TS魔法少女の刑に処す   作:TS魔法少女を曇らせ隊

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第二十八話 おのれが人の命を断ち②

 ──奥の手、ですか。

 彼女の言葉を舌で転がし、その甘美な響きに酔いしれる。武器を奪われてもなお抵抗しようとする彼女の姿は、まるで機嫌を損ねた猫のように愛らしい。

 

 それはつまり、吸血鬼にとっては猫と戯れる程度の警戒で事足りるということ。

 無論、その全身に満ちる魔力(サツイ)は驚異的だが。

 

 “恐ろしいほどの魔力。尋常の魔法少女であれば、あれだけ魔法を使えば疲弊するというのに”

 

 彼女は息を荒げるどころか、壮絶な笑みを浮かべている。

 やはり己の見立ては間違っていなかった、と吸血鬼は確信する。

 あれは極上の獲物だ。喰らえば間違いなく全盛期の力を得られるほどの──己を殺した魔法少女に比肩する才を持つ女だ。

 

 ゆえに。

 

『くフ』

 

 その美貌、その才覚、人類に貢献するだろう遺伝子を備えたその胎に至るまで、余すところなく貪らねば吸血鬼(おとこ)としてあり得ない!

 

 吸血鬼は指を立てる。枯れ枝のような細い指──それを大仰に、横に薙ぐ。

 

『お喰べ』

 

「ッ」

 

 ひなたは指が振られた瞬間にそこから飛び退き、足腰を巧く使ってその速度を乗せて疾駆した。

 その彼女に向けて飛び立つは彼のコウモリ。明らかな補正(まほう)ありきの速度、弾丸に届き得る音速で以てその身を彼女に叩きつける。

 

 当然その加速度にコウモリの脆い身体が保つはずもない。空気を貫く衝撃でその身は砕け、羽はもがれ、飛散した肉のかけらまでも彼女に降りかかる。

 

 だがそれを成すは音速──ゆえに彼女を砕き得る生きた機関銃(マシンガン)である。

 

「神風も大概にしとけやクソがァッ!!」

 

 その気色悪(グロテスク)さと純粋な破壊力に思わず悪態を吐いたひなたは、脳内で囁く異形の言葉と生来の反射神経でコウモリの強襲を紙一重で交わしていく。

 

 背に迫るそれには身をひねり、その隙を狙うコウモリには身をかがめ、次の瞬間には頭を振り上げてばねのように跳ね上がり、飛散するコウモリの()()は風の魔法で受け流しつつ空を舞う。

 それでも受け流せないそれにはあえて左手の甲を差し込んで軌道を逸らし、血が滲むそれを意に介することなく踊るように身を躱す。

 

 そこに思考が介在するときはなく、半ば反射で行われるそれは少女となったことで得た身軽さだ。この短い期間で己の身体をそこまで掌握したひなたは、しかしそれを誇りなどしない。

 コウモリの強襲が一瞬途切れたタイミングで全方位に水壁を張り巡らせ、息を吐く。

 

「埒が明かねェな……」

 

 “どうする? ……使()()()?”

 

「……それもアリではあるが、なァ……」

 

 水の壁に次々とコウモリが衝突し、その命を薄い霞へと還らせていく。その衝撃が波打って、まるで防壁を雨のように揺らす。置き土産とばかりに叩きつけられたコウモリの飛沫が防壁と混ざり合い、清い水壁が、外を翳らす夜のように淡い赤色に染まっていく。

 

「ゆっくり話す余裕はねェか」

 

 それだけであれば一種幻想的であるが、術者であるひなたは直感的に理解していた。徐々にコウモリたちが水壁の深みへとその身を沈めていることを。

 眷属(コウモリ)どもはその命と引き換えにその身で水を汚すことで効力を失わせ、防壁を突破しようとしているのだ。

 

 ひなたは静かに瞳を閉じる。

 必要なのはわずかばかりの思案と覚悟。視覚を排除し、雨のごとき衝突音に包まれて、ただ危機感を募らせる。

 ──かつてもこのように、雨に打たれながら何かを決意した気がする。だがそれを思い出す前に、彼女は瞳を開けて考えを打ち切った。

 

「後手に回っても仕方ねェ。ならやるべきは、一つだけだ」

 

 徐々に赤く染まる水壁を見渡して、ひなたはクッと不敵に笑い、慣れた様子で指を鳴らした。

 

 

 /

 

 

『いち、に、さん……』

 

 ひとつ数を数えるごとに、彼の眷属が防壁に突っ込み命を散らす。片手に握った少女の剣で、弄ぶように地面を擦った。

 リズムを刻みながらのそれに、彼の躊躇いは一切ない。彼にとってコウモリは、都合よく使える駒でしかない。

 彼そのものとさえ言えるこの“(よる)”において、自然と湧き出る垢に等しいのだ。

 

『なな、はち、きゅう、じゅう……あと少しですね』

 

 水の防壁は確かに高い防御力を誇るが、コウモリの血と臓物を混ぜせばその純度は爛れ、やがてそれは彼女を守る壁から彼女を捕らえる檻となる。

 そうなればもうお終いだ。好きなように料理できる──そのように彼が夢想を始めた瞬間。

 

 バン、と防壁が弾け飛んだ。

 赤色に蝕まれていた水が吸血鬼の頬をかする。かすかに焼け爛れた頬を押さえて、吸血鬼は目を細め──その直後、自身に向けて突貫してくる少女の姿に目を見張る。

 

「オッラァッ!! しーねーェええッ!!」

 

『なんともはや』

 

 直線上に向かってくる少女に驚き、それが一瞬で失望に変わる。

 愚かとしか言いようのない選択に、ひどく醒めた目付きで手のひらを向けて、

 

()()()()ッ! 喰らえッ!!」

 

 鏡写しのように魔力を持った右手を向けた彼女に、吸血鬼の思考がそれに傾いた。

 奥の手──いつ──どこから──そもそも何故口に出して──その思考速度は人外と呼ぶに相応しかったが、しかし、一瞬動きが止まる。

 

 その一瞬こそが、ひなたの目的とは気付かずに。

 

 彼女の()()がポケットから引き抜かれる。

 最短の距離で、最速で。手首のスナップと最小限度の力で以て──投げつける。

 

『っ、それは──』

 

 右手に注目していた彼は、小さなそれに気付くのが遅れた。

 一見して小石のようにも見えるそれ。黒く、ともすれば夜に紛れて見失ってしまいそうなほど矮小なそれが眼前に迫り、

 

「爆ぜろッ!」

 

 彼女の言葉通り、破裂した。

 至近距離での発破、それが自身に到達するまでのわずかな間、吸血鬼は安堵する。確かに今はノーガード、まともに喰らえば手傷を負う──だがそれだけ。

 

 であればそれを覚悟に突っ込み、愚かな少女を捕らえよう。

 大方以前現代兵器が効いたからまた使ったのだろうが、その過信(あやまち)の代償はその体で──『がッ』

 

 その醜い口から漏れた言葉がなんなのか、吸血鬼は理解できなかった。

 それが己の悲鳴であると認識したとき、彼は己が愚かだと謗った少女を見た。

 

 彼女は、笑っていた。

 “ざまあみろ”と、華やかに。

 

 

『──が、ァあ、ぐァアアアあああああッ!!?』

 

 

 そのとびきりの笑みを最後に、彼は絶叫した。

 全身が焼けるように爛れ、反射で吸い込んだ空気はすでに汚染されきっている。鼻腔が痺れ、潰れ、壊れ、喉に至るまで火で炙られるような不快感に苛まれる。

 

『こ、れは──これは、まさかァァああッ……!!』

 

「そうその通り、随分と察しがいいじゃねェか!」

 

 悶え苦しむ吸血鬼へと一直線で突き進む。

 爆風を、撒き散らされた内容物の層を突っ切り愚直に迫る少女に吸血鬼は堪らず腕を振り回す。しかしそれに当たるほど少女は愚鈍ではなかった。

 

 そして暴れる吸血鬼の懐に潜り込み、剣を握りしめている腕を逆方向に捻りあげる。鈍い悲鳴が少女の耳をつんざき、しかしそれこそ福音であると躊躇うことなく彼の腕から剣を取り上げた。

 

「効くだろ!? 辛ェだろ!? そりゃあそうさ、なんたってそれは──」

 

『ぐ、っづぅッ!』

 

 わずかに視界を取り戻した吸血鬼の振るった腕を難なく躱し、さらに彼の腹に取り戻した剣を突き立てる。

 

「──それは、万国共通の吸血鬼の弱点ッ!

 ミストレス謹製、ニンニク爆弾なんだからなァッ!!」

 

 笑う少女は、突き立てた刃をぐりぐりと──殺意に満ちた鋭い剣で彼のはらわたを切り裂いた。

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