TS魔法少女の刑に処す 作:TS魔法少女を曇らせ隊
少女は騎士剣を腰だめに構え、地面を蹴って急激に加速する。おそらくはトラックと激突しても、真正面から貫けるであろう気迫──それを前にした怪物は、身を震わせながらもその両手を交差させる。
鈍化する視野でそれを眺めながら、ぎちり、と少女は歯を噛み締める。
──受け止めるつもりか!
「ハッ、上等ォッ!」
『くフっ!』
ズシン、と大気を震わせる轟音。構えた剣が怪物の交差した腕を貫き──肉と骨を断ち切るも、しかし、身体には届かない。
一転して懐で留まることになった少女を見下ろし、醜悪に怪物は笑う。さあて、どのように調理して、
『くッ!?』
本能的な寒気。本能が訴える危険信号に従い、怪物はたまらず大きく後ろに──違う。
腕を貫いた剣が、今度は逆に己を縫い止めている!
「オラァッ!」
少女はわずかな躊躇いもなく剣から手を離し、幾度も繰り返した経験をもとに最速で拳を抜き放つ。
体重と重心を乗せた小さな、しかし紛れもない魔法少女の拳が怪物の下腹部に突き刺さった。
『手癖ノ悪いッ!』
負けじと怪物も脚を振り上げて迎撃するも、少女は小さい体躯を器用にねじってその勢いを殺し、逆に後ろに飛び退いた。
脚を振り上げて無防備になった怪物、そこに再び飛びかかり──脚を向けるは、腕に突き刺さった剣の柄。
少女の脚が剣の柄を正確に蹴り飛ばす。その勢いでさらに剣が腕に食い込む。
どろどろと粘着質な血液が噴き出し、怪物の口元がひくりと歪む。自動車を彷彿とさせる膂力によって食い込んだ剣が、怪物の胴体に傷を付け──その姿が掻き消えた。
からん、と剣だけが地面に落ち、その音だけが虚空に響く、
「あァ?」
チンピラのような悪態を吐きつつも、少女の目に油断はない。隈なく周囲を見渡しながら、落ちた剣を取り上げる。
こびりついた血反吐を払うように剣を振るい、ゆっくりと、一歩一歩竜胆あかねの元に戻る。
コツン、コツン──足音。
それ以外に音はない。
──逃げた、か……あるいは──“我に任せよ”
脳裏に聞こえたその声に、少女の口角がわずかに上がる。
辺りを一度睨みつけた後、少女は躊躇いなく目を閉じた。
戦場においてあり得ない行動。一廉の武人であるならまだしも、青年であった頃から武術を修めたことなどない少女にとってそのような行動は危険極まりないものだ。
所詮尋問と拷問と喧嘩が得意な程度のチンピラ、姿を見せない相手を心眼で探るなどできるはずがない。
──それが少女だけであるならば。
音が消える。
景色が消える。
在るは瞼の裏ばかり。
視界と聴覚、二つの器官が何も捉えなくなったことで、残る触覚が最大限励起する。
肌を撫でる風、滲む肌、じっとりと線を引く汗が地面に滴り落ちる。
極限まで高まった緊張感の中、けれど少女は気負うことなく剣を握り──“来る”
「ッ!!」
ガッ、
『ッ!?』
キィンッ!!
背後に現れ、少女の首元を掻き切ろうと伸ばされたその手を剣で弾く。
見開かれた少女の瞳が、怪物の姿をありありと捉え──爪を弾いたその瞬間に、剣を携えて突っ込んだ。
伸長し、硬質化した爪と鈍色の騎士剣が幾度も何度も打ち合わされる。
両者の動きに技巧はない。ただ最速で相手を殺す、それを軸に素人が反射神経にモノを言わせて繋ぐ剣戟はあまりにも無骨で、けれど数奇な噛み合いを見せていた。
「死ねェッ!!」
呵声とともに振るわれる剣──を囮にしたハイキックを受け止めた怪物は、クツクツと笑う。
何がおかしいのか、と少女の眉が顰められる中、ついには堪えられないとばかりに口を開けて大笑した。
『くフふ、うフっ、なんて素晴らシいッ! 可憐な装束に似合わず、随分と
「テメェに褒められたって気色悪ィだけなんだよッ!」
拳を、蹴りを受け止め、あるいは弾き、それでも怪物は笑い続ける。
『そウ、その口調ッ! 男勝り? 否ッ、アナタのそれはそんな可愛ラしいものではないッ! おおよそ女性が身にツくハズのないけったいな口調──そしてその長剣に見合わぬ喧嘩殺法ッ!』
「何が言いてェんだッ!!」
『──アナタのことが、知りたァいのです』
ぞわぞわと、背筋が粟立つような不快感。耳に入るごとに、鼓膜をぶち破ってやりたくなる甘い声──心の底から湧き上がる不快感を吐き出すように、少女は凛として吐き捨てた。
「そうかよ、俺ァテメェのことなんざ少しも知りたくねェけどなァッ!!」
剣を弾かれた勢いを活かし、怪物の腹めがけて回し蹴りを叩き込む。防がれた。
少女が舌打ちする隙に、怪物の腕が振るわれる。圧倒的膂力のそれを剣の腹で受け止めて、あえて距離を離して竜胆あかねの側に戻った。
その一連の動きを見て、不気味な怪物の笑みがさらに深まった。
──大きく強化された身体能力。
──それに振り回されない動体視力。
──総合して、凄まじい戦闘センスがある、そう言ってもいい。
それらに加えて怪物の興味を引くのは、今も怪物の肌を焼くように貫いているその圧倒的な
『足りてイない、アナタは全然足りテない……だというのに』
その身体能力は、先ほどの魔法少女に匹敵するか上回るほど。今まで
だが本来あり得ないのだ。
──
いやはや全く、末恐ろしい。先ほどの麗しい少女も含めて、かくも才能とは残酷なのか。
今まで己が食ってきた魔法少女を哀れに思い、同時に腹の底から笑う。
『そんなアナタを食うことができれば、ワタシの空腹も随分とマあ満たされるでしょうねェ……!!』
「それしか言えねェのかよ、テメェは」
地面に剣を突き立てて、黒の少女は呆れたように呟いた。
口を開けば食う、食う、そればかり。自分勝手にボルテージを上げて盛り上がる姿は、側から見れば滑稽だ。
本当に憎たらしいし、殺したいほど苛立たしい。
だが、まあ。
そんな己の心こそ、一番どうでもいいのだが。
──“来たぞ”
脳裏に響く声に、少女は口角を吊り上げる。
「なァ、化け物」
『なニか?』
「おまえ──俺の目的、忘れてねェか?」
少女の言葉に、訝しげにしたのも一瞬。
バッと気付いたように怪物は天を仰ぐ。それに追随するように、少女も剣を振り上げた。
「チェックだ」
──大丈夫ですかー!?
大音量として叩きつけられたのは、少女にとっては馴染みのある声。
同時に空気を裂き、大気をホバリングする聴き慣れない音が無数に続く。
ここは四階、ショッピングモール最上階。
──ブブブブブ……!!
吹き抜けに現れたそれを仰ぎ、少女は呆れと、少しばかりの喜びをその表情に滲ませた。
「まさかドクターヘリとはな。さすがにちょっと驚いたぜ」
『救援……!? いツの間に!?』
「俺ァ呼んでねェよ。……俺は、な」
少女の言葉に狼狽する怪物であるが、確かに少女は救援を呼んではいない。
何故なら必要ないと、そう脳裏で伝えられていたからである。
──敵影、並ビニ味方確認! コレヨリ救助態勢ニ移ル!
しゅるしゅると下ろされたロープを伝って降りてくるのは紛れもない救助隊員──だが少女がそれに違和感を持つと同時に、彼らは手早く竜胆あかねを担架に乗せるとドクターヘリへと運び込んでいく。
それを見て怪物が地面を蹴る──獲物は逃さない、と言わんばかりにこちらへと向かってくる怪物に、
少女は、盛大に笑みを向けた。
可憐で勝気な、麗しい少女の笑顔──だがそれを向けられた怪物は、ぞわぞわと背が粟立った。
咄嗟に勢いを殺し、両腕を顔の前でクロスさせる。
──その瞬間、無数の衝撃が怪物を撃ち抜いた!
『こ、レは……!!』
咄嗟に構えた両腕に食い込み、逸れた一つが頬を掠め、庇うものがない脚にもいくつかのソレが叩きつけられる。
ぶちゃあ、と弾ける肉と熱い血潮。傷が発する激痛に苛まれながらも怪物は空を見上げ、己を撃ち抜いたソレに憎々しく顔を歪めた。
『銃、でスか……! やってくれるゥ……!!』
人間一人など一度の掃射で
身体中に満ちる激痛、それを秤にかけるわずかな逡巡を経て、怪物はその身を再生させた。
『ぎ、ヅぃ……ッ!!』
体内の弾丸と潰れた肉を、強靭な筋肉がともに押し出す。激痛とともに吐き出して、さらに訴えを増す空腹にぎりぎりと歯を噛み締めた。
──もういい、二兎を追うのは諦めよう。
今はせめて、黒衣の少女を腹に収めねば割に合わない……!
空腹に苛まれる脳髄でそれだけを考え、眼前で待ち構えているだろう黒衣の少女に飛びかかろうとして──気付く。
少女がいない。
あれだけ己を殺そうとしていた少女が、逃げた──?
「そもそもの話だ」
困惑する怪物の上方から、凛とした声が響く。
天を仰ぐ怪物、その視線の先で佇む少女は、吹き抜けから覗く屋上に佇みながら、怪物を睥睨していた。
「俺の目的はテメェを殺すことじゃねェ……あかねを助ける、それだけだ」
それはおかしい、と怪物は思う。であればその殺意はなんだ、今も全身からみなぎる殺意は、一体なんのためにある?
そんな怪物の疑問をよそに、側で滞空するドクターヘリから吊るされたロープを片手で掴んだ黒衣の少女は、騎士剣を腰に差し入れたその手を振り上げた。
「だから、俺の心なんてどうでもいい。
──結果としてテメェが死ねば、それで万事解決なンだよ」
少女は振り上げた手を下ろす。
それを合図にしてか、ドクターヘリの機銃が唸り──怪物に向けて無数の鉛玉が、また。
迫り来るソレを前にして、怪物はどこか納得していた。
“なるほど、なるほど──アナタの才能は、それか”
彼女は今も、己を殺したいと思っている。それはみなぎる殺意が証明している。
だがそれは己の手でなくてもいい、そう割り切っているのだ。彼は完全に己の感情を支配下に置いている、“殺したい”だとか“憎い”だとか、そう言った感情に
だから
──少女は最初から、“守る”、“助ける”という
それ以外のものなど、端から切り捨て一切を勘定に入れていない。
それに気付いた瞬間に、怪物の脳髄に悪寒が走る。
それは近付いてくる死に対する恐怖ではなく、あまりにも、あまりにも合理に傾いた冷たい思考への畏敬。
『あハ』
思わず溢れてしまった笑み。少女が怪訝な顔をする。
そんな彼女に、恋情にも似た熱っぽい目を向けて、怪物は口角を歪ませる。
『また、会いましょうねェ……』
迫る弾丸、灰色の景色。
その中で唯一色付く黒衣の少女は、嫌そうな顔をして中指を立てた。
「俺ァ二度と会いたくねェよ。とっととくたばれ、変態野郎」
一瞬の交錯──怪物はどこまでも愉快な気分で、
鉛玉に全身を貫かれた。