TS魔法少女の刑に処す   作:TS魔法少女を曇らせ隊

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第一章 彼が魔法少女になったワケ
プロローグ 魔法少女ブラックアンリ


 知識としては知っていた。

 今もこの世界では、どこかで命が絶えていると。

 存外この世界では、命はあっけなく奪われてしまうと。

 

 ただ、それを実感していなかっただけのこと。

 それを悪いと言える人間はいないだろう、きっと誰もがそうだから。

 朝、液晶越しのニュースを聞いて、ああかわいそう、そう思うだけで誰も何もしようとしない。

 

 いつも通り食卓につき、パンにたっぷりジャムを塗り、口に運んで嚥下する。

 使いすぎとか怒られて、ごめんなさいと謝ったりして、けれど反省する気はなくて。

 ひととき覚えた感情も、それと一緒に消えていく。

 ただそれだけの日常(ルーティン)を、決して悪とは言えないだろう。

 

 

 ──けれど少女にとって、それは紛れもない“悪”だった。

 

 

 少女は走る。

 細い手足がもげそうなほどに酷使して、誰もいないアスファルトを駆ける。

 とうに他の人たちは避難している。遅れているのは彼女と、彼女の両親だけ。

 

「ごめんなさい」

 

 はぁはぁと呼吸が荒れていく。それが走る力を失わせるとわかっていても、少女の声は止まらない。

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。少女の口から漏れる画一的な謝罪は、人混みに吹き抜ける風のように意味がない。

 

「ごめんなさい、ごめんなさっ、げほっ、ごめんなさっ」

 

 

『GRUUUUUuuuuuoooOOOッッ!!』

 

 

「ぃっ」

 

 背後から迫る獣の雄叫び。少女の喉が引き攣り、力ない悲鳴を漏らす。

 ──振り向いてはいけない! 足を止めてはいけない!! 

 そう本能が警告を掻き鳴らし、スパークした脳髄によって少女の脚が持ち上がり、

 

「──え」

 

 少女の幼く細い脚は、急な指令に耐えきれなかった。

 ずるり、と世界が反転し、鈍痛と共にアスファルトに倒れ込む。うめき、立ち上がろうとする姿は鈍く、少女の身体が悲鳴をあげているのは間違いない。

 

「ま、ってよ、まって、まって、だめ、だめ」

 

『GUOOOooo……』

 

「──ひぃッ」

 

 少女はすぐ近くで聞こえた鳴き声に、反射的に振り向いた。

 振り向いてしまった。

 

 それは、獣だった。

 異彩を放つ赤黒いたてがみ。

 大地を踏みしだく発達した四肢。

 鼻腔を引っ掻く無遠慮な獣臭さ。

 少女の頭より大きな口、立ち並ぶ牙、隙間からじくじくと溢れる汚らしい唾液──それらすべてが捕食者のそれ。

 

 ()をアマイガス。

 人類の敵。

 

 少女の顔が蒼白に染まり、立ち上がろうとした身体がくず折れ、震え始める。

 

 知識としては知っていた。今までアマイガスによって、無数の人々が殺されていることを知っていた。朝食を食べながら、ニュースで散々報道されていた。

 だが、()()は知らない。知るはずもない。

 

 身をすくませる恐ろしさも、心臓を鷲掴むおぞましさも、脳髄が吐き気を覚える異臭も。

 少女はひとつも知らなかった。

 

「……ごめ、なさい」

 

 眼前に迫った獣の前で、震える少女の口から漏れ出たのは、謝罪。

 

「逃げて、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 誰とも知れぬ謝罪を繰り返し、少女は瞳を閉じる。

 自分はここで終わる。もはや抵抗もできず、どうしようもない。

 だからせめて痛みなく、あの牙が開かれる瞬間を見ずに済むように。

 ごめんなさい、ごめんなさいと、うわ言のように謝る少女は、己の生を諦めて──

 

 

「クソが」

 

 

 ──何処か場違いな罵倒が聞こえた。

 獣のいななきとは明確に異なる、人の──それもハスキーな少女らしい声。

 当然少女のものではない。では誰が、という疑問と同時に、コツン、と何か硬いものが地面を打つ音が鼓膜を揺らす。

 

『GRUUU……!!』

 

 獣のいななきも何処か遠く、警戒するような色を孕んでいる。

 誰かが自分の目の前にいる。そう理解しても、少女の困惑は増すばかりで、安心感など抱けない。

 

「アラストル、審判を開始しろ」

『承知』

 

 少女よりも幾分低く、だが決して大人とは言えない程度のその声は、少女が今まで聞いたことがないほど険しい。

 まるで何かに深く怒っているようで、しかし自分に向けられているものではない。

 それが何処か──頼もしい。

 

 少女は、固く閉じた瞳を、恐る恐る──ゆっくりと開いた。

 

 それは、夜のようなドレスを着ていた。

 少女は知らないが、人に言わせれば“喪服”に似ている、頭をすっぽりと覆う黒く透明なベールが特徴的な黒ドレス。

 背丈はそれほど高くなく、けれどその後ろ姿は誰よりも大きいように感じられた。

 

 そして何よりも目を引くのが、少女が手に持つ無骨な剣。

 丸く潰れた先端や、片手では足りない長大な柄、少女の手にあって殊更異質さを放つ鈍色。

 それらすべてが戦うためのものであり、黒ドレスの少女が紛れもない戦士であると見る者に気付かせる威容があった。

 

 今更ながらに、少女の脳が思い出す。

 

 アマイガス出現と同時期に現れ、アマイガスと戦い続けてきた存在。

 どうして忘れていたのだろう。

 朝のニュースには、アマイガスの出現と同時に──それらと戦う彼女たちの姿も報道されていたというのに。

 

 ──魔法少女。

 人々を守り、希望をつなぐ──少女もまた、月並みに憧れていた存在。

 

 黒ドレスの少女が剣を振るい、切っ先を地面に突き立てる。

 刀身と持ち手の繋ぎ目、本来鍔がある場所──そこに取り付けられた髑髏(しゃれこうべ)が、虚無の眼窩に赤光を灯す。

 

判定(Judgment)──器物損壊(Destruction)傷害(Injury)、──殺人未遂(Miss Murder)

 

 

『──有罪確定(Guilty)

 

 

 髑髏から赤光がほとばしり、鈍色の刀身を覆うように駆け巡る。

 獣は本能でそれが危険だと感じ取っているのか、大きく牙を剥いて唸るも一定の距離を保っている。あの非力な少女を追い詰めていた獣が、だ。

 

「おい」

 

 眩い警戒色に照らされ呆然としていた少女に向けて、黒いベールがひるがえる。

 わずかに覗く彼女のかんばせは、やはりというか女らしい。楚々として整った顔立ちは、桜吹雪の舞う通学路が似合う気品と幼さがある。

 

 ──だが、向けられた瞳を見れば、そんな印象は露と消える。

 泥のように濁りきった深く鋭い瞳。声とは比較にならないほどの熱量。

 湖そのものが燃え盛るような炎を湛えるその瞳は、幼い少女にとってはあまりにも異質だった。

 

 呼びかけに声を返せず、冷えた心が身をすくませる。

 

「……」

 

 黒ドレスの少女は小さく息を吐くと、瞳を閉じて獣へと向き直る。

 助けに来てくれた人に、やってはいけないことをしてしまった──幼心にそう理解し、いよいよ瞳に涙が滲み始める少女だったが、しかし。

 

「目ェ閉じてろ」

 

 かけられたその言葉は、思いのほか暖かかった。

 

「……え?」

 

「こっから先は、ガキが見るようなもんじゃねえからな」

 

 戸惑う少女に向けてそう言い捨てた黒ドレスの少女は、腰を低くして剣を構える。

 

 その言葉は乱暴で、少女らしさなどかけらもなくて。

 怒っているように険しくて──けれど、ぶっきらぼうなその言葉は、不安に怯える少女の心を元気づけるには充分だった。

 

 言われた通り瞳を閉じる──その前に。

 

がんばって……ください

 

 かすれ、ぼやけたその声は、数瞬後には大気の中にほどけて消えた。

 発してすぐに、少女自身が恥じ入ってしまうような小さな声。

 

 そんな声援に振り向くことなく、けれど少しも躊躇わず。

 

「任せろ」

 

 黒ドレスの少女は、毅然として応えた。

 

 

 /

 

 

 そして、何かが叩きつけられ、潰れるような水音が響き。

 最後に、けたたましい獣の悲鳴が聞こえたかと思えば、激しい音がぷつりと途絶えた。

 

 

 /

 

 

「目、開けていいぜ」

 

 端的に告げられて、目を開く。

 少女は咄嗟に周りに目をやり、獣の影も形もないことを確かめて息を吐き……強張っていた身体から力が抜けてしまった。

 くらり、と少女は体勢を崩すも、すぐに黒ドレスの少女が抱き止める。

 

「身体の具合は?」

 

「だい、じょうぶです。ちょっと転んだ、だけで」

 

「そうか」

 

 少女の手足に残る擦り傷を見た黒ドレスの少女が「あんまり得意じゃねえんだが……」とぼやく。

 なんのことだろう、と疲れで鈍い頭が回り切る間に、黒い滑らかな手袋に包まれた少女の手が傷口に向けて翳される。

 

魔求数式(マグスクリプト・)第二番(ナンバーツー)──治癒(ヒール)

 

「えっ──わぁ」

 

 血が滲んでいた擦り傷が、徐々に塞がっていく。

 人々が夢見る魔法そのものな光景に思わず上ずる少女の声に、ベールで隠された口元が微笑む。

 

「これで歩けるか?」

 

「……うん」

 

「良い子だ」

 

 黒ドレスの少女は少女の頭を撫でると、剣を片手に立ち上がる。

 堂々としたその姿を見て、反射的に少女は叫んだ。

 

「ぁのっ! なまえ……お、教えてください」

 

「名前?」

 

 問われ、どこか困ったように頬を掻く。

 数瞬の躊躇いの後、剣に取り付けられた骸骨の目が淡く光る。どこか諌めるように明滅する光を受けて、黒ドレスの少女は深くため息を吐いた。

 

「……アンリ。ブラックアンリ」

 

「ブラックアンリ……」

 

 思い出すように繰り返すも、心当たりはまるでない。

 毎朝流れるニュースでは、アマイガスを倒した魔法少女の名前がその勇姿と共に流される。人並みにそれを楽しみにしていた少女であっても知らないということは、よほどマイナーかあるいは──

 

「……ぁ」

 

 ふと空を見上げて、気づく。

 風を掻き乱し滞空するヘリコプターが、地上にカメラを向けている。

 リポーターらしき人影が見えるほどその距離は近く、多分、気づいていなかっただけでずっと空から映していたのだ。

 

 きっと彼女──ブラックアンリの戦闘を、朝のニュースで流すために。

 というか、もしかしたら自分も映っているかも。そういうときってどうすればいいのだろう。

 

 少女がぼうっと空を見上げていると、それに釣られて空を見たブラックアンリもまた空撮する存在に気づく。

 剣を持たない片腕を振り上げ、魔法少女らしいファンサービスを──

 

 

「くたばれ、変態ども」

 

「えっ」

 

 

 ヘリに中指を突き立てた。

 魔法少女が。

 真顔で。

 報道機関に中指を突き立てた。

 その衝撃で少女が唖然とする。心なしか、リポーターらしき人影も慌てているようで。

 

「人を見せモンにしてんじゃねーよ、クソが」

 

 魔法少女(ブラックアンリ)の吐いた毒を聞くに、やはり冗談ではなく本気で中指を立てたらしい。

 ロック──ひたすらにロック。そしてブラック。いけないことだとわかっているのに、あまりに刺激が強すぎて、少女が魔法少女に向ける目線に熱が混ざり始める。

 

「……あぁ、変なモン見せちまって悪いな」

 

 自分の行動があまり良識的なものではないとわかっているのだろう、申し訳なさそうに謝る彼女は、しかし己の行動を恥じているようには見えない。

 

「い、ぃえっ、大丈夫ですっ」

 

「急に元気になったな。ま、それはそれで良いことか」

 

 少女の頭を優しく撫でて、魔法少女は踵を返し、ひび割れたアスファルトを蹴った。

 半壊した住宅の上に飛び乗ったアンリは、魔法少女の身体能力を改めて目にしてぽかんとする少女に向けてウィンクを落とすと、そのまま住宅の上を飛ぶようにして走り去る。

 

 一人残された少女は、遠くから隊服に身を包んだ人たち……回収部隊が近づいてくるのを横目に、胸に手を当てた。

 

 多分、自分が今まで彼女のことを知らなかったのは、あんなことをしていたからだ。

 堂々と報道機関に中指を立て、それを悪びれず毒を吐く。そんな魔法少女がいるなんて知られたら困る、幼い少女にもそれくらいはわかった。

 

 けれど、でも。

 

「すごかった」

 

 そう、すごい。

 どう言葉にすればいいのかわからないけど、とにかくすごいのだ。

 

 少女は空を見上げ、胸の高鳴りをとどめるように、ぎゅっと胸に抱いた手を握った。

 

 

 ──後日、ちょっとだけ”ロック“なファッションを母親にねだる少女の姿があったとか、なかったとか。

 

 

 /

 

 

『マスコミへの暴言及びファックサイン、取材の拒否。汝、紛れもない暴徒である』

 

「悪うございましたって。俺も褒められたモンじゃねぇとは思ってるよ」

 

『第一いつも言っているように、マスコミへの露出は完全な対価契約である。魔法少女という存在への信仰が高まれば、無意識を汲み取る魔法少女のパワーソースもまた増幅する。汝の行為は紛れもない妨害である』

 

「……そう言われると辛いんだよなぁ」

 

 首元に吊るした剣型のアクセサリー──ちょうど十字架にも見えるそれから聞こえる理路整然とした説教に、屋根を駆け抜ける魔法少女ブラックアンリはため息を吐く。

 

「ただなァ、気に入らねえんだよな。マスコミに媚びを売るのも……あいつらが俺を見せモンにしようとしてるのも、いまひとつ気に入らねえ」

 

『魔法少女イエローアイは見せ物(それ)を好んでいるようであるが?』

 

「ありゃあなんつうか、別モンだろ。自己表現が下手くそなだけだ、あいつは」

 

 事もなげに彼女がそう言うと、アクセサリーから声が途絶える。

 

『……汝はやはり、我らや彼女たちとは何かがズレているようだ。価値観、立場、主体性……あるいは、精神性』

 

 その声を聴いて、ブラックアンリは苦笑する。

 

「何()()()()のこと言ってんだ、アラストル」

 

『当たり前?』

 

「そりゃあそうだろ、なにせ」

 

 びゅう、と一際強い風が吹く。

 黒いベールが外れ、長い黒髪が蛇のようにたなびいた。

 

 それを手で抑える姿は──どうしてか苦しそうで。

 

「俺は、事情はどうあれ明確に人を殺した復讐者(ゴミ)で」

 

 けれど、言い切る姿に瑕疵(キズ)はなく。

 

「そんなクソ野郎の心理が、普通の女の子たちと一緒なわけねェだろうが」

 

 魔法少女ブラックアンリは──かつて鎌原(かんばら)定努(さだむ)と呼ばれた()()は、そう言って再びベールを被った。

 まるで、己の顔がうとましいとでも言うように。

 

『なるほど』

 

 アラストルは考える。

 それでこそ、我が契約者に相応しいと。

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