TS魔法少女の刑に処す   作:TS魔法少女を曇らせ隊

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レポートッ(イイワケッ
祝30話。


第三十話  おのれが人の命を断ち④

 ──「たす、け、て」

 

 かすかに響いたその声が、俺の耳に届いたのは偶然だったのだろうか。

 否、そんなはずがない。そのようなことがあるはずがない──頭に血が通うよりも早く理解して、だからこそ俺は仰ぎ見た。

 

 沈んでいく夜の世界を。

 一抹の黒すら余さず押しつぶす濁流を。

 

 吞まれていく闇の中に──どこか、小柄で、見覚えのある、少女の影が──

 

 

 “たすけて”

 

 

「ッッ…………!!」

 

 

 “おい、おまえ、まさかッ!?”

 

 

 脳裏で響く叫び声。俺を引き留めようとする、当たり前の声。

 その声に従うのが正解だ。そうすることが当然なのだ。

 

 

 それが仕組まれた必然(わな)で、愚にもつかない行いであると理解しながら。

 

 

「……クソが」

 

 

 俺は魔法を解除した。

 

 

 /

 

 世界()を渦巻いていた濁流が、粒子となって消えていく。

 現実を塗りつぶす術者の魔力が──それに変換される意思が途切れ、夢が夢として消えていく。

 

 それが完全に消え去るまでの短い間にひなたは駆け出し、宙に投げ出された人影を優しく抱きとめる。

 だがひなたは安堵の息を漏らすこともなく、首が揺れないよう少女を後頭部を支えながら瞬時に水の膜を張った。

 

 “おまえ、自分が何をしでかしたかわかっているのか!?”

 

 その途端、怒りを込めて叩きつけられた言葉に、ひなたは神妙に頷く。

 彼女は理解していた。あれがどれだけ悪手なのかを。

 言われずとも理解していて、それでもなおその手を執ってしまった。

 

 ひなたは己の腕の中にある少女を見て、息を吐く。

 

「……似ても似つかない、か」

 

 顔立ちは地味で人並みで、楚々とした彼女のかんばせには似ても似つかない。

 確かに小柄だが、痩せぎす──病弱だった彼女とは違い肉が付いている。

 総じて一般人の少女だ。無論ひなたの知り合いではなく……。

 

『やはり、そうしましたか』

 

 これ以上ないくらいの笑みを浮かべて、水壁の向こうに姿を現した吸血鬼の仕込みであるのは明確だった。

 

「……クソッタレが。人質なんてどこに隠してやがった」

 

『その質問に恨み節以上の意味などないでしょう?』

 

 ひなたは力なく息を吐く。それが何よりの答えだった。

 

『アナタは強い。魔法少女として不全であるのにも関わらず』

 

「不全……?」

 

『ええ、そうでしょう? だってアナタは──己の魔法(ユメ)を持たないのですから

 

 己の夢。

 己の魔法。

 

 それはなんだ、と考えるまでもなく、ひなたの直感が絶叫する。

 

 ──第一魔法を、ひなたは発現できていない。

 

「夢、夢だと? ふざけんじゃねェ、俺はあいつらを守るために……!」

 

『ひとつ、アナタに教示しましょう』

 

 声を荒げる彼女に向けて、吸血鬼は指を向ける。

 細く、枯れ枝のような土気色の長い指──まるで串刺しにされるような威圧感がひなたの口を縫いとめた。

 

『魔法少女の力の根源、それは情動(イド)意思(エゴ)とされる心の所作。

情動(イド)とは感情。誰もが身に秘め振り回される、過去より生ずる非合理的な心の動き。

意思(エゴ)とは理性。己が行き先を定め、未来へ向かおうとする合理的な心の誓い。

 それらの合議によって成される相補性の心こそが、魔法少女の力なのです』

 

「……」

 

『要するに、燃料(エネルギー)炉心(エンジン)なんですよ、その二つは。アナタがそれだけの魔法を使えるのも、膨大な情動(イド)を……エネルギーを持っているから。

 そこから生まれる魔力もまた、ほぼ無尽蔵と言ってもいい』

 

 簡潔にまとめた吸血鬼は、はぁ、とわざとらしくため息を吐いた。ギザに髪をかき上げて、その姿に苛立ちを募らせるひなたを無視して至極残念そうに首を振る。

 

『けれどアナタにはその片割れたる己だけの炉心(エゴ)がない。汎用魔法にあれだけ注ぎ込み、それでも尽きない燃料(イド)がありながら……己というものがないのです。

 そのような有様では、第一魔法を使えないのも当然と言うもの』

 

「……ッ!!」

 

『みんなを守る? ええ、とても尊い決意だ。その行動からも、口だけでないのがよくわかる……アナタには確かにその意思(エゴ)がある』

 

 

『──けれどアナタ、本当にそれだけですか? それだけの殺意(イド)を撒き散らしておきながら…… 格式ばった正道気取り(テンプレート)が、アナタのすべてだと言うのですか?』

 

 

『そうであるなら……不全の魔法少女(アナタ)は、ワタシには勝てませんよ』

 

 夜風のように穏やかで、しかし逆らいようのない言葉だった。

 ひなたはぐっと剣を握りしめる。彼女の戦意は潰えていない──だが彼女の両手はかすかに震え、青白む。

 それに気付かないふりをして……ひなたは笑う。

 

 “お兄ちゃんっ!”

 

「俺は……俺は……守る」

 

 脳裏に浮かぶ彼女の姿が、嵐の向こうでザアザアと。

 

「守る……んだよ、俺は。それ以外、俺にあるわけ……ねェだろうが」

 

 “おにい、ちゃん”

 

「それ以外……汚ねェところを……見せていいわけがない……!」

 

 歯を食いしばり、立ち上がる。

 

 “たすけて……おにいちゃん”

 

 

 

「……俺みたいなゴミクズがッ! あいつらを守るために戦うことを選んだ俺がッ!! 魔法少女(ヒーロー)以外の在り方を選べるわけがねェんだよッ!!!」

 

 

 ひなたは己を悪だと叫ぶ。そもそも己は死んで然るべきゴミクズだと。

 そんな存在が何かの間違いで娑婆に出た。加えて仲間は彼女(いもうと)に近い年頃の少女たちだという。

 

 清らかな──その手に澱んだ翳りなき、無垢な少女たちだという。

 

 だから彼女は、彼女となった彼の魂は叫んでいる。

 彼女らの瞳に、汚物(まこと)を写してはいけないのだと。彼女らを汚してはならないのだと。

 

 あるいはそれは、記憶の向こうでザアザアとさざめく遠い彼女に殉ずるがごとく。

 

 “…………”

 

 誰かが脳裏で、処置なしとばかりに首を振ったような気がした。

 

『……そうですか。ああ、残念──とても残念だ』

 

 相対する吸血鬼もまた、彼女の狂気を理解したのか息を吐く。

 そもそも彼とて“偏食”の──ひとつの狂気じみた心より生まれた怪物だ。(こいねが)う相手の心の狂度(きょうど)を見抜くことなど造作もない。

 

『アナタのことが知りたかった。それに嘘偽りはなく……だからこそ悲しい。アナタが不全であることが。不全なままでアナタを喰らうことが、どうしようもなく勿体無い』

 

「……テメェ、何勝ったつもりでいやがる。確かに奥の手は切ったがな、それで終わると思って」

 

『いいえ、これで終わりですよ』

 

 吸血鬼は断言した。

 ただ川に流される子供をどうしようもないと見下ろしている。そう思わせる態度。決して驕りではなく、けれどただ残酷で無感動的な言葉。

 怪訝に感じるのも一瞬、ひなたは警戒を深めるが、吸血鬼は変わらない。

 

『アナタは間違いなく魔法少女(ヒーロー)だ。けれど、いいえ、だからこそ』

 

 

 ──とす。

 

 

『アナタは、魔法少女(それ)ゆえに死ぬのです』

 

 ひなたの腹を、黒い刃が食い破る。

 

 “な、に?”

 

 まるで今、腐肉を貪り這い出てきた蛆虫のように蠢いたそれは──影。

 

「……づ」

 

 ぶちゃあ、と馴染みのある生暖かいものが、はらわたから溢れ出る。

 廃ビルの舞い散る埃すらも染め上げたそれ──赤く濁った鉄の臭気は、彼女の驚愕を麻痺させた。

 だからひなたは突然のそれにも硬直せず、その瞳だけを動かして──

 

「……くそ、が」

 

 先ほど助けた少女、その片腕が影となり、ひなたの腹を貫いていた。

 魔法少女ゆえに死ぬ。つまりはそういうことなのだと、倒れゆく己を罵れればどれだけ気が晴れただろうか。

 

「……見捨てられるわけ、ねェ……だろ……」

 

 そのようなことができないからこそ、ひなたは忸怩(じくじ)たる思いとともに血反吐を吐き出した。

 見捨てられるわけがない。

 己が、年若い少女を、見捨てられるわけがない。

 

 妹を理不尽で失ったひなたが……“仕方ない”と、犠牲を容認できるはずがないのだ。

 

 身体の端から冷えて、しかしそれすら消え去り欠けていくように。

 腹から溢れる血と熱を、どうにか抑えようと蹲るも……だくだくと流れるそれは止まらない。

 

『残念だ。アナタがどれだけのものを抱えているのか……ワタシは知りたかった』

 

 意識もおぼろげに俯く彼女に、吸血鬼が歩み寄る。

 すでに水壁は消えていた。

 

『けれどアナタは、ワタシに何を言われようがその信念を剥がすことはないでしょう。であるならば──その魂ごと貪って、心根もろともに咀嚼(リカイ)してさしあげます』

 

 床に広がる血の海を愛おしそうに手で掬い、醜悪な口元をひなたの首筋に寄せる。

 

『さぁ……受け入れて』

 

 がぱりと開けたその口が迫る。

 感覚とともに色まで失うひなたの視界は灰色で、迫り来ると理解していても、動くことなどできなくて──

 

 

 ──“きぃん”

 

 

『……?』

 

 何かが軋むような、夜にそぐわぬ機械音。

 それを聞き逃すはずもなく、吸血鬼は空を見た。

 変わらぬ紅の闇が広がる──否。

 

 

 その彼方に、()()点がただひとつ。

 太陽に浮かぶ黒点、それを反転させたような──太陽そのものを一点に収束したがごとき矮小な光。

 

 

 ──“きぃん”

 

 

 ようやくひなたも空を見た。

 灰色の空に、紅に際立つ茜色が、ひとつ大きく瞬いて。

 

 

『……ッッッ!!!』

 

 吸血鬼は身を退いた。

 ひなたもまた動こうとして、しかしふらつき、叶わない。

 

 けれどそれで充分だった。

 

 

 太陽が──輝く赤が──またたく茜色の星が、

 

 

 

 “(よる)”を、

 

 

 

(なまぐさ)い世界を、貫いた。

 

 

 

「────」

 

 

 力任せに砕かれたガラスのように、空から闇が散っていく。

 紅の夜を、茜色の光が照らし出す。

 ひなたの灰色すらも染め上げるその色彩は、きっと夜明けに等しくて。

 

 そして──降り立つ影がひとつ。

 

 

 

 血よりも赤い、美しい髪。

 太陽を撥ね、影をたなびかせるそれは、明確な彼女のトレードマーク。

 

「ごめん」

 

 血を燻るよりも焦げ臭い白煙を生じる大口径を肩に担ぎ、傍らに炎の蜥蜴を控えさせた彼女の姿は──

 

「待たせた」

 

 まさしく、魔法少女(ヒロイン)そのものだった。

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