TS魔法少女の刑に処す 作:TS魔法少女を曇らせ隊
これから五日間、毎日更新となります。
弱っていた。
精神的に──あるいはいつもなら堪え切れたであろう些細な出来事で、感情が爆発してしまうほどに。
「あの後、ミストレスさんに一人だけ残されて……アタシは、……」
その影響が今も残っているのか、落ち着いていたあかねは、震える両手で顔を隠す。
俺は何も言わずに、彼女の側で洋梨を剥く。しゅりしゅりと皮を剥き……何が起ころうが対応できるように、心を冷たく、尖らせていく。
「……アタシは、ミストレスさんに、確認だって言われた」
「確認?」
「ああ。……あの、アマイガスの被害者に……アタシの
洋梨を剥く手が止まる。
顔をあげれば、彼女は、どこか遠くを見るように茫洋としていた。いつもの活力に溢れた様子からかけ離れたその様子に息を呑む。
「知り合い……うん、そうだ、知り合いなんだ。友達じゃあ、なかったんだ。でも、あいつは……いや、あいつも、友達なんて……アタシは……」
「おい、落ち着け」
強く握りしめられて、石膏のように硬く白く染まったあかねの拳を、ほぐすように手を添えた。
それでようやく俺がいることを思い出したのか、弾かれたように俺を見る。俺もまたそんな彼女を、真剣に見つめ返した。
「……ごめん」
「何度だってこうしてやる。だからゆっくりでいい、話してくれ」
こくり、とあかねは頷いて──俯きがちに、ポツリ、とこぼす。
「アタシが、ミストレスにスカウトされて本部にきたってのは前に話したよな?」
「ああ」
「その、アタシがスカウトされる前に所属してたのが……今回、アマイガスに壊滅させられた支部なんだ」
その事実は確かな驚きとともに響き、しかしすぐに納得する。
……だからミストレスはあかねだけを残したのか。それ自体は理解できるが、アフターフォローもなしとはどういう了見だ?
そんな内心の苛立ちはおくびにも出さず、会議の折に眺めた資料を思い出す。
「確か、死亡者数は四名、だったな」
「……ああ。死体が見つかってない一人が、アタシの同期で、それで……ううん、なんでもない」
あかねは無理に笑顔を作る。
それがあまりにも痛々しく、その同期がただの知り合い未満ではないことは明らかだった。
「……そのせいで、弱ってたのか」
「多分。……正直、現実感とか、ないんだ」
だから悲しいとか、そういうものはなくて──
「同期が、知り合いが死んで……もう会えないってのはわかってるのに。悲しいとか、寂しいとか、全然思い浮かばない……なのに、変に心がささくれ立ってる。よくわからないんだ」
その独白は、コップに並々と満ちた水を彷彿とさせた。
今にも溢れそうなのに、ひどく歪に安定している。だが少しでも小突けば綻び、こぼれてしまう。
──それは、俺にも覚えがある。
「それはな、ただ心が麻痺してるだけだ」
「ま、ひ?」
こくん、と首を傾げるあかねに、俺は頷いた。
「ああ。そのうち、何もしてないのに涙が出てくるようになる。身体を動かすのがひたすら億劫になって、死体みてェに座り込む。そのまま泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣きまくって……悲しみとかは、その後に腐るほど湧いてくる」
「…………」
あかねの顔が歪む。
構わず話す。
「悲哀が一滴ずつ、無数に押し寄せる。少しずつなら対処できても、濁流のように降り注ぐそれを対処できるほど、人の心は強くない。耐えて、
「………………った、……に」
また歪む。やめてくれ、と
それでも俺は口を止めない。
「今のうちに備えておけ。自覚できればまだマシになる。寝るのもいい、睡眠は心身を落ち着かせる」
「っ、知っ、ふ、うにっ……!」
「今泣けないのは、ただ心が疲れているだけだ。別におまえがドライだとか冷血だとか、そういうマイナスなモンじゃ──」
「──知った風に言うなよッ! アタシの気持ちがッ、アンタにわかるのか!?」
あかねは叫んだ。
堪え切れなかったものを吐き出すように。
それも俺は知っている。
「
叩きつけられた彼女の悲鳴を受け止めて、薄く笑う。
「……っ!」
「俺だって、親しい人を失う苦しさは知っている。どういう気持ちになるかも、知っている」
俺のときは、ああ、そうだ。
雨の降りしきる曇天を、力なく見上げていた。
そのどうしようもない虚脱感を知っている。それを埋めるのは難しいと、実感付きで知っている。
「だけど、俺はおまえの気持ちを理解することはできない。知っていても、まったく同じであるわけがない……おまえの気持ちを理解できるのは、おまえだけだ」
家族であろうとその心の波形を掴み取ることは難しいのに、まるきり違う人生を送ってきた俺たちが、相手の心を完璧に理解できるわけがない。
ただ知識として、実感として、知ることはできる。
知ろうとすることはできる。
そう在ろうとする姿勢は、まさしく、心に寄り添うということ。
ともに濁流を呑み下すことはできずとも、押しつぶされないように支えて、少しずつ悲しみを呑み込んでいく助けにはなれるのだ。
──俺のときは現れなかった、誰かのように。
彼女を守れなかった俺が、誰かを助けようとするおのれであろうとするために。
「だから俺はその手伝いをしよう」
「落ち着くまで泣けばいい。誰かに当たりたくなることだってあるだろう。誰かの喪失は、おのれの嘆きでしか埋められないんだ」
「尻を蹴り飛ばすのはいつでもできる。なら、少しくらい遅らせたっていいだろう」
しゅりしゅりと皮を剥き、テキパキとカットしてフォークを刺す。
それをあかねに差し出して、俺はわざとらしく笑った。
「ほら、食ってみろ。疲れた心には、甘い果物が一番だ」
その頬を伝う滂沱の涙は拭わない。
ただ俺は、彼女が悲しみを乗り越えるための手伝いをする。
「……ぅん…………う、ん」
泣きながら、あかねは洋梨を齧り──俯いて。
「……
「ああ」
「アタシっ……アタシっ……! 謝れ、なくてっ……! 何、もっ! 言えな、かったっ……! 逃げて、それでっ……! う、ぁああ゛あ゛あ゛……っ!」
「……ああ」
涙とともに嗚咽をこぼす彼女の側で、俺はただ彼女の言葉を受け止めた。
色々と展開を練りながら書き溜めしておりました。
次回は二月十六日18時となります。