TS魔法少女の刑に処す 作:TS魔法少女を曇らせ隊
「へぇ、んじゃあやっぱり家族のために居住区画を使ってる魔法少女ってのは君だったんだな」
「ミストレスさんの好意でさ。やっぱり心配だろうって」
竜胆まことを一緒に部屋に送り届け、せっかくだからお礼がしたいと招かれた彼女の私室でゆったりと駄弁っていた。
それほど豪奢ではないが、少女らしいファンシーさを感じさせる部屋でクッキーを一口。
「ン、」
「どした? 不味かったか?」
心配そうに問いかけてくる彼女に、それは無用だと首を振る。
「いや、思った以上に美味しくてさ。そもそもクッキー食うの自体が久しぶりってこともあるけど、普通に美味ェ」
「……嬉しいこと言ってくれるじゃん。作った甲斐があるってもんよ」
ニヤリと笑いながら告げられた言葉に、まじまじと食べかけのクッキーを眺めてしまう。
形もいいし、おそらく市販のものに劣らない出来だ。
「菓子作りが趣味なのか?」
「お菓子作りっていうか、料理全般だな。最初は必要だったから手を出しただけなんだけどよ、いつの間にか家事と同じで趣味になっちまった」
どこか遠い昔を思い返すようにして答えた竜胆あかねは、しかし過去に苦しんでいるには見えなかった。
その顔を見て、俺の頬も緩んでしまう。
「それなら向いてたってことだろうよ。家族も喜んでるんじゃないか?」
「それがうちのチビどもは味より量なんだよー。アタシもそうだったからいいんだけどさー、味の凝り甲斐ってやつがねーよなー」
ため息を吐く竜胆あかねは、良好な家族関係にある普通の少女と言った様相だ。そこに魔法少女としての悩みは見えない。
イエローアイ、ミストレスの言葉によれば、彼女には自覚が足りないというが──やはり、まだ触れるべきではないか。
彼女が話してくれるまで、こちらから無理にモーションをかける必要はない。
彼女自身のことも、彼女の家族のことも、だ。
そう決め、残ったクッキーを口に放り込んだ瞬間、突如竜胆あかねが立ち上がった。
「さてと、アタシはちょっと予定があるから失礼するぜ。もてなせなくて悪いけど、その分勝手に使ってくれていいから」
立ち上がった竜胆あかねは、確かによく見れば外行き用にオシャレしているようだ。赤いジャケットを肩に羽織る姿が凛々しい。
「どこ行くんだ?」
「近所のショッピングモールで買い物。食品とか、生活必需品とか、ま、色々入り用があんだよ」
腰に巻かれている洒落たポーチをポンと叩き、部屋のドアノブに手をかけた竜胆あかねに──勢いよく手を掲げる。
バター香る美味しいクッキーを名残惜しく思いながら噛み砕き、喉に詰まらないよう嚥下して、首を傾げている彼女に向けてにっと笑ってみせた。
「色々入り用だってンなら、人手が必要だろ? 手伝うぜ」
「……そりゃ助かる、そりゃ助かるが……いいのか? 病み上がりで迷惑かけちまったのに」
ボソボソと竜胆あかねが遠慮がちにぼやく間に立ち上がり、俺よりも高い彼女の肩を軽く叩く。
「気にしてないって言ってるだろ。倒れたのもメンタル的な問題のせいで、肉体的にはなんら問題ねえよ」
「……ホントか? 無理してるわけじゃない、よな?」
「ホントホント」
あえて軽い調子で言うと、竜胆あかねは露骨にほっとして微笑んだ。
その様子は年下の親戚を相手にしているようで、少々癪だがこの容姿なら仕方ない。むしろ新たな武器が加わったと考えて有効活用するのが吉である。
これを機会に、少しでも心の距離が縮まればいいのだが──
「それじゃあ頼むわ。こっから少し歩けば着くからさ」
「おう、任せとけ」
──まあ、それはそれとして。
家族のために頑張る少女の力になりたいと思ったのも、紛れもない事実であるが。
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やはり都会、それも東京のショッピングモールはスケールがでかい。
それまで東京を見て回ったこともほぼなかったから、余計にだ。
竜胆あかねと駄弁りながら買い物を済ませていくうちに、実体験として腕や足が感じる
竜胆あかねは俺以上に大量のエコバックを抱えながらも、歩幅の差か回転率かで俺以上の速度で歩いているから、着いていくので精一杯だ。
「肉野菜魚日持ちする惣菜菓子パン洗剤リンスシャンプーその他諸々……おい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫ッス」
「なんだそのッスって、下っ端かよ」
それはもう、この広いショッピングモールで迷うことも止まることもなく必要なものを買い込むような手練れと比べれば俺なんぞ下っ端以下だ──そう言おうとしたものの、疲労で舌が回らない。
甘かった、甘く見ていた。
人混みの中、俺は数刻前の自分の見通しの甘さを呪う。
俺以上にエコバックを抱えているというのに、竜胆あかねはなんでもないふうにスマホをいじりセールなどを確認している。そういえば俺のスマホどこ行ったんだっけ、と考えて、おそらくミストレスのところだろうとため息を吐く。
──男から女に変わったことで、明確に劣ったものがいくつかある。
筋肉、体躯、すなわちパワーと体力だ。ちょっとばかし身体に慣れてきていたが、肝心のそれを忘れていた。
「とりあえずひと段落ついたし、そこらへんのベンチで休むか?」
「ぉ……おう、ありがてェ……」
「今にもゲロ吐きそうな顔してんぞ……」
大丈夫かよ、と心配されたものの、手……は塞がっていて動かないので、首を振って大丈夫だと意図を伝える。引きずるようにして側のベンチに近寄って、俺が座ろうとする寸前に……側に老婆がやってきた。
どうやら老婆もベンチに座ろうと考えているらしい、俺とベンチを交互に見て、困ったような顔をした。
「……スゥー……」
俺は数瞬天を仰ぎ、その気まずい時間の後──
「……どうぞ、座ってください」
俺はなんでもない顔をして、老婆にベンチを譲った。ペコペコと頭を下げてベンチに座る老婆に優しく微笑みかけて、すぐに力を入れてエコバックを持ち直した。さて……どうすっかなァ……!
そんな俺の側に、呆れるようにして歩み寄ってくる者が一人。
「……どう見てもあの婆さん以上に疲れてるだろ。なんで席譲ったんだよ」
「なんでっ……って言われてもなァっ……婆さんだったから、としか言えねェよ」
重い身体を引きずるようにして歩きながら、心情をそのまま伝えると、竜胆あかねは呆気に取られた顔をして、
「それで自分が損してちゃ世話ないだろ、ハハッ」
ポン、と俺の肩を叩き、竜胆あかねは勝ち気に笑った。
「自分で席を譲ったんだ、残った用を済ませるまでは付き合えよ」
「ぅ……や、やってやらァ!」
「その意気その意気、つってもそんなに重い用じゃないからな。安心しなよ」
歩き出した竜胆あかねに、ひいこら言いながら俺も小走りで着いていく。
やはり大きい彼女の歩幅にどう追いついたものかと鈍り始める頭で考えていると、ふと彼女がスピードを落とした。
「これで大丈夫か?」
「ン、おう。ありがとよ」
意識して脚の回転率を下げてくれている竜胆あかねに、一言だけお礼を言って……胸中に滲む悔しさを抱えて、彼女の横でゆっくり歩く。
次はこんな無様はさらさん──そう誓いながら階段を下る竜胆あかねに声をかける。
「最後の用って、一体なんだ?」
「──……花屋」
言い淀んだ一瞬に、どこか重苦しいものを孕ませて竜胆あかねは前を向く。
俺が聞くか聞かないか少し悩み、彼女もそれを感じ取ったのか、顔は見えないながらも苦笑したように頬を震わせた。
「見舞いのための花がいるんだ。
……入院してる母さんへの、見舞いのための花が、さ」
そう答えた彼女は、こちらを決して振り向かない。
だから、彼女がどんな顔をしているかもわからない。
けれど、彼女の声だけは、どこか暖かく震えていた。
そろそろ山場なので書き溜めします。