TS魔法少女の刑に処す 作:TS魔法少女を曇らせ隊
睡眠然り、気絶然り、意識の断絶は落下に似ていた。
一度身を委ねれば抗えず、何もできることはない。
睡眠ならば定められた墜落とともに現実に立ち帰るだろう。睡眠の浮遊感と地に足ついた現実の落差は、それだけの衝撃を持っている。
だからこそ気絶は恐ろしい。
一寸先すら見えぬ闇に身を投げるのと同じように──夢見る失墜に果てはないのだから。
“俺は……”
ひなたは──否、その魂たる鎌原
彼は確かに少女となった。だがその本質は以前と変わらず、男性相を顕す魂が肉体を解き放たれ、ただ後悔に沈んでいく。
“俺は……どうすればよかったんだ?”
“守りたいと……思ったんだ”
その思いに嘘はない。あのとき、血まみれで倒れていた彼女を……守りたいと思ったのだ。
けれどその彼女から告げられた──守ってくれと頼んだわけじゃない、と。
そして今、己は無様に倒れている。
守りたいと思った人たちを守れず、ましてや救われ、己の一方的な感情を指摘された。
それは彼の、復讐のために歪め、削り、先鋭化させた心根をも打ちのめすには十分だった。
“なら……どうすればよかったんだ”
堂々巡りの自問自答は終わらない。
“汚い自分を見せたくなかった”
“それがいけなかったのか?”
“けれど、もしもそれで彼女たちを歪めてしまったら”
“俺は……俺を、許せない”
彼にとって彼女たちは、かつて己が失ってしまった清い輝きそのものだった。
健常な道から外れ、己の手を
あるいはそこに……理不尽に奪われた妹の輝きを重ねてしまったのは否定できず、だから殊更に触れることを、晒すことを厭うてしまったかもしれない。
もっとも、それを自覚したからと言って何が変わるかと言えばそうではない──何も変わらないだろう。
彼は己を汚らしいものであると定義しているし、それを晒すべきではないと考えているのに変わりはない。
“俺は……俺、は……”
凝り固まった思考から出力される後悔は、型も成分も定められたところてんのようなもの。物も形も変わらないから、そこに変化は何もない。
ゆえにその自問自答に意味はない。ただ永遠と繰り返すだけの、現実逃避じみた思考の渦。
だからこそ。
“────アタシは、アタシの意思でやるべきことを選び取るッ!!”
第三者の言葉が必要なのだ。
魂に響いた少女の
/
拳を振るう。
人を殴る。
それがあまりにも堪え難い。
──殴る度に疼く
「ぶっ飛べ変態ッ!」
渾身の力を込めた拳が、吸血鬼の腹を叩く。
それに苦悶の声をあげて、しかし浮かぶ怪笑に澱みなく、吸血鬼は長い細腕で殴り返す。ガントレットで防ぐも、その衝撃で骨が軋んだ。
ゆえに必然、ターン制じみた殴り合いになる。
『かはっハァッ! 楽しいですねェ!!』
殴り殴られ骨が軋み、肉が裂け、血潮が炎で蒸発する。
脳内より
そして炎が膨れ上がり、吸血鬼の肌をちりちりと焼くほどに、彼女は表情を歪めていく。
堪え難いと──湧き上がるものを抑え込むように。
『──? アナタ──』
それを感じ取って不可解そうに傾いたその顔に、それを隙と見たあかねの拳が突き刺さる。
そのまま思いっきり殴り飛ばし、あかねの周りに赤い炎が巻き上がる。
炎を手繰り吸血鬼へと向かわせながら、あかねは腹の底から声を絞り出した。
「ひなたが何を隠してるか、なんて知らないよ」
そして訊くつもりもない。
誰もが身に秘めていることだから──それは己も例外ではないと、あかねは己の顔に触れる。ガントレット越しの唇は、やはり、歪に上がっている。
「ひなたがアタシを大切に思ってくれてるのはわかってる」
イエローアイ、
ロンリーブルー、楓信寺静理はあの様子で、仲良くなんてできやしない。
けれどひなたは違う。
そう思っていた。
「けどそれは……
ひなたはあかねを、おそらくは彼女にとって大切な誰かと重ねて見ている。
それが彼女にとってどういう存在だったのかは、想像に難くない。あかねもまた弟妹を持つ身だから……きっと、ひなたがあそこまで頑なに自分を晒さないのも、家族に何かあったからだとわかるのだ。
『彼女に語りかけているのですか!? 瀕死の状態で聞こえるはずがないでしょうにッ!』
「そうしたのはテメェだろーがッ!」
炎を振り切り飛び掛かってくる吸血鬼を紙一重で躱し、その刹那に蹴りを叩き込む。
鞭のようにしなり薙ぎ払う細腕には素直に後ろに飛び退いて、しかし泥に沈むように気絶しているひなたを守れるよう、彼我の距離を取り直しつつ彼女は叫ぶ。
「ひなたッ! アタシはそんなに弱いか!? アタシはただ守られるだけの存在か!?」
ひなたはあかねを庇護対象として重ねて見ている。一般人として、守るべき存在として。
それこそ歪なのだ。何故なら彼女は魔法少女なのだから、守られる存在ではなく共に協力するべき守護者なのだ。
「アタシは──アタシたちはっ」
突っ込んでくるコウモリを炎の膜で炎上させ、怪物ゆえの暴力的な身体能力で迫り来る吸血鬼は炎の噴出を駆使していなす。
一時も気の抜けない戦場。拳を振るうたび炎が散り、先鋭化した神経にヒトを殴る感触がダイレクトに浸透する。
ハァ、と漏れる息は熱に浮かれ──
「──おまえが思ってるほど……綺麗じゃないんだよ」
それを恥じるように片手で覆った口元は、歪んでいた。
燃え盛る炎に照らされたその口角は妖艶で、けれど怖気が走るほどのどこか野獣じみた悦び。
身のうちに秘める秘密など、どれもこれも穢れたものだと告げるように──己のそれこそ忌むべきものだと拳を握る。
「アタシら全員、純粋培養のお嬢様じゃねえ。少し間違ったら死ぬ戦場に、自分から身を置いてる訳ありだ!! そんなヤツらがッ、今更何を知っても穢れるはずがねえだろうが!!」
自分たちは清流にしか生きられない存在ではないのだと。
泥に塗れて生きてきたのだと……今も脈々と流れている赤いそれを吐き出すように彼女は叫ぶ。
「だから──アタシを見ろ!
アタシは戦ってる! 戦えてる! おまえを倒した吸血鬼と、今もこうして殴り合えてる!!」
頬を吸血鬼の爪が掠める。
「アタシはアタシだッ!! 戦ってるんだッ、アタシは今、ひなたを守るために戦ってるッ!」
鋭く走った一筋の傷、たらりと流れた血の一滴。
頬を伝うそれは涙のようで、しかし赤い炎は躊躇うことなく焼き尽くす。
それだけ言っても、彼女に反応はない。
当然だ。気絶しているのだから反応できるはずがない……けれど何故だかそれに無性に苛立って、
「──アタシはッ、ひなたのっ、おまえの妹じゃねえって言ってんだぁ──!!」
決定的な言葉を叩きつけた。
それは同じく弟妹を持つ身としての、共感ゆえに察したことだったのかもしれず。
ゆえに、
「──────あァ」
何よりも強く、何よりも鋭く。
彼の魂を打ち穿った。
/
無様であると、そう思った。
己のことが、無様であると思ったのだ。
重ねていたのかもしれない? 彼女たちの清い輝きに? 彼女のことを?
ふざけるな、ふざけるなと己を罵倒する。その程度ではなかったのだと、何よりも己が忌々しい。
己は、彼女たちの少女性のみに妹の姿を重ねて、無意識に彼女たちを代替として扱っていた。
妹を守れなかった。だから今度こそ、今度こそはと──あまりにも滑稽な人形劇。
“それでも──守りたいという願いは間違いではないだろう?”
そう己を卑下する彼の魂に、新たな声が響き渡る。
だが……それは、独りよがりの、一方通行のもので、それが間違いでないなんて──
“ふふふ、何を言うかと思えば! 人の善意も、悪意も、すべからく一方通行なもの! どちらも
“そもそも君は復讐者だ! 独りよがりの究極と言える復讐を成し遂げた君が、今更何に怯えるというんだい?”
善意も悪意も等しく独りよがりであり、復讐はその極地であると声は云う。
“君は復讐を成しえた意思と、守りたいという意思を別のものとして考えている。だけどそれはおかしいんだよ。
君は何故復讐をした? 何故復讐しようと思った? 何故復讐を完遂できた?”
“──それは君が、妹を守れなかったからだろう? 君は守りたかったから、復讐を果たしたんだろう? 復讐を完遂するに至らしめた
違う、違うんだ。
あれは俺のための復讐で、ひなたはきっと、そんなことは望んでいなくて──
“それこそ間違っているぞ、鎌原定努。
根本的な話だ──己のためであろうとも、他者を害されたがゆえに復讐を果たそうとする者は、
“だから君の善意と悪意は不可分なんだ! 何故か? どちらも
“片方だけでは中途半端な
……ならば。
ならば俺は、どうすればいいと、彼は尋ねた。
“己の
君はもう、“自覚”している──後はそれを表に出すだけだよ”
その言葉を契機に、彼を取り巻いていた闇が晴れる。
そして現れたのは──三対六枚の黒翼を持ち、上二枚で顔を、下二枚で体を隠した、人ならざるもの。
闇が晴れ、光に満ち溢れる世界でなお、それより上位の天にまたたく──あまりにも輝かしい異形。
気づけば定努もまた、男であった頃の身体で座り込んでいた。
「……世話、かけたな」
「ふふ、声色が変わったね」
まるで親しい友人のように短い言葉を交わし合って、天の異形は彼に手を差し伸べる。
それは、あるいは悪魔の誘いかもしれず……。
けれど彼は、決然としてその手を取った。
その様を見て、くすりと──彼は天上の美酒を湛えるがごとき微笑みを浮かべた。
「大いに悩み苦しみたまえ、若人よ。
──それこそ、人を解き放った私にとって、何よりも喜ばしい
揺れる金糸の髪は、あまねく光を浴びて、美しく輝いている。
次回、覚醒、そして決着。