TS魔法少女の刑に処す   作:TS魔法少女を曇らせ隊

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これから五日間、毎日更新となります。


第八話 それはとても残酷なこと

 弱っていた。

 精神的に──あるいはいつもなら堪え切れたであろう些細な出来事で、感情が爆発してしまうほどに。

 

「あの後、ミストレスさんに一人だけ残されて……アタシは、……」

 

 その影響が今も残っているのか、落ち着いていたあかねは、震える両手で顔を隠す。

 俺は何も言わずに、彼女の側で洋梨を剥く。しゅりしゅりと皮を剥き……何が起ころうが対応できるように、心を冷たく、尖らせていく。

 

「……アタシは、ミストレスさんに、確認だって言われた」

 

「確認?」

 

「ああ。……あの、アマイガスの被害者に……アタシの()()()()()()()ってことの、確認」

 

 洋梨を剥く手が止まる。

 顔をあげれば、彼女は、どこか遠くを見るように茫洋としていた。いつもの活力に溢れた様子からかけ離れたその様子に息を呑む。

 

「知り合い……うん、そうだ、知り合いなんだ。友達じゃあ、なかったんだ。でも、あいつは……いや、あいつも、友達なんて……アタシは……」

 

「おい、落ち着け」

 

 強く握りしめられて、石膏のように硬く白く染まったあかねの拳を、ほぐすように手を添えた。

 それでようやく俺がいることを思い出したのか、弾かれたように俺を見る。俺もまたそんな彼女を、真剣に見つめ返した。

 

「……ごめん」

 

「何度だってこうしてやる。だからゆっくりでいい、話してくれ」

 

 こくり、とあかねは頷いて──俯きがちに、ポツリ、とこぼす。

 

「アタシが、ミストレスにスカウトされて本部にきたってのは前に話したよな?」

 

「ああ」

 

「その、アタシがスカウトされる前に所属してたのが……今回、アマイガスに壊滅させられた支部なんだ」

 

 その事実は確かな驚きとともに響き、しかしすぐに納得する。

 ……だからミストレスはあかねだけを残したのか。それ自体は理解できるが、アフターフォローもなしとはどういう了見だ?

 そんな内心の苛立ちはおくびにも出さず、会議の折に眺めた資料を思い出す。

 

「確か、死亡者数は四名、だったな」

 

「……ああ。死体が見つかってない一人が、アタシの同期で、それで……ううん、なんでもない」

 

 あかねは無理に笑顔を作る。

 それがあまりにも痛々しく、その同期がただの知り合い未満ではないことは明らかだった。

 

「……そのせいで、弱ってたのか」

 

「多分。……正直、現実感とか、ないんだ」

 

 だから悲しいとか、そういうものはなくて──

 

「同期が、知り合いが死んで……もう会えないってのはわかってるのに。悲しいとか、寂しいとか、全然思い浮かばない……なのに、変に心がささくれ立ってる。よくわからないんだ」

 

 その独白は、コップに並々と満ちた水を彷彿とさせた。

 今にも溢れそうなのに、ひどく歪に安定している。だが少しでも小突けば綻び、こぼれてしまう。

 ──それは、俺にも覚えがある。

 

「それはな、ただ心が麻痺してるだけだ」

 

「ま、ひ?」

 

 こくん、と首を傾げるあかねに、俺は頷いた。

 

「ああ。そのうち、何もしてないのに涙が出てくるようになる。身体を動かすのがひたすら億劫になって、死体みてェに座り込む。そのまま泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣きまくって……悲しみとかは、その後に腐るほど湧いてくる」

 

「…………」

 

 あかねの顔が歪む。

 構わず話す。

 

「悲哀が一滴ずつ、無数に押し寄せる。少しずつなら対処できても、濁流のように降り注ぐそれを対処できるほど、人の心は強くない。耐えて、()えて、悲しみを湛えて……ぶっ壊れそうな心をどうにか繋ぎ止めるんだ」

 

「………………った、……に」

 

 また歪む。やめてくれ、と悲鳴(コエ)が聞こえた。

 それでも俺は口を止めない。

 

「今のうちに備えておけ。自覚できればまだマシになる。寝るのもいい、睡眠は心身を落ち着かせる」

 

「っ、知っ、ふ、うにっ……!」

 

「今泣けないのは、ただ心が疲れているだけだ。別におまえがドライだとか冷血だとか、そういうマイナスなモンじゃ──」

 

 

「──知った風に言うなよッ! アタシの気持ちがッ、アンタにわかるのか!?」

 

 

 あかねは叫んだ。

 堪え切れなかったものを吐き出すように。

 それも俺は知っている。

 

()()()()()

 

 叩きつけられた彼女の悲鳴を受け止めて、薄く笑う。

 

「……っ!」

 

「俺だって、親しい人を失う苦しさは知っている。どういう気持ちになるかも、知っている」

 

 俺のときは、ああ、そうだ。

 雨の降りしきる曇天を、力なく見上げていた。

 そのどうしようもない虚脱感を知っている。それを埋めるのは難しいと、実感付きで知っている。

 

「だけど、俺はおまえの気持ちを理解することはできない。知っていても、まったく同じであるわけがない……おまえの気持ちを理解できるのは、おまえだけだ」

 

 家族であろうとその心の波形を掴み取ることは難しいのに、まるきり違う人生を送ってきた俺たちが、相手の心を完璧に理解できるわけがない。

 

 ただ知識として、実感として、知ることはできる。

 知ろうとすることはできる。

 そう在ろうとする姿勢は、まさしく、心に寄り添うということ。

 ともに濁流を呑み下すことはできずとも、押しつぶされないように支えて、少しずつ悲しみを呑み込んでいく助けにはなれるのだ。

 

 ──俺のときは現れなかった、誰かのように。

 彼女を守れなかった俺が、誰かを助けようとするおのれであろうとするために。

 

「だから俺はその手伝いをしよう」

 

「落ち着くまで泣けばいい。誰かに当たりたくなることだってあるだろう。誰かの喪失は、おのれの嘆きでしか埋められないんだ」

 

「尻を蹴り飛ばすのはいつでもできる。なら、少しくらい遅らせたっていいだろう」

 

 しゅりしゅりと皮を剥き、テキパキとカットしてフォークを刺す。

 それをあかねに差し出して、俺はわざとらしく笑った。

 

「ほら、食ってみろ。疲れた心には、甘い果物が一番だ」

 

 その頬を伝う滂沱の涙は拭わない。

 ただ俺は、彼女が悲しみを乗り越えるための手伝いをする。

 

「……ぅん…………う、ん」

 

 泣きながら、あかねは洋梨を齧り──俯いて。

 

「……()()()()()。はるちゃん……アタシ、あたし、言えなかった」

 

「ああ」

 

「アタシっ……アタシっ……! 謝れ、なくてっ……! 何、もっ! 言えな、かったっ……! 逃げて、それでっ……! う、ぁああ゛あ゛あ゛……っ!」

 

「……ああ」

 

 涙とともに嗚咽をこぼす彼女の側で、俺はただ彼女の言葉を受け止めた。




色々と展開を練りながら書き溜めしておりました。
次回は二月十六日18時となります。
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