TS魔法少女の刑に処す   作:TS魔法少女を曇らせ隊

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第二十二話 誤魔化さないという『誠実』②

 ガチャリ、と執務室の扉を後ろ手に閉じて、息を吐く。

 

 “なんだ? 疲れたのか?”

 

「ちィと情報過多でな……ま、歩く間に適当にまとめるか」

 

 “それがいいだろう、我とて知らぬことは多かった”

 

 廊下を歩きながら、両手の指を立てて脳内の情報を整理する。

 

「まず、魔法少女が女にしかなれない理由……それは女性が生物的に“他者を受容する機能”を有しているから」

 

 “要するに──”

 

「そこは流せ、生々しくてやってられンわ」

 

 他者を受容、まあ、つまりそういうことだ。破廉恥だ。

 アマイガスは人類の集合的無意識から生じた存在なので、それを受容するとは他者を体内に抱え込むのと同じ、というわけなのだろう。

 

 同様に、変身に関してもアマイガスの力を利用して行われるものなので、前提としてアマイガスの力を受容できる女性でなければ難しいという。

 

「“人々の助けを求める心”を利用して救世主(ヒーロー)の力を得る、ね」

 

 ──そもそも敵としてアマイガスが顕現している以上、味方するアマイガスも顕現して勝手に殺し合ってくれればいいのではないか。

 そうミストレスに問いかけると──()()()()()()()、と明確に否定された。

 

「実際、そこんとこマジなのかよ?」

 

 “事実としてその通りだ。我らは悪たる我らを除き、この世には顕現できないようになっている。理屈は知らん……我らはミストレスが整えた道を通してのみこの世に現れ、そして人に宿る形でしか力を行使することができない”

 

「あの水晶玉か……ったく、都合が悪いったらありゃしねェ」

 

 ミストレスとコイツが嘘を吐いているかもしれないが、俺がそれを判別する術はない。だったら信じるしか選択肢はない。

 ……その場合、これでそもそも戦わない、戦わせない道、というものが消え去るわけだからあまり好ましいことではないが。

 

「確かに色々話してはくれたが……結局、その分謎が増えた気分だぜ」

 

 とはいえ、だ。

 俺のやることは変わらない。

 

「戦って守る。戦って助ける俺にできるのはそれくらいだ」

 

 “──では、彼から聞かされた我らの基本性質については?”

 

「…………」

 

 アマイガスの基本性質。

 あの変態クソ吸血鬼の言葉とも合致するソレ。

 

「──不愉快な話だな」

 

 だが、それだけだ。

 それだけでしかない。

 

 それだけでしか、ないはずだ。

 

 “……なるほど”

 

 納得した、とは到底思えない声色を最後に、彼の声は聞こえなくなった。

 それはどこか、不自然に何かを飲み込んだが故の沈黙にも思えた。

 

 俺にとっても、彼にかけるべき声はなく。

 曇天に降る白雪のような重苦しい沈黙は、当分晴れそうにない。

 

 

 /

 

 

 そんな雰囲気の中、長い廊下をひたすら歩き、あかねの病室の近くまで来た頃。

 向こう側から歩いてくる人影に、思わず足を止めてしまった。

 

 まだ高校生にも成りきれていない、幼くも可憐な顔立ち。青い瞳はとても鋭く、思わず気圧されてしまいそうな冷たさがある。まるで抜き身のナイフのようだ。

 俺よりもさらに低い一五〇あるかないかの身長に、それに反して非常に長く、使い込まれた様子の竹刀袋。

 それを背負いながらも、修行僧を思わせる余裕ある足捌きとピンと張った背筋は、見ていてこちらも姿勢を正してしまうほどに整っている。

 

 楓信寺静理。

 あの時、あかねと言い合いをしていた以来の遭遇だった。

 

「どうも」

 

「……どうも」

 

 とりあえず頭を下げてみると、意外にも会釈を返してくれた。

 案外社交性は悪くないのか、そう思いつつ上目で少女を見るも、露骨に舌打ちされてしまう。やっぱり社交性ないかもしれない。

 

「……その目、何か気になることでもあるのですか?」

 

「ン、……まあな。そっち方面、知り合いの病室があるからな……もしかして、と思わなくもない」

 

「曖昧な言い方ですね。はっきり聞いてみたらどうですか? あなたは竜胆あかねの病室から出てきたのですか、と。まあそんなことが最初からできるなら」

 

「お前、あかねの病室から出てきたんだな?」

 

 まるで吐き捨てるように言われたが、この程度の煽りにはアングラでの暮らしで慣れているので気にしない。そもそも煽りに乗っかって答えを自爆している時点で可愛いものだ。

 

 煽りを途中でさえぎる勢いで身を乗り出すと、その分楓信寺静理は咄嗟に身を引いてこちらを睨みつける。

 その口が罵倒を吐き出そうと開きかけたとき、俺はすぐに頭を下げた。

 

「近づきすぎたな。気を悪くしたみたいだし、謝るよ」

 

「え、……ふん、おかしな奴ですね」

 

 やはり、と頭を下げたままにやりと笑う。先ほどの自爆で察してはいたが、機先を制してやればこの通り、実に可愛らしいものではないか。

 加えて即座に切り返せずに生ぬるい毒でお茶を濁す様を見るに、この子──

 

 ──今まで罵倒と煽りでイニシアチブを取ってきたタイプのコミュ障と見た。

 

「それで、あかねの病室でどんなことを話したんだ? あんまり仲良くないんだろう?」

 

「はっ、まだここに来て一週間も経っていない貴女が何を偉そうに」

 

「いやいや忘れちまったのか? 顔合わせの時バチバチに喧嘩してたじゃねェか……それで察しないってのも無理あるぜ?」

 

 微笑みとともにツッコミを入れてやると、途端にそっぽを向いてしまう。

 こういうタイプは自分が一方的に言えなくなると弱い。その手の輩への対処自体は、アングラで手慣れている。

 

 ……だからこそ慎重に出方を探らなければならない。

 出鼻を潰されれば弱い、それは裏を返せば先手を取られると強いということ。

 改めて先の喧嘩を見ればわかるが、おそらくあかねは、この子が吐いた毒を飲み込めずに毒されてしまったのだろう。

 

 であればあかねと仲が悪いこの子が一体、弱っている彼女にどれだけの毒を吐き捨てたのか。

 

 本格的にキレて有耶無耶になる境界線で、それを探る。

 

「俺ァ別に怒ってるわけじゃねェんだ……そンくらい、話してくれてもいいだろう?」

 

 できるだけ神経を逆撫でせず、それでいて離れすぎず、言葉を選んで問いかける。

 楓信寺静理は俺の言葉に数瞬、目を迷わせると、はぁと息を吐いた。

 

「……気持ちの悪い人ですね」

 

「さすがに傷付くぞ?」

 

「どうだか。……別に、大したことは話していませんよ。大口を叩いていながら、肝心なところで失敗するのはどうなのかと……そう言っただけです」

 

「ふぅん?」

 

 想像していたよりはだいぶおとなしい内容だが、まあ、嘘ではないだろう。初対面でマウントを取ろうとしてくる奴がそれをする意味はない。

 

 それでも訝しげに目を細めると、少女は鬱陶しそうにかぶりを振った。

 

「……声も手も出ない相手と話したところで、何が楽しいのですか。聞きたいことがそれならもう行きます」

 

 俺を押し退けるようにして歩き出す少女と交差する瞬間、俺は口を開いた。

 

「最後に一ついいか?」

 

「なにか?」

 

 

「──おまえ、自分があのショッピングモールにいたら……どうなると思う?」

 

 

 最後、ひどく踏み込んだ俺の言葉に、楓信寺静理の瞳が鋭くなる。

 冷ややかにこちらを睨みつけた彼女は、ふと目を閉じて歩き出す。

 答えはないか、と前に向き直った刹那、

 

()()()()()()。──あのような無様は、さらさない」

 

 そのように声を張り上げて、楓信寺静理は去っていった。

 

 咄嗟に振り向くも、歩き去る彼女の後ろ姿は何者をも尻込みさせるほど冷たくて。

 

「……地雷踏んじまったか?」

 

 などとぼやきつつ、彼女の言葉を頭の中で繰り返す。

 

 負けはしない。

 ……負けはしない、ね。

 

「なんだかんだ真面目じゃねェの」

 

 そんなことを微笑みとともに呟いて、彼女とは反対側に向き直る。

 聞くべきことはもう聞いた。無理に追いかける意味はない。

 

「さァて、あかねはどんな様子かね」

 

 どこか落ち着いた気持ちで廊下を歩く。

 

 そのまま、彼女の病室のドアに手をかけた。


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