-先輩、起きて下さいよ先輩-
(う、うーん、むにゃ・・・本田、か?)
「先輩ってば!もうすぐパドックですよ、起きて下さい!!」
「ん~、なんだ?ああ寝てたのか。夕べ呑み過ぎたんだったか。」
そう言ってふぁ~あ、と欠伸をするワシ、両津勘吉。そう確か夕べは非番で、佃島の
爺さんのとこで競馬の話しながら一升瓶を煽りまくっていたんだったな。
首を振り、伸びを収めてふぅ、と息をつく。ん、パドック?
「ブッ!!」
思わず噴き出した。目の前にいるのは確かに後輩で白バイ隊員の本田なのだが、何故か
アイドルかなんかの女の子のコスプレをして立っていたのだから。
「がははははっ!なんだ本田ソレはっ!」
これは面白い。なにしろレオタードに近いぴちぴちのカラフルなコスに身を包み、
頭に付けたリボンがまた可愛げを醸し出している。元々バイクに乗っていない時は
なよっとした所があるコイツにこのコスが不思議に似合っているのだから。
カラカラと笑うワシに本田は「?」という顔を見せている・・・なんだ?ウケを取るために
コスしている割にはリアクションが無いな。
「・・・ホンダ、って誰です?ボクですよ、ゴタンダオー。」
「何ぃ?」
そのコスプレの名前か?にしても可愛げのない名前じゃないか。うん?どこかで・・・
「やれやれ、本番を前に寝てるなんて先輩らしいですね。」
「もう!シンボリーちゃん、ダービーくらい真面目にやったらいいのに。」
後ろからひょっこり顔を出したのは後輩の中川と麗子・・・ってお前らもコスプレかよ!
麗子は恥ずかしげもなくぴっちぴちのレオタードだ、まぁこいつはいつもこんなんだが
問題は中川の方だ、ビキニパンツに何故か女物のスポーツブラを胸に巻いてやがる、
中に布か何かを入れてるのか、ちゃんと女性の胸っぽいシルエットを浮かび上がらせているし。
一言でいえばやたら美人だ、中身を知らなければ女と疑わないほどに。だがなぁ・・・
「中川・・・お前、警察官としてそれでいいのか?」
思わずジト目で返す。確かにコイツには色男イジリで色々と恥ずかしい格好をさせた
覚えがある、だがそんな時はいかにも嫌々やってたのだが、なんだその堂々とした態度は。
「ナカガワ?何言ってるんですかシンボリー先輩。ほら僕です、メグロヒカリですよ。」
「寝ぼけてるの?まさか私の名前まで忘れて無いでしょうねシンボリーちゃん。」
一体何の冗談だ?コスプレにしても本田も中川もその恥ずかしい格好で堂々としてるし
そもそも何のアニメのコスプレだよ・・・名前からして可愛げが無い・・・ん、あれ?
ゴタンダオー、メグロヒカリ、そして麗子の胸にあるゼッケンに書かれている名前、
オーサキヤマテ・・・思い出した!ワシが昔贔屓にしていた馬の名前じゃないか!!
するとここは・・・競走馬を擬人化した漫画か何かのコスプレ会場?
そう思って周囲を見回す。確かにそこかしこに薄着の美女や美少女たちが、知っている
競走馬の名前が書かれたゼッケンを身につけている。ナリタブライアンにオグリキャップ、
ゴールドシップにミスターシービー、果てはハルウララの名前まである。
しかもご丁寧にみんな馬の耳とシッポを付けてやがる、牡馬も牝馬もなくみんな女だし、
その中に溶け込めば中川も本田も女に見えてしまう・・・股間も締まっているし、
ドコにしまってるんだあいつら。
「ん?」
そこで気が付いた。ワシの頭にもちゃっかり馬の耳が乗っかっていて、ケツの上に
シッポが揺れている事に。
「なんだ?ワシもいつの間にかコスプレしてたのか・・・そういや麗子の奴ワシをシンボリーとか
言ってたな。という事は、伝説の名馬シンボリルドルフがワシか!
「がはははは、悪くないな。」
美女に囲まれているのもいいが、警視庁の生き馬と言われるこのワシに相応しいじゃないか。
ということはワシも見た目は美女になっているのか?
「おっ!鏡があるじゃないか。どれどれ・・・」
意気揚々と鏡に向かう。本田や中川の三流馬名で見た目があれなら名馬のワシはさぞかし
見目麗しい姿になっているにちがいない!
「ぶふぅっ!!!」
鏡に映った自分の姿を見て盛大に噴き出した。それも無理もない、鏡に映っていたのは
他ならぬワシ、”両津勘吉”そのままの姿だったのだから!
しかも服装は周囲の女どもと同じピチピチレオタード、腕毛や脛毛も未処理のままだし
レオタードが食い込んだ股間はしっかりと男の膨らみが自己主張してる・・・
これではまるで海パン刑事や変態刑事の面々そのままじゃねぇか!!
「ちょっと待て!なんでワシだけ素なんだよ!!」
思わず鏡に映った自分を怒鳴る。周囲は皆美女だというのにワシだけコレでは完全に
見せ物か罰ゲームじゃねぇか!名馬シンボリルドルフを馬鹿にしてんの・・・か?
「ドンケツ・・・シンボリー?」
鏡に映ったゼッケン名を呆然として読み上げる。なんだこのパチモン臭い名前は!
・・・いや、この馬の名は覚えている。かつて狂い咲き逃げと囁かれた逃げ馬。ワシが一点で
突っ込んで惨敗して以来聞かなくなった、やたら腹立たしかった馬の名前。
なんかの呪いなのか?これ。
「こらっ!
聞き覚えのあるトーンの怒鳴り声に思わず前進が硬直する、ワシにこの口調で
怒鳴りつける人物など一人しかいない・・・だが今は助かった、同じ中年のおっさんがいた!
「部長!いたんですか、いやぁ助かっ・・・た・・・」
絶望の顔をしているのが自分でもわかる。目の前にいたのはお馴染みの大原部長ではなく
黒髪長身モデル体型の凛とした女性なのだから。
「全く、ダービーくらいシャキッとせんか!我がトレセン学園カメアリ支部の恥を晒すな!」
怒鳴り方はまんま部長だ。しかし目の前の美女はむしろどこかの西部劇の賞金稼ぎのほうが
似合ってそうな・・・確かブ〇ック・ティ〇ーだったか?にそっくりな気が。
「え、えーと、部長、ですよ・・・ね。」
引きつった顔のまま指差して尋ねる、せっかくお仲間が出来たと思ったらこの見た目だ、
部長であって欲しいような、あってほしくないような・・・
「何を言っとる!キサマの上司の顔を忘れたか、ハイシチズンに決まってるだろう。
ほら、もうパドックだ、行くぞ!」
言うなりワシの耳を引っ掴んで出口のドアまで引きずっていく
「あ痛たたた、耳がちぎれる千切れるーーー!」
ああ間違いない、これ間違いなく大原部長だ。
「いたたたた・・・パドックってことは、これから走るのか?」
未だ痛む耳を押さえながら思わずこぼす。てっきりコスプレだけかと思いきや、実際に
競馬のように走るとは、なかなかこだわったイベントだな。
「当たり前じゃない、まだ寝ぼけてるの?」
後ろに並んでいる
美女たちがドアの外に出るたびに歓声が聞こえてくる。
-続いて13番、ドンケツシンボリー-
ドアをくぐり小さな広場に出る。なるほど競馬のパドックを模した空間に先に出た女たちが
笑顔で周囲の観客に手を振っている、なかなか凝った演出・・・
「引っ込めー、オッサン馬ー!」
「キモいから出てくんなー」
「ウマ娘にウマ親父が混じるな!!」
ワシに向けて観客のヤジが容赦なく飛んでくる。なんとも腹立たしいが無理もない、
この美女集団にオッサンがレオタードで混じってたらそりゃワシだって怒るだろう、ここは
忍の一文字・・・
「帰れ、この変態ーっ!」
観客から罵声と同時に空き缶まで飛んでくる。
ガツン!
く わ っ !
上等だ!我慢にも限界がある!!
「今空き缶をぶつけたのはどいつだ!キサマか!?お前だな!!」
観客席に踊り込んで手当たり次第に胸倉を引っ掴んで犯人を捜す、ただでさえこんな理不尽な
恥をさらしているというのに、ここまでバカにされては黙ってられるか!
「こらぁっ!やめんか
「先輩、落ち着いて・・・これから出走ですよ!」
「走りで見返すのがウマ娘の身上ですよ、先輩!」
くそ!お前らはちゃんと女になってるからいいんじゃねぇか!!
見ていやがれ、このまま済ますと思うなよ・・・。
◇ ◇ ◇
-さぁ、各ウマ娘が続々とゲートイン。間もなくダービー発走の時間です-
ファンファーレが響き、発走委員が赤旗を振る。間もなくダービーのスタートだ。
「ここだ!!!」
ゲートが開くその直前、
そのまま勢いよく体重を前にかける、その瞬間にゲートオープン!
-カシャァッ-
「どりゃあぁぁぁぁっ!!!」
開いたゲート全体が、そのまま派手に前方に倒れ込んだ!
-どおぉぉぉぉ・・・ん!-
前代未聞、開いたゲートに反応してスタートを切ったウマ娘たちは、突如上から倒れて来た
ゲート上部に通せんぼをされる。中にはスタードダッシュが災いしてゲートに潰される者まで
出る始末。
全てのウマ娘は事態が呑み込めず、立ち込める砂煙の中、足を止める。
そんな中、一頭のウマ娘?が勢いよく抜け出していく。土煙を上げて、独特のサンダル音を
響かせながら・・・
「がはははは!ざまぁ見ろ!!これが
見事なスタートダッシュを決めたドンケツシンボリーが高笑いしながら猛然と
1コーナーに向かう。観客の罵声と怒りに燃えて追撃するウマ娘たちを尻目に・・・
-ドドドドドドドドドド-
逃げきれドンケツシンボリー。