TS魔法少女の刑に処す 作:TS魔法少女を曇らせ隊
日本魔法少女協会本部、地下修練場にて。
「……ふぅむ」
斬首剣──切っ先はなく、刀身は分厚く、鈍く輝いているそれは、人の頸を斬るという目的に特化しているためにひどく重い。
幼げな少女が振るうにはあまりに似つかわしくない処刑人の剣──
「うぅん」
であるのだが、あんりはぶんぶんと片手で剣を振り回していた。
頸の代わりに大気を裂くその様は、本来想定されたものとはまったく異なる使い方だ。無論
大人であっても容易には振り回せぬ重量こそが
そして、彼を相棒とするあんりは魔法少女である。
変身に伴う自己強化が、成人した男を遥かに凌駕する膂力を彼女に与えているのだ。精神性も含め、彼女に相応しい得物と言える。
そんな得物をぶんぶんと、あんりは朝の修練場で振り回していた。
どこか浮かない顔だった。
“……どうした? 鍛錬するのではなかったのか?”
彼女に間借りしているアラストルが困惑とともに問いかける。
『
──あの吸血鬼を斬首してからも、あんりは気を抜かず鍛錬している。
それは生来の真面目さだけではない。いずれ現れるだろう次なる
“たっぷり休む”と言い放った会議を後にしたその脚で、すぐに鍛錬場を訪れるほどにその思いは強い──だから彼女が惰性で鍛錬を蔑ろにするはずがないと、そう理解しているがゆえの困惑。
問われたあんりは、苦々しい顔を隠そうともせずにため息を吐いた。
「ああ、わかってる。わかってるんだが……」
彼女は斬首剣を構えて、首を傾げた。
「どうにもわからん。……これ、どうやって鍛錬すりゃいいんだ?」
“…………”
あんりの当惑に、アラストルは答えを持たなかった。
/
さて困ったな、と俺は剣を振るう。
ぐおん、と物々しく大気を切り裂く斬首剣は、武器としては一級品だ。
だが、それを活かす術を見出せない。
正確に言えば、知らないのだ。
「前みたいな騎士剣ならまだしも、
そもそもこの剣は、俺がやっているように片手で振るうものではない。
大の男が、動かない頸に向けて振り下ろすものだ。だからこれを武器として使うような術理が存在しない。
つまり。
「ふんッ!」
適切な動きがわからず、結果としてこのように──野球のバットを振り抜くような、不恰好な素振りしかできない。
これでも元々の重量で何とか攻撃として成立しているが、それはシャベルで降りしきる雪を掬おうとするようなもの。適切に使えばもっと有効に扱えるものを、非効率なやり方で強引に扱っているに過ぎないのだ。
「アラストルも知らねェんだろ?」
“……うむ”
そもそもアラストルが司るのは“裁き”──正面切って戦うような概念ではない。
だから斬首剣の使い方を知らないのも当然と言えば当然だが……思わぬところに落とし穴があるものだ。
「さァて、どうすっかな」
ただ闇雲に素振りをしても意味がない、どころか変な癖がついてしまうことを考えれば躊躇してしまう。
ミストレスに聞くにしても、おそらく今はあかねと話している最中だろうし……いよいよ手詰まりだ。
まあ、それがわかったのならやりようはある。
こうやって悩み、迷っている時間は無駄だ。今どうにもできないなら、その今をどの鍛錬に傾けられるかを考えよう。
それこそ合理というものだ。
「……仕方ねェか。今日は魔法に時間を──」
そうアラストルに告げようとした時だった。
コツ、コツと──鍛錬場に誰かが降りてくる。
鍛錬場は本部地下に存在する。入るにはエレベーターか階段を使うしかないから、それ自体は何もおかしくない……しかし何故かそれが気になり、じっと階段に目を向ける。
一人しかいない鍛錬場で、厭に足音が強く響く。
澱んだ水面に波紋が重く立つように。
冷たい緊張感を突き破って現れたのは──身の丈ほどもある竹刀袋を携えた黒髪の少女。
「……楓信寺?」
かつて、あかねの病室に向かう最中にバッタリと出会った、毒舌が特徴的な女の子だった。
そのときは中学生らしい制服だったが、今は身体のラインが浮き出るスポーツウェアを着用していた。それが妙に様になっている。
「あなたは……確か、蒲蕗あんり、でしたか?」
「ああ。名前、覚えててくれたんだな」
「覚えたくて覚えたわけではありません」
そのように俺の言葉を突っぱねて、楓信寺静理はその所作に警戒心を滲ませた。
以前のやり取りで苦手意識を持たせてしまったのか。……まあ、どんな煽りも受け流してきた俺は、彼女にとってはやりにくい相手だろうから仕方ないか。
「…………」
楓信寺静理は俺を警戒しつつも脇を通り過ぎ、持っていた竹刀袋をロッカーに突っ込むと、鍛錬用に置いてある竹刀を一本、無造作に掴み取った。
しかし、その体幹は揺らがない。
それなり以上の重量がある竹刀を、変身もせずに悠々と掴み上げて、だ。それなりに長く、太い枝を持つだけでも揺らぐものは揺らぐというのに……まるで樹木が根を張る岩石のように安定している。
「……鍛え込んでるな」
よく見れば、手足にしなやかな筋肉が付いている。闇雲に鍛えて身につくものではない、明確な目的のために要求される、合理的で必要な筋肉のつき方。
男であった頃の俺も相応に鍛えていた。だからこそ理解できる厳しい鍛錬の跡──それを高校生にもならないだろう少女が身につけているということに、驚きを隠せない。
俺の驚愕を尻目に、少女を竹刀を振り上げ──
「ッふ!!」
──爆発じみた裂帛の踏み込みとともに振り下ろした。
全身の体重に加え、竹刀の重さをも完璧に利用した踏み込みが硬い地面を打ち鳴らす。
ごうごうと地を打つ大雨を、たった一足で踏みしだき、凌駕するような圧倒的な震脚。
ブレた剣先は、しかしその加速を刹那に留める。
相手がいるならちょうど頭部があるだろう虚空に、震脚で生まれた勢いを余さず叩きつけたことによる急停止。竹刀が空気を面として叩いたと、そう錯覚するほどの風切り音。
空を雲が流れるように。
山から川が流れるように。
縫い目が見えないほど自然に結び付けられた一連の動きは、剣術などかけらも知らない俺という素人をも魅了するほど美しい。
「ふッ──ふッ──ふッ……ふ……ッ!」
何よりも凄まじいのは、それを彼女はこともなげにこなしているということ。
その所作と同じく、おそらくは身体に完璧に染み付いているのだろう。俺から見れば渾身の素振りも、彼女からすれば当然のように繰り出せる
絶え間ない鍛錬、一日と欠かすことのない反復を繰り返した先にある無骨な美しさがそこにある。
「…………」
俺は見惚れていた。
ミストレスの、ただ独り在るだけで万物を凌駕する人外の美とは異なる、人が連綿と合理的に積み重ねてきた術理に、圧倒されていたのだ。
やがて、百に届くかというところで、素振りが終わる。
踏み込み、振り下ろし、鋭く息を吐き、竹刀を腰だめに構えて、彼女はこちらを呆れたように振り向いた。
「あなたは何をしているんです? 他人の鍛錬にかぶりつく暇があるなら──」
「──頼みがある」
「独り寂し、く?」
嫌味を遮られてぽかんとする少女に向けて、俺は恥も外聞もなく、勢い良く頭を下げた。
「俺に、君の剣を教えてくれないかっ!」
「……………………はっ?」
参考資料
ミストレス 平常時:APP21(人間の美的感覚の頂点)
本気時:APP22〜24(人外の美貌)
あかね
あんり(ひなた)
静理
明子 四人全員で平常時:APP17〜18(美しい容姿〜非常に美しい容姿)
変身時:APP19(飛び抜けた美貌)
APPは信仰補正により上昇
一般魔法少女は平常時下限APP13