった、小猫まで捕まっちゃったわ! ちょっと予想通りだったけど!」

「ヒデェ!?」

 

 小学生と見紛う矮躯に相応の四肢。

 根本的に、阿修羅と小猫では手足(リーチ)の長さが違い過ぎる。

 服を後ろから掴んで吊り上げてしまえば、彼女はもう何もできない。岩盤をぶち抜く大砲の如き拳も蹴りも、的に当てられなければ意味を成さないのだ。

 阿修羅の眼前でブラブラと揺れる小猫ストラップ。

 

「にゃぁ……屈辱です」

「あらあら、本当にネコさんみたいですわねぇ」

「くっ、人質を取るなんて卑怯よ! 今すぐ小猫を解放しなさい!」

「と言いつつ鼻血がスゴイですよ部長?」

「……だって可愛いんだもん!」

「認めますよ、そりゃ俺だって認めますよ? 今の小猫ちゃんメチャクチャ可愛いですよ? でももう少しクラッシュした木場のことも心配しましょうって! ほら見て、あいつ勢いつけ過ぎて地面に突き刺さってるんですけど!?」

 

 そろそろいい加減に帰りたくなってきた。

 いきなり夫婦漫才を始めたグレモリーたちにジト目を送る小猫だが、阿修羅はそんな彼女を静かに地面に下ろし、未だにめり込んだままの木場と気絶している女生徒を無言で指差す。

 元はと言えばそっちの仕事なのだから何とかしてほしい。

 予想外の要求に訝しげな表情の小猫だったが、どうにか阿修羅の言いたいことを察してくれたらしく――逆らって反撃しても無意味だと理解してくれたらしく、役立たず二名を両脇に抱えて主の下にぴょこぴょこと戻っていった。

 ウチの駄猫もあれだけ素直なら良かったのに、としみじみ思う。

 ともあれ、今夜はこれで幕引きだ。

 もう、何をするのも面倒くさい。

 

「ま、待ちなさい! あなたにはまだ聞きたいことが――」

 

 しかし、グレモリーの言葉は続かない。

 ほんの一瞬の狂気解放。

 町一つを楽に飲み込む、圧し潰されそうな魂の波長によって、口を利くことはおろか意識を保つのもままならなくなったからだ。空間もろとも骨が軋み、彼女たちは一人残らずカエルのように地べたに這い蹲ってしまう。

 ほら、夜遊びするとロクなことにならない。

 また一つお利口になって良かったじゃないか。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「このバカ猫っ、重いから降りろ!」

「私がバカならブレアは大バカにゃ! それに体重だってそっちの方が重いわよ!」

「だって私の方がアンタよりオッパイ大きいもーん! その分重いんだもーん!」

「言ったなこのぉ!」

 

 精神的に疲れた阿修羅が帰宅すると、狭い部屋の真ん中で近所迷惑も考えずキャットファイトを催す駄猫二匹が騒々しく出迎えた。

 何だこれは。何なんだこれは。

 いやまあ、顔を合わせる度に喧嘩してるし、深い理由なんぞありはしないのだろうが。

 右に左にゴロゴロゴロゴロ――彼女たちが転げ暴れる度にホコリが舞って床が鳴る。たとえ衣服がはだけて兵藤ご執心の母性の塊がぼろんっと零れようと、たとえドアの前で阿修羅が額に手を当てて呆れていようと関係ない。相手の頬を引っ張り、引っ掻き、くんずほぐれつのピンク色な試合を繰り広げる。

 夫婦喧嘩は犬も食わないというが、猫の喧嘩は鬼神すら食わない。

 

「……よくも飽きずに喧嘩ができるな、お前たち」

「あっ、阿修羅オカエリ――いひゃひゃひゃ!?」

「ふん、ザマみろにゃブレア」

「お前もだ駄猫その二」

「みぎゃー!?」

 

 とりあえずブレアの傷だらけの頬を抓んで引き伸ばし、もう一匹のバカ猫――ボロボロの黒歌にも手加減した鬼神チョップを食らわせる。

 阿修羅に飼われているブレアとは異なり、猫又であると同時にSSランクのはぐれ悪魔でもある黒歌は、気が向いた時にふらりと現れる野良猫の立場にあった。主殺しの指名手配を受けている彼女にとって、狂気ジャミングによって各勢力の目から逃れられるこの部屋は数少ないセーフハウスのようなものなのだろう。

 頬と頭を押さえて涙目な美女猫二人に、阿修羅は冷めた口調で言う。

 

「お前たちもケダモノだし発情するなとは言わんが、鬱陶しいから外でやってこい」

「ケ、ケダモノっ!? そ、それは誤解にゃ阿修羅!」

「そうにゃそうにゃ! 確かにそろそろその時期だけど、誰が好き好んでこんな変な帽子被ってるバカ猫なんかと! ってか鬱陶しいって何気にヒドくないかにゃ!?」

「はいはいオヤスミオヤスミ」

 

 ものすごく聞き流してさっさと特製の『繭』に包まる。

 どうでもいいから寝かせてほしい。

 飼っているペットがケダモノだろうと発情期だろうと同性愛者だろうと、そんな些細な問題より明日の職員会議の方が阿修羅には何倍も重要だった。

 

「微塵も聞く気なし!?」

「というか白音の匂いがするんだけど、こんな時間まであの子と何してたのにゃ!?」

 

 ………………誰だそれ。




 あと二話くらいでレイナーレをこてんぱんにして第一章が終わりに……なるんでしょうか?
原作小説すら読まずWikiと他の作者様の作品だけでここまで来ましたけど、やはりアニメだけ でも見るべきでしょうか。
 設定や矛盾などがあれば遠慮なくアドバイスいただけるとありがたいです。
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