TS魔法少女の刑に処す   作:TS魔法少女を曇らせ隊

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筆が 乗り申した


第十話 “本当に、それでいいのだろうか?”

 鎌原ひなた、それが彼女の名前だった。

 健常であった俺と比べて身体が弱く、それでいて日差しの下で走り回ることが大好きで、俺とは似ても似つかないほど可愛くて──俺の愛しい、大切な(かぞく)だ。

 

 だから彼女を失って、さんざんに吐いて考えて。

 その末にすべてを擲った、愚かな選択に後悔はないのだ。

 

 

 /

 

 

 俺は、その名前を名乗った。

 鎌原定努は知られているかもしれないと、手前勝手に名前を使った。

 鎌原ひなたの──妹の名前を。

 

 “ねー、お兄ちゃん”

 

 嗚呼──

 

 “お兄ちゃんっ!”

 

 ──吐き気がする。

 

 

 /

 

 

「ぅっ」

 

 急いでベッドから降りて備え付けの洗面台に向かう。

 力の入らない両腕で身体を支えて、今日何度目かもわからない吐瀉物を吐き出した。

 否、“物”とさえ言えるかも不明な、色のない胃液でしかない。それだけ吐いても俺の身体は落ち着かず、吐き気を催す胸のむかつきは居座るままだ。

 

「今日、は、本当に……最悪だ」

 

 竜胆あかねに自己紹介をした後、俺の顔色はどんどん悪くなっていったらしい。蒼白を通り越して土気色だとか言っていた。

 そんな俺を心配して、竜胆あかねとイエローアイは俺を保健室まで連れてきてくれたのだ。去っていく際、無理すんなよとか、お大事にとか、長らく聞いた覚えのない労りの言葉が新鮮に思えた。

 

「なっさけねェなァ……俺」

 

 ここに来てからずっと吐いているような気がする。こんなに吐いたのは、あの日、奴らに妹の死に様を動画で見せつけられた時以来だ。

 

 何度も嘔吐を繰り返したことで焼けるように痛む喉と、倦怠感に澱む身体を引きずって、俺はベッドに倒れ込む。

 口をゆすぐ気力もない。どうせすぐ吐いてしまうのだから、なおさらに意味を見出せない。

 

「俺ァ、何やってんだ……」

 

 ベッドに身体を沈めて、独りごちる。

 それは嘆きで、悲鳴で、何よりも鋭く己の胸に突き立てるべき問いかけだ。ミストレスはモラトリアム期間だ、などと洒落た形容を使っていたが、俺は何をするべきなのだ。

 

「……今の俺は、ひなたそっくりで、名前も“ひなた”だ」

 

 だから俺は“ひなた”だ、そう考えて口を抑える。

 迫り上がってくる胃液を飲み込んで、不快感溢れる息を吐く。

 

「じゃあ、俺は“ひなた”として振る舞うべきなのか?」

 

 

『人の名前は大切だよ。アイデンティティ、自己の根幹と言ってもいい。人は名前を持って初めて、個として生きることを許される』

 

 

 脳裏にミストレスの言葉が蘇る。

 もしもこれが、彼の目論んだ通りならば──ああ、彼は悪魔に違いない。

 

「なら、名前を失った俺は、“ひなた”としてしか生きられないとでも言うのかよ」

 

 違う。

 “ひなた”は死んだ、死んだのだ。

 だから俺は“ひなた”ではなく──けれど俺は俺であると言える材料がどこにもない。

 

「俺は……俺は……」

 

 

“──ならば、変わってしまった汝が、今も変わらず願うものは、なんだ?”

 

 

 どこからか、声が聞こえた。

 きりきりと脳が萎縮するような痛みの中で、俺は、朧げにつぶやく。

 

「男に戻って……首吊られて死ぬ」

 

“──本当に?”

 

 がつん、と脳裏に響く鈍痛。

 漏らした悲鳴は声にもならず、澱んだ空気に消えていく。

 

 しかし、それがかえって気付けになったのか意識がわずかに透き通る。

 爛れた喉を酷使して、俺は砕け散りそうな脳裏に叫ぶ。

 

「そう、だっ、それが、正しいんだよ……」

 

“──何故?”

 

「俺ァ、殺したんだっ……! 俺のために、人を、殺したんだッ……! 許せなかったから殺したんだッ!」

 

“──彼女のための敵討ち、だろう?”

 

「ちがうッ!」

 

 その言葉通りひなたのためと、そう嘯くことができればどれだけ無慙無愧(ハジシラズ)でいられただろう。

 

 だが俺は、俺という魂にかけて絶対にそれは言えないのだ。

 

“──であればなにゆえ、汝は願う”

 

「ひなたは、優しい子だったんだ……そんなあの子が、自分のために、人を殺すなんて、……喜ぶわけが、ねェんだよ……!」

 

 あの子は優しく、そして同時にとても強い(おのれ)があった。

 いけないことはいけないと言い、俺が何か悪いことをしたら怒ってくれる強さがあった。

 もちろんあの子が間違えることもあって、そういう時は俺が怒ったが、それは俺が“兄”だから、俺が彼女の上にあったからできたこと。

 

 身近な目上を嗜めるというのは、思った以上に勇気がいるのだ。

 お互い喧嘩して、どちらからともなく謝って、また一緒に過ごして来たから知っている。

 

 そんなあの子が自慢だった。

 何よりも大切な妹だった。

 

「でもッ……!」

 

 でも、きっとあの子は、その強さゆえに本物のゴミに目をつけられてしまったのだ。

 そしてあの子は、たとえあんな無残な死を遂げたとしても、奴らに復讐するために俺が道を踏み外すことを望みはしないだろう。

 

「……俺には、他に道があったんだ」

 

 奴らへの憎悪を胸に真っ当に努力して、奴らより上の地位になってから社会的に叩き潰す。

 あるいは同じ目にあった者たちと結託してもいい。彼らとともに奴らを叩き潰すための真っ当な社会的地位を得てもいい。

 ともかく、獣道を歩む以外にもやり方はあったはずだ。

 

 そして彼女は、もしもやり返すとするならばそういった方法を望むだろう。

 それはわかっていた。さんざん吐きながら考えた時に、確かにそのことはわかっていた。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「ふざけるな」

奴らはどうして生きている!!

 

「ふざけるな」

お前よりもッ俺よりもッ! 何千何万も価値があったあの子の人生を奪った奴らがどうしてのうのうと生きている!?

 

「ふざ、けるな」

強く大切なあの子を汚し、犯し尽くして殺した奴らが何故今日の日を生きている──!

 

 

「ふざっけんな、ゴミクズが……!!」

 

 だから殺した。

 俺は俺のために奴らを殺した。

 法で裁かれない悪を裁く、そのために俺は悪に堕ちた。

 

“──であればなにゆえ、汝は願う”

 

「あったかもしれないあの子の願いを、俺は、俺のために切り捨てたから」

 

 ひなたは優しい子だったから。

 一目合わせて欲しいと、俺がクリスチャンに願ったのも、きっと──

 

「……守るべき法秩序を信じずに、己の手で決着をつけることを望んだから」

 

「法が裁くならそれでよかった。それが正しいことだからって、納得したさ……だが」

 

 俺は彼女が殺されたことが許せない。

 法に従い真っ当に生きていた俺たちを、法の闇に潜む奴らが害したことが許せない。

 奴らが法に裁かれず、のうのうと生きることが、気に食わない。

 

“──であれば汝は、己が心をなんと知る”

 

「明らかな罪人が、不公平に裁かれないのは、正しくない」

 

 だから奴らは全員死刑にした。

 人らしく、人の作った法に則って全員裁いて殺してやった。

 資格だとかはどうでもよくて、俺は法を基にして裁きの剣を振るうことに一切の呵責を覚えなかった。

 

 

 だから次は俺の番だ。

 犯罪者は法で裁かれて死ぬことが一番正しく──相応しい罪であるから。

 

 

「……そうか」

 

 俺の本音は、結局それなのだ。

 法に則って裁いた以上、俺もまた裁かれねば道理に合わない、()()()()()()

 そして、誰が何を言おうが、俺のやったことは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺は主観と客観で罪を見ている。

 客観として、俺は俺の行いを悪だと断じた。

 主観として、その行いは悪であると認識し、しかし同時にそれが正しいと思っている。

 

 そのどちらもが、俺が悪を成した以上、ケジメをつけなければならないと──そう言っているのだ。

 

 だから難しく考える必要はない。

 

「これは、俺のための復讐で……俺は、死刑になることに、納得しているんだ」

 

 随分とまあ──矛盾だらけ(ワガママ)で、傲慢(ユカイ)な話だ。

 

“──であれば我が、汝に送る言葉は唯一つ”

 

“汝が心の解釈を、唯一無二と定めるべからず”

 

「…………」

 

 脳裏に響いていた鈍痛は、その言葉を最後に霧のように消えた。

 代わりに思い出したのは、いつの間にか胸ポケットに入っていた、彼からもらった水晶玉。

 

 それを掌で転がして、透き通るようなそれを見る。

 

「これは俺で、ミストレスで、俺とミストレス以外の誰か」

 

 今ならその意味がわかるような気がして、ほのかに笑う。

 暗い部屋、水晶玉がほのかに光ったような気がして──

 

 

 ──ガチャリ。

 保健室の扉が開いた。

 

 目を向ければ、そこには見知った顔があった。

 

「なんだ、毎度毎度タイミング良すぎじゃねェ?」

 

「うふふ、()()()()()()()()ので〜」

 

 先ほどまでと何も変わらない笑顔を浮かべ、イエローアイはベッドの横の椅子に座る。

 彼女の言葉とその笑顔に、胸に飛来した感情は一つ。

 

「なるほど、それが魔法少女の力ってか」

 

 納得だ。不思議と馴染みのある感情である。

 奇運じみた心に苦笑し、身体を起こしてベッドの上であぐらをかく。

 その拍子に姿見が目に入りそうになって、慌てて目を逸らす。

 

 ──今の俺が何者か、まだ俺にはわからない。

 ただ、あの声を聞いてから、考えるべきことはわかった気がする。

 

 “本当にこれでいいのだろうか?”

 

 己の心にそう問いかけて、どこか軽くなった気分でイエローアイに笑いかけた。

 

「何か話したいことがあるんだろ? いいぜ、不思議と気分が良いんだ」

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