「
平日の昼下がり。呼び出された支部長室で開口一番、香椎支部長から告げられたのは全くもって未知の存在だった。
「えぇ、その
「それ私じゃないとだめなんですか?」
正直、支部長からは怪しさが拭いきれてないし……と思いつつ放った発言はにんまりとした笑みで帰ってきた。
胡散臭い笑みに一歩退くと、心外とでも言わんばかりに机の上にアタッシュケースを取り出した。
「えっと……それは?」
「あなた、この間銃剣の購入申請してたじゃない?」
「ええ、しましたね……」
「これがそうなんだけど、少し特殊な物なのよねぇ……」
そう言いながらアタッシュケースのロックを外してふたを開ける。
中身は支部長にしか見えず、どんなものが入っているのかは察せられない。
猛烈に迫りくる嫌な予感を噛み潰して先を促す。
支部長は支部で一番高い椅子を軋ませながら鷹揚に話し始める。
「えぇ、これはこっちのお節介から貴方が気負う必要はないんだけれど……
入手にとっても、とおっても苦労したのよねぇ」
頬杖をついて窓の外を黄昏気味に見つめる横顔は、年下とは思えぬ艶美さを醸し出していた。
そのまま時間は経ち、ため息一つ。
「んじゃ、そういうわけだから。よろしくね」
くるりと振り返って満面の笑みを浮かべた支部長にアタッシュケースを差し出される。
つまるところ、押し負けてしまったのだった。
「詳しい説明はないんですか?」
「アタッシュケースの中にね」
どうやら、負け惜しみですら許されないようだった。
▼▲▼▲▼▲▼▲▼
アタッシュケースの中身は確かに銃剣と資料だった。
銃剣の方を取り出して見聞してみれば、特殊な物、というのはまるきり嘘ではないようだった。
随分と精緻な文様が刻まれた純銀製のようである。
なぜこんなものを渡してきたのだろうか。
小首を傾げながら同梱されていた鞘にしまって腰から掛ける。
いざとなれば白兵戦を行う事を考え、そういう訓練を行った方が良いのだろうか……?
同梱されていた資料によると、日本支部の訓練施設で行うようだ。
普段使用している武具を持ってくること、との事だったので愛用のボルトアクションライフルをケースに入れ、バイクを走らせた。
今から行けば、明日には着くだろうか?
翌日の昼過ぎ、呼ばれた訓練施設は殺風景で真っ白な空間だった。
そこに入った私を待ち構えていたのは一人の少女だ。
薔薇の眼帯に翡翠色の瞳、薄紅の髪に真っ黒なシルクハットとずいぶん特徴的な恰好をしている。
そんな少女に私は今、香椎支部長と同系統のうさん臭さを感じている。
「君が……
「そうだけど、貴方は?」
「ボクは
「林道さん、貴女が
「ノリ悪いなぁ…… ま、そうだよ。そろそろ外に出していいものが出来てきたからね。そのテスターになってほしくて」
ぶぅぶぅと口を尖らせる姿は少女そのものだ。しかし、何故私なのだろうか。
私の心を見抜いたように林道はカラカラと笑ってしゃべり始める。
「ま、君じゃなくてもいいんだけど、かといって君である理由がないじゃあなくってね」
「……つまり?」
独特の話し方に、この人が苦手であると確信を得つつ、先を促してみる。
正直、このタイプの人間はあまり得意ではない。
「君、そのコードネームにコンプレックスがあるでしょ」
血の気が引いていく感覚。背中に冷たい汗が流れ、口をぱくぱくと開閉することしか出来なくなってしまった。
「ありゃ、図星だった? まぁそんな名前で雷を操れないブラックドッグだとそうか」
「それだけなら、帰らせて、もらいます」
あぁ、情けない。区切るようにしか喋れない。
「あぁ! 待って待って! そうじゃなくて、雷に適性のあるブラックドッグで、尚且つ雷が使えない君だから目星をつけたんだから。
……ちょっと、そんな『え?本当に?』みたいな顔しないでってば……ま、現物見た方が早いよね」
そう言って彼女が取り出したのは、昨日と同じアタッシュケースだった。
開いて、中身をこちらに向ける。そこに入っていたのは左腕用の義手だった。
「義手……?」
「そ。UGNでは雷神の槌なんて呼ばれる遺産……とほぼ同じ性能を持つ子さ」
右手で触れて、その義手をなぞる。
「これ、私用の物と同じですね……?」
「勿論、今回のテスト結果次第ではそのまま君に使って貰おうと思ってたからね。こっちには腕のいい刀鍛冶もいるからさ」
正直、何をしてでも戦う力が欲しい現状、縋らない手立てはないのだが……
やはり、何かがある気がする。理性が疑えとそう叫んでいる。
「どうして、ここまでするんですか?」
「ん?ボクの為だよ~。やりたいことがあって、その為に必要でさ」
「なる……ほど……」
「あとまぁ、この実験に予算が降りてる理由だけど、上はどうやら、君を日本支部直属に置きたいらしい?」
先ほどとは別の理由で言葉に詰まる。
様々な支部に派遣されることはあれど、日本支部直属になる、N市を離れることなど考えてみてもいなかったのだ。
「私を?」
「うん、君を。ま、君レベルの人員を東京近郊に留めておくのは勿体ない……って判断なんだろうね」
「じゃあ、これを―――
「あぁ、この子を受け取っても日本支部直属になる事はないとだけ言っておこうか。あくまで実験は実験だからね。……どう?やらない?」
N市は離れがたいが、それ以上に私はこの誘惑に勝てそうにない。
そっと、深呼吸をして林道さんの瞳を見て口を開いた。
「やります。任せてください」
「そういうと思ってたよ」
その言葉と共に渡されたアタッシュケースは、想像通りの重みをしていた。
▼▲▼▲▼▲▼▲▼
自分用の義手を交換するのは慣れている。もう片方の腕が万全に動くのならばなおさらだ。
しかしまぁ、そうだと言ってくれれば専用の機材を持ってきたのに……と思いながら行っていた交換作業は問題なく終わった。
あれからというもの、準備があると言われて一旦横の小部屋に押し込められ、そこで義手を交換していた訳なのだが。そろそろいいのだろうか?
「林道さーん。準備終わりました」
返事がない。何かあったのだろうか?
再度の返事にも応答はない。念のため、愛銃を取り出し、腰に下げていた銃剣を取り付けておく。
深呼吸をひとつはさみ、何があっても大丈夫なように構えながら扉を開く。
その先には、今まさに燃え尽きんとする大都市が広がっていた。
「……は?」
「おや、驚いてくれたかな?」
少し離れたところにはキャンプで使うような机と、その前でこちらに振り向く林道さんがいた。
いたずらが成功したようににんまりと笑っている彼女は両手を広げて説明を始めた。
「いくつかの子たちと、オルクスやバロール、モルフェウスの力を借りた特殊訓練施設。これは……確か何年か前の事件を再現しているんだったかな?」
「事件を……ってことは解決しろと?」
「察しがよくて助かるよ。まぁ、さすがにその銃だけでってのは厳しいだろうからこっちからもいくつか提供するよ」
そういって指し示された風景に不釣り合いなテーブルの上には大小さまざまな火器が並べられ、すぐ横にはUGNで制作されたボディアーマーや、ハードコートなどが添えられている。
火器はざっと目を通しただけでも拳銃、PDW、狙撃銃、突撃銃、散弾銃と様々なものが並べられている。
「壊さなければ好き放題使っていいからね」
「じゃあ、ありがたく……」
そうつぶやくが早いか、並べられた武装に手を伸ばしていく。
ボディアーマーを着て、ハードコートをその上から被る。
腰に武装用のホルダーがいくつか取り付けられたベルトをつけ、そこに様々な火器を取り付けていく。
左手側の脇には拳銃を。腰に刀のように刺したのは散弾銃。背負ったのはPDW。散弾銃の反対側、右手側にはグレネードを複数個。
少し考えてグレネードの内もっとも背中側のそれをスタングレネードに置き換える。
万が一のお守りにはなるだろう。
背中側の腰には銃剣を取り外してホルスターごと備えておく。いざというときには抜く必要があるだろう。
しかし、準備を進めるにつれ、徐々に向けられる目線が変わっているような気がする。
「どうかしましたか?」
「んー。そんなにもって重くないの?」
「重いとか、考えたこともなかったですね。こうでもしないと、まともに戦えないので」
「そうかそうか。んじゃ、準備はできた?」
ざっと自分の体を見渡してから大丈夫だと答えようとして、ふと一つ足りないことに気が付く。
「ポリカーボネートの物で構わないので盾を一つお願いできますか?」
「おっけー。少し待っててね。」
随分と上機嫌になったなと思いながら、部屋を立ち去っていく姿を見送る。
ないのだから当然だが、左腕に違和感はない。物をつかんだり話したり、軽く銃を構えても誤差は無いように見える。しいていうなればおそらくは強度が下がっているだろうくらいか。
前までのように盾として扱うのは厳しいだろうと思うと、戦法もだいぶ変わるだろうか。
気付けば大通り横の建物の前にはいくつか的が設置されていた。
それを撃って状態確認をすること何回か。時間にして数10分ほどしてようやく林道さんは戻ってきた。
透明な盾を一つ抱えて歩いてきている。
「お待たせお待たせ。よいしょ、これでいいかな?」
「はい。ありがとうございます」
動きを阻害しないサイズの盾を持って多少構えを取ってみる。
…………うん。特に問題なさそうだ。
「いいねぇ、かっこいいじゃん。さぁて、今回はねー」
と林道さんは説明を始めた。
聞いた限りの概要はこうだ。
・この大通りの先にはジャームに占拠された施設が存在している。ここはその施設からあふれ出たジャームによってこんな風景へと変貌してしまった
・ジャームに占拠された施設の中心には、ジャームを操っている装置と、その装置の管理を行う者がいる事は事前の調査で判明して居る。
・他のUGNはこの周辺のジャームの制圧や一般人の救出作業にかかりきりで、施設に突入後には援護は期待できない。
・実際の事件では、私の立場は4人一組のチームだったそうだ。
「林道さん、いいですか?」
「いいよ、これ以降は答えられないからね」
「流石に私一人では無理だと思うんですけど」
「自分の腕を疑うのは結構だけど、うちの子は疑わないでほしいな。このくらいはできないと、遺産の名は冠せないよ。」
今までで一番真剣な瞳に射貫かれて、慌てて頷く。
それを見て満足そうにした林道さんが、声を張る。
「さぁーて!
どこからか、風が吹く。ハードコートがはためいている。
実験で、仮想訓練。だからといって手を抜くわけには行かないのだ―――!
視界にまっすぐ伸びるのはある地方都市の大通り。左右には燃え盛るビルに、UGN職員や一般の人の怒号や悲鳴。
まやかしだとしても、ここからまっすぐ先のあの施設。そこに乗り込み、解決するまでは終わらないのだ。
林道さんが何かを告げる。その言葉を満足に解することすらなく、私は大通りを駆けだした。