信長を引退させた男。~本能寺うまぴょいの真実~ 作:はめるん用
天文十年、1541年。美濃の国にて。
明智家の若き当主・明智光秀は領主のひとりとして田畑を管理しつつウマ娘たちのトレーニングに励んでいた。
光秀は若くして才気に溢れた人物であったが、土岐頼芸からは疎まれていたという。というのも、叔父の明智光安の妹が頼芸の配下である斉藤利政(後の斎藤道三)に嫁いでいたからである。
頼芸に限らず名門と呼ばれる武家が身内贔屓をすることは珍しくないが、特に頼芸は疑心暗鬼が強いほうであった。後々の運命を思えば慧眼の至りには違いないが、光秀にしてみれば疑わしきで冷遇されていることに違いはない。
「──よし、休憩にしよう! 皆、なかなか持久力が身に付いてきたようだね。これなら訓練の内容をもう少し難しいものにしても大丈夫かもしれないな」
「えー、きびしいのはやだな~」
「ばか、せっかく光秀さまが鍛えてくれてるんだから、ぜいたく言うんじゃないよ」
「はいはいアンタたち、きゃーきゃー騒いでないでお水飲んできなさい。光秀さまも、日陰でお休みくださいね。当主さまに倒れられたらアタシたちも家臣の皆さんも困りますからね~」
「あぁ、わかっているとも。私も少し休ませてもらうとしよう。……ん? あれは」
「────光秀ッ!!」
「叔父上ッ!? どうなさったのですか、そのように息を切らせて。また博打で敗けて蕎麦の代金をウマ娘に土下座して恵んで貰ったことが叔母上にバレたのですか?」
「いや、アレはだな、つい熱くなって……そもそも賽の目があんなお前、連続で六が出るなんてお前普通は思わな──って、違うわッ! いいか、よく聞け光秀。頼芸様が追放されるかもしれんッ! 下克上だッ! 斉藤殿がついに事を起こしたのだッ!!」
戦国大名にとって、抱え込んでいるウマ娘の能力はそのまま国力に直結する。そして、土岐頼芸が贔屓にしている家臣たちが率いているウマ娘は決して弱くもないが……強くもなかったのだ。
レースの集客率こそ悲観するほど悪くはなかったが、戦国乱世においてはレースの結果こそが全てといっても過言ではない。国主の腑抜けた有り様に不満を持つ武将やウマ娘は多く、斎藤道三は彼ら彼女らを静かに取り込むことで力を蓄えていたのだ。
レースの開催を待つまでもない。道三配下のウマ娘たちは出身こそ市井の者ばかりだが叩き上げの強者揃いであり、誰もが勝利に餓えていた。ほどほどの結果に満足してぬるま湯に浸ることを良しとしていた頼芸たちに勝ち目などあるはずがない。
それでも忠義に従い土岐頼芸に付くか。
だからこそ強き新国主の斎藤道三に付くか。
明智家の当主として、家臣とウマ娘たちの未来のために。若き当主である光秀は重要な決断を迫られていた──。
「そうそう簡単に結論を出せるものではないが、お前も当主として「斉藤殿に仕えましょう」判断が早いなーもー。ワシの話ちゃんと聞いてた? これけっこうマジなヤツだよ? 下手打ったら一族郎党みんなヤバいんだよ? 明智ピンチになっちゃうんだよ?」
「落ち着いて下さい叔父上。若輩者ですが私とて明智家の当主、斉藤殿を選んだのは不忠者と呼ばれることを承知の上で利があると判断したからです」
斎藤道三は武家の生まれではない。路上で人参ジュース売りとして生計を立てていた身分からのしあがった男であった。故に頼芸と違い、身分の低い者たちとの交流も多く人望にも恵まれていた。
ならば、高い能力を持ちながら生まれを理由に出走できず悔しい思いをしているウマ娘が大勢いたことも把握しているだろう。ウマ娘たちが存分に走れることを第一に考えている光秀にしてみれば、この度の下克上は寧ろ好都合ですらあったのだ。
「斉藤殿が国主となることは、美濃の国の民にとっても願うところでしょう。しかし下克上というものに忌避感を抱くものは少数ではありませんし、どうしても人材不足に悩むことになるはず。ならば叔母上のことも含め、我々の扱いは決して悪くはならないかと」
「ふむ、たしかにお前のいう通りかもしれん。商人として築いた人脈もそうであるが、武家の生まれでないからこそ、様々な立場の視点を持つ斉藤殿であれば美濃の国を豊かにしてくれると期待したくもなる。よし! お前の考えはよくわかった! ならば善は急がねばならんな!」
「はい! 私はすぐに支度を済ませて斉藤殿、いえ斉藤様のもとに向かわねばなりません。申し訳ありませんが叔父上──」
「任せろ、ワシとてウマ娘の世話もできぬほど老い耄れてはおらん。だがまぁ、早目に吉報を持って帰ってこいよ。ウマ娘というものはどうにも心配性な者が多いからな、あまり帰りが遅くなると
「肝に銘じます。では」
────。
「光秀さま、いっちゃったねー」
「うん。まぁ心配することはない、光秀ならばきっと大丈夫だろう。当主になっても相変わらずウマ娘のことばかり大事なヤツだからな。きっと斉藤殿……じゃなかった、斉藤様もお気に召すだろう。さ、お前たちも訓練を再開するぞ」
『『は~い』』
「……ウマ娘のことが一番、か。武将としては、それは大変結構なことなのだがなぁ」
ウマ娘のために、そして一族のためになる決断を下すことに躊躇わないこと。それを頼もしく思い光秀が当主となることに賛成した。
しかし、後見人である叔父・明智光安の唯一の懸念材料は寧ろそこにあった。ウマ娘のことを思うが故に己を蔑ろにすることも厭わない性格が、いずれ光秀自身を蝕むのではないか……と。
◇◇◇
美濃の国の国主となった道三に正式にスカウトされた光秀は、武将として充実した日々を過ごしていた。
光秀が仕官を望んでいたように、ウマ娘を通して光秀の話を聞いていた道三もまた配下に誘えないものかと考えていた。まさに渡りに船とはこのことだろう。
光秀の才覚を見抜いていたのか、道三はトレーナーとしての知識や技能だけではなく、様々な教養なども彼に教えたという。人参ジュース売りとして苦労していたときの経験が、道三に人脈の価値とそれを成すためには多様な視点と経験が必要だと思い知らせたのだ。
だが、光秀にとって本当の転機となったのは道三に仕えてから数年後、聖徳寺での出来事である。
「……フフン。見るがいい光秀、婿殿の後ろをついて歩くウマ娘たちの姿を。見事に統一された勝負服は、まさに見事と言わねばならんだろうよ」
「噂には聞いておりましたが、あれが。ウイニングライブの在り方を大きく変えたというのは本当だったのですね」
「家臣どもは、余計なことをしてわざわざウマ娘が目立てなくなるようなことをした、やる気を削ぐようなマネをした
「逆でしょう。上位に入れずともライブに参加できることで、むしろ観客は推しウマ娘の出番が増えることを喜びます。そして、そんな観客の姿はウマ娘たちが今度こそ自分がライブの主役にならねばと奮起するかと」
統一された衣装を着てバックダンサーとしてステージに立つ。それを日本で初めて行ったのが織田信長であることはトレーナーであれば最低限の教養として身に付けていることだろう。だが、当時はまだ武将からの評価は賛否両論であり、織田家の中でさえ否定的な意見を持つ者も少なくなかった。
しかし聖徳寺の会見の際に、色とりどりでありながらも統率された集団としての美しさを持つ信長のウマ娘たちの様子を見た斉藤道三は「婿殿の行いを理解できないようであれば、いずれ美濃の国は織田家の門前にウマ娘たちを整列させることになるだろう」と高く評価したという。
「ところで、織田殿も徒歩で移動なさるのですね」
「まーそうなるじゃろうなぁ。だってウマ娘の御輿に乗るのワシだってヤダもん。そりゃウマ娘のパワーならヒト担ぐのなんて余裕だって知ってるけど、可愛い女の子にそんなことさせてるって絵面がな……かなりこう、気持ち的にな……」
余談だが、京都観光の名物である『ウマ力車』が発明されたのは、見た目がか弱いウマ娘を移動手段として活用することを嫌った京の公家たちが牛車を利用したさいに、ウマ娘たちが「私のほうが速いのに」と機嫌を損ねたのを何とか解決するために考案されたという説がある。
◇◇◇
聖徳寺の会見は斉藤道三が織田信長の器を見極めることが目的で行われたが、もうひとつ“織田家との同盟関係の強化”という意味も含まれたものであった。
そのとき斉藤道三はすでに隠居の身であり、当主の座は息子である斉藤義龍に譲られていた。しかし、ふたりは不仲である故に対立関係にあったとされ、義龍は道三が自分ではなく弟の誰かを当主に据えようと企んでいると疑い引退レースの準備をしていたのだ。
レースの開催は大きな収入が期待できるが、準備段階の出費も多く迂闊に開催すれば国力の低下を招く可能性もある。道三としては義龍に対する牽制を狙いたかったのだろう。
だが、事態は最悪の方向へと動いた。
「くっくっく……。俺様の動きを封じるために信長との関係を強めようとしたらしいがなぁ? その程度でこの義龍が止まるものかよッ! 戦国乱世にオヤジのような老い耄れの出番なんざねぇ! 残りの人生はオフクロとふたりで趣味の人参ジュース作りでもしながらのんびり暮らすのがお似合いなんだよォッ!!」
「そういや義龍様、道三様の作る人参ジュース大好きだよな」
「野菜が嫌いにならないよう工夫して食べさせてたらしいぞ」
「武将が人参嫌いじゃあウマ娘に示しもつかないもんなぁ」
戦国時代最大の親子対決、長良川の戦いの始まりである。
観客動員数はウイニングライブも含め二万を超える盛況となるも、すでに隠居している道三側としてレースに参加するウマ娘の数は少なく、光秀の担当ウマ娘を合わせてもフルゲートで4人ほどしか出走していなかった。
特に致命的だったのが、義龍がすでに引退後の道三のために人参ジュースの製造作業場の建設を進めていたことにある。美濃の国を盛り立ててくれた道三への恩返しと労いの意味合いも込めて奮闘する義龍側のウマ娘たちの活躍の前では、道三側のベテランウマ娘も次代へ想いを託すのも頃合いかと士気も低かったのだ。
「我が明智家は最後まで道三様に付く。今日まで重用して下さった御恩があるからな。担当のウマ娘たちには勝ち目の無いレースに挑ませることになってしまうが……どうか、私に力を貸して欲しい。道三様の最期を、可能な限り華やかなものにして差し上げたいのだ」
「しょうがないな~、光秀さまは」
「ま、道三さまにはアタシらも世話になってるしね。たまには負け戦も悪くないんじゃない?」
「フフ~ン♪ 後進たちがどの程度走れるのか、直接試してやろうじゃん!」
「あっはっは! よかったな光秀、ウマ娘たちから得られる理解というものは、一国一城よりも価値があるというものだ。お前が武将として、明智家当主としての役目を立派に果たしてくれていることは、後見人としても鼻が高いぞ」
「叔父上、私だけの力ではありませんよ。未熟者である私を支えてくれる優秀な家臣がいてこそのいまがあるのですから。皆、私はこれから道三様とレースに向けた最終確認に行ってくる。くれぐれも怪我にだけは気を付けてトレーニングに励んでくれ」
◇◇◇
「光秀よ。このレースが終わり次第、お前は美濃の国を出て諸国を巡り見聞を広めよ」
「諸国を、ですか?」
「そうだ。この道三もお前に出来る限りのことはしてやったつもりだが、ウマ娘どもを導くためには知識も経験もいくらあっても困らんからな。そして、見事一流の武将として更なる成長を遂げた暁には──婿殿の力になってやって欲しい」
「信長殿に……」
「婿殿は身分や肩書きにとらわれることなく、自由にウマ娘たちが走れる世を作らんとしている。だがその理想を実現するためには、この乱世の時代はあまりにも苛酷だからな。織田信長が戦っているのは大名や武将などではない。時代そのものを討ち果たさんとしているのだ」
「時代を変えるために……。わかりました。それほどの人物に仕えることができるのであれば、戦国乱世に生きる男としてはこれ以上のない誉れとなることでしょう」
長良川の戦いには信長も援軍に向かったが間に合わず、美濃の国に到着したときにはすでにウイニングライブが始まっていたという。
これは道三がわざと情報が尾張の国に流れないように動いたために初動が遅れたからとされている。信長はまだまだ大名として足場を固めなければならない時期にあり、レースの協賛のために資金や人材を動かせば大きな隙になると考えたのだろう。
斉藤道三が引退の後、明智光秀は西へと放浪し1度は越前の国の大名・朝倉義景に仕えることになる。
しかし、義景の優柔不断さと、なによりも五代続く名門でありながらウマ娘の能力を活かすだけの才覚を持ち合わせていなかったことから義景に仕えることに疑問を抱く日々が続く。
そしてそれは歪んだ形で義景へと伝わり(光秀の優秀さを妬んだ者による悪意か、あるいは危機感を覚えた家臣が道三のような下克上を警戒したのかは未だ結論が出ていない)光秀は土岐頼芸のときのように冷遇されてしまう。
彼が道三との約束を果たすことになるのは永禄十一年、1568年のとき。足利義秋(後に義昭に改名)の将軍就任のために動く細川藤孝の頼みを受けて、稲葉山城改め『岐阜城』へ向かうことになり──。
「明智光秀か。義父殿がなかなかの人物と認め、なによりも美濃のウマ娘たちからも信頼されているようだな。……いいねぇ、コイツは面白そうじゃねぇか。それがわざわざ向こうから面会に来てくれるたぁ、まさに“是非に及ばず”ってヤツだぜ」