二つのコスモス~続・新世紀エヴァンゲリオン 第二部・夏のペンタグラム   作:VIA MEDIA

53 / 56
第五十二話・寸善尺魔

 ここはIBO本部参号機ドック。加持の提案により、中河原がやや俯き気味の姿勢で透視を行っている。

 

 五大が、口を開き、

 

「どうだ? 中河原、何か感じるか?」

 

「……うむ……、もう少し待て……」

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 加持、ミサト、冬月の三人は、それを無言のまま見守っていたが、ややあって、中河原が、

 

「……うむ。特に何かおかしな感じがある、と言う事はないな。しかしだ、他の3機と比較してみる必要があるだろう。案内してくれ」

 

 五大は頷き、

 

「わかった。行こう」

 

 それを受け、ミサトが、

 

「こちらです。どうぞ」

 

と、歩き始めた。

 

 +  +  +  +  +

 

第五十二話・寸善尺魔

 

 +  +  +  +  +

 

 こちらは市郊外の某「ホテル」。

 

「テグネタ・アボノディカ・エレパ・サロニア・ロシュタ・ベリアル・ベルセブレブ・ウーベシュ・ルーセフェディア・ボルス・アソナンス、テグネタ・アボノディカ・エレパ・サロニア・ロシュタ・ベリアル・ベルセブレブ・ウーベシュ・ルーセフェディア・ボルス・アソナンス………」

 

 祇園寺は祭壇の前で手を組み、ずっと呪文を唸り続けていた。壁際ではゲンドウとリツコがその様子を無言で見ており、ベッドには全裸のアダムとリリスが仰向けに横たわっている。

 

「テグネタ・アボノディカ・エレパ・サロニア・ロシュタ・ベリアル・ベルセブレブ・ウーベシュ・ルーセフェディア・ボルス・アソナンス!」

 

 突如祇園寺は語尾を上げて呪文を打ち切ると、両手を広げ、

 

「掛け巻くも綾に畏き原初の暗黒の神よ! 今宵ここに集う我等、御身に聖なる贖餐を捧げん! 願わくば御身の力と御心を以て、今ここに横たわりし原初のヒト、アダムとリリスを原初の暗黒に還元し、新たなる宇宙の原初とせしめん事を! アダムよ! リリスよ! 約束の時は来れり! 今こそ約束の時は来れり! 汝等二人、今ここに聖なる契りを結ばん事を!」

 

 祇園寺の叫びに呼応するかのようにアダムはゆっくりと上半身を起こし、相変わらず無表情なリリスの上に覆い被さって行った。

 

「リリスよ! 今こそアダムを受け入れよ!」

 

 リリスは瞑目した。アダムの顔がリリスの顔に接近し、唇が重なる。

 

「!……」

 

 リリスは少しビクっとしたが、そのままアダムに全てを委ねるかのように全身の力を抜いた。アダムの右手がリリスの白い胸に伸び、そう大きくはないが、形のよいふくらみをまさぐる。

 

「!……、あっ……、あっ……」

 

 リリスの息遣いが段々と荒くなる。祇園寺はその様子を見て北叟笑むと、再び、

 

「テグネタ・アボノディカ・エレパ・サロニア・ロシュタ・ベリアル・ベルセブレブ・ウーベシュ・ルーセフェディア・ボルス・アソナンス、テグネタ・アボノディカ・エレパ・サロニア・ロシュタ・ベリアル・ベルセブレブ・ウーベシュ・ルーセフェディア・ボルス・アソナンス……」

 

「……あっ、……あっ、……あっ……」

 

 リリスは軽い喘ぎ声を上げ、体を振るわせる。

 

「テグネタ・アボノディカ・エレパ・サロニア・ロシュタ・ベリアル・ベルセブレブ・ウーベシュ・ルーセフェディア・ボルス・アソナンス、テグネタ・アボノディカ・エレパ・サロニア・ロシュタ・ベリアル・ベルセブレブ・ウーベシュ・ルーセフェディア・ボルス・アソナンス……」

 

「……あっ、……あっ、……あっ……」

 

 キャンドルライトに微かに照らされた薄暗い部屋で、祇園寺の呪文とリリスの喘ぎ声がハーモニーを奏でた。そしてまるで伴奏のように軽い衣擦れの音が流れる。

 

「テグネタ・アボノディカ・エレパ・サロニア・ロシュタ・ベリアル・ベルセブレブ・ウーベシュ・ルーセフェディア・ボルス・アソナンス、テグネタ・アボノディカ・エレパ・サロニア・ロシュタ・ベリアル・ベルセブレブ・ウーベシュ・ルーセフェディア・ボルス・アソナンス……」

 

「……あっ、……あっ、……あっ……」

 

 やがてアダムはリリスの胸に添えた右手を離し、リリスの脚をそっと開いた。

 

「……ふふふ、どうかな。ここは……」

 

 アダムは苦笑しながら白く細い指をリリスの秘部に伸ばす。

 

「!!! ……あっ……」

 

「……ふふふ、……もう充分濡れているね。……行くよ……」

 

 アダムは開いたリリスの両足の間に体を割り込ませ、ゆっくりと体を沈めて行った。

 

「!!! ううっ!!……」

 

 リリスが軽いうめき声を上げた。アダムはリリスの背中に両腕を回すと、ゆっくりと腰を動かし始めた。

 

「ギシッ、ギシッ、ギシッ」

 

「……ううっ、……ああっ、……ううっ……」

 

「テグネタ・アボノディカ・エレパ・サロニア・ロシュタ・ベリアル・ベルセブレブ・ウーベシュ・ルーセフェディア・ボルス・アソナンス、テグネタ・アボノディカ・エレパ・サロニア・ロシュタ・ベリアル・ベルセブレブ・ウーベシュ・ルーセフェディア・ボルス・アソナンス、テグネタ・アボノディカ……」

 

 ベッドのスプリングが軽くきしむ音とリリスのうめき声、そして祇園寺の呪文が部屋に響く。

 

 +  +  +  +  +

 

 ……綾波さん……、レイ、好きだよ……

 

 ……うれしい……、わたしもよ、………渚くん、……ううん、カヲル……

 

 ……君が欲しい……

 

 ……いいわ、わたしもあなたのものになりたい……

 

 ……じゃ、いいね……

 

 ……うん……

 

 +  +  +  +  +

 

 IBO本部弐号機ケージでは弐号機の「霊的検査」が行われていた。

 

 弐号機を注視していた中河原が、大きく息を吐き、

 

「……五大、一通りの事は判ったぞ」

 

「そうか。で、どうなんだ?」

 

「うむ、それが……、言葉では上手く説明出来んのだが……。零号機から弐号機までの3機と参号機には大きな違いは感じないのだが、何か微妙な『温度差』のような物を感じるな……」

 

「『温度差』、だと?」

 

「そうだ。……詳しくは部屋の方で言う。とにかく戻ろう」

 

「わかった。……葛城君、加持君、行こうか。冬月先生もお願いしますよ」

 

「はい」

「はい」

「ああ」

 

 +  +  +  +  +

 

「うっ、ううっ、あっ、……はあっ、はあっ……」

「ああっ、ううっ、ああっ、……ああっ、……ああっ……」

 

 アダムは息遣いを荒げながら腰を動かし続けていた。リリスのうめき声も段々トーンが上がって来ている。

 

「テグネタ・アボノディカ・エレパ・サロニア・ロシュタ・ベリアル・ベルセブレブ・ウーベシュ・ルーセフェディア・ボルス・アソナンス、テグネタ・アボノディカ・エレパ・サロニア・ロシュタ・ベリアル・ベルセブレブ・ウーベシュ・ルーセフェディア・ボルス・アソナンス、テグネタ・アボノディカ……」

 

「…………」

「…………」

 

 壁際では何とも言えぬ表情のゲンドウとリツコがずっと「儀式」を見守っている。しかし、リツコの表情とゲンドウの表情とには微妙な「温度差」がある事、そしてそれが何故かと言う事を、その時のゲンドウは意識していなかった。

 

 +  +  +  +  +

 

 ……ああっ、……レイ……

 

 ……カヲル……、ううっ……

 

 +  +  +  +  +

 

「ううっ、ああっ、はあっ、はあっ……」

「ああっ、ああっ、ああっ……」

 

 アダムとリリスの「動き」は徐々に激しさを増して行き、そして……、

 

「ボルス・アソナンス!」

 

「ううっ!!!」

「くううううっ!!!」

 

 祇園寺の叫びと共に、痙攣したようにアダムは強くリリスを抱き締める。リリスもシーツをしっかり掴んでのけぞる。

 

 +  +  +  +  +

 

 ……ああっ! ううっ!…… ……くううっ!!……

 

 +  +  +  +  +

 

「……う、うーん……、はっ!!」

 

 レイは驚いてベッドから飛び起きた。

 

「夢!?……」

 

 +  +  +  +  +

 

「ううっ!! ………はっ!!」

 

 カヲルもベッドから飛び起きた。

 

「……なんだ。今の夢は……。あっ!!……」

 

 明らかに「下腹部」がおかしい。「異変」に気付いたカヲルは強い自己嫌悪に陥った。

 

「……最低だな……。パンツ、替えなきゃ……」

 

 やや俯き加減のまま呟くと、カヲルはおずおずとベッドから降りた。

 

 +  +  +  +  +

 

「……原初の暗黒の神よ、我等が願い、今こそ御身に届きたり。御身の大慈大悲に、我等今ここに心よりの帰依を誓う。願わくばその功徳を以て生きとし生けるもの全てに及ぼし、新たな混沌と秩序を生み出されん事を…………。アテエエエエエエ、マルクトゥゥゥゥゥ、ヴェ・ゲブラアアア、ヴェ・ゲドゥラアアア、ル・オラアアムウウ・エイメンンンンンンン……」

 

 祇園寺が満足げな表情で儀式を締め括った。ゲンドウが薄笑いを浮かべながら口を開き、

 

「アダムよ、リリスよ、全ては終わった。そして新しく始まる。起きて服を着ろ」

 

「ふふふ、……了解」

 

「……はい」

 

 アダムとリリスはベッドからゆっくりと起き上がる。

 

(……なんて事……。なんて事なの……)

 

 リツコは心に充満する嫌悪感を懸命に抑えていた。

 

 +  +  +  +  +

 

 IBO本部長室。

 

 一通りの話を聞いた後、五大が、中河原に、

 

「……するとだ、お前の言う『温度差』とは、『解脱の階梯の違い』のような物、と言う事か?」

 

「そうだ。それを上手く言い表す言葉が見付からなかったが、そう言われるとそんな感じだ」

 

 ここでミサトが、

 

「本部長、『解脱の階梯の違い』、とは、どう言う事なんです?」

 

「つまりだ、零号機から弐号機までの3機は、『悟りを開いている』と言う事だよ」

 

「悟り?」

 

 冬月が、頷き、

 

「『悟り』か、……成程な……」

 

 五大は続けて、

 

「うむ、理由はわからんがな、この3機は、中河原の見解では、例えて言えば、『性的エネルギーを昇華して霊的エネルギーに変えられる段階』にある、つまり、『暴走しにくくなった』と言う事だ」

 

 加持も、呟くように、

 

「暴走しにくくなった、と……」

 

「そうだ。もしかすると、『暴走しにくくなった』分、『二人分の意識を送り込まないと動かなくなった』、と言う事なのかも知れんな」

 

 五大の言葉に、冬月は、

 

「成程、それなら男女二人で動かしている、と言う現状とも辻褄が合うな。密教の金剛界と胎蔵界にも当てはまる、か……」

 

「そうですな。まあ、彼等の年齢を考えれば、こんな事を言うのは憚られますが、男女が一組になって生み出すエネルギーは非常に強いですからな」

 

 ミサトは、改めて、

 

「それで本部長、結論としては、とにかく参号機には現在の所『危険性』はない、と考えてよろしいのですね」

 

「そうだ。安定性では他機に劣るかも知れんが、とにかく危険と言う程の事はなかろう。……そうだな、中河原」

 

「うむ、そうだ」

 

 ミサトは頷いて、五大に、

 

「わかりました。しかしとにかく当面はバックアップとして使う、と言う方針は守ります」

 

「そうしてくれ。ではこの件はここまでとしよう。中河原には、お疲れの所を申し訳ないが、引き続き次の作業を頼む」

 

「わかった」

 

「では、部屋まで御案内致します」

 

と、ミサトが立ち上がる。中河原も一礼して立ち上がり、

 

「お願いします」

 

 +  +  +  +  +

 

 ゲンドウ達五人は「ホテル」の駐車場で車に乗り込んでいた。

 

「リツコ君、早くしろ」

 

「は、はい……」

 

「祇園寺、従業員の始末は大丈夫だな」

 

「ああ、全員『成仏』させてやったぞ。いずれ客か誰かが見つけるだろうが、その時点ではここも大混乱になっていて警察もそれどころではあるまい。わははははは」

 

「そうだな。では行くか」

 

 運転席のリツコが隣のゲンドウをチラリと見ながらキーをひねる。後部座席に陣取ったアダムとリリスは無言のままだ。

 

「では、行きます」

 

と、淡々と言うと、リツコは車を発進させた。

 

 車は「ホテル」の駐車場を出て、曲がりくねった深夜の山道を走る。暫くして、後部座席の祇園寺がニヤリと笑い、

 

「どうした。アダム、リリス、ずっと押し黙ってからに。……照れ臭いのかね。くくくくく」

 

「なに言ってんだい。祇園寺さん。今更照れても仕方ないだろ。ふふふふ」

 

「…………」

 

 アダムは苦笑したがリリスは相変わらず無言のままやや俯いている。祇園寺は続けて、

 

「……ふっ、そうだな。確かに今更照れても仕方ないな。わはははは。……ところでどうだ? お前達の『子供』の様子は? まあ、私の霊視では、もうそろそろ『性欲』が湧き上がって来る頃だと思うがな」

 

 アダムはやや真顔に戻り、

 

「そうだね。……僕の感覚でも、もうそろそろ我慢出来なくなるころだろうね」

 

 リリスは無表情のまま、

 

「……はい、……わたしにはよくわかりませんが、たぶんだいじょうぶでしょう。……でも、『遠いところ』のことですから……」

 

「わはははは、そうかそうか。まあ心配はしておらんがな。わはははは。……どうだ碇、順調だな。わはははは」

 

と、笑う祇園寺に、ゲンドウもニヤリと笑い、

 

「ふっ、そうだな。……では、大騒ぎになる前に『顔見せ』と洒落込んでやるか」

 

「おっ、そう来るか。うむ、それもまた一興だな。わはははは」

 

 二人の言葉に、訝しげな顔のリツコが、

 

「『顔見せ』……? 碇司令、どう言う事ですの?」

 

 しかしゲンドウは答えない。祇園寺は相変わらずニヤついているだけだ。

 

「……碇司令……」

 

 助手席のゲンドウは、再度のリツコの問いをも無視するように黙っていたが、やがて前を向いたまま口を開き、

 

「アダム、リリス……」

 

「なんだい」

「はい……」

 

「お前達に少々やって貰う事がある。朝になったら、シンジ達に顔を見せてやれ」

 

「!!! 碇司令! それは!」

 

 流石のリツコも驚き、一瞬ハンドルを切り損ねる所だった。

 

「リツコ君、君は黙って運転に集中しろ」

 

「……は、はい……」

 

「アダム、リリス、わかったな」

 

「……はい……」

 

「ふふ、わかったよ。シンジ君にまた会えるなんて、うれしいねえ♪ ……ふんふんふんふん♪ ふんふんふんふん♪ ふんふんふんふん、ふーんふふん♪ ……」

 

 アダムは「歓喜の歌」をハミングし始めたが、リリスは相変わらず黙ったままである。

 

(……碇司令……。一体何を考えてるの……)

 

 ハンドルを握りながら、リツコは気持ちがますます暗くなって行くのをどうする事も出来なかった。

 

 +  +  +  +  +

 

 IBO本部の一室に篭った中河原は座禅を組み、手に「持花印」を結んで般若菩薩のマントラを唱え続けている。

 

「オムディヒスリスルティヴィジャエスヴァハオムディヒスリスルティヴィジャエスヴァハオムディヒスリスルティヴィジャエスヴァハ……」

 

 マントラの響きが段々唸り声となり、やがて沈黙と化した頃、中河原の意識は心の奥深くに沈潜して行き、そして、

 

「! ……うむ!」

 

 中河原は、心に閃いた物を確認すべく、眼を開いてゆっくり立ち上がり、机に向かうと筮竹を手にした。

 

 +  +  +  +  +

 

 情報部。

 

 パソコンを操作していた服部が、

 

「加持部長、ドイツからメールが届きました」

 

「おっ、そうか。どれどれ。…………うーむ、これは!」

 

「あの四人は間違いなく『クロ』ですね。渚の配属日の改竄もこいつらの仕業と言う事が明らかになりました。やはり本部長の御推察通り、歴史の改変で彼は改造を免れたと言う事ですね」

 

「そうだな。早速手を打とう。どんな内容の理由でもいいからデッチ上げて身柄を押さえねばならんな」

 

トゥル トゥル トゥル

 

「はい、情報部服部です。…………はい、了解しました。すぐに参ります」

 

「どうした?」

 

「本部長から、すぐに本部長室に来るように、との御指示です」

 

「わかった。行こう」

 

 +  +  +  +  +

 

 総務部。

 

「………はい、了解しました」

 

 電話を受けていたレナが、受話器を置き、

 

「葛城部長」

 

「どうしたの?」

 

「本部長からの呼び出しです」

 

「わかったわ。行きましょ」

 

 +  +  +  +  +

 

(……どうして、あんな夢を……)

 

 レイは深刻な表情でベッドの上に座り、ずっと考え込んでいた。

 

 その時、

 

「!!! そうだわ! 前に変な夢を見たすぐ後に使徒が来たんだったわ!! もしかしたら!! ううん、そんなことない! あるはずがないわ! ……でも、もしそうだったら……」

 

 努めて冷静に考えようとはするものの、次々と湧き起こって来る不安にいても立ってもいられない気持ちになる。

 

「落ち着いて! 落ち着くのよ! ……そうだ! マントラを唱えてみたら……」

 

 レイは改めてベッドに仰向けに横たわり、毛布を掛けると大きく深呼吸をして手を組むと、

 

「オーム・アヴァラハカッ!」

 

( □ ○ △ ∪ ∩ □ ○ △ ∪ ∩ □ ○ △ ∪ ∩ □ ○ △ ∪ ∩ ………)

 

 +  +  +  +  +

 

 カヲルもベッドの上に寝転び、天井を見ながら考えていた。

 

(……なんで、あんな夢を見たんだ。……なんで僕が綾波さんと……)

 

 さっきの夢はカヲルにとってもショックな出来事だった。いくら少しずつ好きになって来たとは言うものの、レイに対してそんな気持ちを直接持っていると言う意識は全くない。それだけに、自分がレイに対して心の奥底ではこんな気持ちを持っているのだろうか、と考えると、自己嫌悪がふつふつと湧き起こって来る。

 

「……僕は、綾波さんをそんな風に思っているのかな……」

 

 +  +  +  +  +

 

 IBO本部長室。

 

 中河原からの説明を聞いた後、加持が、

 

「……と、言う事はですね。市の東北部郊外、ちょうど仙石原の方面に連中が潜んでいる、と?」

 

 中河原は頷き、

 

「そうです。念のために易も立ててみましたが、『艮為山』の三爻変、モロに東北ですよ」

 

 五大が苦笑して、

 

「艮の方角、か……。『鬼門』とはな……」

 

 冬月も、

 

「全くだな。シャレにもならんよ」

 

 ここでミサトが、

 

「で、方角はわかりましたが、どのような場所に?」

 

と、訊いたのへ、中河原は、

 

「そこは常識を働かせて考えましょう。まあ、普通に考えれば、連中は当然車で移動していると考えられますから、潜伏するのに都合のよい、『その手のホテル』でしょうな。これも一応念のために占断しましたが、『火水未済』の初爻変から、『性的な要素』あり、と判断出来ますな」

 

 加持が頷き、

 

「わかりました。では、早速内務省と警察に連絡を取ります」

 

と、言ったのへ、五大が、

 

「頼んだぞ。……おっと、もう2時過ぎか。時間的には余り面白くないな……」

 

「内務省調査室は今24時間態勢で動いていますから大丈夫ですよ」

 

と、応えた加持に、五大は、苦笑して、

 

「あ、いや、それもそうなんだが、『2時過ぎ』と来たら『丑満時』だろ。ふっと思ってしまってな」

 

 加持も苦笑し、

 

「あ、なるほど。そう言う事ですか」

 

 冬月も同じく、

 

「全くだ。偶然だろうが、これも嫌な暗合だな」

 

 五大は軽く頷き、改めて加持に、

 

「いやいや、詰まらん事を言ってしまったよ。まあ、いずれにしても手配を頼む」

 

「了解致しました」

 

 ここで、五大が、

 

「ところでだ、みんな今日は帰らんのか?」

 

 まず、ミサトが、

 

「はい、レナちゃん、いえ、田沢には気の毒ですが、ある程度目処が立つまでは、と考えております」

 

 加持も、

 

「私の方も、服部には申し訳ないんですが、このままでは帰れませんよ。さっき申し上げたドイツ支部の件もありますから」

 

「そうか、なら少し仮眠でもしたらどうだ。余り根を詰めたら、これからの長丁場、体が持たんぞ」

 

 五大の言に、冬月も、

 

「本部長の仰る通りだよ。これからは体力も戦力だ。少し休んだらどうだね」

 

 ミサトは頷き、

 

「そうですか。では、お言葉に甘えまして、お先に失礼致します。……じゃ、レナちゃん、行きましょ」

 

「はい。では、失礼致します」

 

と、二人は出て行った。

 

 加持も、立ち上がり、

 

「服部、俺達も行こうか」

 

「はい」

 

「では、本部長、失礼致します」

 

と、一礼した加持に、五大は、

 

「ああ、おやすみ」

 

と、言った後、冬月と中河原に向かって、

 

「では、冬月先生、私達も少々休みますか。中河原も少しは寝ておいてくれ」

 

 +  +  +  +  +

 

 2月9日の朝が来た。

 

(……あ、……朝だわ……)

 

 窓から射し込む朝日の光で目覚めたレイはゆっくりとベッドの上に起き上がった。

 

(……マントラを思い浮かべているうちに、ねちゃったのね……)

 

 あの後、幸か不幸か「夢」は見なかった。それもあって多少なりとも落ち着きを取り戻している。

 

(……よかった……。使徒は来なかったのね。……でも、まだ安心はできないけど……)

 

 とにかく今の所は大きな動きはなさそうだ。レイは着替えを済ませると台所に向かい、簡単な朝食の支度を始めた。

 

(……でも、あんな夢……。なんで見たの……)

 

 今日カヲルに会った時、どんな顔をしたらいいのだろう。そう思うと少し顔が火照って来る。

 

(……なんだか、はずかしいな……)

 

 +  +  +  +  +

 

 レイが表通りに出て来ると、シンジ、アスカ、ナツミの三人が丁度やって来た所だった。

 

「あ、おはよう……」

 

「おはよう綾波」

 

「おはようレイ」

 

「おはようございます。レイさん♪」

 

 四人は並んで歩き出す。暫くするとカヲルもやって来た。

 

「!……」

(渚くん……)

 

 カヲルの顔をまともに見られない。レイは思わず顔を伏せる。

 

「おはよう」

 

と、カヲルが言うのへ、シンジ達三人は、

 

「おはよう渚君」

 

「おはよう渚くん」

 

「おはようございます。渚さん♪」

 

と、気楽に挨拶を交しているが、レイは、

 

「…………」

 

と、どうしても言葉を出せなかった。上目遣いにそっとカヲルの顔を見ると、何故かカヲルも少しドギマギしているような感じだ。

 

「?……」

 

 レイは少し首を傾げたが、その時、カヲルもこちらを向いたため、視線が合って、

 

「……あ、渚くん、……おはよう……」

 

「あ、おはよう。……綾波さん……」

 

 そんな二人を見たナツミは、

 

「あれ? どうしたんですかあ? 二人とも、なんかおかしいみたいですねえ?」

 

と、きょとんとした顔をしている。レイは慌てて、

 

「え? う、ううん、べつになんでもないわよ。うふふ、ねえ、渚くん」

 

「そ、そうだよ。別になにもないよ。ねえ、綾波さん」

 

 ナツミは、何となく納得したような顔で、

 

「ふーん、そうですかあ。……うん、そうですよねえ♪」

 

 レイもカヲルも、「お互いが昨夜『おかしな夢』を見ていた」、と言う事など勿論知らないし、「それが原因で相手に対して少々照れている」、と言う事も判らない。増してやナツミがそんな事を知る由もなかった。

 

 ここでアスカが、

 

「まあ、レイにしても渚くんにしてもいろいろとあるわよ。あたしだってさ、きのうはこれから先のことが不安になって、ちょっとメゲてたもんね」

 

と、「見当違いながら適切な」フォローを入れる。すかさずシンジも相槌を打ち、

 

「そうそう、僕もそうだよ。こんな状態だもんね……」

 

 二人の言葉にナツミも頷き、

 

「あ、そうか。……そうなんですよねえ。わたしも昨日相田さんとちょっと電話で話してて、もっとがんばらなきゃ、って思ってましたもんねえ……」

 

「へえ、ナツミ、あんた、ケンスケと電話で話なんかしてたの」

 

と、少し驚いたアスカに、ナツミは続けて、

 

「はーい、そうなんですよ。昨日みんなで会議にでたでしょ。それで、IBOのお仕事って、けっこうたいへんなんだなあ、って思ったんですけど、相田さんも、そんなふうに思った、って、電話してきてくださったんですよ」

 

 それを聞き、アスカは思わず苦笑して、

 

「ふーん、そっかあ。……ま、もっともさ、ケンスケの場合はねえ、それだけじゃないような……♪;」

 

「えっ? それだけじゃないような、って、どう言うことなんですかあ?」

 

「へへっ、それはねえ……。言ーわないっ、と♪」

 

「あ、ずるいですよお。アスカさあん。言ってくださいよお」

 

「うーん、どうしようかなあ……♪」

 

 アスカとナツミのやりとりに、みんな少し気持ちを明るくしながら曲がり角を曲がる。その時、前方に二人の人影が現れた。

 

「!!!!!!!!!!!!」

「!!!!!!!!!!!!」

「!!!!!!!!!!!!」

「!!!!!!!!!!!!」

「!!!!!!!!!!!!」

 

 余りの状況に五人は絶句してその場に立ちすくんだが、すぐにナツミの叫び声が沈黙を切り裂いた。

 

「綾波さんっ!!?? 渚さんっ!!?? どういうことっ??!!」

 

「ふふふふ……」

「…………」

 

 少し離れた五人の前の場所に現れたのは、「無表情の青い髪の少女」と「微笑を浮かべた銀色の髪の少年」だった。

 

 続く

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。