TS魔法少女の刑に処す 作:TS魔法少女を曇らせ隊
「あ、……か、ね……?」
おぼろげに声を絞り出すひなたに駆け寄った魔法少女──レッドパッションは、だくだくと広がっていく血の海に倒れ臥す彼女にぱっと身を震わせ、瞠目する。
そして躊躇いもなく血溜まりに足を踏み入れ、『ああ、もったいない』などと背後で聞こえる戯言を無視して彼女を抱き上げると、その腹部に手を添えて……新緑色の光を浴びせかけた。
治癒魔法だ、とひなたが気づく頃には、身体を貫通する鋭い傷跡は微かな痕を残して消え去っていた。
「…………おまえ、治癒魔法、得意、だったンだな……」
「力任せに薄皮一枚繋いだだけだ。得意だなんて言えないっての……っていうかしゃべるな、ばか」
吐き捨てるような罵倒に鋭さはなく、心配の色を多分に含んで震えていた。
血の不足でくらつく頭でも理解できるほどわかりやすいそれに、ひなたは自嘲するように笑みをこぼす……こともできずに、血混じりの吐息を漏らすのみ。
「アタシじゃこれくらいしかできないけど、応急処置にはなるだろうから……アタシがやってもらったコトができるかはわからないけど、できる限り頼んでみるから、それまで待っててくれ」
そう言って立ち上がり、身を翻すあかねに、ひなたは咄嗟に手を伸ばし……鈍いそれは虚しく空を切る。
それでも彼女は、手が届かぬなら声を、有形で掴めぬなら無形でと、必死に腹から声を出す。それは傷口をほじくり返すに等しい所業だったが、彼女はおのれの痛痒を気にも留めない。
「お、れは……俺は、まだ、やらなきゃ……」
「……」
「俺は……守らなきゃ……いけない……だから……」
「…………なぁ、ひなた」
擦れ、遠のき、もはや誰に言っているのかも釈然としないひなたの声に、あかねは静かに振り返る。
その凛々しく整ったかんばせに、わずかな感傷を乗せて……。
「アタシたちはさ──“守って”なんて、言ってないぜ」
決定的な一言を突きつけた。
「…………は、あ?」
「ひなた、おまえは良いヤツだ。口調は乱暴だし、態度だって悪いけど、めちゃくちゃ優しいすごいヤツだ」
「…………そんな、俺は」
「何かを抱え込んでるのだってわかってる。詳しいことは知らないけど……まあ、人に言えない秘密なんて、大なり小なりみんな持ってるし、そう変なことじゃない。……アタシだってそうだしな」
自分も秘密を持っていると、そう告げるとき少しだけ、水底であえぐ顔をした。
それに言葉をなくしたひなたに、あかねは決然と胸を張る。
「だから言わせてもらうけどな。アタシは、
アタシは選んで
アタシはアタシの意志で
……色々無様を晒したし、説得力がないのはわかってる」
「でも、それでも、アタシは戦いたい。
おまえと一緒に戦いたいんだ」
そこまで言い切り、あかねは笑う。
「第一、アタシは“か弱い女のコ”ってタマじゃねえんだよ!」
「………………」
「ま、そーゆーわけでアタシは戦う。あとは安心して眠ってろ」
「っ、まっ……」
一歩踏み出し、吸血鬼に向き直るあかねを止めようとして、しかしひくりと喉が閉じる。
極限まで痛めつけられた己の身体が休息を欲しているのだと、そう直感的に理解したひなたは、徐々に狭まっていく視界の中で、吸血鬼に殴りかかる彼女の姿を、どうしようもなく見つめることしかできなかった。
その胸中に満ちるは迷い。
どうすればよかったのかという……後悔だけ。
“──時はきた、か。
まったく、遠大に舞台を整えるのも大概にしろと言うものだ”
ゆえにこそ、彼女の中に巣食う異形は、やれやれとばかりにつぶやいた。
/
「悪いな、こっからはアタシが代役だ。原型が残らなくなるまで殴り飛ばすから覚悟しやがれ」
ガントレットをまとった拳を打ち鳴らし、あかねは威勢よく叫ぶ。
だがその瞳は油断なく細められ……そうして睨めつけられている吸血鬼はと言えば、はぁ、とため息を吐いた。
『その御高説の邪魔をしなかったワタシに対する返礼がそれですか。
以前は手も足も出なかったアナタが、このワタシを殴り飛ばす……くふ、
“やはり、彼女に比べれば劣る……か。我ながら贅沢なものですね”
あかねの瞳は確かに鋭い。──しかし、全霊の殺気を伴っていた彼女の睥睨には劣る。
全身にみなぎる魔力は、彼女の決意を示しているよう。──こんこんと魔力を放出していた彼女のそれにはやはり劣る。
唯一並ぶところと言えばその勝気な美貌であろうか。楚々としたかんばせからドスの効いた罵詈雑言を吐き出し続けた彼女のギャップとは毛色が異なるが、見た目からわかる素直な魅力というのも、やはり甲乙つけ難いほどに素晴らしい。
つまり──ご馳走であるのは間違いないが、妥協した産物でしかない。
ゆえに吸血鬼は重苦しくため息を吐く。せっかくの、待ち侘びた食事を邪魔されたのだ。焦らしも過ぎれば料理は冷めるというもので、いやがおうにも気分は盛り下がってしまう。
『まあ、別の馳走が自分から据え膳に乗ったと思えば──』
舐め腐った戯言をのたまう彼を前に、あかねは小さく息を吐く。
事実として己は彼に一蹴された。彼がそういうのも当然で──しかし。
「気に入らねえよなあ」
腹の底がうずうずと、赤く疼いて
無骨なガントレットの関節部、構造的に脆い部分から炎が漏れる。
それが鋼を伝い、焼き照らし、血生臭い夜の冷気と馴染むことなく、対極的な温度差を視覚的に演出する。
拳を握る。固められた五指の隙間から篭れ火が散る。
キリキリと張り詰めた全身の
舐め腐り、背後に現れた吸血鬼の顔面に、
爆熱を灯す鋼の拳を、
『なッ』
あらゆる
「おっ──ら、あぁッ!!」
油断していたそのツラに
ガントレット越しに伝播する“ヒトの顔を殴る”厭な感触に顔を顰め、しかしそれすらも炉心に回して全身の魔力をたぎらせて──拳を振り抜く。
「まだまだァッ!!」
そして肘から、踵から炎が
『っっっッッッ!!?』
人外たる吸血鬼に回避も許さず、さらなる追撃を加えるという力任せの荒技を可能とした。
さらなる加速度を乗せて慣性のままに腹を打ち、顔を殴り、脚で蹴り飛ばしながら噴出する炎が散る血飛沫をも焼き払う。
『ぎ、ぐぉおおッ!!? こ、れは、なぜ!?』
吸血鬼は殴打の痛痒と焼かれる肌の痛みに悶え、苦しみ、そしてそれすらも置いていくほどの困惑に包まれていた。
これほどの身体能力、反射、以前は備えていなかった。炎にしてもそう、以前はちりちりと肌を炙る程度の火力しか持たなかったのに、今では“
何故急にこれほどの力を──! 困惑する吸血鬼だったが、振るわれたハイキックで顎を叩かれ、脳髄が
身体能力に限らない、あらゆる基礎能力の向上。
純粋な鍛錬で引き上げるには時間が足りない、ならば取りうる選択は何か。
『まさか、
そうであるならこの程度で収まるはずがない。
人の理想を具現化する第一魔法、それに続くは人の本質を知らしめる第二魔法。必要だからと覚醒できるものではないし、確かに覚醒した段階で基礎能力は向上するがそれが主題ではない以上、それを使っていない彼女が目覚めているはずがない。
であれば道はひとつだけ。
『馬鹿なっ! 二重契約はヒトの精神には重すぎる! それもッ、それも
吸血鬼がうろたえる間にも、あかねは容赦なく炎と鋼でその痩身を打ち据えていく。
その推論は半分正解だと、見た目に似合わず回る頭に苛立ちを吐き捨てながら。
──確かにあかねは契約した。全身を余すところなく
だがあかねは知らなかった。
それは未来にどうなるかとか、具体的な契約の対価だとか──決してそういう話ではない。
彼女は知らないのだ。
ゆえにその契約は不完全で、得られる恩恵もまたわずか。
それでもあかねの基礎能力を引き上げるほどの力を持つなど、吸血鬼が叫ぶ通りに極めて高位のアマイガスしかありえない。
──何故そんな存在があかねと契約を結ぶのか、名を知らせない理由はなにか、そしてそのような存在との仲立ちをしたミストレスの目的は何か。
なにひとつ明瞭とせず、あるいはその先に破滅が立ち込めているとしても。
「アタシはテメェと殴り合えんぞッ、変態野郎ッ!」
今、ひなたを守れる力を得たことに変わりなく──そして後にあるかもしれない破綻に恐れて
『っづッ……まったくッ』
その拳を顔で受け止め、吸血鬼は口角を上げる。
焦げていく顔、じゅうじゅうと沸き立つ激痛に苛まれ……悶え、苦しみ、それでいて彼は笑っていた。
『
拳を叩き込まれる間隙に霧と化し、ちりちりと蒸発する
それに追い縋り、仕切り直しも許さないとひなたは脚で追撃を加え……それと対抗して突き出された拳と打ち合い、跳ね返されて距離を取られる。
『殴り合い……よろしい、よろしい! 付き合って差し上げますッ!
それに思いっきり眉を顰め、あかねは炎をたぎらせる。
気持ち悪いんだよコノヤロー、そう全身で訴えるような様相に高笑いして、吸血鬼は拳を振りかざした。
久々の定時更新……いつの間にか2万字くらい戦闘している……もうちょっとテンポ早くした方がいいのかなぁ……?
しかしこの変態、よく喋る。