TS魔法少女の刑に処す 作:TS魔法少女を曇らせ隊
「先日、新たな高位のアマイガスが出現した。君たちにとっては、例の吸血鬼に続く二体目、ということになるね」
ぴくん、とあかねの眉が跳ねる。それほど露骨でなくとも、その吸血鬼の情報を聞いている本部の魔法少女たちは皆、似たり寄ったりな顔をしていた。
それに苦笑したミストレスは、白い繊指を振って資料を飛ばす。
「かの吸血鬼は“偏食”──『暴食』の系統に属する悪性のアマイガスだ。こだわりゆえか、随分と弱っていたけどね……」
──系統? あんりの眉が訝しげに跳ねる。
しかし今尋ねることではないと、その疑問を抑え込んでミストレスの声に耳を傾ける。
「それでもあかね君が瀕死の重傷を負い、覚醒したあんり君と快調したあかね君の二人がかりで、なおかつ彼が“踊り食い”のために手加減していなければ勝てないほどの力を持っていた」
あかねにとっての苦い記憶であり、あんりにとっては戦いを決意するきっかけにもなったアマイガスである。
厭な顔を隠さない二人を他所に、ミストレスは資料を捲った。
「此度現れた高位のアマイガスも同等か、あるいはそれ以上の危険性を持つと考えてくれ。尤も初動からして、あまり緊急性はないだろうが……」
「その根拠は?」
すらりとした腕を掲げてそう尋ねたロンリーブルー、楓信寺静理の目は、ミストレスではなく資料に向いている。
そんな無礼にも思える彼女をミストレスは気にすることもなく答える。
「そうだね、簡単に言ってしまうとそれが今回のアマイガス──“
「性質?」
ミストレスが
そこに描いてあるのは、件のアマイガスと思わしき肉塊。
「そのアマイガスは自分より優れた人間が有する意識や精神、肉体、素質に至るまでを
だからおのれより劣る人間は狙わない。そのように選別し、優れたものを取り込んでいくほどに、より優れた、より整った性質を求める……その意味がわかるかい?」
一瞬、執務室を沈黙が支配して、
「……なァるほど? つまり初動で優れた存在を取り込んだから、もう一般人を襲わない……襲う意味がない、そういうことか?」
顔を顰めたあんりが引き継いでまとめると、その通り、とミストレスは頷いた。
あかねは、少女らしい嫌悪感で口をつぐんだおのれを恥じる。横目で他の魔法少女を見れば、静理も嫌悪感を示すような表情を浮かべていた。
いつも通り花が咲くように笑っている明子ですら、その表情に翳りを感じさせた。
当然だ。
ミストレスの言っていることはつまり、すでに犠牲者が出ている──それも摂取、すなわち捕食というけだものじみたやり方で、喰われているということなのだから。
「……わからねェな」
そんな中、あんりだけがつぶやいた。
「わからない、とは?」
「より優れた性質を求め、それのみを喰う……それは理解できる。あァ、わかりたくねェが理屈としてはな。だけどな、もう一般人には被害が出ないってのがわからん」
追いつけていないあかねは未だ混乱していたが、彼女の言葉で静理や明子が何かに気付いたようだった。
ミストレスをチラリと見て、こくり、と彼が頷いたのを確認してから、あんりは持論を述べた。
「確かに何人か喰えば、優れた性質の一つや二つは手に入るだろ。ミストレスが言うほど優れているなら、十や二十じゃ効かないかもなァ。
──でもな、
そこまで言われて、あかねもようやく気付いた。
「誰でも、とは言わねェが、自慢できるものを一つか二つ持っている人間はたくさんいる。そういう奴らが摂取対象にならないと何故言い切れる? 俺にはそれがわからねェ」
どれだけ優れた人間を初動で取り込んでいても、必ずどこかに漏れがある。
すべてを網羅している人間など存在しない。ヒトの無意識に触れる魔法少女だからこそ、ヒトの限界というものを知っている。
あくまでも
「君は頭のキレがいいね。それも長年の経験ゆえかな?」
「そうならねェと目的を果たせなかった……それだけだ」
「そうか。ならばやはり、君をスカウトして正解だった」
独り頷いて、ミストレスは口を開いた。
「言ってしまえば簡単なことだ。──
「!」「っ」「……」「チッ」
それで全員が納得する。納得せざるを得なかった。
「どれだけ低級な魔法少女でもその肉体は魔力で強化されている。精神もまた同様に……大なり小なり“現実を歪める”意思力とその素養を秘めているんだよ。だから魔法少女を一人でも喰らえば──」
「──一般人を喰う意味はなくなる」
明子がつなぎ、そしてため息を吐いた。
ミストレスの言葉を素直に受け取れば、確かに一般人に被害は出ない……だが、彼女たちはそれを素直に喜べない。
何故ならば、彼女たちは皆魔法少女である。
付け加えれば──全員が固有魔法を習得しているA級魔法少女である。
「君たちは皆私が選りすぐった魔法少女たちだ。他支部なら
ゆえにこのアマイガスが次に狙いを定めるとすれば、君たちという優秀な魔法少女が集まるこの東京を除いて他にない」
固有魔法とは魔法少女の意思そのもの。
その始まり、少女が見る
地に足つかない思春期特有の理想を、それでもと描く意思力こそがその根幹。深く、澄み渡るほどの想いがなければ綺麗な絵画《ユメ》は生まれないのだ。
ゆえに、それに目覚めるということは、精神もそれ相応の高みにあるということだ。
そこから引き出される魔力によって強化された肉体も、低級の魔法少女とは比べ物にならないだろう。
だからこそ、初手で低級の魔法少女を取り込んだアマイガスは、今度はより優れた魔法少女──固有魔法を得たエースを狙う。
そのために狙われる場所は
あんりは資料をペラペラとめくって、ふぅん、と唸る。
それに倣うようにして資料をめくったあかねは、ふと疑問に思って顔を上げた。
「あの……ミストレスさん」
「何かな、あかね君?」
「さっき、緊急性はないって言いましたよね? 今のはその根拠だとも……でもそれは一般市民に対する緊急性ですよね? アタシたちからすれば、さっさと倒さないと際限なく成長するように思えるんですが」
あかねの意見に、確かに、とあんりたちは頷いたが、しかしミストレスは首を振った。
「それは違う。このアマイガスが行うのは
そうだな……君たちは命を糧にして成長するだろう? けれどこのアマイガスは、取り込んだものを継ぎ接いで、精神までも玩具のように組み上げる。そうすることで、より良い“だけ”のものになっていく……それがこのアマイガスの存在理由だ」
丁寧に説明するミストレスだが、その声色はどこか冷めている。アマイガスを語る口ぶりからも、彼がその理由を快く思っていないのが読み取れた。
「あかね君の言う通り、優れたものを喰えば喰うほどこのアマイガスは強くなる。だが成長はしないから、支部のA級をビュッフェのように貪らない限り発見次第
「全員で、か」
「うん。あの吸血鬼のように、単独で挑んで喰われたくはないだろう? 私も君たちを容易く失う気はないからね」
「支部のA級を喰って回った場合はどうなるんです〜?」
「一人でも喰らえばその時点で連絡が行く。そうならなくとも、発見時点で連絡するように通達しているから大丈夫さ。
ミストレスは明子に目をやる。彼女も心得たとばかりに満面の笑みで頷いた。
「今回の作戦においては、アマイガスの早期発見が非常に重要だ。そのために明子君」
「はい〜」
「君と、君の契約者であるラグエルの第一魔法── 《
あんり君、静理君は、来るべき戦闘に備えて英気を養っておきなさい。世間話でもして親睦を深めてもいいんじゃないかな?」
「任されました〜」
「オーケー、たっぷり休ませてもらうわ」
「…………ふん」
それぞれ三者三様の反応を見せた後、一人だけ名前を呼ばれなかった少女が不安げに手を挙げる。
「あの、アタシは──」
「あかね君はまだここにいたまえ。話さなければならないことがあるからね」
「はぁ……」
そんな気の抜けた返事をしたあかねは、ふと隣でくつろぐあんりを見た。
その視線にすぐに気づいたあんりは首をかしげる。
「どうした?」
「……いや、なんでもない」
「ふぅん。……なんかあったら言えよなァ」
さすがの観察眼か、不躾な眼を向けた答えを濁したあかねに優しく笑いかけた。
そんな姿に、きゅっとあかねは拳を握りしめる。知らない、けれど懐かしい暖かさがこぼれて──思わず。
ミストレスは二人を見た。
そこに確かな喜びを滲ませて、彼は椅子から立ち上がる。
「さて、それでは今回の会議は終わりだ。長々と、すまなかったね。……此度のアマイガスは、少々
「……ああ、先程言った通りあかね君はこっちに。……訊かねばならないことがある」
彼の言葉に従い執務室に残るあかねは、振り向いてあんりを見る。
小柄な身体。溢れる魔力とともにどこか頼もしく──けれど。
彼女は、一緒に残ってほしい、という願いを、口にすることができなかった。
うつむき、肩を落とす彼女は、黙ってソファーに腰を下ろした。
整理
肉塊アマイガス→“摂取欲《パッチワーク》”
A級魔法少女→
本部は全員がA級なので非常にレベルが高いです。他支部はA級が一人いればいい方。
それら魔法を覚醒させた、させる素質がある者から、ミストレスが自分の手で選んだのが本部の魔法少女たちです。