TS魔法少女の刑に処す 作:TS魔法少女を曇らせ隊
なりふり構わず彼女の元へ駆け出した。
それをやったのが誰だとか、そういった危機意識は完全に頭から抜け落ちていて──だから多分、あかねの元に辿り着けたのは、純粋に奴の気まぐれだったのだろう。
塵となってはらはらと消え行く獣の死体、それに力なく背を預けている彼女の姿は、荒事に慣れている俺であっても一瞬言葉を失うほどに痛々しい。
腕は妙な方向に曲がり、二の腕の肉が抉られている。腹部には青痣になる前の腫れが生々しく這っていて、引き締まっている脚も力なく頽れている。
「あかねっおいッ! しっかりしろッ!」
頬を叩いて呼びかけるも、彼女の唇はわななくだけで意味のある言葉を吐き出さない。
おそらく、
『君ぃ、その子ノお友達ィ?』
──ふざけた声が聞こえた瞬間に、すぅ、と脳髄が冷えた気がした。
どくどくと高鳴る心臓を他所に、俺は顔だけを後ろに向ける。
「てめェが、これをしたのか?」
『わァ、怖い顔ですねェ。でも、最初に質問しタのは、こっチでしょう?』
にやにやと嗤うソレの言葉に確信する。コイツが彼女をこんな目に遭わせたのだ、と。
質問には答えずに立ち上がり、あかねを庇うように怪物を睨みつける。
それに何かを察した──あるいは妄想したのか、わァ、などと大袈裟にソレは喜んだ。
『良い覚悟ですねェ──でモぉ、あなた、一般人だよねェ?』
「そうだな。ああ、そうだ。俺ァただの一般人だよ」
嘲るような言葉を肯定してやれば、怪物は意外そうに首を傾げた。
何者をも軽んじているその瞳には、嗚呼、とても覚えがある。
『私が怖くないンですかァ?』
「あ? 怖いに決まってんだろうが」
今でも頭の冷静な部分が泣き叫んでいる。
やめろ、やめろ、今すぐ身を翻して帰れ──見捨てて帰れ、さもなくば死ぬぞと泣き叫んでいるのだ。
そんな己の声を事実として受け止めて、
もう、覚悟はできている。
「怖いと感じることと、ソレに膝を屈することはイコールじゃねェんだよ、ボケが」
俺の言葉を聞いて、ソレは理解できないとばかりに首を傾げて──唐突に、納得したように手を打ち合わせた。
『なァルほど! つまり──勇気、というモのですねェ?』
その言葉を聞いて呆気に取られてしまう。
勇気、勇気と来たか。よりによって──勇気と言ったか。
あんまりにも的違いで、思わず嘲笑がこぼれてしまう。
「笑えねェ冗談言うなよ、馬鹿が露呈してンぞ?」
ソレのこめかみがぴくり、と跳ねる。どうやら馬鹿にするのは慣れていても、馬鹿にされるのは気に入らないらしい──どこまでも不公平な話だ。
そう、どこまでも不公平だ。
怪物としても浅さが見えるこの化け物に、家族のために頑張っているあかねが、レッドパッションがこんな目に遭わされている。
だからチラつくのだ。
脳裏に、血潮に、骨の髄にまで刻まれた──彼女の最期が、いつだって俺を離さない。
ああ、この激情には覚えがある。
どこまでも、そう、あの日からずっと俺の脳髄を焼き続けていたもの。
ずっとずっと俺を蝕み、同時に俺という心を薪として永遠に燃え続ける冷たい炎。
──俺とともに燃え尽きたと思っていたソレが、深い心の奥底で、再熱する。
それが勇気?
これが勇気?
何を馬鹿げたことを言っている。
否、馬鹿だ。馬鹿そのものの発言だ。
「いいか化け物、てめェにひとつ教授してやる」
「──これは、憎悪だ」
ひたすらに冷たく──どこまでも重苦しく。
おおよそ尋常を生きていれば持ち得るはずのないドス黒い殺意。
こんなものが、勇気であるはずがないのだ。
『──キミは』
化け物の瞳が不可解そうに細められ──しかし、首を振る。
『キミがその子の友人ナら、むしろ好都合ですよぉ。見ればキミもなかなカに麗しい……久しぶりの食事で、ご馳走がまとめテやってくるなんて! なァんて幸運なんでしょウ……!』
醜い口を広げ、まるで讃美歌を歌うように大げさに天を仰ぐ姿に、心の底から嫌悪感が湧いてくる。
麗しいと、ご馳走だと言ったのだ。
俺の姿を──妹の、ひなたの姿を、麗しいと、ご馳走だと。
脳裏に焼き付いた
その意味は性欲ではなく、おそらくは言葉通り食欲なのだろうが──いずれにせよ、弩級のゲスなのは間違いない。
本当に、どこまでも癪に触りやがる。
化け物だけではなく──俺に対しても、苛立ちが募る。
ひりつく空気の中、一歩、怪物は俺に近づく。
俺は一歩も退かず、ただ、後ろで倒れるあかねを見た。
「……悪いな、あかね。俺ァいつも、こうなんだ」
いつも遅い。
いつも、いつも、いつも、何かが起こった後に駆けつける。
あの日もそうだ。何もかもが壊れた後、俺は必死に駆けずり回って──あのゴミどもの嘲笑う声が、いつまでも脳を揺らして止まない。
じりじりと焦らすように──まさしく肉を弱火で炙るように、化け物は俺に近づいてくる。
奴は俺を食おうとしている。あかねにやったように、俺の肉を貪ろうとしている。
であれば、その隙に目玉の一つでも潰せるだろうか。
ふぅと息を吐き、身体から余計な力を抜く。その姿が生を諦めたように映ったのか、化け物の笑みが深まったが──油断上々。
化け物は俺を見下ろして、醜悪に微笑んだ。
『ここかラは悲鳴しか聞こエませんからァ──最後に、何か言イ遺すことは?』
まるで泣いている幼子を宥めるような口調に失笑する。
そのまま、化け物の眼前に中指を突き立てた。
「
『──冗談デも笑えまセんねェ』
その表情から幾度目かの笑みを消して、化け物は俺の首元に手を伸ばす。
この舐め腐った化け物に一泡吹かせてやるためにも、最期まで悟られてはならない。わざわざ死後を強調したのだ──殺せないまでも無様に泣き叫ばせてやらなければ割に合わない。
──ああ、しかし、それにしても。
胸元が、熱い。
”素晴らしい“
そう感じた瞬間に。
何かが砕け散るような音とともに、聞き覚えのある鮮明な声が響いた。
「な」
『にっ!?』
周囲を硝子のような粒子が覆い、俺の首元にまで伸びかけていた腕がそれに遮られる。化け物はそれでも手を伸ばして、その一拍後に何か見えないものに弾き飛ばされた。
俺──ではない、間違いなく。であればなんだ、なんなんだ!?
混乱する俺の前で、光を反射する粒子が収束する。
“我は汝を見た。そして汝こそが、我にふさわしい存在だ”
どこからか響いていた声もまた、収束に伴ってどこか確たる響きを帯び始める。
やがて粒子が完全に一つに収束した時──現れたのは、鏡で構築された異形。
下半身はなく、光を乱反射する鎧のような上半身のみが宙に浮遊している。
鏡で形作られた顔は精巧なフィギュアのようで、しかし無貌としか形容できない無機質さで覆われている。
「おまえは、なんだ……?」
先ほどの生物的な吸血鬼とは全く異なる、それでいて
人が向き合うにはあまりにも冷たすぎる。
端的に言えば、恐ろしかった。
この存在からは敵意も何も感じないというのに──押しつぶされそうな威圧感が。
『我は
対する硝子の異形は、まるで謎かけのような言葉を返す。
「何を」
『我は
「だから、何を言って──ッ!」
叫んで気付く。
誰か、似たようなことを言っていなかったか。
『それは
そうだ、ミストレスは俺に投げた水晶玉をそう形容した──そこまで考えて咄嗟に胸ポケットに手を入れる。
「ッ、砕けてる……!?」
原型を止めないほど砕け散っている水晶玉は、ほのかに熱を持っている。そうか、俺がさっきまで感じていた熱はこれだったのか!
『その珠は門にして鍵。我らがヒトを観測し、ヒトが我らに繋がるための道具。
──我らによってもたらされた、
「なら、なら、お前は一体、なんだって言うんだ……?」
それと同じ言葉で己を形容した硝子の異形は、我らとは、一体──
その疑問に答えるように、硝子の異形は手を差し伸べた。
『我は“裁き“。ヒトが無意識で夢想せし必罰の化身』
『我らはヒトの、
『──すなわち、『
アマイガス。
アマイガス──それは、魔法少女が討伐するべき敵の名前。
咄嗟のことで身構えることしかできない俺に、ソレは言った。
『我からも問おう、
『──我と契約し、
そんな、あまりにも理解を飛び越えた言葉に、俺の思考は今度こそ停止した。
課題とかで死にそうなので来週まで更新できないと思います。
すみません