TS魔法少女の刑に処す   作:TS魔法少女を曇らせ隊

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第十六話 契約──“ずっと見ていた”

 なりふり構わず彼女の元へ駆け出した。

 それをやったのが誰だとか、そういった危機意識は完全に頭から抜け落ちていて──だから多分、あかねの元に辿り着けたのは、純粋に奴の気まぐれだったのだろう。

 

 塵となってはらはらと消え行く獣の死体、それに力なく背を預けている彼女の姿は、荒事に慣れている俺であっても一瞬言葉を失うほどに痛々しい。

 

 腕は妙な方向に曲がり、二の腕の肉が抉られている。腹部には青痣になる前の腫れが生々しく這っていて、引き締まっている脚も力なく頽れている。

 

「あかねっおいッ! しっかりしろッ!」

 

 頬を叩いて呼びかけるも、彼女の唇はわななくだけで意味のある言葉を吐き出さない。

 おそらく、()の名前を呼ぶために、最後の力を振り絞ったのだ。腹の奥で積もっていく焦燥が、どうすれば助けられるかと思考を突き動かし──

 

『君ぃ、その子ノお友達ィ?』

 

 ──ふざけた声が聞こえた瞬間に、すぅ、と脳髄が冷えた気がした。

 どくどくと高鳴る心臓を他所に、俺は顔だけを後ろに向ける。

 

「てめェが、これをしたのか?」

 

『わァ、怖い顔ですねェ。でも、最初に質問しタのは、こっチでしょう?』

 

 にやにやと嗤うソレの言葉に確信する。コイツが彼女をこんな目に遭わせたのだ、と。

 質問には答えずに立ち上がり、あかねを庇うように怪物を睨みつける。

 

 それに何かを察した──あるいは妄想したのか、わァ、などと大袈裟にソレは喜んだ。

 

『良い覚悟ですねェ──でモぉ、あなた、一般人だよねェ?』

 

「そうだな。ああ、そうだ。俺ァただの一般人だよ」

 

 嘲るような言葉を肯定してやれば、怪物は意外そうに首を傾げた。

 何者をも軽んじているその瞳には、嗚呼、とても覚えがある。

 

『私が怖くないンですかァ?』

 

「あ? 怖いに決まってんだろうが」

 

 今でも頭の冷静な部分が泣き叫んでいる。

 やめろ、やめろ、今すぐ身を翻して帰れ──見捨てて帰れ、さもなくば死ぬぞと泣き叫んでいるのだ。

 

 そんな己の声を事実として受け止めて、()()()()()()()()()()()()()

 

 もう、覚悟はできている。

 

 

「怖いと感じることと、ソレに膝を屈することはイコールじゃねェんだよ、ボケが」

 

 

 俺の言葉を聞いて、ソレは理解できないとばかりに首を傾げて──唐突に、納得したように手を打ち合わせた。

 

『なァルほど! つまり──勇気、というモのですねェ?』

 

 その言葉を聞いて呆気に取られてしまう。

 勇気、勇気と来たか。よりによって──勇気と言ったか。

 

 あんまりにも的違いで、思わず嘲笑がこぼれてしまう。

 

「笑えねェ冗談言うなよ、馬鹿が露呈してンぞ?」

 

 ソレのこめかみがぴくり、と跳ねる。どうやら馬鹿にするのは慣れていても、馬鹿にされるのは気に入らないらしい──どこまでも不公平な話だ。

 

 そう、どこまでも不公平だ。

 怪物としても浅さが見えるこの化け物に、家族のために頑張っているあかねが、レッドパッションがこんな目に遭わされている。

 

 だからチラつくのだ。

 脳裏に、血潮に、骨の髄にまで刻まれた──彼女の最期が、いつだって俺を離さない。

 

 ああ、この激情には覚えがある。

 どこまでも、そう、あの日からずっと俺の脳髄を焼き続けていたもの。

 ずっとずっと俺を蝕み、同時に俺という心を薪として永遠に燃え続ける冷たい炎。

 

 ──俺とともに燃え尽きたと思っていたソレが、深い心の奥底で、再熱する。

 

 それが勇気?

 これが勇気?

 

 何を馬鹿げたことを言っている。

 否、馬鹿だ。馬鹿そのものの発言だ。

 

「いいか化け物、てめェにひとつ教授してやる」

 

()()()()()()()()を無視し、一歩踏み出して己の心臓を指差した。

 

 

「──これは、憎悪だ」

 

 

 ひたすらに冷たく──どこまでも重苦しく。

 

 おおよそ尋常を生きていれば持ち得るはずのないドス黒い殺意。

 こんなものが、勇気であるはずがないのだ。

 

 

『──キミは』

 

 化け物の瞳が不可解そうに細められ──しかし、首を振る。

 

『キミがその子の友人ナら、むしろ好都合ですよぉ。見ればキミもなかなカに麗しい……久しぶりの食事で、ご馳走がまとめテやってくるなんて! なァんて幸運なんでしょウ……!』

 

 醜い口を広げ、まるで讃美歌を歌うように大げさに天を仰ぐ姿に、心の底から嫌悪感が湧いてくる。

 麗しいと、ご馳走だと言ったのだ。

 俺の姿を──妹の、ひなたの姿を、麗しいと、ご馳走だと。

 

 脳裏に焼き付いた記憶(トラウマ)の色が濃くなっていく。

 その意味は性欲ではなく、おそらくは言葉通り食欲なのだろうが──いずれにせよ、弩級のゲスなのは間違いない。

 

 本当に、どこまでも癪に触りやがる。

 化け物だけではなく──俺に対しても、苛立ちが募る。

 

 ひりつく空気の中、一歩、怪物は俺に近づく。

 俺は一歩も退かず、ただ、後ろで倒れるあかねを見た。

()()()()()()を宥めて、ぎちりと唇を噛み締める。

 

「……悪いな、あかね。俺ァいつも、こうなんだ」

 

 いつも遅い。

 いつも、いつも、いつも、何かが起こった後に駆けつける。

 あの日もそうだ。何もかもが壊れた後、俺は必死に駆けずり回って──あのゴミどもの嘲笑う声が、いつまでも脳を揺らして止まない。

 

 じりじりと焦らすように──まさしく肉を弱火で炙るように、化け物は俺に近づいてくる。

 奴は俺を食おうとしている。あかねにやったように、俺の肉を貪ろうとしている。

 

 であれば、その隙に目玉の一つでも潰せるだろうか。

 ふぅと息を吐き、身体から余計な力を抜く。その姿が生を諦めたように映ったのか、化け物の笑みが深まったが──油断上々。

 

 化け物は俺を見下ろして、醜悪に微笑んだ。

 

『ここかラは悲鳴しか聞こエませんからァ──最後に、何か言イ遺すことは?』

 

 まるで泣いている幼子を宥めるような口調に失笑する。

 そのまま、化け物の眼前に中指を突き立てた。

 

()()()()()()()()、クソ野郎」

 

『──冗談デも笑えまセんねェ』

 

 その表情から幾度目かの笑みを消して、化け物は俺の首元に手を伸ばす。

 この舐め腐った化け物に一泡吹かせてやるためにも、最期まで悟られてはならない。わざわざ死後を強調したのだ──殺せないまでも無様に泣き叫ばせてやらなければ割に合わない。

 

 ──ああ、しかし、それにしても。

 胸元が、熱い。

 

 

”素晴らしい“

 

 

 そう感じた瞬間に。

 何かが砕け散るような音とともに、聞き覚えのある鮮明な声が響いた。

 

「な」

 

『にっ!?』

 

 周囲を硝子のような粒子が覆い、俺の首元にまで伸びかけていた腕がそれに遮られる。化け物はそれでも手を伸ばして、その一拍後に何か見えないものに弾き飛ばされた。

 俺──ではない、間違いなく。であればなんだ、なんなんだ!?

 

 混乱する俺の前で、光を反射する粒子が収束する。

 

 “我は汝を見た。そして汝こそが、我にふさわしい存在だ”

 

 どこからか響いていた声もまた、収束に伴ってどこか確たる響きを帯び始める。

 やがて粒子が完全に一つに収束した時──現れたのは、鏡で構築された異形。

 

 下半身はなく、光を乱反射する鎧のような上半身のみが宙に浮遊している。

 鏡で形作られた顔は精巧なフィギュアのようで、しかし無貌としか形容できない無機質さで覆われている。

 

「おまえは、なんだ……?」

 

 先ほどの生物的な吸血鬼とは全く異なる、それでいて()()()()()()()を感じる異質なソレに、思わず後ずさってしまう。

 人が向き合うにはあまりにも冷たすぎる。

 

 端的に言えば、恐ろしかった。

 

 この存在からは敵意も何も感じないというのに──押しつぶされそうな威圧感が。

 

『我は()にして()にあらず』

 

 対する硝子の異形は、まるで謎かけのような言葉を返す。

 

「何を」

 

『我は()であり、()()()()()()()()であり、そしてその()()()()()()()

 

「だから、何を言って──ッ!」

 

 叫んで気付く。

 誰か、似たようなことを言っていなかったか。

 

『それは()であり、()であり、()()()()()()()()だ』

 

 そうだ、ミストレスは俺に投げた水晶玉をそう形容した──そこまで考えて咄嗟に胸ポケットに手を入れる。

 

「ッ、砕けてる……!?」

 

 原型を止めないほど砕け散っている水晶玉は、ほのかに熱を持っている。そうか、俺がさっきまで感じていた熱はこれだったのか!

 

『その珠は門にして鍵。我らがヒトを観測し、ヒトが我らに繋がるための道具。

 ──我らによってもたらされた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()の道具』

 

「なら、なら、お前は一体、なんだって言うんだ……?」

 

 それと同じ言葉で己を形容した硝子の異形は、我らとは、一体──

 その疑問に答えるように、硝子の異形は手を差し伸べた。

 

『我は“裁き“。ヒトが無意識で夢想せし必罰の化身』

 

『我らはヒトの、()()に棲まう者

 

『──すなわち、シン棲種(アマイガス)

 

 アマイガス。

 アマイガス──それは、魔法少女が討伐するべき敵の名前。

 咄嗟のことで身構えることしかできない俺に、ソレは言った。

 

『我からも問おう、鎌原定努(かんばらさだむ)──あるいはそれを捨て去る者よ』

 

 

『──我と契約し、()()()()となれ』

 

 

 そんな、あまりにも理解を飛び越えた言葉に、俺の思考は今度こそ停止した。




課題とかで死にそうなので来週まで更新できないと思います。
すみません
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