TS魔法少女の刑に処す 作:TS魔法少女を曇らせ隊
『 ──ざあざあ降りの雨の中。
水滴が、雑踏にも似て土を撃つ。
その音を煩わしく思う心も捨てて、ただ俺は、灰色の空を見上げていた。
「…………」
傘もささずにそうしていると、雨水が瞳を撃った。
ぱつん、と違和感とともにはじけて、咄嗟に浮かんだのは不衛生という一般常識。
であるなら、それほど都合の良いことはない。
──脳裏に浮かぶのは、彼女がこちらに手を伸ばす、あの姿。
あんなものしか映さない瞳など、いっそ、嵐に潰されてしまえばいい。
そう自嘲するも、しかし、咄嗟に瞼を閉じてしまう。
「………………そうだな」
まだ、やらなきゃいけないことがある。
まだ、この目で見なきゃいけないことがある。
俺は空を見上げるのをやめた。
前を見据える。
──奴らへの、裁きを。
のうのうと生きる奴らの破滅を見るまでは──死ねない。
俺は一歩、ぐしょ濡れの路地裏に足を踏み出した。 』
/
「っ」
咄嗟に起き上がり、空に向けて手を伸ばす。
しかしそれは
すぐに夢見心地が過ぎ去って、後に残されたのは、寝汗で気持ちが悪い己の身体だけ。
「……クソ」
寝巻きに汗が染み付いて、どうにも着心地が悪い。
あかねから譲ってもらったヘアゴムでまとめた髪も乱れに乱れ、首筋に張り付いているせいでその気持ち悪さを助長していた。
のろのろとベッドから這い出て、ヘアゴムを強引に抜き去ってかぶりを振る。
ふわりと揺らぐ髪の毛と、じんわりと撒き散らされる汗の匂いに顔を顰めた。
「シャワー……」
ぺたり、とこれまた高い湿度で床に張り付く足を持ち上げ、肌と離れない服を強引に剥ぎ捨てながら浴室に入る。
こんな朝には熱いシャワーが良い。
不愉快な汗やつらいことを、少しでも洗い流してくれる──とびきり熱いシャワーが良い。
今までも、そうしてきたのだから。
浴室に押し入り、スイッチを押して雨のように降ってくる熱いシャワーを受け止める。
「…………はァ〜〜〜」
知らず、ため息が漏れた。
男だった頃も連日悪夢で寝苦しかったが、女になってからは輪にかけてひどくなっている。
……やはり。
やはり、彼女を思い出すこの容姿が原因なのだろうか。
シャワーに打たれる長い黒髪が、熱気で滲む視界の端で、首の折れたひおうぎのように重たく揺れた。
“そんなに不快ならば、切ってしまえばいいのではないか?”
ふと脳裏に響いた声。
純粋な、硝子の異形の提案に、頷くことは簡単だった。
「……いや」
きゅ、とシャワーを止めて、立ち上る湯気に息を吐く。
両手で長い髪をしぼり、滝のように滴り落ちる水気が地面に撥ねた。
「それは、ちょっとな」
曖昧な言葉を返して、俺はほのかに笑った。
それを追求されるのを避けるように急いで浴室を出て、常備したタオルを手に取った瞬間に──ン、と気づく。
「……つか、テメェさりげなくいるけど……まさかよォ……」
“我が汝を覗いていると?”
「まァ、な」
この身体はほとんど、妹の──ひなたのものに瓜二つだ。
それを覗かれたのなら、やはり良い気分はしない。
“歯切れが悪いな──しかし、安心しろ。我にそのような欲求はない”
「そうだとしてもちったァ気ィ使ってくれや。こっちにも色々あるからよ」
“……ふむ、であれば気を付けよう”
その声に抑揚はなく、気にもしていないのは明白だったが、彼は脳裏で頷いた。
「……悪ィな、こっちの都合で」
“構わん。歩み寄るには互いの気遣いが必要だ”
こともなげに言う彼に頭を下げて、タオルで全身の水気を拭う。
熱いシャワーは寝起き特有の気だるさも一緒に洗い流してくれたようで、身体の動きに支障はない。
暖められた筋肉をほぐすように肩を回し、部屋着に着替えてリビングに戻る。
“これから何をするのだ?”
「まァ昨日に続いて『
予定、とも呼べない一日を言葉にして、改めて自らの平穏を自覚する。
ほんの少し前までは、奴らをどう殺そうかずっと頭の中で考え、そのために行動していたのに。
今では鍛錬と戦闘と見舞いを繰り返す日々だ。
それは間違いなく穏やかな日々で──しかし。
“……フン”
鼻を鳴らした硝子の異形は、どこか不機嫌そうに見えた。
その様子に、数日前にミストレスから言い渡された指令を思い出す。
──『悪いとは思うけれど、こちらもせっかくの人材を遊ばせておく余裕はないんだ。君にはこれから、要請が来たら魔獣討伐に出かけてもらうことになる』
まったく、これっぽっちも悪いとは思っていなさそうな笑顔だったミストレスはいいとして。
なんだかんだ俺とて魔法少女となった身、
だからこそ要請には素直に応じて、討伐に出かけているわけだが……。
“気に入らん話だがな”
この通り、なんでかコイツはそれが気に入らないらしい。
思えばあの吸血鬼と戦った後から、時折このように不機嫌な面を覗かせている。一体何が彼をそうしているのか、考えても答えは出ない。
とはいえ、それで戦闘中に何かするわけでもなく、それどころか最大限俺に力を貸してくれている。
それで無理に問い詰めるのもなァ──なんて、
「おいおい、そんなに戦うのが嫌なのか?」
“それが嫌なはずがあるまい。それもこれも……フン”
「わけもわからずキレられても困るンだけどなァ……」
軽くため息を吐く。このように、彼はどうあろうと話してくれない。
“それもこれもすべて奴が悪いのだ、まったく”
行き場のない怒りごと吐き捨てられたような言葉に、居心地が悪くなる一方だった。
ともかく、食堂に行って適当に飯でも食おうかと逃げるようにドアノブに手をかけたとき──
──チリリリン。
部屋に備え付けてある電話が鳴った。
ここに住み始めて初めてのことだから、少し面食らってしまう……というか、電話番号とかあったのか、ここ。
と、そんなことを考える意味はないか。
チリリリン、と再度鳴り響く電子音に鼓膜を突っつかれながら受話器を手に取って……。
『やあ、起きてそうそうすまないね』
先ほど思い浮かべた言葉の主人の声が聞こえた。……心の中でも読んでるのではないだろうか、この男。
「……そう思ってるならもっと声色に謝意を滲ませろよ。素直すぎて嫌味だぜ」
『あっはは、眠気は覚めているようで何よりだ』
心からの指摘を軽く受け流され、自然とため息が出てしまう。
『さて、時が許すならいくらでも聞いてあげるところだが、今はあいにくそうもいかなくてね』
「アンタが手ずからかけてくる時点で、そんな気はしてたよ。……何があるってンだ?」
くすくすと、受話器の向こうで笑う声。
ミストレスは、それはそれは楽しそうで。
『
──知らず、受話器を握る手が強張った。
大変申し訳ありませんでした。これで本当にいいのか? と自問自答しているうちにこんな有様に……ただある程度は決まったので、しばらくは更新できると思います。よろしくお願いします。