……何か月ぶりでしょうか。
こちらは気まぐれ更新なので、次はいつになるやら…
気長に待っていてくださると有り難いです…
第九目 『いらん』
他人との接触を嫌う阿修羅だが、寝ている時に干渉されるのを特に嫌う性格だった。
寝込みとはすなわち最も油断している状態であり、最強のビビリなこの鬼神にとっては束の間の安息であると同時に何よりも恐ろしい一時でもあるのだった――飼っている駄猫二匹が艶めかしい美女の姿になって潜り込もうものなら、洗濯機に閉じ込めてそのままスイッチを押すほどに。
そんな経緯もあってか、阿修羅が本気で寝入っている時はブレアも黒歌も大人しく、日課である喧嘩さえ、声や物音を立てないよう細心の注意を払いながら行うほどに静謐を保っていた。
だが当然、この暗黙の了解と破った場合の恐ろしさを知っているのは、オシオキを受ける二匹とたまに出入りする不良神父くらいで――眠っている阿修羅、などというある意味で非日常の極みに近い状況において、何も知らない者が正解を選べる可能性は限りなく低いと言えた。
そしてそれはリアス・グレモリーも例外ではない。
「せんせぇ……」
とある夜更け。
不快、と言うほどでもないが、重みを感じて目が覚めた阿修羅。
平時ならば、古ぼけた天井が見えるはず――しかし視界は馬乗りになったリアス・グレモリーに占領されていた。
制服の胸元はすでに肌蹴ていて、下着と豊満な乳房の谷間がわずかに見える。その顔は紅潮して冷静さは感じられず、これでは夢魔か、発情期を迎えた獣の方がまだ理性的だろう。
教師と生徒の、一夜の関係。
なるほど確かに、規律などまるでない、狂気にも似たものを孕んでいて好ましいが――
「…………教育的指導」
「むぎゃん!?」
仮にも神の肉体を持つ阿修羅。
たかが少女に夜這いをかけられた程度でどうにかなるほど(精神的に)若くはないし、そもそも阿修羅にとって、人間も悪魔も天使も――神話で語られる今世の神々さえ、養鶏場で肥え太る鶏と同レベルの価値観しかない。
それでもかろうじて殺意を抑え、蚊でも潰すように両頬に張り手するだけに留めたのは、単純にグレモリーが顔見知りで教え子だったから。でなければ、彼女以上の美貌を持つ女だったとしても肉塊と化して周囲に散乱していただろう。
◆ ◆ ◆
とりあえずグレモリーに着衣を促して床に正座させた。
「うぅ、ほっぺ痛い……お茶漬け美味しい……」
先ほどとは別の意味で頬を赤くさせたまま、ぶぶ漬けを啜るグレモリー。
不法侵入した挙句眠りを邪魔したのにそれだけで済ませた上、訳あって夕飯も食べていないと言うからわざわざ夜食まで振る舞ってやったのだ。むしろ五体投地で誠心誠意感謝して欲しい。
食べながらグレモリーは阿修羅に事の経緯を説明した。
信じられないと思いますけど……と前置きした上で、自分が悪魔である事、兵藤を含めた眷属の事、チラシを配ってお得意様――もとい、契約者を獲得しようとしている事、ついでに、親が決めた婚約者と結婚させられそうになっている事も。
とは言え、悪魔社会の趨勢やお家事情などに興味ないし、分かり切っている事を今更重大な秘密みたいに教えられても正直反応に困る。『クジラさんはお魚さんじゃないんだよー?』と得意満面の小学生に説明されたようなものだ。
「……事情は大体わかった。しかしなグレモリー、俺は、お前を喚ぶためのそのチラシとやらを使った覚えなどまるでないんだが?」
「って言われても……」
何故こんな状況になったのかは――グレモリーの背後、押し入れに隠れてこちらを覗いている馬鹿猫二匹を締め上げれば分かるだろう。件のチラシらしい紙切れも、くしゃくしゃに丸められた状態で押し入れの前に転がっているし。
「まあ来ちまったものは仕方ない。仕方ないが……その後が問題だな。俺が寝てたなら大人しく帰れば良かっただんだ。なのにお前は淫行を始めようとしていた」
「いい淫行っ!?」
「じゃあ、もっと簡潔に交尾か。少子化対策のつもりなら相手は俺じゃなく、それこそ今言った婚約者か、兵藤か木場にでも迫ればいいだろう」
「でも私、イッセー達と同じくらい阿修羅先生も好きだし、お呼ばれして丁度良いかなって……」
安っぽい言い回しだが、それはLOVEとLIKEの履き違いだ。
(交尾なんてダメにゃー!)
(にゃー!)
おっかなびっくり傍観していた駄猫二匹も過敏に反応し、前足で×の字を作って猛反対する。もちろんグレモリーは気付いていない。
それにしてもこのお嬢様、成績は上位のクセに思考が阿呆である。
廃教会での一件が初対面だったブレア曰く『あの赤毛の子、たぶんアホだにゃん』だとか。第一印象、言動の端々、必須条件らしい『アホ毛』とやらも生えているし役満との事。
花も恥じらう女子高校生リアス・グレモリー、阿修羅さんちの淫獣にアホの子認定される。
教師として嘆けばいいのか、いつものように嘲り眺めればいいのか。
「…………勝手に決められた相手に初めてを奪われるくらいなら、好きな人にあげたいと思うのはいけない事でしょうか?」
「知るか。少なくとも俺はいらん」
一方通行の好意で差し出されるものなど迷惑極まりない。
犬猫に擦り寄られて足蹴にする人間は少ないだろう。だが、その畜生に子を成す目的で襲われたとして、歓迎する人間がどれだけいるのか。
阿修羅の拒絶の根源はそれだ。
「俺は教師で、お前は生徒。俺達の関係などただそれだけだ。進路相談くらいなら受け付けてやるが、恋愛なんて面倒なものを持ち込むんじゃない」
「あう……」
「それ食ったらさっさと帰るんだな」
突き放すように言ってみたが、グレモリーは存外傷付いた風には見えない。
ぶぶ漬けの残りをもしゃもしゃと幸せそうに頬張る様子は、本当に何と言うか、捨て猫でも拾ってきた気分になる。これだから弱い奴らは厄介で恐ろしいんだ。
◆ ◆ ◆
転移魔法で帰ったグレモリーを見送った後。
阿修羅は無言を貫いたまま、天岩戸状態と化した押し入れを、半ば力づくでこじ開けた。
「にゃあ!?」
「ふみ゙ゃ!」
古事記では裸踊りをして中にいる神を誘い出したが、阿修羅がそんな事をするはずもなく、むしろ転がり出て来た馬鹿猫達の方がよっぽど裸に近い格好をしていた。
「……言い残す事は?」
「問答無用で死刑宣告にゃ!?」
「ちょっ、ちょっとしたお茶目だにゃん! おもしろそーなチラシが手に入ったから、阿修羅んトコで使ったらどーなるかなーっと…………思った次第でございまして……ま、真顔が怖いにゃ」
二人の首根っこを引っ掴んで強制的に猫に戻し、洗濯機にぶち込んだ。
ピッ、ピッ、と洗濯コースを設定するボタンの音が、中の二人にとっては電気椅子に電流を流すためのブザーに聞こえているだろう。
『じ、慈悲を! 阿修羅お慈悲をにゃー!』
『もうしないからー!』
仮にも仙術に長ける悪魔と九つの魂を持つ魔法猫だ。
これくらいやっても目を回して足元がふらつく程度だろう。
「安心しろ――ちゃんと脱水と乾燥までしてやる」
『『拷問フルコースにゃああああっ!?』』
スイッチオン。
『ふにゃあああっ!?』『ほにゃあああっ!?』と叫びを上げながら、余計な事をしてくれた二匹は毛並みがフカフカになるまで蹂躙され尽くされるのだった。