TS魔法少女の刑に処す 作:TS魔法少女を曇らせ隊
「──ここを出て、世界のために戦わないかな? 君にはその資格がある、私はそう考えている」
そう言って、ミストレスは手を差し出す。
さしずめの釈迦の手、救いの手か。普通の人間がやればただの胡散臭い詐欺師だが、彼、あるいは彼女がやると本当に救われる気さえしてくる。
……ああ、容姿というのは本当に得だ。己が平凡な顔立ちだから、なおさらに。
それさえあればもっと早くに復讐を終えられただろうに、と考えて、にこりと笑う。
「お断りです」
あいにく、気分は釈迦の掌の孫悟空だ。
眼前の野郎が尋常ではないだとか、ともすれば人ではないかもしれない、とか、そう言った疑念は
たとえ何をされようが。
何を対価として供されようが。
俺はここから動かない。
「……理由を聞かせてもらってもいいかな?」
ミストレスの顔は相変わらず穏やかで、断られたことによるショックなど微塵も感じさせる様子はない。
やんわりと差し出した手を引っ込める姿に妙な愛嬌を感じながら、俺は口を開いた。
「まず大前提として、俺は犯罪者です。それも何人も人を殺した殺人鬼だ」
「人、あれを君はヒトと呼ぶんだね。苛烈な人に言わせればあれらは害虫、君の行為は単なる駆除……そう言うのかもしれないよ?」
「それは感情的なものだ。俺が言いたいのは法的な問題ですよ」
たとえ連中がどれほど害悪であろうとも、奴らは人だ。虫ではない。
その理由が復讐で、だから情状酌量の余地がある? そんなわけがない。復讐はあくまでも昔、メンツがすべてだった時代においてのみ特例として認められる行為だ。
ゆえに、高度に形成された社会の裏で行った俺の復讐はただの犯罪だ。
それが法秩序の前提。法に規定されない復讐を正当化すれば、後に待つのはかつて人と呼ばれた獣が蔓延る無法だけ。
法があって初めてヒトは人らしく在れるのだ。それがなくなれば人は容易く獣に堕ちる。
だから俺は裁かれなければならない。
復讐という
俺は俺の行為を正当化しない。
誰かがやるべきだった、と責任を押し付けることもしない。
正しい裁きとは法の裁き。それが下ることを信じず、己の手で決着をつけた己がどうして正義を名乗れようか。
「法の庇護下から抜けて好き勝手やった犯罪者──所詮、俺と俺の復讐はそれに帰結する」
つまり、世間一般の定義において、俺は罪を犯した犯罪者──悪でしかない。
「それで俺が刑罰を免れたら、一体奴らと何が違うって言うんだ?」
奴らは悪だ。どうしようもない社会のカスだった。
俺は悪だ。法を破って復讐を果たす道を選んだ社会のゴミだ。
奴らは親の力で裁きを免れ、俺の場合は世論によって、万が一にも罪が軽くなる、あるいはなくなるかもしれないという。
どっちもマトモな力じゃない。親の力はもちろんのこと、世論なんてメディアによって好きに操ることができるし、そして政治家にとってもそれは同じで、メディアを利用して好きに握りつぶすことができる。
「だから俺は死刑を喰らって死ぬ。私刑を下した愚かな犯罪者として、法秩序によって裁かれる」
すべてを終わらせるために。
法で裁かれぬ悪を裁いた次なる悪、それを法が討つことで、完全に怨嗟を断ち切るのだ。
たとえ奴らの親族が俺を憎んでいようが意味がない。俺が法に裁かれることで、奴らの悪行を知りながら放置し──あるいは助長していた奴らはもはや何もできなくなる。
「世論は強いよ?」
端的な言葉を鼻で笑う。
「世論がどうとか、そう言うのは
「絞首台で首吊る覚悟なんて、あの時四人を殺す前からとっくに決まってんだ。今更減刑なんて望むかよ」
「俺が望んでいない以上、たとえ誰が何を言おうが俺の結論は変わらねェ」
俺は法によって罰される。
きっちり落とし前をつけなきゃ、好き放題してた奴らと何も変わらない。
「連中には俺が落とし前をつけた。……今度は俺の番ってだけだ」
だからあなたの誘いを断ったのだ、と締めくくる。
少し熱くなってしまって敬語を忘れてしまったが、許してくれるとありがたい──なんて思った瞬間に。
「ふ、ふ」
掠れ、途切れるような小さな声。それが鼓膜を揺らした瞬間に、俺は椅子から飛び退いていた。
それは静寂の中に消え──けれど俺の脳髄が、うるさいくらいの警鐘を鳴らしている。
見るまでもない、聞くまでもない。
この隔離された面会室で俺の他に何か言葉を紡げるのは、眼前の存在ただ一人。
俯き、どこか堪えるように震えているミストレスだけなのだ。
「ふ、ふふ……ああ、嗚呼、すまないね。驚かせてしまったか……いやさ、君があんまりにも
「……なんだ、お誘いを無碍にされて怒ったのかよ? そんな様子には見えねェが」
冷えゆく心肝を奮い立たせて問い掛ければ、ミストレスの震えがぴたりと止まる。
「怒っている? 怒っている……ふふ……いいや違うさ定努クン。──『閉じろ』」
ミストレスが顔を上げる。だからその顔を見つめ返して──ゾッとした。
頬は紅潮し、瞳は輝き、その口元は歪んだ弧を描く。
言葉にすればそれだけだが、穏やかな顔立ちでも際立つ美貌を持つソレが行えば、その威圧感は計り知れない。
存在が違う、格が違う、ソレを構成する元素が違う。
巨人? 仏? そんな高尚なモンじゃない。
人でない何かが、人を真似している──紛れもない化け物だ。
「私は今──感動しているのさ!」
そんな化け物が言い放った言葉は、俺の脳を衝撃で貫くには十分だった。
「君の思考はあまりにも異常だ! 五年もの間、心底からの憎悪をたぎらせ続けた比類なき
後ずさる。額から流れる冷や汗をそのままに、興奮した獅子を前にしたがごとくに。
ミストレスの言葉の意味はわからない。わからないが、このままコレの目前にいてはダメなことだけは理解できる。
「そして法秩序の裁きをこそ正義と信じながら、それを己が手で躊躇いなく振るう傲慢!
──人が人を裁くという矛盾そのものだ」
「……それで、何が言いたいんだ」
何故か回らないドアノブを握りしめながら、俺は問う。
それはきっと、もう逃げられないと観念したが故の足掻きか。あるいはこの後に及んでもなお打開策を探ろうとする俺の薄汚い生への執着のためか。
どこか先ほどの焼き直しのような問いかけに、ミストレスは壮絶に笑う。
「私は君が気に入った、ということだよ。──ゆえに」
彼の掌がこちらに向けられる。
「君に倣い、私は私らしく、私の都合で君を
「ッ、このッ──」
咄嗟に避けようとするも、ミストレスの掌はこちらを捉えて逃さない。
彼の唇が開き、意味のある言葉を紡ぎ出す。
「──『変われ』」
その声は
何か、とはナニカだ。俺には知覚できない何かに、その言葉は語りかけている。
であれば何が変わるのか。
何に変われと命じたのか。
「……ぁ?」
身体の芯が熱い。
きりきりと痛むような熱がある。
全身がまどろむようにだるく、立っていられないほどに──熱い。
「そういえば、言っていなかったね」
こちらに掌を向けたまま、ミストレスは懐から一枚の紙を取り出す。
それが名刺だと気付いた時には、
「私はミストレス・アドラー。
人々を守る公務──日本魔法少女組合、通称、MAGIの
俺は絶叫した。
/
「ぅぎ、ガァああああああ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!?」
面会室に絶叫が轟く。
倒れ、うめき、叫び、己の体を掻き抱く──そのようにして鎌原定努は苦しんでいる。
それを対岸から眺めるミストレスは、取り出した名刺を手持ち無沙汰にひらひらと泳がせながら笑う。
「ふむ、身体が痛むようだね。本来あるべき姿を歪めるというのは、やはり代償が伴うか」
風に煽られひらひらと──細かな粒子となって崩れ散る名刺から手を離す。
「まあ、こんな演出をしたところで君の苦痛は癒せないけれど」
「ぐ、ぅうウぅあああ゛あ゛ッ……!!」
そのような言葉は鎌原定努には聞こえていない。そのような余裕は彼にはない。
肋骨をえぐられ、眼前で磨かれたそれを懇切丁寧に胸の奥へと捩じ込まれるような──心身を傷みつける苦痛。人が経験していいものではないそれに苛まれれば、人並み以上に苦痛には慣れている彼であっても苦悶の絶叫は免れない。
ひっくり返った内臓が破裂し、無理に動かされた骨が砕け、筋肉は断絶を繰り返し──そのすべてが瞬く間に、
それは喪失、あるいは変貌。鎌原定努の肉体が、彼という遺伝子情報をそのままに別のモノへと書き換えられていく。
めぎめぎ、めぎめぎ骨が散り、角張った骨が丸みを帯びた。
ぐちぐち、ぐちぐち肉が鳴き、どうしようもなく破裂した。
かつて本人が密かに自慢に思っていた一八〇近い身長は、もはや一六〇もない。
骨格から変貌していく彼の身体は、男としては随分小柄で──あるいは少女と見紛うような。
──やがて変貌が収まった頃、絶えず絶叫をあげ続けていた定努の声がプツリと止んだ。
亡骸のように床に転がり、
「後で殴られるのは必要経費だと思うことにして……ふふ」
外に運び出されていく彼を見て、ミストレスはほのかに笑う。
「随分と可憐になったじゃないか。
似合う名前、きちんと考えてあげないとね」
その微笑みに邪気はなく。
どこまでも、上位者らしい驕りに満ちていた。