TS魔法少女の刑に処す   作:TS魔法少女を曇らせ隊

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第二十話 病床での目覚め

 夢を見ていた。

 モノが壊れる夢。

 ヒトが壊れる夢。

 そこに垣根はなく、対象もまちまちで、夢らしい無骨滑稽さはなく、ただひたすらに壊れていくだけの、ひたすら破滅的な夢。

 

 縁も欠片も存在せず、けれど一様に壊れていくそれらに、ひとつ、共通点があるとすれば。

 

 

 それらすべてを壊しているのは、自分だということだ。

 

 

 ──竜胆あかねは、いつも何かに怯えている。

 

 

 /

 

 

 見上げた空は白かった。

 それが病室の天井だと気付けたのは、ひとえに彼女と真っ白な空が縁深かった故だろう。

 竜胆あかねは過去何度か、アマイガスとの戦いで敗走し、ここで療養させられていたことがある。

 

 それに加えて、心労と過労で入院した彼女の母を見舞うため、何度も病室を訪れているから、一目見れば見慣れたものだとすぐに気付いた。

 

「…………」

 

 起きあがろうとして、しかし、身体が動かない。手足の感覚が消えていた。

 首だけ起こして身体を見れば、やはり、包帯と麻酔でミイラのごとき白達磨。はぁ、とため息を吐こうとするも、衰えた喉は痙攣のみを返すばかり。

 

 凄惨たる有様だが、不思議と焦りはなかった。あるいは焦燥を伝える器官が麻痺しているのかもしれないが、ともかく、それを踏まえても彼女は落ち着いていた。

 

 寝起き、病み上がりの身で何故だろう、と鈍い首を回し……気が付いた。

 

「……ん、ん」

 

 見覚えのある長い黒髪の綺麗な少女──ひなたが、これまた見覚えのある装いで、ベッド脇の椅子に座りながら船を漕いでいた。

 ふらふらと身体は力なく揺れ、今にも椅子からずり落ちそうなほど頼りない。けれどそこから目線を下にやれば、同様に力なく垂れた腕の先が、己の手を包帯越しに握っていることに気付く。

 

 感覚はない。現に今まで気付かなかったから間違いない。

 けれど、それが焦りが湧いてこない理由の証明だという暖かさは、胸の奥に感じられた。

 

「ぁ」

 

 それが嬉しくて、だから声を出そうとして、しかし、声が声として出ない。

 どれほど眠っていたのだろう、寝起きと疲れで振動を忘れた声帯は、ありったけの感情を込めても音を出力してくれない。

 

 それが悲しくて、だからまた声を出そうとして──

 

「ン、ン、……?」

 

 甘い吐息をかすかに漏らして、黒髪の少女の目がゆっくりと開かれていく。

 眠気でぼやけ、茫洋とした彼女の瞳に、段々と意志の光が宿る。いつも毅然として凛々しい彼女もこういうところは人間らしいと、ぼうっとする脳で考えているうちに。

 

「……おはよう、あかね。

 随分と気持ちよく寝てたじゃねェの?」

 

 完全に目覚めたひなたに意地悪を言われて、少しだけ彼女の口角が上がった。

 とはいえ笑おうにも喉は引き攣るばかりで、ろくに笑えやしない。それを察したのか、ひなたは表情を曇らせて少女の喉に触れる。

 

「ちょっと喉が衰えてンのか……ま、少しでも出せるようになりゃ喉の筋肉はすぐに戻るさ。それまで少しの辛抱だぜ。イエローアイの治癒魔法も完璧ってわけじゃない……らしいからな」

 

 パッと喉から手を離し、元気付けるように明るく声を出したひなたは、最後にあかねの頭を撫でて席を立った。

 

「悪ィな、リハビリ(おしゃべり)に付き合ってやりてェのは山々なんだが……ちょっとミストレスに呼び出されてンだ。それが終わったらまた話そうぜ。……積もる話もあるしよ」

 

 ふらふらと適当に手を振りながら離れていくひなたに、あかねは咄嗟に手を伸ばそうとした。

 けれど両手は動かない。病床のあかねに許されたのは、ただ動かせるだけの首だけ……。

 

 ひなたが病室のドアに手をかける。

 

「じゃ、また近いうちに、な」

 

 最後に振り向いた彼女の笑顔は、ひどく穏やかで優しかった。

 

「……ぃ、ぁ」

 

 声を無理に出そうとしても、喉が張り詰めて痛みが走る。

 それでもあかねは言いたかった。

 

 行ってらっしゃい、──ありがとう、と。

 

 カシャン、とドアがスライドして、ひなたは病室から出ていった。

 

 あかねはぼんやりと天井を見つめて……ひなたが、自分の元に駆けつけた時のことを思い出す。

 

「…………」

 

 あんなに必死で、自分の名前を呼んでくれた。

 脇目も振らずに走ってくる余裕のない姿は、彼女の容姿が幼いということを差し引いても、痛々しかった。

 

「………………」

 

 そんな彼女を、己は守り切れなかったのだ。

 あの状況で自分は意識を失った。サラマンダーも()()に食われた。

 だから自分に、状況を打破する力はなかった。

 

 自分が助かったのは、奇跡的に自分が呼んだ救援に助けられたから。

 だがそもそも、自分があの怪物を殺せていれば彼女が危険に晒されることもなかったのだ。

 

 

 それがどうしようもなく、腹立たしい。

 

 

「…………っ」

 

 行き場のない心が胸中で暴れ出す。けれどそれを出力する喉は、腕は、脚は、麻酔で麻痺して動かない。

 己の力不足を象徴するそれが余計に苛立ちを刺激する。まるで檻の中に閉じ込められた獣のようだ、そう客観視するほど胸中に、深く、昏く、燃え上がるものが満ちていく。

 

 アタシは。

 アタシは、()()()()()()()んだ。

 

 膨張した袋が張り詰め、跡形もなく裂けるように。

 叫べず動けず、中身を吐き出すことができないソレが、耐え切れずに決壊するまで──

 

 

 ──そのとき、病室の扉が開いた。

 コツコツと、鋭利に床を踏み締めるローファー……聞き覚えのある靴の音。

 

 まさか、とあかねがそう思う暇もなく、ベッドの隣に一人の少女が腰を下ろす。

 

 肩で切り揃えられた黒い髪。

 あるいは光の反射で青を浮かばせるそれ。

 体躯はひなたと並んで小さいが、手に携える古ぼけた竹刀袋は彼女の背丈に並ぶほど長い。

 

「ぁ」

 

「無様ですね」

 

 あかねのうめきを遮るようにして叩き付けられた罵倒は、明確な嘲りを孕んでいる。

 だがそれ以上に、あかねを表すにこの上ない言葉だと、彼女自身が認めてしまった。

 

 何も言い返せないあかねに、少女は──楓信寺静理は、鼻を鳴らしてそっぽを向いた。




正直展開が早い気がしている
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