TS魔法少女の刑に処す   作:TS魔法少女を曇らせ隊

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第二十六話 「違う」

 竜胆あかねは天井を見上げていた。

 白く、白く、無機質な──灰色と見紛うほどに、色褪せたそれ。

 嫌というほど見慣れているから、今更、何を言うつもりもないが──

 

 彼女はすぅと息を入れ、ぐ、と手足をゆっくり動かす。

 その姿は頼りないが、療養を始めた一週間前と比べれば雲泥の差と言えた。

 

「……ふ、ぅう」

 

 熱を持つ息を重く吐き出し、彼女はゆっくりと手足を動かす。

 やはり、喉がそうであったように手足の筋肉も衰えている。それにあかねは歯噛みするも、その力すら弱々しい。

 寝たきりであったから仕方ない、事実としてそうなのだから仕方ない──そう言い訳できればどれだけ楽だろう。額に浮く脂汗が、たらりと垂れて視界を曇らせた。

 

 腕を上げ、脚を下げ、思い通りに動かない身体に鞭打つようにして筋肉を駆動させる。

 リハビリは辛いが、やらねばならない。この程度のことで諦めるわけにはいかないのだ。

 

「いち、に、ぃい……さ、ん……しぃ……っ」

 

 そう、諦めるわけにはいかない。

 脳裏に浮かぶのは、己が守るはずだった少女。己が守られた少女の姿。

 

 今度こそ、今度こそはと、力を込めて四肢が張り詰めた瞬間に。

 

 コンコン、と扉が叩かれ、ぴく、と少女の喉が痙攣した。

 身体の動きが止まり、ゆっくりと首が揺れ動いて、扉に向けて怯えを孕む目を向ける。

 

 思い返すは先日のこと。彼女が去った後にこの部屋に現れ、己に(しんじつ)を吐き捨てた少女がまた現れたのではないか、と──だが、扉を開いて部屋に入ってきた姿を見て、安堵する。

 

「よっ、昨日ぶり。リハビリ頑張ってるみたいじゃん」

 

 ひなたはすっかり定位置となったベッドの隣の椅子に座ると、足を組んであかねに微笑みかける。

 それに安心感を覚えながらも、あかねは形の良い眉を顰めた。

 

「……脚、はしたない、ぞ?」

 

「あ? ズボンだから問題ねェだろ」

 

 そういうことじゃねーんだけどなぁ、と思うものの、ひなたはどこ吹く風である。

 両手を後頭部に回した拍子に、彼女の長い黒髪がはらりと舞った。

 

 ──思えば、不思議な少女だった。

 少女らしくない乱暴な口調……あかねのそれが男勝りと呼べるなら、ひなたはチンピラじみている。

 その所作に女らしさは微塵もなく、自分のことに無頓着で。

 

 かと思えば、女らしさの象徴とも言えるほど手入れの大変な黒髪は長く伸ばしており、チンピラじみた口調に反してその声色は暖かく、失礼をした弟のことも快く許す懐の広さがある。

 

 そんなちぐはぐさを感じさせる彼女は、自分をつぶさに見つめるあかねに気づくと、ふっと軽く息を吐く。

 

「どうしたよ、そんなに俺を見て。別になァんも出やしねェぜ」

 

「そんなの、期待して、ねーよ」

 

 一見して吐き捨てるような、けれど静かでゆったりとした言い合い。

 お互いにかすかに笑い、あかねは瞳を閉じて力を抜く。何も変化がないこの時間において、ひなたとの語らいは確かな癒しの時だった。

 

 かち、かちと時計の針が独りでに鳴る。

 

 この時間が、できるだけ長く続けばいいのに──あかねがそう思った時だった。

 

「なぁ」

 

 何を気負うことなく口を開いたひなたに、閉じていた目を開くあかね。

 それを横目で確認したひなたは言った。

 

「俺ァ、今から──()()()()()()()()()()()()()()

 

「……なにか、買い残し、でも?」

 

「ああ、違う違う。向こうさんからの招待でなァ……ご丁寧に俺一人だけをご所望だとよ」

 

 向こうさん? 彼女にあのショッピングモールで遊ぶような友人がいたのか──ぼんやりとした顔で一瞬そう考えて、違う、とすぐに気付いた。

 

 ひなたの目。

 いつも暖かなその瞳が、それら一切を捨て去って鋭く何処かを睨め付けている。

 鋭い瞳、というだけを鑑みれば楓信寺静理で見慣れている──だが違う。そこに込められた“質”が違う。

 

 静理の瞳を抜き身の刃と例えるならば、ひなたの瞳はさしずめ突き付けられた拳銃か。

 すでに()を見定めた凶器。

 誰彼構わず向けるのではなく、撃ち抜くべきものに向けられた、非日常的で明確な殺意。

 

 知らず、あかねの肩がかすかに震える。

 それが向けられているのは自分ではない、それがわかっていてもなお、恐怖してしまうほどの──

 

「……ああ、悪ィ」

 

 だが、そんな言葉を最後にひなたの瞳が柔らかくなり、自然と殺意も霧散する。

 は、ァあ、と浅く息を吐くあかねに、ひなたが咄嗟に手を伸ばして──しかし、頭に触れる寸前に、拳を握り締めて手を引いた。

 

 それに気付かないあかねは、震える喉から必死に声を絞り出す。

 

「も、しか、して……向こう、さん、っていう、のは──あの」

 

「そうだな、大体察してる通りだと思うぜ」

 

 ひなたは引いた腕を自然に胸元に走らせ、そこから一枚の黒い封筒を取り出した。

 そこからさらに一枚の便箋を取り出し、ひらひらと風に躍らせる。

 

「『拝啓、麗しき乙女よ』だってさ。クサすぎて吐き気がしてくらァ」

 

「……じゃあ、や、っぱり……」

 

「ああ。──おまえを痛めつけ、昏倒させ、イエローアイの機関銃でミンチにしたはずのクソ吸血鬼が、蘇ってきやがった」

 

 とてもつまらなさそうに、それでいてひどく不機嫌に、ひなたは便箋を投げ捨てた。

 

 あかねの顔から血の気が引いて青ざめていく。

 あの吸血鬼が、蘇った。自分がいいようにあしらわれたあの怪物が。

 助けがなければ間違いなく死んでいた、殺されていた……その存在が、蘇った。

 

 その事実に震えるあかねを見て、ひなたは深くため息を吐く。

 

「ホンット、ありえねェよな」

 

 

「──殺しても死なねェとか、マジでふざけてる」

 

 

 吐き捨てたひなたの言葉は正しい。

 それこそが先日、ミストレスに告げられたアマイガスの()()()()

 

 ──アマイガスとはヒトの心を起源とする、ヒトが先に立つ存在である。

 ゆえにヒトが滅びればアマイガスもまた滅び、しかしアマイガスが死のうともヒトが滅びることはなく──ヒトが抱く想念もまた、潰えることはありえない。

 

 だからこそ──()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 アマイガスは死ぬ。あの時、ひなたとイエローアイがそうしたように。

 だが、生まれる。ヒトが滅びぬ限り何度でも。

 

 

 ()()()

 

 

 それを表すのに、ふさわしい言葉がある。

 

 ──転生。

 

 アマイガスは、確固たる意志と自我を有したまま、何度でも生まれ変わるのだ。

 

 

 それを知識として知っていたあかねだったが、しかし、実感を伴ってはいなかった。

 何故ならヒトガタ──高位の、明確な怪物として発生するアマイガスに遭遇したのはあの時が初めて。それ以前は自我の薄い魔獣を倒すだけだったからだ。

 

 震えるあかねを宥めるひなたの脳裏で、硝子の異形の声が響く。

 

 “復活には相応の時間が必要だ。それは生前に与えられた肉体、精神の損傷に比例する。此度の一週間という短期間は現代兵器による殺傷が原因であることが大きいだろう。……以前、とある魔法少女に()()()()()()()()()()()()()()()()ときには、復活まで一年(ひととせ)を幾度も繰り返すほどの時間を要したと聞く”

 

(……どんな火力だよ、核兵器でも使ったのか?)

 

 “破壊力で言えば似たようなものだ”

 

(嘘だろ……)

 

 化け物にも程があんだろ、と裏で戦慄しながら、ひなたは俯いて震える彼女に躊躇いがちに身を寄せる。

 身体には触れず、身を寄せながらも触れることを厭うように距離を置く様は、まるで何かを恐れているようで──

 

「……ひ、なた」

 

 小さく、ともすればその距離を伝わらず掻き消えかねないほどかすれた声があかねの耳を打つ。

 

「いく、って、言った、よな……あそこ、に」

 

 それが怪物が待ち構える城、ショッピングモールであることは明白だった。

 かろうじて声を聞き取ったひなたは首肯する。それを横目に見たのだろう、ゆっくりと顔を上げたあかねは、彼女の肩を傾れ込むようにして鷲掴む。

 

「そ、れは、だめ、だ……! 一人じゃ、かて、ない……!!」

 

 あかねの急な動きと心理的な衝撃で硬直するひなたに向けて、あかねは腹の底から搾り取るように声を吐いた。

 

 幾度目かのお見舞いの折、あかねは雑談としてあの時の状況を詳しく聞かされている。

 ひなたの魔法少女としての覚醒、戦闘、そして救援と離脱……その戦闘において、確かにひなたは吸血鬼と競り合った。

 だがそれは吸血鬼に勝った、ということを意味しない。あの勝利には、あかねが呼んだ救援(イエローアイ)が大きく貢献している。

 

 単体の戦闘力はせいぜいイーブンと言ったところで──しかも、ひなたは戦力差をひっくり返す切り札を、第一魔法を未だ身に付けていない。

 そんな状態で一人で挑んで、勝てるという確証がない。

 

「……そうかもな。だが、俺がやらなきゃいけねェんだ」

 

「なん、で……!? 他に、人を……他支部の、エースだって……質なら、楓、信寺だって……!」

 

「悪いが、それはできん。──俺が一人で来ない場合、今後は陰から害を成す。奴は手紙にそう書いていた」

 

「陰、から……」

 

 高位のアマイガスであるヒトガタは、高い知恵を持つ。

 ゆえにこそ潜伏という選択肢が取れる。あの瞬間移動の力を考えれば、警戒網をくぐり抜けることなど容易だろう。

 そうやって人を、魔法少女を食って力を得て──手がつけられなくなっていく。

 

 それはまさしく、最悪の未来だ。

 

「なァに、しっかりと対策は練っていくさ。ミストレスから奴の情報を搾り取ってな。それくらいは当然の権利だ」

 

 青白く、というよりもはや土気色の顔に変わっていくあかねを慰めたひなたは、ぎこちない動きであかねの腕を解き、後ろに引いた。

 勢いのままベッドに倒れ込む彼女の手を握って、ひなたは言う。

 

「何度でも、何度でも、奴が生まれるたびに殺す。人々に害を成す前に……お前をこれ以上、傷付ける前に」

 

 その言葉に、あかねが顔を上げる。

 

「アタ、シ、を……?」

 

「ああ。俺は守りたいんだよ。お前を……君を、守りたい」

 

 躊躇いがちに、慄くように、何かを確かめるようにひなたの手が伸びる。

 

「俺は守る。守ってみせる。──()()()()、必ず」

 

「そ、れは」

 

「大丈夫だって。俺はそれなりに強い。荒事にだって慣れてる。……あんまり、褒められたことじゃないけどね」

 

 最後にとぼけるように苦笑したひなたは、あかねの頭を柔らかく撫でた。

 

 

 ──久しぶりだった。

 お互いに。

 

 

 だから、あかねは言葉が出なくなった。

 ひなたの瞳が、あまりにも悲しそうで──それと同じくらい、狂喜的に輝いていたから。

 

「……っ」

 

 彼女は、怯えてしまったのだ。

 何も言えない、何もできないまま、ただあやすように遠慮がちに頭を撫でられ……ひなたの手が、ゆっくりと離れていく。

 

「そんじゃあ、良い子にして待ってろよ」

 

 最後に微笑みを落として、ひなたはあかねの病室から去っていった。

 コツコツと廊下を歩く音だけがドア越しに響き、それが聞こえなくなって始めて、あかねは仰向けにベッドに倒れ込んだ。

 

「ちが、う……違う、違う、んだよ……ひなた……アタシは、アタシは」

 

 違うんだ、と。

 

 ただそれだけをうつろに繰り返して、あかねは拳を握りしめる。

 握りしめた拳は、されどそこにあるのは非力な少女の拳でしかない。魔法少女の力がなければこんなもの──あの吸血鬼を殴ることすら叶わない。

 

 それがひたすらに──にえたぎるように、腹立たしい──

 

「アタシ、は……っ!」

 

 それを吐き出すように、衰えた喉が潰れても構わないと声を出して。

 

 

 

「──おっと、身体は大事にしないとね」

 

 

 

 口元を、大きな手で覆い隠された。

 誰だ、とあかねが思う暇もなく、にっこりと眼前で彼は微笑む。

 

「……ミスト、レス?」

 

 腰まで伸びた、金糸のごとく美しい髪。

 高い身長──ヒトとは思えぬ美貌を持つ、この魔法少女協会が長。

 

「そう、私は女主人(ミストレス)だ。だからこそ、私は君に問いかけよう」

 

 ミストレスは顔に微笑みを、常に変わらぬそれを浮かべて、あかねの額に人差し指を突きつける。

 

「──(オマエ) 悪魔(ワタシ)魂を売る覚悟があるかな?」

 

 あかねが唾を呑み込む音だけが、重苦しく部屋に響いた。




次からは流れが定まっているので、おそらくもっと早くに投稿できる……はず。
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