TS魔法少女の刑に処す   作:TS魔法少女を曇らせ隊

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第十五話 激情──憤する炎

 吹き抜けを翔け上がり、アマイガスが出現したという最上層へと向かう。

 竜胆あかねは、魔法少女としての超常的な身体能力を駆使した強引な行軍を行う最中に、店に置いてきた彼女のことを考えていた。

 

 ひなた。苗字は明かしてくれなかったが、アイツは良いヤツだ。

 口調は乱暴だし、立ち振る舞いだって粗雑の一言。同じ女子であるとは信じられないほど荒っぽい──けれど。

 

 アイツは、見ず知らずのお婆さんに席を譲った。

 アイツは、アタシのことをほとんど何も聞かなかった。

 ……アイツは、まことにも優しく接してくれた。

 

 その所作には優しさがある。

 時折覗かせる穏やかな瞳は、見ていて引き込まれそうになるほど暖かい。

 竜胆あかねにとって、それだけで彼女は信用する人物に足り得たのだ。

 

 だからこそ巻き込んでしまったことに罪悪感すら覚えてしまうし──せっかく、()()()()()()()()()()()()()()とのお出かけで現れるアマイガスへの怒りも膨れ上がる。

 彼女は魔法少女ではないから、なおさらに。

 

 胸が破裂しそうなそれを吐き出すように、竜胆あかねはかすかにぼやいた。

 

「……ホント、間が悪いよなあ、サラマンダー」

 

『QUA?』

 

 不思議そうに首を傾げる小さな蜥蜴の頭を撫でて、吹き抜けのフェンスを蹴り上げる。

 まだ破壊音は響いていない。イエローアイの第一魔法によって東京全域を観測し、早期にアマイガス出現の予兆を感知できる──だから、出現してまだ間もないだけだ。

 

「さっさとぶっ倒してやる……!」

 

 理性的にそう考えて、さらにフェンスを蹴って加速して一気に最上層へと到達する。

 手足から炎を噴出、跳躍の勢いを殺しながら勢いよく地面に着地して周囲を油断なく見渡し──自分達以外の人影が消えていることと、敵手の存在を確認した。

 

「魔獣型か……!」

 

『GooOo……』

 

 巨大な猪、としか形容できない、獣そのものなアマイガス。

 我が物顔でフロアを歩き回る姿は、床が抜けそうに思えてしまうほどその場所には不釣り合いだ。

 

 その時、暗色のごわついた毛並みを逆立てて鼻を鳴らすそれの赤い瞳が、ちょうど彼女の目とかち合った。

 

「オラアアァアアアッッ!!」

 

 一瞬の躊躇いもなく竜胆あかねは地面を蹴って加速して、手足のガントレットから炎を噴出して滑空するように接近する。

 対して獣が取った行動もまた、獣らしく単純な──

 

『BUMOoooooOッッ!!』

 

 突撃だった。

 片や炎によるブーストを受けたとはいえただの少女、片や見てわかるほどの圧倒的質量。真正面からぶつかり合えば、その勝敗は見るまでもなく確定している──もしも彼女が尋常の存在ならば。

 

 竜胆あかね──レッドパッションは迫り来る巨躯にわずかな怯えも見せず、それどころか正面衝突上等とばかりに加速度を乗せて両脚を地面に突き立てる。

 獣は突き進みながら嗤う。愚かなり、そのような短躯で我がすべてを受け止め切れるものかと。

 

 それが聞こえたのだろうか、竜胆あかね(レッドパッション)は口角を歪に上げ、獰猛に笑う。

 

「やってみろよ、鈍間なデカブツがよッ!!」

 

『──BUMooOッッ!』

 

 彼我の距離は一瞬で縮まり──衝撃。

 猪の全体重を乗せた突撃がレッドパッションに突き刺さる、そう錯覚させるほどの大気中を震わせる衝撃。喰らえば人間ごとき即座にミンチになるであろう圧倒的質量の突撃は、

 

「ぬ、ぐ、ぉおおッ……!!」

 

『BuMo……!?』

 

 少女ただ一人潰せずに、完全に受け止められていた。

 両腕を広げたレッドパッションは、動揺する猪の鼻を抱きしめるように鷲掴み──額と両腕に青筋を浮かべ、ガントレットから炎を噴出しながら、徐々に猪を持ち上げていく。

 

 全長一〇メートル以上にもなり、重さはトンを軽く超えるであろう化け物を、炎によるブーストはあれど身一つで。

 

「アタシ、だって、なぁッ……!!」

 

 ぎりぎりと歯を噛み締めて、己を鼓舞するように声が漏れる。

 

『Bu──』

 

「このくらいっ、できるんだよッ!!」

 

 一気に両腕を振り上げて、そのまま彼女は猪を手放した。

 刹那の滞空。猪であるが故に踏ん張ることも、まして動くことすらできない気の抜けた浮遊。

 それはこの攻防の中において、

 

 ──絶対に攻撃を避けられない、死への飛翔を意味している。

 

 彼女の脚を包むガントレットが炎を吐く。

 ぎちぎちと地面に出来た窪みに己の脚を当て嵌めて、刹那のうちに人間のそれとは比べ物にならない力を貯めていく。

 

 猪の脚が、身体が、墜落するその瞬間。

 彼女の野生的な反射神経は、猪の身体が重量ゆえの加速度を最大限得た瞬間を見逃さず──

 

「オッラァッ!!」

 

 さながらデコピン理論のごとく、直線上に脚を振り抜いた。

 炎による加速、硬いガントレット、それらの威力を爆発的に高める原理、加えて猪の重量と落下の加速度──総計すれば絶大な量になる破滅的な運動エネルギーを、

 

──ド、ゴォッ……!!

 

『GyAGaッ!?』

 

 純粋な膂力で以て、猪の柔らかい腹に叩きつける──!

 

 めぎ、と折れ曲がる猪の腹。皮膚を強引に貫き、脂肪という鎧を超えてその衝撃が内部まで響き渡る。その勢いは猪の身体をわずかに跳ね上げるほどで、やはりこれも常人が喰らえば一たまりもないだろう。

 

 レッドパッションは猪の腹に食い込んだ脚が、蓄えた力をすべて吐き出した瞬間に強引に引き戻す。

 

 ガンッ、とそれを地面に突き立て両脚で踏ん張ると、無防備に落ちてくる猪を前に彼女は片手を腰だめに引いた。

 

 ──ごお、と炎が散る。

 空気を焼き尽くす高熱で、ガントレットが覆われる。

 

「死ぃねぇええええッッッ!!!」

 

 猪の頭蓋めがけて全力で拳を振り抜き──刹那、何の抵抗もなく猪の頭に彼女の拳がめり込んだ。

 何か硬いものを砕き、柔らかいものを潰す感触。生々しいそれに眉ひとつ顰めず、それどころか口角を上げさえしながらも彼女に一切の油断はない。

 

 もはや猪の鳴き声すら聞こえない。

 ──当然だ、喉もろとも頭を殴り潰したのだから。

 

 べちゃっ、と地面に墜落した猪の死体を一度蹴る。それは嘲りゆえではなく、死んでいるかを確認するための行いだ。

 何度かそれを繰り返して念入りに死を確認した後、ガントレットから噴き出していた炎が徐々にその勢いを弱めていく。

 

 ふぅ、ふぅう、と何かを抑え込むように息を吐き、少女は猪の、化け物の死体を見る。

 そしてどこか不安げに目を瞑った。

 

「そうだ、アタシは強い。今だってこんな簡単に……アマイガスを、倒せたじゃんか」

 

 それも、かつて己がいた地方では倒せる者がほとんどいないだろうアマイガスを、だ。間違いなくエース級であり、どこの支部でも両手をあげて歓迎されるに違いない。

 事実としてそう認識しているのに、彼女の言葉は、自分に言い聞かせているようで。

 

「……くそっ」

 

 彼女の脳裏を占めるのは、魔法少女ロンリーブルー──楓信寺静理の姿。

 

“落ちこぼれのあかねちゃん”──そう言った彼女には、そう言えるだけの力があった。

 

 迫り来るアマイガスの爪も、牙も、何もかもを遮断して──確かな拵えの日本刀で切り捨てていったあの姿。

 あまりにも優雅で涼しげで、当時ミストレスに勧誘されて浮かれていた彼女のプライドを木っ端微塵に打ち砕いた彼女は、まだ中学生だという。

 竜胆あかねが、守ってやらなければならない年頃の少女なのだ。

 

 だというのに、彼女は自分より強い。

 それ自体は構わない。悪いのは弱い己であり──怒りを向けるべき相手も、また──

 

「っ違うッ!!」

 

 胸中に湧き上がるそれを抑えつけて、ふぅう、と深く息を吐く。

 噛み締めた唇から流れ出る鉄の味も気にせずに、ガントレットに包まれた拳を強く握り込む。

 こびりついたアマイガスの血が、燃えるように塵となって消えていく。

 

「アタシは、違うんだ。……アタシは、アイツとは……!」

 

 彼女の呻きは、どこか悲鳴にも似ていて。

 

 

『んーふフフ』

 

 

 そのせいだろうか。

 彼女は、突如背後に現れた存在に対応できなかった。

 ぞわりと粟立つ背筋。吹きかけられた鼻息に神経が逆立ち、少女らしい生理的な嫌悪感で身がすくんだ一瞬、

 

『あァーン』

 

「ぎっ!?」

 

 ──“ぢうぢう”と。

 噛みつかれた首元から、生命として致命的なモノが吸い出されていく。

 鋭い痛みが近い脳髄に叩き込まれ、混乱した竜胆あかねは抵抗するように肘を後ろに突き出した。

 

『暴れナぁいノ』

 

 だが離れない。それどころか堪えている様子もない。間違いなく肘が肉体にめり込んでいるのに、勢いが乗っていないからか首筋を貫く鋭い牙は離れない──!

 

『うフ、やっパりぃ、可愛らシい魔法少女ノ血は濃ゆゥいですねェ』

 

 甘ったるい声が耳元に吹きかけられるたび、心臓に不快感が注がれるような気色悪さが彼女を満たす。

 

『不細工じゃだァめなんでスよぉ……健康的でェ……みずみずしくてェ……容姿に恵まれたァ、そウ、君みタいな子が一番』

 

 

『私の“欲”がァ、満たされるゥ……』

 

 

「っ、サラマンダーァアッ!!」

 

 絶叫とともに炎の勢いが爆発的に高まり、己もろともに敵を消し炭にせんと燃え上がる。

 さすがのナニカも大気を糧としてさらに勢いを増す炎に包まれてはたまらないのか、名残惜しそうに彼女の首筋を舐めた後に炎を裂いて飛び退いた。

 

「〜〜〜……っ!!」

 

 舐められた首筋を念入りに炎で燃やしながら、深い激情を湛える紅瞳でナニカを視界に収める。

 そして、ポツリと。

 

「……吸血鬼?」

 

 そう呟いた。

 

 ソレは一見、シルエットで見れば人らしい。顔も、手足も、きちんと欠陥なく揃えている。

 だがその耳は鋭く尖り、男か女か見分けられないほど醜い顔には頬まで裂けた口元からは犬じみて歯並びの悪い牙が並んでいた。手足もほっそりとして長く、それに反して身体は分厚いために難病に侵された患者を彷彿とさせる。

 

「まさか」

 

 その醜い口が弧を描き、レッドパッションの頬が引き攣る。

 紛れもなく、先ほどまでの猪とは比べ物にならない脅威。地方はもちろん東京においても今まで遭遇したことがない怪物。

 

「高位の『シン棲種(アマイガス)』──ヒトガタか……!」

 

 たどり着いた彼女を祝福するように、吸血鬼(ヒトガタ)は慇懃に、それでいて嘲りが見て取れる仕草で頭を下げた。




19時にもう一話投稿します。
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