TS魔法少女の刑に処す   作:TS魔法少女を曇らせ隊

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第十二話 家族

 ──『此方より、“(レコード)”への接続』

 

 どこかから、声が聞こえる。

 

 ──『我が権能を以て、ふさわしき者の元への道を成す』

 

 聞き覚えのある、声。

 

 

 ──『ふふふ、彼は果たして、どのような心を掴み取るのかな?』

 

 

 その声が誰のものか、気づく前に。

 まるで海流の只中にあるがごとくに、俺の意識が巻き上げられた。

 

 

 /

 

 

 目覚め、身体を起こし、洗面台で顔を洗う。

 そんな朝のルーティーンに、言い知れない懐かしさを感じてしまう。

 

「……張り切りすぎンのも考えモンだぜ」

 

 鏡から顔を背け、自分の過去を思い返して苦く笑った。

 

 ──イエローアイから頼み事をされてから、早くも一日が過ぎていた。

 あの後すぐに動こうとしたら、イエローアイに注意されてしまった。曰く何度も嘔吐して倒れているのだから、今日ぐらいはきちんと身体を休めなさい、と。

 実際、言われてみれば身体が重く、不調であるのも間違いなかったので、改めて床につき……ぐっすり眠っていた、というわけだ。

 

「……にしても、なんだったんだろうなァ、あの夢」

 

 疲れているから見た夢、という割には穏やかで、それでいて意味がわからない。

()()()()()()()()()、悪いものだとは思えなかった。

 

「ま、いいや。すぐに忘れんだろ」

 

 覚えてもいないことを深く考えても無駄である。

 しっかりとタオルで顔を拭って……浴室に目を向ける。次いで、服の襟を掴んでクンクンと嗅いでみるも、それほど嫌な匂いはしないことにほっと息を吐く。

 

 保健室のテーブルの上に何故か服が用意されているし、それに着替えれば見れるようにはなるだろう。服が臭くないということは、俺もそれほど臭くないということだし。

 

「……よく考えりゃゲロ吐きまくってこの程度なら御の字か」

 

 まして最初は吐瀉物に塗れて倒れていたのだ。酸っぱい匂いがしていてもおかしくなかった。イエローアイには改めて感謝しよう、そう考えてふと気付く。

 

 ──吐瀉物まみれの人間の服を変えただけで、嫌な匂いは取れないことに。

 嫌な匂いを取るために、一番確実な方法は──服をひん剥いて身体を洗う、ということに。

 

「……お、おお、落ち着け。きっと介護用のロボットとかを使ったんだ、きっとそうだ」

 

 遠隔で操作できるならそれくらいはできるはずだ、そう自分を納得させてうんうんと頷く。

 これ以上考えると次会った時に変な目を向けてしまいそうなので、さっさと服を着替えてしまおう。

 

「…………」

 

 無地の白いTシャツに黒地のチノパンツ、そして質素なスポーツブラにショーツ……。

 用意されたそれらに躊躇いがちに手を伸ばそうとして、しかし、羞恥心を抑えきれずに引っ込める。

 

「こういうのにはノータッチだったんだよ俺ァ……」

 

 小学生までに一緒に風呂に入っていただけで、妹の身体なんて知る由もない。そもそも知るべきものではない。

 中学高校と周りからシスコン呼ばわりされていても、否、だからこそあまりデリケートな事柄には慎重に対応してきた。

 妹の身体とかその最たるものであろうし、何より羞恥心に並んで罪悪感が込み上げてくるのが非常に辛い。

 

「………………」

 

 服を抱えてベッドに戻り、周りのカーテンを閉めて罷り間違っても見られないよう、そして俺も姿見を見てしまわないように万全を期する。

 ベッドの上に並べた服を前に唸り……まず、スポーツブラを手に取って、

 

「ぜってェ無理……!!」

 

 やっぱり置いて横のTシャツを手に取った。そもそも付け方もわからないし俺の精神が耐えきれない。

 胸に抱え込み、キョロキョロと田舎者のように天井を見渡して、そこにある監視カメラを精一杯睨みつける。

 

「み、見るんじゃねーぞ……!!」

 

 小声で威嚇してやってから、ふぅふぅと息を吐いて緊張を吐き出した。

 どうすればこの状況を打開できるのか、俺の脳髄が未だかつてないほどの回転を見せてさまざまな妙案が脳に浮かんでは理性に否定されていく。

 

「……そうだ」

 

 目を瞑るんだ。目を瞑れば自分の身体を見ることもない、なんと冴えた妙案か! この時ほど自画自賛することは多分ない!!

 最適解を導き出した我が脊髄を褒め称え、いざや鎌倉と言わんばかりに目を瞑る。着慣れてしまった病衣を触覚を頼りに脱ぎ捨てて、新しいTシャツに腕を通し──

 

「む」

 

 衣が擦れて音を立てる。

 

「……っ」

 

 どこが擦れるかわからないから不意の摩擦でピクリとする。

 

「ンひぅっ!?」

 

 腕の可動域が変わったせいで、不意に身体に触れてしまう。

 少女らしい、かつての俺とは明確に異なる柔い肌──

 

 そんなことが何度もあって、目を明けた頃にはすっかり頬に熱がこもっていた。

 

「……ダメだわ、俺の脳みそ」

 

 視覚を閉じているからか、他の五感が強調されてしまい、かえって羞恥心を煽ってくる。

 妙案かと思えばとんでもない罠を仕掛けていきやがった。先ほどは散々褒め称えたその口で悪態を吐き捨てて──残った黒地のチノパンツとショーツにスポブラを見て、頭を抱える。

 

「ぉ、おおおおお……!!」

 

 唸ってみるも、やはり現実は変わらない。

 かと言ってこれはいずれ通る道。まさか男に戻してもらうまで着替えない、なんてことは衛生上できない。

 結局、俺はショーツに手を伸ばした。

 

 質素なショーツ。恐る恐る広げてみれば、トランクスとのあまりの違い──主に布面積に眩暈がしそうになる。

 

「女の子はいつもこんなモンを付けてるのか? は、破廉恥な……!」

 

 自然と目線が下に行き、病衣に隠された俺の下半身に意識が向く。

 これを着るのか……着るのか……本当に……!?

 

「し、心頭滅却すれば火もまた涼し……!」

 

 つまり気にしなければ羞恥心も感じない、無理。

 待て、こんな時こそ考えるべきだ。先ほどは罵った俺の脳みそよ、どうか俺が精神的に死なないための妙案を!

 

「──あ」

 

 そして思いつく、本当の妙案を。

 

「ふ、ふふふ……勝った」

 

 そんなことを呟いて──俺は、チノパンツに手を伸ばした。

 

 

 ──数分後。

 ベッドの上にスポブラとショーツ、()()()()()()()()()()()()、意気揚々とカーテンを引いた俺は保健室のドアノブに手をかけた。

 

「病衣の上からチノパンツ……ふふふ」

 

 これなら羞恥心に苛まれることなく、しかしある程度清潔に動ける。やはり俺の脳髄は最高だ、などと自画自賛しつつ、ちょっとばかし動きにくい下半身に眉を顰めるが、背に腹は変えられない。

 チノパンツと腰の間に指を差し入れ、一周回して調節する。

 

「病衣は薄くて軽いはずなンだけどなァ」

 

 チノパンツのサイズが小さいのだろうか、などと疑問に思いつつドアノブを回し、扉を開け──

 

「っ」

 

「ぅおっ!?」

 

 ちょうど突っ込んできた小さな影を抱き止めきれずに、思いっきり後ろに倒れ込んでしまった。

 ゴツン、と臀部に響く鈍痛に顔を顰め……自分に抱き着いているような体勢のまま一緒に倒れ込んだ、小さな子供に目を丸くする。

 

「っとと、大丈夫か?」

 

「ぁ、ぇと、大丈夫、です」

 

 まだぼーっとしているが、俺の身体が緩衝材になったらしく子供に怪我はない。ポンポンと頭を優しく叩いてやると、頬を赤く染めて俯いた。

 

 明るい茶髪が特徴的な、まだ子供らしく男と女の境目にいる小学生程度の子供だ。そこまで把握したところで、はて、と首を傾げる。

 この髪色と顔立ち、最近どこかで見たことがあるような──

 

 

「──おいっ、おいっまことっ! 大丈っ……はっ?」

 

 

「ン、ああ」

 

 そうか、思い出した。座り込んでいる俺たちの前で、目を丸くしている赤混じりの茶髪が特徴的な少女を見て、胸中で独り頷いた。

 

「え、も、もしかしてまことが転ばせたのか!? 病み上がりの人になんてことっ!」

 

「別に問題ねェよ。俺もこの子も怪我はないしな」

 

 最後に一度、優しく子供の……竜胆あかねの弟妹だから、竜胆まことの頭を撫でて、その手を掴んで起き上がらせる。

 まだ呆然としている様子の竜胆まことに微笑みかけて俺も起き上がり……何故かまた目を丸くしている竜胆あかねに目を向けた。

 

「なんだよ、変な顔しやがって。俺が怒るとでも思ったのか?」

 

「あ、ああ……いや、口調とかも荒いし、それに病み上がりだから、怒るだろうって……」

 

 申し訳なさそうにボソボソとぼやく竜胆あかねに苦笑して、そばに居る弟の肩を叩く。

 

「ま、そう思うのもしゃあねェか。実際チンピラみてーな口調だしな……ほれ、お前の姉ちゃんだぞ。早く帰んな」

 

「ぁ、う、うんっ。ありがとうっ」

 

 姉の腰に抱きついた姿を見て、どこか胸が温かくなると同時に、胸の奥がじくじくと痛む。

 ああ、まったく。失う前から大切さなんてわかりきっていたのに、失ってからも延々と大切さを見せつけられるなんて──

 

「冗談、キツいぜ」

 

 思わずそう呟くと、片手で家族をあやす竜胆あかねの目がこちらに向く。

 

「またかよ。気になることでもあるのか?」

 

「……いや、なんつーかさ……すごい、良い姉ちゃんっぽいっつうか……」

 

 その言葉に、一瞬だけ喉が詰まる。

 それを気取られないように意識して顔を歪めて、笑った。

 

「それこそ、冗談キツいっての」

 

 家族の危機に駆けつけられたなかった俺が、なんて。

 

「俺よりも、そっちの方が良い姉ちゃんをしているよ」

 

 お互いに何処かよそよそしく言い合う俺たちを、竜胆まことが不思議そうに眺めていた。

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