TS魔法少女の刑に処す 作:TS魔法少女を曇らせ隊
叩きつけた水弾を背に、ひなたは円を描くようにして地面を蹴る。ひどく硬いその感触は、ここが自然の中ではなく
その安定感を頼りに吸血鬼を中心にして距離を取り──水に撃たれたコウモリが悍ましい鳴き声とともに霧となって消えていく様を見て確信する。
「やっぱり水が弱点かッ! 《
──吸血鬼は流水を渡れない。古代より伝承されてきた吸血鬼の弱点のひとつだ。
ゆえに吸血鬼の特質を持つ彼、そしてその眷属たるコウモリには水が弱点として働く……と、ひなたが知っていたわけではない。
これは危険な“賭け“だった。
貴重な初撃を使った検証、もしかしたらそれが無駄に終わるかもしれないという恐怖。
その躊躇いをねじ伏せて、ひなたは賭けを実行した。
そしてそれに勝ったのだ。
「《
その達成感と溢れ出る殺意を糧として魔力を引き出し、水弾を乱射する。初撃にも劣らない水量、それが三つも同時に放たれ早くも夜から滲み出していたコウモリたちを消滅させた。
それだけでなく今度は飛沫が吸血鬼の頬に擦り……しゅう、とドス黒い瘴気とともに蒸発する。
──かすかな赤い傷を残して。
取るに足らないかすり傷、だが流水が本体にも有効であることが確認できたのだ。
「ちっ……!」
それがわかったのにも関わらず、ひなたのかんばせに快心の色はない。それどころか険しく歪んだ。
“虫が湧くみてェにコウモリどもがうようよ生えてきやがる……召喚には
胸中で呪詛を吐きながらも、その怒りを糧にさらに魔力を引き出していく。
それこそが『
──『
魔法少女の基礎にして真髄である『
さながらスポーツマンが、今まで積み重ねた鍛錬への自負と試合への緊張感で肉体のパフォーマンスを最大限発揮させるように。
さながら復讐者が、内心に溜め込んだ鬱屈した激情で以てどんな苦難をも踏み砕く
ひなたは次々に水弾を放ちながら、縦横無尽に夜を駆ける。
いくら撃ち落としても、吸血鬼の周りから生まれるコウモリが尽きる気配はない。やはり数は無限と捉えていいだろう、とひなたは再度舌打ちする。
“それならそれでやりようはある……!! ”
付かず離れずの距離を保ちながら旋回するひなたは、吸血鬼というより増えつづけるコウモリを抑制するために水弾を打ち込みながら、握った剣で引きずるように地面に傷をつけていく。
そのひとつひとつにわずかな魔力を残し、気づかれぬようゆっくりと──黒地のキャンパスに、水を一滴垂らすように。
自然な動きを装うだけでいい。
だが気付かれてはならない。コウモリを一掃し、ひたすら場当たり的に──真正面から打ち合うことを避けるためだけに動いているよう偽装する。
これは仕込みだ。かつてと同じように、決定的な瞬間に至るまで気取られてはならない。
「ふ、うぅ……ッ!」
すぅ、とひなたの額に脂汗が浮く。冷たくも血生臭い、ひどく矛盾した夜の臭気が彼女の脳を腐らせる。
それでもその表情に怯えはなく、むしろその全身にみなぎる力はさらに濃度を増していた。
さながら獰猛な獣が、これ見よがしに牙を剥くように。
溢れ出る敵意は全体の把握を鈍らせる──首元を引き千切らんと狙う鋭い爪に気付かぬように。
ひなたはそれを意識的に──けれどその大元たる激情は、意識するまでもなくたぎらせて。
ただ狡猾なけだものとして、吸血鬼の命を狙う。
『──くフ』
飛沫に打たれる彼が笑った。
/
──ぞ、と背筋を走るそれ。
それに名づける時間さえ惜しんで、ひなたは咄嗟に放ちかけていた水弾を
バァン、と盛大に舞い散る水飛沫、それが地面に衝突するまでのわずかな時間、無理な動きをしたせいで硬直するひなたの前で……淡い霞が立ち上る。
それは今まで散々見てきた、
「──くっ!?」
このまま立ちすくむのはまずい、と脚に力を入れて飛び退いた瞬間に、そこに向けて無数のコウモリが突っ込んだ。コウモリどもが衝突し、飛散した
もしもあのまま立っていたら……そんな嫌な想像をかぶりを振って追い払って、ひなたは片手をコウモリに向けて水弾を叩き込み、すぐさま反転して駆け抜けた。
「クソがッ、遠隔召喚もアリなのか──」
“上だッ! ”
「よッ!?」
突如頭上に現れた影、反射的に剣を振り上げるも──掴まれる。すぐに剣から手を離すも、かつてのそれとは違い無理な体勢でのそれはただの苦し紛れでしかない。
『腰が入っていませんねェッ!!』
「づっ!」
避けきれず、彼女の腹にか細く、けれど怪物の腕がめり込む。風船を殴るような手応え。必然漏れ出す空気のように、ひなたの唇から声にならない悲鳴が漏れた。
ぐ、と拳はさらに強く食い込んで──そのとき、ひなたはあえて身体から力を抜いた。
それは咄嗟の判断だった。
ひなたが
拳がめり込む──その勢いにひなたの矮躯は耐えきれず、殴られるままに吹っ飛んだ。
『ッ』
拳を振り抜いた吸血鬼が己の判断ミスに気付くのと同時に、ひなたは殴られた力を利用して身をひねり、その勢いのまま地面を滑るように距離を取る。
まるで猫か何かのような軽業を披露して、浅く息を吐き出した。
「骨ァ折れて……ねェな」
かつての殴り殴られの経験から自身の負傷を判断して、ペッと血混じりの唾を吐く。
それを見て情けなく囀るのは、彼女の軽業に感嘆の息を漏らした吸血鬼。
『あぁ、もったいない。どうせ捨てるならワタシに吐き捨てればいいものを』
「過去最高に気色悪ィな、オイ」
わざとらしく鳥肌が立ったと両腕をさすりながら、ひなたは彼に人を刺し殺せそうなほど鋭い目を向ける。しかしその吸血鬼は、人でないから死にませんと言わんばかりに気色悪い笑みをニヤニヤと浮かべていて、それもまた癪に触る。
こうしている間にも眷属は増え続けているだろう。つまり時間は彼の味方なのだ。
だからそのような戯けたことをほざいていられる。……素でほざいていそうなのはともかくとして、とひなたは脳裏でつぶやいた。
“剣、再生成はできるか? ”
“難しいな。あの剣は我らの象徴だ。気安く作ることはできないし……手放すなどもっての外だ”
声から伝わる非難の色に苦笑するひなただったが、すぐさま真面目な顔をして吸血鬼に向き直る。
“ピンチだったから許してくれよ”
“無論だ。だが、取り戻さねば厳しいことには違いないぞ”
それもひなたはわかっている。
純粋に、ひなたと吸血鬼は体格に確たる差が存在する。魔法で強化されていることなど考慮にも値しない。何故なら吸血鬼は、アマイガスは魔法そのものと言えるのだから。
ひなたはゆっくりと拳を構える。言うまでもなく我流の動き。荒事のみで磨き上げられた、荒削りの技。
「なァに、心配すんな……こっちにだって“奥の手”はある」
全身から壮絶なまでの警戒心と殺意を漲らせながらひなたは笑う。
彼女の不敵な言葉には、その幼い姿からはかけ離れた凄まじい気迫に満ちていた。