TS魔法少女の刑に処す 作:TS魔法少女を曇らせ隊
赤、
“またこの夢か、飽きねェな俺も”
これは俺が復讐を果たした瞬間の夢。
真紅と猟奇に彩られた──鮮血の記憶。
「……終わったか」
夢の俺は、そう言ってナイフを投げ捨てた。
苦節四年、あるいは五年。あの日から誕生日を祝うなんて頭にも浮かばなかったし、祝ってくれるような人たちとは縁を切ったから、正確な年数なんて覚えていない。
それだけの時間を費やして、俺は復讐を完遂した。
──総勢四人、それらを殺し尽くした俺は、血溜まりに一人立っている。
先ほどまで言葉を交わしていた人間たちを、肉塊にまで貶めて……そこにあるのはようやく成し得たというほの暗い徒労感だけ。
罪悪感はない。それだけは間違いなく言い切れる。
“たまたま目に入った女をマワして殺して、あとは親父にポイしたら何とかしてくれた”なんて──そんな大小嬉々な悪事を、武勇伝のように嬉々としてうそぶくカスどもだ。
己が辱めた犠牲者の遺族に殺されるのは、連中には似合いの末路だろう。
「……」
ただ、ひとつだけ思うところがあるとすれば。
法に縛られぬ
「さァ、行くか」
近くの警察署はどこだったか。ああ、思い出せないな。とりあえず近所で水でも浴びるか、そうしよう。
血まみれの上着を脱ぎ捨てて、スマホの案内に導かれるまま、俺は廃墟を後にする。
空は快晴、澄み渡るような夏の空。
どこまでも遠い空の彼方で、どうか待っていてほしい。
俺ももうすぐ、そちらに行くから。
──『その行い、紛れもなく罪である』
『なれど我にとっては、好ましい』──
/
遠い意識が蘇る。
「……っ」
目覚めは溺死にも似ていた。
深海で縛られていた身体が、上に上にとがむしゃらに泳ぎ、果てに届かず手を伸ばすような息苦しさ。
言うまでもなく最悪の寝覚めだ。
「クソ……何が起きたってんだ」
汗だくの身体を無理やり起こし、澱んだ空気を肺から吐き出す。それで少しは楽になるかと思ったが、節々に鉛を括り付けられたような重さはそのままだ。
自分に何が起こったのか考えようとしても、寝起きで鈍い頭は明晰な答えを返してくれない。
仕方なく、目を瞑って意識を整える。
無理な時は無理、ベストコンディションを保つためには心を落ち着け時を待つのが一番だ。
長年の経験で得たそれを信じ、自分しかいない暗闇の中で逸る心を鎮めていく。
その過程でようやく脳に血が通い、周囲に目を向ける余裕ができた。
「ここは……どこだ?」
白い内装、部屋を区切るためのカーテン……どことなく学校の保健室を思わせる。
どう見ても面会室ではない。
「そもそも俺に何が……ッそうだ」
ミストレス・アドラー、あいつが何かしでかしたのは間違いない。
奴が俺に手を翳した瞬間、どうしようもない痛みに襲われた。
……あの、自分が根本から作り替えられるような不快感と、肉や骨が弾けて一つにまとめられる苦痛は、喧嘩に慣れている俺であっても二度と体験したくない。
そう思うと、今度は別の形で
一体なんの了見があって俺を痛めつけたのか、問いたださないと気が済まない。
すぐさまベッドから降りようとして──さらり、と何かが視界で揺れた。
最初は虫かと思ったが、一挙一動に付いてくる。というかなんだか頭が重──待て。
「いや、はァ? なんだこれ、え、──まさか、髪、か……!?」
髪だ。長い黒髪が、視界の端で揺れている。
慌てて後頭部に手をやると、やはりそこから生えている。それも大量に!
恐る恐る、髪を梳かすように手をやれば──腰辺りまで伸びていた。
「お、おいおいおい、待て、どういうことだ!?」
俺の髪はせいぜい耳に障るぐらいの短さだったはずだ。こんな長いはずがない。
ハゲなら喜ぶかもしれないがあいにく俺の毛根は最盛期だ! 喜ぶどころか困惑しかない!
「っていうか妙に視界低くないか!? 俺の一八〇近かった身長はどこに行きやがった!!」
慌てて両手で身体を弄るも次々異常が見つかっていく。日差しを知らない白い肌、筋肉のかけらもない細腕、少し走ったら折れてしまいそうな頼りない脚、
そして極め付けが──
「な、ない! 俺の息子が!?」
情報収集で散々役に立ってくれたマイサンがない! どこにもない! 家出したのか、家出できるものなのか!?
俺が復讐のために費やした四、五年のうちに気軽に取り外せるほど医療技術は進歩しているとでも言うのか!
それが判明した瞬間に恐ろしくて手を引っ込めたから詳しいことはわからないが、膨らんだ胸と合わせると──もしかしたら
「う、うおお……!!?」
どれだけ唸っても身体の状況は変わらず、むしろ前より高くなった声が強調されてしまっている。
前の声もダミ声というわけではなかったが、殊更美声でもなかった……しかし、細っこい喉から出力される今の声は随分とハスキーで、それにすら違和感を覚える始末。
「クソ、クソクソ! なんだってんだよ!!」
こうなったのもおそらくミストレス・アドラーのせいだ! あの野郎ふざけやがって、何やったかは知らないがマジで一発殴らねえと気が済まねェ!!
「問いただすのはその後だ! 人の了承も得ずにこんなことした落とし前は付けさせてやらァッ!!」
周りを囲っていたカーテンを荒々しく横にずらし、頼りない脚でズンズンと突き進む。
内装はやはり保健室のようで、だからと言って俺の怒りを鎮めるには瑣末に過ぎる。最終学歴中卒を舐めるなクソが、などと吐き捨てながら出口に向かって猪突猛進──
──する寸前に、備え付けられた姿見に自分の姿が映った。
視界の端で、わずかに捉えただけだったが。
まさか、そんな。
そんなこと、あり得るわけが──
「……っ」
俺の脳髄が“それを見るな”と、怒りを打ち消すほどの警笛を掻き鳴らす。
けれど、俺の身体は止まらない。
夢見たそれに手を伸ばすのは、理性ではなく本能で。
夢見たそれを瞳で追うのは、心に沿うに等しくて。
ゆえに、何をしようが、止められない。
「──ぁ」
うろこ一つなく磨き上げられた姿見に、その全身が映り込む。
長い黒髪。射干玉のように、白い光を撥ねている。
細っこくて小柄な身体は、どこまでも人の庇護欲を誘う。
そのかんばせは楚々として、笑顔が似合う顔立ちで。
日差しを知らぬ白雪の肌は、家に篭りがちだったあの頃のまま。
“お兄ちゃんっ!”
それは紛れもなく、“彼女”の姿。
理不尽に奪われ、失ってしまった──最愛の妹、そのものだった。
「ぁ、あ」
手を伸ばす。
失ったものを、どうにか繋ぎ止めたくて。
どうか何処にも行かないでくれと、縋るように無意識に。
けれど、鏡の中に映る君も、そのようにして手を伸ばす。
その顔は今にも泣きそうで、
“おにい、ちゃん”
「ぁ」
嗚呼、本能よ、脳髄よ。
やはり、おまえは正しかった。愚鈍な
“おにいちゃあん……っ!”
“どこ、いるの”
この、鏡を、
“さむいよ……いたい、よ”
見る、べきでは、
“たすけて……おにいちゃん”
なかった。
「ぁ、ああ、嗚呼あ、あああああアアアアアああぁぁぁぁぁぁぁ嗚呼ぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛あ゛あ゛あ゛ア゛────ッッッ!!!」
俺は発狂した。
トラウマスイッチっていいですよね。