TS魔法少女の刑に処す   作:TS魔法少女を曇らせ隊

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最近ボリューム不足だったので6000字になりました。


第六話 爆発

「ッ!」

 

 バチン、と竹刀を打たれ、弾かれる。

 手の甲を打たれ、取り落とす。

 飛び退こうとした脚を打たれ、尻餅をつく。

 

「ッづ!?」

 

「シッ!」

 

 魔力を通した斬撃は疾く、骨が軋むほどに強い。

 しかし、そのどれもがただ痛めつけるためではなく、俺の身体に染み付いた間違った動きを矯正するための、いわば鞭なのだ。

 それがわかるからこそ竹刀を構え、その度に叩き落とされ、弾き飛ばされた竹刀をまた拾い──何度もそれを繰り返すごとに、冷えた意識が戦闘に最適化されていく。

 

 全神経が蒼い少女に集中し、その所作を余さず捉え、本能がどう動けばいいのかを弾き出し──

 

()()()()()()()()

 

「ぐっ!?」

 

 ──そしてその度に、緩急を付けて走り出した竹刀に対応できずに身を打たれる。

 見えていた。だが、反応できない。いつ、どのタイミングで竹刀が加速するのか判断できず、そして俺が仕掛けようと身を屈めた瞬間に、彼女の全身が連動して竹刀を繰り出すのだ。

 

()(せん)(せん)(せん)先々(せんせん)(せん)

 

「……どういう意味だ?」

 

「あなたは存外、素直に過ぎる。本能のままに動くだけなら、手に持つ(つるぎ)に意味はない」

 

 それだけを告げて、彼女は竹刀を構え──停まる。

 隙だらけ、のように見えて、散々打たれた俺にはわかる。

 意図して力を抜いているのだ。いつでも瞬時に動けるように、最低限の気を残して。

 

「……」

 

 俺もそれに倣い、彼女と鏡写しのように竹刀を構える。

 

「そうではないでしょう」

 

「何?」

 

「あなたの得物は、本当に竹刀(それ)ですか?」

 

 言われて、気づく。俺の本当の得物はこの頼りない竹刀ではなく──あの大振りで、肉厚で、無骨に過ぎる斬首剣だと。

 気づかせてくれた少女に頭を下げて、斬首剣を持っているような心算(こころづもり)で身体を動かし、竹刀を少女に向ける。

 

「……」

 

「……ふ、ぅう」

 

 待つ。

 先ほどのように、全神経を動きの予兆を感じ取ることに集中させる。だが、それで焦って先ほどのように突っ込んではいけない。

 これは先にマウント取って殴り飛ばせばいい喧嘩とは違う、技術がモノを言う戦い──言い換えれば機を図る、人間らしい戦いだ。

 それを身に付けねば、彼女には決して届かないだろう。

 

 息を吐き、俺の精神を研ぎ澄ます。

 俺の闘志とあちらの殺気、それらを総和した異様な緊張感が、鍛錬場に張り詰める。

 その(つる)を一歩一歩、双方が対岸から渡り歩くように──距離を詰める。

 

「…………」

 

「…………」

 

 言葉はない。必要ないと断じているか、あるいはそれすらも緊張感を壊しかねないと感じているのか。

 手に持つ竹刀が重みを増す。脳裏を過ぎる斬首剣が、竹刀の影に重なり、消える。

 

「シッ!」

 

 初手は蒼い少女から。その剣筋は、静寂にも似た弦を断ち切り、俺の首へと迫り来る。

 

「ッは、ッ!」

 

 それを辛うじて捉え、振り上げた竹刀で上に弾く。

 

「無様」

 

 だがそれは、後のことを考えない咄嗟の防御であり。

 氷のように凍てついた表情筋をどこか呆れたように緩めて、弾かれた竹刀を無防備な俺の頭に振り下ろした。

 

 

「〜〜〜〜〜ッッッっ!!?」

 

 

 ……打ち、弾かれ。

 打たれ、転び。

 蒼い少女は鋼を打つ鍛治師のように、何度も何度も、言葉なく俺に竹刀を打ち込んだ。

 その身で喰らって学び取れ──一昔前のスパルタであるが、これはこれで単純明快。

 

 俺はじんじんと痛む節々に顔を顰めながら、正確無比な彼女の竹刀に立ち向かう。

 

 

 /

 

 

『私は大丈夫だから』

 

 母の口癖だ。

 その後に続く言葉は、決まってこうだった。

 

『大丈夫だから、心配しないでいいのよ』

 

 ──そんなの、無理に決まってる。

 心配しないはずがない。

 大丈夫であるはずがない。

 

 青白い顔で無理に笑う母親の姿を見るたびに、幼かったおのれの腹の奥底に、汚らしいものが湧き出してくる。

 それは誰のせいでもなく──少女自身が抱える(さが)として、何よりも少女が疎ましく思い、それでも封じ切れない……()()()()()()()()()()()()()

 

 たとえそれが、

 

「……あんり?」

 

 ひどく独善的で、

 

「なんで、全身、あざだらけで──」

 

 身勝手なものであったとしても。

 

 

「笑って、る──?」

 

 

 鍛錬場に辿り着いたあかねが見たものは、一方的に叩きのめされる、黒い少女の姿。

 かすかにうめき、それでも立ち上がり、その度に頭や腕を竹刀で打たれて転び、荒く息を吐く。

 それでも彼女は()()()()()。苦しそうに、笑っている。

 

 あの、遠く花を愛でるような。

 今まで幾度もおのれに向けてくれた優しい笑顔が、獰猛に歪み、自分ではない誰かに向けられている。

 

「…………」

 

 それを受けている誰かの顔は、冷たくて。

 ただただ痛めつけるように竹刀を振るい、それを当たり前に受け止めて、無理に笑う彼女たちは。

 

 

 ──今は床に臥せった母親と、彼女を殴る、()()()のような。

 

 

「……やめろ」

 

 湧き上がる。

 全身が痺れて、筋肉が張り詰める。

 

「やめろ」

 

 どろどろとしたものが、心の底から湧き上がる。

 (フカ)(ココロ)から、その()(シン)に至るまで──どこまでも(ツミ)(ブカ)いものが、湧いて出る。

 

 

 ──“善き、■りかな”

 

 

 どこかから聞こえた愉快そうな声が、背を突き飛ばしたような気がした。

 

「やめろォオオオオッッッ!」

 

 全身が、炎のように燃え上がる。

 

 

 /

 

 

 最初に気づいたのはほとんど偶然だった。

 突如、鍛錬場の入り口で爆発的に膨れ上がった魔力。一瞬敵と見紛うほどの全方位への敵意──しかし魔力の質そのものは、俺のよく知る彼女のもので。

 

 “これは──、ッ! 彼女を止めろ、あんりッ!”

 

「なっ!?」

 

「ちっ!」

 

 思わず振り向いた俺とは違い、舌打ちひとつで蒼い少女は動き出す。

 即座に竹刀を投げ捨てて、空いた左手をロッカーに向けて、叫ぶ。

 

「ミヅハッ!」

 

 端的な命令を発したその瞬間、ロッカーの扉を盛大に吹っ飛ばして彼女の左手に飛翔したのは、彼女が抱えていた竹刀袋──否、違う。

 

「日本刀……!?」

 

 彼女の背丈を遥かに超える、少女が手に持つにはあまりに無骨で古ぼけた刀。それこそ、竹刀袋が包み込んでいたものであり、彼女が常に持ち歩いていたものの正体だった。

 手に戻ってきた唐鍔(からつば)の太刀を、祈るように胸に抱く。

 

「 “()えざる貴方(あなた)(わたし)(ねが)う” 」

 

 そして誦んずるは彼女の唄。

 その所作は、先ほどまでと比べてあまりにも緩慢で。

 

「楓信寺ぃいいいいッ──!!」

 

 その頭部に、膨大な魔力と炎を宿した拳が突き刺さり── 「 “どうか(わたし)()れないで” 」

 

 ガキィィインッ!!

 

 拳が皮膚一枚を食い破る刹那に、間一髪で生じた光が掻き乱す。まるで“拒絶”するように拳を堰き止める蒼い障壁は、かつて俺が見た盾と同じもの──つまり、楓信寺静理の固有魔法。

 

 自身の眼前で静止した拳の先で、抜き身の刀を携えた少女はため息を吐いた。

 

「なんですか、その無様な姿は」

 

「……あかね」

 

 彼女の言う通り──認めたくはないが、彼女の姿は、痛々しい。

 

「ふ、ぅうううぁ、アアアアア…………!!」

 

 全身にみなぎる魔力は、かつて吸血鬼の“城”をぶち抜いたときよりも濃度──“純度”が高い。それから生じる甚大な炎は、冷えた鍛錬場の空気を焼け焦がし、少し離れた俺の喉が渇いてしまうほどの熱量を秘めて暴れ狂っている。

 それはちょうど、楓信寺静理の全身を覆った蒼い光と相反する──澱みながらも輝く紅い炎。

 

「あかね、落ち着け。今、自分が何してるかわかるか? そもそも、はっきりとした意識はあるのか?」

 

 ともかく、できるだけ冷静に声をかける。ここで俺が狼狽しては落ち着くものも落ち着かない。

 そうして声をかけ、彼女の様子をつぶさに観察し、気付いた。

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()

 皮膚に手甲(ガントレット)に、少しずつヒビが入る。その度にヒビから血が滲み、それを押し退けるように()()()()湧き上がる炎によって蒸発する。

 

 これは──炎に身体が耐え切れていない?

 違う、逆だ。()()()()()()()()炎が湧き上がるのだ。

 彼女の肉体には、おのれですら抑え切れない熱量が今も渦巻いている!

 

「……ちっ」

 

 俺と同じ結論に至ったのだろう、蒼い少女は汗ひとつかかず舌打ちをする。

 おのれを睨みつけるあかねの瞳を負けじと睨み返し──あるいはあかねのものより色濃い憎しみすらも浮かべて、ぎちりと歯を噛み締める。

 

 間違いなく、キレていた。

 ……これはちょっと、いやだいぶ、否、かなりまずい!

 

「待、」

 

「その体たらく、何たる無様か──ああ、本当に度し難く、許し難い。それで誰かを守る? 誰かのために戦う? そんなもの、できるはずがない」

 

 尾を引く紅炎が蒼い光を舐める。

 

「これは、あなたが吹っ掛けた喧嘩だ。泣いて詫びても、もう、遅い」

 

 光がその色味を強くする。全身に満ちる魔力が凪いで、光を舐めた炎を呑み込む。

 炎がますます燃え盛る。全身にみなぎる魔力が暴れ、呑んだ光をおのれごと焼き尽くす。

 魔法だけでなく、その魔力性質までも相反する──間違いなく相性最悪の両者は、矛と盾を彷彿とさせた。

 

「そっちも煽るな! おい、ちょっと待てっ」

 

「腕の一本、脚の一本、併せてかたわに貶めれば、我が気も少しは晴れるでしょうし、そちらも少しは落ち着くでしょう」

 

 俺の声が聞こえていないのだろう、刃物のごとくキレッキレにブチギレている蒼い少女は、唐鍔の太刀をゆっくりと引き抜く。

 引き抜かれた鈍色の刀に、蒼い光が纏わりついた。

 

「だから待、」

 

「楓、信寺ィ……!!」

 

「剣を持たぬ(けだもの)が血で、御祖(みおや)が祭剣を汚す無礼をお許しください──」

 

 

「静理ぃいいいいッッッ!!!」

 

「お前も落ち着、」

 

「──半分殺して、連れていく

 

 楓信寺静理は刀を引き抜き、あかねはますます炎をたぎらせる。

 

 ……あぁこいつら、もう何を言おうが聞こえないなと。

 俺はそれをようやく察して、どこか懐かしい──出来れば年若い少女二人の血生臭い喧嘩で思い出したくはなかった気分になって。

 

 

「──待てって言ってンだろうが、馬鹿どもがッ!」

 

 

 冷や水を浴びせかけるように。

 最大限の魔力(サツイ)を込めて、俺そっちのけでどこまでもヒートアップする二人に罵声を叩きつけた。

 

「っ」「ッ」

 

 それでようやく二人の意識に間隙ができる。意識していなかった横から殴られれば誰でもこうなる──よく不良同士の殴り合いの仲裁で使っていた手だ。

 ……まさか魔法少女同士の仲裁にも使うことになるとは思わなかったが。

 

 俺を認識したあかねの顔が、炎越しにでもわかるほど青白く染まり、炎の勢いも衰えていく。

 楓信寺静理はいつも通り氷のようだが、少しはばつが悪いと思っているのか、顔を逸らした。

 

 そんな対照的な少女二人を交互に眺めて、ため息を吐く。

 

「なんでこうなったのかは知らねェ。お前らの間に、何か複雑は事情があるとは知ってるから、それを聞くつもりもない」

 

「ぁ……あの、あんり……ごめ、」

 

「俺じゃねェだろ」

 

 おずおずと繰り出されたあかねの謝罪を切り捨てる。

 え、と惚けた声を漏らすあかねに再度ため息を吐いて、蒼い少女を指差した。

 

「謝るべき相手は、俺じゃねェ。──今のは明らかに、お前から手を出した喧嘩だ。だからお前が謝る相手は、俺じゃない」

 

「……わかった」

 

「……フン」

 

 鼻を鳴らして、楓信寺静理はそっぽを向く。

 そんな彼女にもため息を吐いて、声をかけた。

 

「お前もだ、楓信寺」

 

「……は? 先に喧嘩をふっかけたのはそちらでしょう」

 

「だとしても、要らん煽りでヒートアップさせたのはそっちだろうが」

 

 そう言うと、また顔を逸らす。……ある意味わかりやすいな、こいつら。

 

「俺はお前らの事情は知らん。だから今起きたことで考える。そして、相手が悪いのは、自分が悪くないってことにはならねェんだ。……喧嘩両成敗、知ってンだろ?」

 

「……ちっ」

 

「…………」

 

「……わかり、ました」

 

「よろしい。そんじゃあお互いに、ごめんなさいだ」

 

 しゅう、と二人の変身が解けると同時に、改めて向き直る。

 どこか気まずそうに向き直った二人は、ゆっくりと頭を下げて──「「ごめんなさい」」と、しっかり謝った。

 それを見て俺は頷くと、意気消沈して項垂れるあかねの腕を掴んだ。

 

「え、な、何?」

 

「あんな変な魔法使ったんだ、身体に何が起きてるかわからねェ。さっさと医務室行くぞ。……あと、色々事情、聞かせてもらうからなァ」

 

「え、えっ、えっ?」

 

 変身による膂力を活かし、混乱しているあかねを鍛錬場の外に引きずっていく。

 この場は確かに収まった。だが、あかねの様子はどこかおかしい……会議前は普通だったから、体調不良、というわけでもなさそうだが、さて。

 

 しばし抵抗するあかねだったが、俺に離すつもりがないと悟って身体から力を抜く。

 そんな彼女の頭を撫でて、俺はあかねを背におぶり、鍛錬場の外に出る──前に。

 

「楓信寺」

 

「……なんです?」

 

 呆然と、あかねを連れていく俺を見送っていた楓信寺静理に顔を向ける。

 

「今回はちょっと色々あったし、最後には説教しちまったけどさ。嫌じゃなかったら、またバシバシしごいてくれ」

 

「…………」

 

「ま、そんだけだ。……怪我はなさそうだし、大丈夫そうだけど、念の為に医務室に行くことをオススメするぜ」

 

 最後に頭を下げて、俺は鍛錬場を出るのだった。

 

 

 /

 

 

「…………」

 

 鍛錬場に冷たさが戻る。

 一人残された少女は、唐鍔の日本刀を鞘に収めた。

 

「………………」

 

 その脳裏に映るのは──おのれを厳しく諭し、最後には花がほころぶように微笑んだ黒衣の少女。

 いつか遠い日に、失ったはずの暖かさが……少女の胸に滲み入る。

 

「……………………変な、ひと」

 

 知らず、少女は刀を胸に抱いていた。

 強く、強く。離したくないと言うように。




今年も終わりますが、色々用事が片付いて更新ペースは少しずつ元に戻せると思います。
来年も、彼女たちの物語をよろしくお願いします!
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