TS魔法少女の刑に処す   作:TS魔法少女を曇らせ隊

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第三十三話 我は法の執行者

 ──どくん、と。

 夜が()()ほどの魔力の胎動に当てられ、吸血鬼は硬直する。

 それを隙とみて殴りかかろうとしていたあかねもまた、一拍遅れて全身を絶大な魔力に包まれ──

 

 

『こ、れは……ぐ、ぅう』

 

「なんだ、これ……」

 

 しかし、同じく膨大な魔力に包まれたというのに、二人の様子はまるきり違っていた。

 苦悶の声を漏らす吸血鬼に対し、あかねはどこか安心しており、そんな自分に困惑している様子だった。

 

 

 まるで温かく、柔らかなタオルで全身を拭われるような……幼い頃に母がしてくれた、張り詰めていた神経が良くほぐされているような心地よさ──対して吸血鬼が感じているのは、全身に細い針を差し込まれるような……無遠慮で不快な敵意そのもの。

 

 

 抱擁と敵意を()()()()()二面性の強大な魔力──互いの様子からそれを見て取った二人は、通じ合ったわけでもないのに、瞬間的に魔力の発生源に目を向けた。

 

 

 ──黒衣のドレスを鮮血で染め上げた黒髪の少女が、血だまりの上に膝を突いていた。

 

 

「っ、ひなたっ!!」

 

 ぐらり、と揺れた彼女に駆け寄り、熱された籠手を使わないように抱き止める。

 その衝撃と未だ冷めらやぬ熱が伝わったのか、ひなたの目がゆっくりと開き……。

 

「あぁ……助かったぜ、あかね」

 

 流暢に言葉を話し、血の気のない顔でくたびれた笑みを浮かべた。

 

「助かった、って……顔面土気色じゃんか! いいから寝てろって、今にも死にそうだぞ!?」

 

「悪ィが、そういうわけにもいかねェんだわ……」

 

 ひなたはふらふらと腕を掲げ──「展水球(ウォーター・スフィア)

 彼女の宣言とともに、有り余る魔力が分厚い水球に変わり、彼女たちを外界から隔離した。

 

 目覚めたばかりでこれだけの魔法を、と驚くあかねの横で、ひなたはふぅと息を吐く。

 

「おまえ、やっぱり無理して……アタシに言ってくれれば、炎で──」

 

「あほ、それで落ち着いて話ができるかよ……」

 

 あかねの提案をばっさりと切って捨てて、ひなたは苦し気に息を吐く。

 

「俺も余裕があるわけじゃねェんだ……だから、手短に話す」

 

「……」

 

 話してくれ、と顎をやるあかねの腕を掴み、ひなたは水球の向こうにいる吸血鬼を睨めつけた。

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「そのために、おまえの力が必要だ。……一緒に、戦ってくれるか?」

 

 

 そのとき、おのれが覚えた感情を言葉にする(すべ)を、彼女は持たなかった。

 歓喜、大願、応報……それらすべてが混ざり合った、熱としか形容できないそれ。

 

 

「ああ──任せとけっ!」

 

 

 それはまさしく、彼女を突き動かす原動力(モチベーション)そのものだった。

 

 

 /

 

 

 すぅ、と水球が薄れるように消えていく。

 魔力が尽きたのではなく、おのれの意思での魔法の取り消し。おや、と吸血鬼はわざとらしく声を出した。

 

『随分とお早いお目覚めだったようですが……いかがしましたか? もしや、降伏でもするつもりで?』

 

「馬ァ鹿、そんなわけねェだろ」

 

 水球が晴れると同時に、ちりちりと水気を蒸発させる炎が広がる。

 その奥で不敵に笑うのは、やはり魔力が尽きる気配のない少女(ごちそう)

 しかし妙なことに、先ほどまで瀕死であったはずなのに、そのかんばせは死人のそれを脱している──炎で照らされていることを差し引いても、せいぜいが不健康を通り越した顔面蒼白であろう。

 

 “と、なると”

 

 その隣で炎を展開している赤髪の少女に目を向ける。

 ──やはり、先ほどまでに比べて魔力がごっそり減っている。適性のない回復魔法で黒髪の少女を治療したのだ……かけた分に見合った成果が得られたかは疑問だが。

 

 “であればその意味は? 何故彼女を治療した? 残存魔力を消費してまで……そこに如何な意味が──”

 

「あかね、頼む」

 

「任せなッ!」

 

 吸血鬼が思索に没頭しかけたその時、炎を防護膜として残した赤髪の少女が彼に向かって突撃する。

 向かってくる彼女の拳を腕を盾にして受けて……予想よりも強い勢いによろめいた。

 

『っ、これは……?』

 

「ふんッ!!」

 

 続いて脚を刈り取る勢いで叩きつけられたローキックも、先ほどに比べて妙に響く。

 わずかな、けれど確かな変化──鞭のようにしならせた脚でお返しに薙ぎ払いながら、吸血鬼は声を漏らす。

 

『くフ、なるほど使命感、あるいはやる気? 何がアナタをそこまで突き動かすの──ですかねェッ!』

 

 コウモリを使役、弾丸として飛ばされたそれらを直感的に察知したあかねが大きく炎をたぎらせる。

 うねり乱れ散る火花、呑まれるコウモリ、焼き焦げる()()の臭いなど気にもせず、彼女は美しく獰猛に笑う。

 

「言われたんだよ──ダチに、頼むってッ!! それ以外に理由がいるかッ!?」

 

 突き出される拳、追い縋る炎、どれもが吸血鬼を殺すと猛々しく息巻いている。

 そこに彼女の何かを見たのか、にたりと吸血鬼は笑って──

 

 

『──我は汝、汝は我。ゆえに我ら分かち難く……』

 

「我ら、此処に一つと成ろう」

 

 

「『──斯くや在らん』」

 

 

 

 

 ──その(うた)が聞こえた瞬間、その微笑は露に消えた。

 

 

 /

 

 

 第一魔法。

 それは魔法少女の理想──地に足付かず、“こうあるべき”という先行した願いの具象化。

 ゆえにそれに至ろうとする俺たちの始まりには、“斯くや在らん(この言葉)”こそ相応しい。

 

 俺という魂、俺という肉体に精神体(アマイガス)が絡みつき、一体となって奥の奥へと沈んでいく。

 無意識に通ずるアマイガスとの接続により、現実に想念を引き上げる『魔乞(マゴイ)』……その次段階に位置する術理。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

『すなわち『魔儀(マギ)』──これこそが、我らが一体になることで、より強い無意識への接続を行う魔法少女が基礎にして秘奥。……ここに至るまで、随分とかかったな』

 

「魔法少女になってから一ヶ月も経ってねえ初心者(ニュービー)に何言ってんだ」

 

『フン、己が願いから目を逸らし続けた馬鹿者が何を言う。ある意味自覚していない者より性質(たち)が悪いぞ』

 

「……悪かったよ」

 

 思えばそう、こいつはさんざんヒントを出していた。それを無視した、目を逸らし続けたのは俺なのだ……と言っても始めたばかりなのは事実なので、やっぱりせっかちすぎやしないだろうか。

 

 それはともかく、だ。

 

『さあ、我が契約者よ。汝は何を思い、何を理想とする? ──汝は何のために戦い、敵を殺す?』

 

「…………」

 

 守りたい、という気持ちは、今もこの胸に確かにある。

 そうさ、あの吸血鬼や──彼の言っていた通り、この思いは間違いじゃない。

 明確に正しいもので──けれどそれだけでは、俺のすべてとは到底言えない。

 

 俺はそれから目を背けていた……ドス黒いそれを表に出しては、彼女たちとともにいる資格などないと思っていたから。

 それが恐ろしかった。彼女たちを穢してしまうと……けれどそれすら一方通行の気遣いで、彼女たちはそれほど弱くないのなら。

 

「そんなもの、ずっと前から決まってる」

 

 ──今こそ俺は、俺の理想(ぞうお)をさらけ出す。

 

 

 /

 

 

「 “(なんじ)(ほう)執行者(しっこうしゃ)(のが)()(やいば)(くび)()つギロチン” 」

 

 炎に守られ、そして溢れ出る魔力が輝き始める。

 ヒトとアマイガスの合一、『魔儀(マギ)』が執り行われると同時に、彼女が──彼の魂が秘めたる意思(エゴ)が、確かな決意を以て表出する。

 

 真紅に染まった彼女の黒衣がゆるやかに光と散り、彼女を言祝ぐように漆黒のヴェールに編み直されていく。

 

「 “おのれが(ヒト)(いのち)()ち、その肉叢(ししむら)(むさぼ)るものよ” 」

 

 その声色から滲み出るのは、溶岩にも似たあまりにも冷たい理想(ぞうお)

 ヒトを殺し、欲望のままにそれを貪るけだものじみた畜生どもへの──殺意。

 

 それに当てられた吸血鬼は、炎で身を焼かれるのも気にせずただ少女へと飛び掛かる。

 これはダメだ、これはダメだ、()()()()()()()()()()()()()

 

「 “きさまは(みにく)(けもの)にあらじ──(さば)かれるべき(ヒト)である” 」

 

 続く言葉は、畜生をヒトと認めるもの──大切なものを奪われた彼が、しかしその復讐は罪であると断じたように、彼女はその行いを駆除としない。

 ただ対等に滅殺する──対等なものであるがゆえに混じり気のない、“殺してやる”という純粋な殺意が、剣のように吸血鬼へと突き刺さった。

 

 そう、彼女が携え、今も先端の鋭利さと引き換えるように分厚くなっていく剣のように。

 もはやそれは騎士剣にあらず──断頭台にて頸を切り落とす、由緒正しき斬首剣。

 

「 “ゆえに(あお)げよ()憎悪(いのり)末期(まつご)()けよ、()()げられし(ばつ)()を” 」

 

 彼女に迫る吸血鬼を、炎をまとう赤髪の少女が食い止める。

 彼女は感じていた。この魔法(いのり)はただ恐ろしいものではないと……これは守護の側面をも併せ持つのだと。

 下種がこれ以上被害を出さないよう、我が手を汚して皆を守る──あまりにも澄み切ったその決意は、ただただ彼女たちのことを思うがゆえに。

 

 ──宣誓は最終局面へ。彼女の意思に呼応した魔力がさざ波のように夜を揺らす。騒ぎ立てるそれはまさしく、その時を待ちわびる観衆のように五月蠅(うるさ)くて。

 

 

「 “──その永遠を処断する(逃がすものかよ、ここで死ね)” 」

 

 

 彼女の決意を宿した宣誓(それ)の完遂とともに魔力が完全に収束し、彼女の衣服(コスチューム)に織り込まれ──新たな彼女を祝福する。

 

 ──黒の喪服(ブラックドレス)と斬首剣、折り合わないそれが、しかし折り合わないがゆえの調和を着飾った少女に、今も彼女を殺そうとしていた吸血鬼の目が奪われる。

 

 ああ、なんて──美しいと。

 

 

「第一魔法、開廷── 《其は善き秩序のための断頭台(アラストール・ボワ・ジュスティス)》」

 

 

 刹那、吸血鬼が地に伏せた。

 否──赤髪の少女が留め、そして黒髪の乙女に彼が目を奪われた一瞬に、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼を押しつぶし、地に縫い留めて今もきぃきぃと軋むのは──あまりにも古めかしく、同時に物々しい……断頭台(ギロチン)

 

『こ、れは──!?』

 

 抵抗しようとする彼の手足をも拘束するように、小さいそれが叩きつけられる。

 

「さあ、吸血鬼──“偏食”、あるいは“美食”の者よ。

 おのれの所業を鑑みろ──テメェの罪を裁くときだ」

 

 少女の笑みと凄絶な宣言を前にして、吸血鬼は何を思ったのか。

 

 抵抗をやめ、どこか穏やかで満足気な笑みを浮かべて──

 

 

 ──直後、断頭台から解き放たれた重厚な刃が、その頸を一息で断ち切り。

 彼の頭だけが、独りでに……どこか滑稽に物悲しく、ずるり、と地に落ちた。

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