TS魔法少女の刑に処す 作:TS魔法少女を曇らせ隊
──ともに世界を救わないかな?
長いプラチナブロンドの髪。
白い肌と碧い瞳。
神が手ずから大理石より掘り出したかのような美貌を持つソレが俺の前に現れたのは、今から数ヶ月前のことだった。
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狭い独房の窓から見える僅かな青い空だけが、俺にとって故人を想える唯一の共通項だ。
だから曇ればとても悲しい。
あの空は、妹を失った小雨の降る夜にそっくりだから。
今にも降り出しそうな黒雲の下、ため息を吐く。
「あと何年で会えっかなァ……」
随分と悪くなってしまった口で、俺の終わりを待ち望む。
五年、六年、七年、八年──できるだけ早く執行してほしいものだ。俺はそれだけのことをしたし、それを望んでいるのだから。
……もっとも、俺が行くのは地獄だろうから、間違いなく天国行きの妹とは会えないだろう。
それでもひととき、夢見るくらいは許してほしい。俺はクリスチャンじゃないが、たまの教誨室で教えを受けさせてもらっている。
だから少しの温情くらい、期待してもいいだろう。
そんな罰当たりなことを考えながら曇り空を眺めていると、廊下から足音が聞こえてくる。
「おい、023番」
「はい?」
023番、それがこの拘置所における俺の名前だった。
いわゆる称呼番号という奴で、本名の方は呼ばれもしない。
それが俺たち、死刑囚へのせめてもの配慮なのだそうだ。
「そうだ、お前だ。ここから出て、ついて来い」
「俺なんかしたかな……ま、いいや。どうもです」
扉を開けてくれた刑務官に挨拶して、その後を雛鳥のように付いていく。
ここでは刑務官が絶対だ。反抗する者はほぼいない。いたとしてもやけになった馬鹿だけで、ほとんどは俺のように過ごしているという。
……それは従順から来る落ち着きでなく、首吊って死ぬことがほぼ確定しているがゆえの諦めとも言えるだろうが。
刑務官の後ろを歩くこと数分、見覚えのある扉の前にたどり着く。
扉にかかっているプレートを見て、俺は思わず声を出した。
「面会室?」
「そうだ。023番、ここから先は下手な口を聞くなよ。向こう方への礼を失するな」
俺と何かしら関わりがあるわけではなく、刑務官が慮るほどの大人物、か。
……シャバですべての縁を断ち切った俺に用があるお偉方ね、なかなかに胡散臭いじゃね
ぇの──とは思うものの口には出さない。
「わかりました」
それを聞いた刑務官は頷くと、面会室の扉を開けて俺を奥へと押し込んだ。
内装はやはりというか、ステレオタイプな面会室だ。全体的に白く、部屋を二分するようにアクリル板と白いテーブルが中心に設置されている。
それらを挟んだ向こう側に、この部屋には全くもって似つかわしくない人間がパイプ椅子に腰掛けていた。
「やぁ、君が023番──
「私はミストレス・アドラー。気軽にミストレスとでも呼んでくれたまえ」
金髪碧眼の人外、彼──あるいは彼女に対して最初に抱いたイメージはそれだった。
死刑囚への配慮だとか、そういったことを一切気にせず俺の名前を言い放ったその姿は、あまりにも上位者としての気概に満ちている。
その男だか女だか判別できない容姿も相まって、まるで巨人を見上げているような気分になる。今にも踏み潰されてしまいそうだ。
「久しぶりに呼ばれましたね、その名前」
それでも、人生の大仕事を終えた俺にとっては単なる雄大な山に過ぎない。偉大であるのは間違いないが、気圧されて萎縮してしまうほど俺の心は柔くない。
特に気負うことなく言葉を返すと、心なしかミストレスの視線が柔らかくなった気がした。
「人の名前は大切だよ。アイデンティティ、自己の根幹と言ってもいい。人は名前を持って初めて、個として生きることを許される」
「哲学ですか? あいにく、無学なもので」
「疎いと認めることも賢者の資質さ。無知の知を知る、と言うだろう? まあ、ひけらかせばそれは一転、愚者の証に変わるわけだが……さぁ、座りたまえ」
お言葉に甘えてパイプ椅子に腰掛けると、自然、彼と向き合うことになる。
……先ほどは気圧されないとは言ったが、さすがに直視すると凄まじいものがある。美術館で佇んでいたらそのまま美術品に間違えてしまいそうだ。
「俺に何か用でもお有りで? 事情聴取には極めて協力的であると自負していますが」
とはいえあまり見つめすぎるのも失礼なのでさっさと本題に切り込もうとすると、ミストレスもまた鷹揚に頷き……身を乗り出してまで俺の瞳を覗き込んでくる。
恐ろしいほど透き通った碧い瞳は、こちらのすべてを見透かすような迫力に満ちている。それでいて宝石のように煌めいているのだから、好事家にとってはたまらないだろう。
覗き込まれているこちらからすれば、さながらヒトに見つめられるアリの気分だが。
数瞬が経ち、それでも俺の瞳を覗き続ける彼の口から言葉がこぼれた。
「……良い目をしている。修羅場をくぐり抜けた者特有の、荒みながらも生気に溢れた良い瞳だ。そういう目は好きだよ」
「それはどうも」
お世辞というには真に迫り過ぎている言葉に、にっこりと謝意を示す。
褒められるのは好きだ、それが世辞であろうとなかろうと、相手が俺を慮っているという証明になるのだから。
ミストレスがくすりと笑い、姿勢を正した。
「確かに私は公務員で、人々を守る公務に就いている。だが間違っても警察ではないし、犯行に使った凶器だとかは微塵も興味はない。私は君に……『現代の復讐者』と称される君に興味があるのさ」
「……なんですかその仰々しい名前は」
「ニュースで連日報道されている君のあだ名だよ。あくまでも君の一側面だけを切り取っただけの、実に愚かな名前だが」
そう嘲るように鼻を鳴らしたミストレスは、手元に何枚かの資料を並べる。
なんとなしに覗き込むと、そこに見覚えのある顔があり、どこか胸の奥がざわついた。
「彼らは全員が名だたる家の御子息だそうだね。しかし彼らは皆札付きの
そこで一度言葉を区切って、ミストレスがこちらを見る。
「そして君は、彼らを皆殺しにした。四年という歳月をかけて連中に取り入り、得た信頼をエサに廃墟の一室に誘き寄せて、とびきり惨たらしく殺害した」
紛れもない計画的な犯行だね、とミストレスは笑う。
「その後、血まみれの凶器を丁寧に床に並べ、水を浴びて血を流し、身体を清潔にして
「さて、何故君がそのような行動を取るに至ったのか? それは彼らの行ってきた非行を鑑みれば、さして難しい話でもないが……」
確認を取るようにこちらを伺うミストレスに、躊躇いもなく頷き返す。
案外気遣いの心もあるのだな、などと思いながら。
「君が、連中に妹を殺されたから。それも女として最悪な死に方をして……君はその一部始終を、動画という形で見せられた」
「そうですね。連中、俺に笑いながら見せてきましたから」
今も、ああ、脳髄の奥にこびりついている。
連中に囲まれ、人気のない路地の硬い地面に押しつけられる妹の姿が。
言葉にするのも忌々しい辱めを受けて、泣き叫ぶあの子の姿が。
──死後、まるで
「当然通報したが、誰もそれを受け取らない。何故か? それは彼らの親が政治家だから……資産家だからだ」
「そうですね。覚えてますよ、鮮明に」
妹の死を笑い、呆然とする俺を嘲る奴らの姿を。
両親の訴えを、マスコミの連中が少しの躊躇いもなく握り潰したことを。
──受話器越しに聞こえた、涙ながらに謝り続ける若い警察官の声を。
今も鮮明に、覚えている。
「だから君は、自分の手で決着をつけた。長い時間をかけて、彼らを殺害した。
これが、今君が此処にいる理由。合っているかな?」
まるで演劇か何かのように事の経緯を語り終えたミストレスの目は穏やかだ。
憐れみでもなく、同情でもなく、ただ真正面から俺を見つめる、穏やかなだけの目つき。
実のところ刑務官たちからのそういった目に辟易している俺としては、幾分かやりやすい。
「ええ、その通りです」
それにしても随分俺のことに詳しいようだが、もしかしてそれらもすべてメディアで報道されているのだろうか。もしそうなら、少しだけ不愉快だ。
「安心したまえ、メディアで報道されているのはもっと
俺の心を読んだかのような答えを返したミストレスは、懐から新聞紙を取り出した。……どこから取り出してるんだ、それは。
そんな疑問を脇に退けつつ、差し出された新聞紙を読んでみるが……すぐに閉じて、ため息を吐いた。
「おや? いいのかね?」
「これになんの意味があるんです? 一緒なのは名前だけで、他がまるっきり違う」
誰だこいつは、としか言いようがない。新聞紙に好き勝手書かれている俺はもはや俺ではない、メディアや政治家に都合が良いように歪められた虚像の俺だ。
特にこの『現代の復讐者』だかなんだか言って、まるで悲しきヒーローのように書かれているのが気に入らない。
「だが、そんな君が民衆には刺激的だったようだよ。SNSでは著名人たちがこぞってコメントを残し、民衆たちは日夜大騒ぎだ。中には再審、あるいは減刑のための署名を集める者までいる」
それ自体も不愉快だ。不愉快だが……。
それよりもわからないことがある。
「……つまり、何が言いたいんです?」
俺に娑婆のことを聞かせる意味とはなんだ。
貴女の目的は、一体なんだ?
言外の問いに、ミストレスは笑う。
「世論は君の死刑を望んでいない、ということだよ」
──さて、ここまでが前置きだよ鎌原定努。
どこからかそんな声が聞こえた気がした。
「私がここに来て、君に会いに来た目的は一つ」
「──ここを出て、世界のために戦わないかな? 君にはその資格がある、私はそう考えている」