転生失敗 ~異世界トラックに跳ねられたら全治三ヶ月で、しかも超美少女の婚約者が出来ました~   作:無神 タカト

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その1-0【今や遠き前日単】

「はぁっはぁつはぁっ・・・」

 

 和歌山県北部。奈良県との県境に位置する夜の山を、傷だらけの梶が息も絶え絶えになりながら走っていた。

 目指すは大坂。ただ絶対に奈良には入らぬよう、必死に必死に走っていた。

 その速度は、梶の後を考えない我武者羅さと、そんな状況下で滝のように魔力を込められ続けた【身体強化】の魔術により、時速百キロを軽く上回っていた。

 

「チッ・・・速いわね」

 

 そして、木々の枝を足場に梶の背後から追いすがる、揃いの黒い羽織を纏った青年と少女の二人組。

 

「こりゃ不味いな。今にも奈良に入りそうだ」

 

 梶とほぼ同じ速度で夜の山を駆けているというのに、二人の顔には一切の疲れが見えない。

 

「っつつ・・・」

 

「傷、大丈夫そうか?」

 

「ふんっ、なんてことはないわ」

 

 前を走る梶の名は梶。

 梶は先日起きたとあるテロ事件の重要参考人であり、今国内で指名手配されている人物だ。事件当日、事が明るみに出る前に事件現場の最寄りにある名古屋国際空港から飛行機に乗り、日本をたつ予定であった梶は、空港内で警官隊の待ち伏せに会い交戦、命からがら愛知から逃げ出した。その後、岐阜、滋賀、京都、三重と逃げ回り、各県で各県警、各国防軍支部の人間と交戦しながらもなんとか逃げおおせ、今日の昼頃この和歌山県へ入った。

 そして追手のレベルが急激に上がった。

 和歌山県の県境を跨いだ瞬間襲い掛かったのは、現在梶を追う少女と青年。

 幾度となく交戦を繰り返しながらここまで逃げおおせるだけの実力を持った梶すら、足元にも及ばない実力を持つ二人に対し、梶は自爆まがいの爆破術式を展開。

 少女の左手に深い傷を負わせることに成功し、爆発の混乱に乗じてその場から逃げ出した。

 

「奈良に入れるわけにはいかないわ。上からの命令は生け捕り。奈良の連中がそんな命令に従うことはないわ」

 

「あぁ、同感だ」

 

「それに、あの梶もそのことは分かってるみたいね。奴の次の目的地は確実に大阪。ここから大阪に向かうなら奈良を突っ切る方が確実に速い。けれど、今日一日何度も奈良に入るチャンスはあったはずなのに奴は頑なにそれをしようとしない」

 

 

「──────いやいやいや、俺ら嫌われ過ぎじゃない?」

 

 

「「!」」

 

 少女らと同じ目線、木の枝の上に少女らと同じ黒い羽織を纏った少年が、膝で頬杖をつきながら座っていた。

 目前まで迫っていたというのに、声を掛けられるまで気づけなかった。

 その事実が、少女と青年をさらに驚かせた。

 

「・・・まだここは和歌山のはずよ」

 

「あぁ、俺はまだ手を出してないぞ。足元を素通りさせただけだ」

 

「そう」

 

「けど、奈良まであと一キロもない。俺の出番は、もう直ぐかなぁ?」

 

「そうはさせないわ、絶対に。─────行くわよ!」

 

「は、はいっ」

 

「頑張ってねぇ~」

 

 この少女に見える女性は、青年よりも歳は高く、青年の上司のような存在だった。そんな上司から叱責された青年は、驚きながらも体を動かし、少年の呑気な声を背に再び走り出した。

 

「まさか、あいつが出てくるなんて・・・さてはじゃんけんで負けたのね」

 

「先輩、さっきのって?」

 

「私たちと同じ存在よ。処刑隊と呼ばれる奈良県支部のね」

 

「あ、あれが」

 

「あの子は普段めんどくさがって出てこないんだけれど、恐らくじゃんけんに負けたんでしょう」

 

「じゃ、じゃんけん?」

 

「奈良支部の出動順は、私たちみたいにローテ制じゃなくてじゃんけん制。その日誰が来るかは全く分からないわ」

 

「えぇー」

 

「でもそれはつまり、全員がどんな状況にも対応できるという自信の表れでもある。ただ、支部長か聖女でも出てきてくれればまだ生け捕りの可能性はあったんだけど、あいつだけはだめ。確実に殺すわ。だから、私たちで必ず梶を捕まえなければならない、わかったわね?」

 

「はい!」

 

 二人は【身体強化】に更に多くの魔力を流し込み、走る速度を上げた。

 

「はぁっはぁっはぁっ・・・追ってこない、撒けたのか?」

 

 背後から迫り来る気配が途切れたことで、梶は走る速度を緩め、息を整えた。

 

「────────って、そんなわけないか」

 

 自身への追跡がなくなる、そんなことがあり得ないことは梶自身が一番理解していた。

 

「奈良に入ったりは・・・うん、してないな」

 

 逃げる時にどうにか持ち出せた端末の一つで自身の居場所を確認し、奈良に入っていないことが分かってホッと息をつく。

 当初、端末は二つ持っていたが、一つは名義が梶自身だったこともあり、事件当日の夜には使えなくなっていた。

 どうやら、日本の警察機関は思った以上に優秀だったようだ。

 

「よし、入ってないな。このまま、なんとか大阪まで」

 

「────────そうはさせないわ」

 

「っ!」

 

 その声に振り返るよりも先に伏せたことが、梶の命を救った。

 背後にあった樹木がズタズタに切り裂かれ倒れる。

 梶は腰に差していた短剣型の魔術触媒、デバイスを抜き、構えた。背後から聞こえた声は女性の物で一つ、ならばもう一人青年がいたはずである。

 油断なく短剣を構えた梶は神経を研ぎ澄ませ、足元から伝わる不自然な振動に気づいた。

 

「下か!」

 

 飛びのくと同時に足元へ向け、【ファイアー・ボール】を放った。

 

「【電光】!」

 

 空中に飛び上がった梶目掛けて、少女が魔術を放った。

 雷速で迫るその攻撃を、梶は無理矢理体を捻ることで交わした。

 

「クソっ、【スモーク】!」

 

 無理な体制で着地したことにより、梶の足腰には鈍い痛みが奔る。それでも、捕まることはできないと、梶は魔術で周囲一帯を煙で包み込み、体を隠した。

 

「(クソっ!! あいつら急激にたたみかけてきやがった。殺す気か!? とにかく今は回復を・・・)」

 

「【凍土平原】」

 

 梶が回復魔術を発動しようとした瞬間、地についていた梶の足ごと周囲の全てが凍り付いた。

 

「(【凍土平原】だと!? あんな高燃費魔術をつかったってことは、ここで決めるつもりか!?)」

 

「いててて・・・」

 

「大丈夫? 顔面に火の球くらってなかった?」

 

「いえ、直前に防御の魔術で防ぎました。ただ衝撃は殺しきれなかったみたいで、復帰に時間がかかりました」

 

 そんな二人の会話が煙の向こうから梶の耳に届く。

 梶の渾身の反撃もむなしく、青年は無傷に等しいようだ。

 

「目標は?」

 

「たぶんこの中にいる。手ごたえはあったから」

 

「お、流石先輩ですね」

 

「うるさい。早く終わらせるよ」

 

 足音が近づいてくる。

 梶は決断を迫られる。足は凍り付き、動かせない。足の氷をどうにかしようと魔術を発動すれば、近づいてくる魔法使たちに補足されてしまう。だが、このまま座していても、必ず捕まってしまう。

 ならば・・・。

 

「【エアー・ボム】!」

 

「!?」

 

「っ! まじか!?」

 

 二人の魔法使へ向けて、自身を巻き込む形で魔術を放った。

 極限まで圧縮した空気を開放し、衝撃を巻き起こす中級魔術。二人は咄嗟に障壁を展開しその衝撃から身を守ったが、梶はもろにその衝撃をくらって吹き飛んだ。

 そう、梶の目論見通りに。

 衝撃により、梶の足を縛っていた氷は砕け、距離も取れた。もともと放っていた煙幕と、衝撃によって新たに生まれた土煙が、梶の行方をくらました。

 

「今のうちに、北西へ・・・」

 

 ここまでは梶の目論見通り。

 だが、ここからは違う。梶の足が向いた先は、目的の北西ではなく北東だった。だが、今の戦闘で端末を失ってしまった梶に、それを知るすべは存在しない。

 

「・・・やられたわ」

 

「先輩!?」

 

 少女の腕から地面に向けて、鮮血がしたたり落ちていく。

 防ぎきれなかった衝撃が、今朝の梶との戦闘で負傷していた左腕を直撃したのだ。

 今朝からスピード重視で、軽い応急処置だけで済ませていたことが裏目に出た。今の衝撃で閉じかけていた傷のほとんどが開き、更に裂傷を産んで傷を増大させていた。

 

「私はここでリタイアね。まぁ、もともと魔法使二人で戦闘任務っておかしかったのよ。私もあなたも、周りに人がいたら大規模魔術も魔法も使えないし、こんな怪我するし、散々だわ。目標は恐らく北西に向かったはず、行って」

 

「わかりました!」

 

 梶が北東へ向かったことを感知できず、全く見当違いの方へ走っていく青年の背中を見送った後、少女は無事だった右腕で左腕の傷を握りこみ、ゆっくりと魔術をかけて魔術で傷を塞いだ。

 

「ふぅ、止血はこれでよしっと・・・さて、この惨状。どうしようかしら?」

 

 視界いっぱいに広がる凍り付いた木々。

 もちろんこれは少女が使用した魔術、【凍土平原】によって引き起こされた惨状だ。

 いくら魔法使連盟には優秀な後処理部隊がいると言っても、これは少し不味い。少女自身の手ごたえとして、山の内部、芯まで凍らせてしまった感覚がある。

 

「はぁ~・・・」

 

 これから自身がすべき後片づけの大変さを思い浮かべて、少女は長い息を吐いた。

 

「・・・おかしい」

 

 軽い止血をしながら走り続けていた梶は、急激な違和感に襲われていた。

 何かが違う気がする。

 何かを間違えている気がする。

 何かが、何かがおかしい。

 そんな焦燥的な不安が梶の脳に纏わりつく。

 だが、止まることは出来なかった。

 梶にはわかっていた。今、もう一度魔法使と戦うような体力は自分には残されていないということを。

 だから走り続けた。死地へ向かって、振り向かずに。

 

「止まれ!」

 

「!?」

 

「【土蔵】!」

 

 自身が梶と違う方向へ来てしまったことに気づき、最速で切り返してきた青年が魔術を使う。周囲の土が盛り上がり、青年と梶をそのドーム状の土壁の中に閉じ込めた。

 

「【狐火】」

 

 紫色の炎が灯り、土壁の中を怪しく照らす。

 梶は焦りのあまりか逆に冷静になり、きっと古墳の中というのはこのような感じなのだろうな、などと場違いのことを思っていた。

 

「捕らえたぞ」

 

「・・・いや、まだだ」

 

 梶の服はボロボロに破け、出血だけはしていないものの体中の至る所に傷跡がうかがえる。

 もはや、戦える体ではない。

 だが、それでも梶は短剣を構えた。それは自身の実力への過信か、それとも国や魔術への恨みか、はたまた別のなにかか。それは分からない。分からないが、梶は戦う意志を示した。

 ならばと、青年も自身のデバイスを構える。

 状況は一触即発。

 

 ────────────キンッ

 

 そんな状況の2人の耳に、か細い金属音が聞こえた気がした。

 ガラガラと、梶側の背後にあった土壁が音を立てて崩れ去り、薄らと月明かりが差し込んだ。

 

「これは・・・」

 

「好機っ」

 

 土壁が崩れ、それを見た青年が一瞬固まった。その隙を、梶は見逃さなかった。

 一目散に外へ向かって走り出す。

 

「あっ、待て!!!」

 

 土壁を作り直していては間に合わない。

 それでも梶を逃がすまいと、梶の背中を目掛けて青年が魔術を放つ。

 梶は背後から迫るそれを間一髪で避けきり、土壁から抜け出た。

 

「クソっ!──────っ!?」

 

 梶を追って土壁から飛び出そうとした青年の鼻先を、鋭利な銀閃が掠めた。

 青年の左どなりには、いつの間にか左手に抜きみの刀を持った少年が立っていた。

 

「残念ですね」

 

「お前が邪魔をしなければ、確実に捕らえられた!」

 

「えぇ、でしょうね。けど、あの部分は越えてたから」

 

「なっ! まさか、この線の先は!?」

 

「そう。別県ですよ、これにて今回の件はあなた方の手を離れまさに別件となりましたとさ。お、上手いこと言ったな俺」

 

 少年がクルクルと刀を回し、刃が軌跡を描く。

 月明かりに照らされて、キラキラと輝くその刃に、青年は場違いに綺麗だと思った。

 

「任務失敗、か」

 

「ま、そっちへの報告はこっちからはないので、後で掲示板でも確認してくださいな。じゃ、そろそろ時間なのでこれで・・・」

 

 そう言って少年は走り出す。

 その速度は、今日この山で走り回っていた誰よりも速い。

 速く、速く、速く、まるで駆け抜ける一陣の風のように木々の間をすり抜ける。

 この速度ならば、先を走る手負いの梶に追いつくことなどとても容易い。

 その背中は直ぐに見えた。

 少年はさらに速度をあげる。

 梶を追い抜き、その前に立ちはだかる。

 言う言葉はもう決まっていた。

 

「──────ようこそ、奈良県へ。そしてさようなら」

 

 その言葉と共に、梶へ向かって刀を振り下ろした。

 人間が感知できる範囲の外から梶を袈裟斬りにしようと迫る刃。本来避けられるはずのない凶刃から、梶が今まで培ってきた全ての経験が避けさせた。

 

「・・・ほぅ?」

 

「ぐっ・・・・・・がぁあああああ!!!」

 

 ただし、梶の全てを持ってしても命を繋ぐこと、それしか出来なかった。

 梶の首スレスレを通り過ぎた刃は、その勢いのまま梶の左腕を肩口から切り落とした。

 溢れ出る血を抑えるためか、それとも左腕を落とされたと信じたくなかったのか、梶は左の肩を激しく掻き抱くように抑え、地に伏して野太い咆哮を上げた。

 

「まさか避けられるとは思わなかった。そこそこの速度での斬撃だったんだけどな、俺もまだまだ修行不足ということか・・・」

 

 少年が虚空に向けて刀を薙ぐと、その軌跡を鮮血が真紅に彩る。

 立てた刀に視線を這わせれば、その刃は持ち主である少年が思わずにやけてしまうほど綺麗だ。

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・半透明の、刃っ。お前は、劣等魔法使い!」

 

「おや、俺のこと知ってるのか。あ〜、そういえば魔術士協会幹部の国防軍関係者だ〜って資料に書いてあったな。じゃあ一応名乗っておくか」

 

 左手にあった刀を右手の鞘にしまい、大仰に手を広げる。その姿は、全身黒づくめということもあり、まるで深い闇の底を覗かされているようだった。

 

「魔法使連盟奈良支部所属。俗称、劣等魔法使い。無神 暁人。あぁ、覚える必要は無いよ。だって君、これから死ぬんだから」

 

 闇に一条の線が奔る。

 いや、それは線ではなかった。少年、暁人の代名詞とも言える彼の半透明の刀だ。

 彼の胸の前でゆっくり、ゆっくり引き抜かれていく。

 

「無神、だと・・・?」

 

「ん?────────あぁ。そう、あんたの考えている通りの、無神だ」

 

「無神!・・・無神!!・・・無神!!!お前の、お前らのせいで!!!!」

 

「うっわ出たよ。そんなこと俺に言われても困る。とーーい昔のご先祖様に言ってくれ~」

 

「うるさいうるさいうるさぁああああい!!うぉおおお!!!」

 

 その攻撃に構えはなかった。技術も、経験も、何もなかった。

 だが、梶の全てそれを超えた奇跡がまとわりついていた。

 

「マジか」

 

 少年の顔は、大きな驚きと小さな嬉しさで満たされた表情をだ。

 迫り来る不可視、不可避の攻撃から少年は自身の体を鞘で守った。

 パリンッ、と音がして鞘が砕けた。少年が握っていた根元以外、跡形もなく粉々に砕けた。

 

「あー、これは成田のおっさんにドヤされる。はぁ~、非常に残念だが、さっさと終わらせるか」

 

「お前を!殺してやる!!」

 

 左だけで我武者羅に少年に迫る梶、先程自分が何をしたのかは分からないが。だが再びそれをする事は容易いと、梶は感じ取っていた。

 もう一度、目の前の少年を殺すためだけに短剣を強く握り込む。

 

「うぉぉおおおおおおお────────────あ」

 

「ま、相手が悪かった、ってことでよろしく」

 

 いつの間にか、少年は梶の背後にたっていた。

 抜かれていたはずの刀は鞘に収まり、全てはもう後の祭り。

 斬り飛ばした首は、どこかへ転がって行ってしまった。探す必要も無いだろう。

 なぜなら、もう殺したのだから。

 

「おっ」

 

 雲が割れて月が顔を出す。

 優しい光が大地に注ぎ、全てを暖かく包み込む。

 

「月がよく見える。じゃあ、今日は良い夜ってことだな──────」

 

 誰かの願いで魔術が生まれ、誰かの策略で魔術が広まりはや数百年。

 大国は魔術の研究にのめり込み、小国はとにかく強い魔術士を求めた。

 当初の混沌は過ぎ去り、これは束の間の平穏の物語。

 誰かの掌の上での、偽りの物語だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小説家になろう」 にて、本編連載中。

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