TS魔法少女の刑に処す 作:TS魔法少女を曇らせ隊
「……んぶぇ」
奇怪な呻きとともに目を覚ます。起きてすぐ、喉に栗でも放り込まれたかのような焼け付くような痛みが走る。
げほげほとわざとらしく咳をすると、覚えのある症状に顔を顰めた。
「俺、あの後……ゲロ吐いたのか」
四、五年前に散々吐いたからわかる。これは胃液で喉がやられている時の痛みだ。
できれば二度と経験したくなかった。……最近、そんなことばかり言っているような気がする。
胸のむかつきを抑えながら周りに目を向けると、ここがついさっきまで寝ていたばかりの保健室のベッドだということに気づく。
ぺたぺたと自分の病衣に触れてみるも、寝汗で少し湿気っているくらいでツンと来る胃液の臭いはない。
「これは……つまり、誰かが、」
「その通り〜」
がさり、とカーテンが横にずれる。
咄嗟に身をかがめて逃げようとするも、ベッドに横になっている状態では逃げようがない。舌打ちしようとした瞬間、
「っむぁっ!? にゃ、にゃにふぃやがるッ!」
「わぁ〜〜〜、やっぱりとっても可愛い子ですね〜。怒ってるのも子猫さんみたいでかわい〜」
うっわ背筋にゾクッと来た、なるほどこれが被捕食者の感覚……じゃなくて!
「ッ離せッ!」
「わひゃっ」
力を振り絞って両手から逃れ、渾身の敵意を込めて睨みつける──も、眼前の相手はにこにこと、花が咲くように笑うままだ。まったく意に介していない。
そんなに怖くないのかと、脳裏で自分が睨んだ姿を想像しようとして、
「う」
ああ、ダメだ。本当にダメだ。
脳裏であの子が睨みつけるという、かつての日常の一風景を思い浮かべただけで……吐きそうになる。
我ながらなんと情けないことだろう、口元を抑えてうずくまり──背筋を優しく撫でられた。
「大丈夫ですか〜?」
その声は平坦で、抑揚はなく、撫でる手つきも不器用で、聞き取れる心を感じさせない。
ただこちらへの気遣いだけが事実として込められていて、それが下手な慰めよりも心強い。
わずかに頷き、しばしの甘えを享受した。
こんなことをしてもらうなんて、いつぶりだろうか。
吐き気で濁った頭にそんな疑問が浮かんだが、答えを出すような余裕はなかった。
──ようやく吐き気がおさまった頃、口元から手を剥がし、深呼吸して心身を落ち着けていく。
俺の様子を見てもう大丈夫だと察したのか、背中から手が離れていき、それを契機として俺はゆっくりと顔を上げた。
「ふぅ……助かった、ありがとな」
「いえいえ〜。困った時はお互い様ですよ〜」
語尾伸びしている口調が特徴的な彼女は、ゆるいウェーブがかった茶髪の可愛らしい女の子だった。
大学生というには幼すぎるから、年はおそらく十五から十七だろう。推定十九歳の俺から見れば年下だ。
……もっとも今の俺が本当に妹そっくりなら、外見年齢は良いとこ中学生だから、傍から見れば俺の方が年下なのだが。
胸中でミストレス・アドラーへの怒りを燃やしつつ、姿勢を正す。
怒りをぶつける相手を間違えてはならない。そして感謝には感謝を、同量返す。
クズの溜まり場においても原始的な法として機能していたそれを義理と呼ぶ。それを弁えていたからこそ、俺は復讐を果たせたのだから。
「それで、あー……俺の吐瀉物を片付けてくれたのは、君、か?」
「そうですよ〜? ものすごい悲鳴が聞こえたと思ったら、ぷっつり止んで……見たら吐瀉物の中に倒れ込んでる
「そ、そうか。……思った以上に凄惨な現場じゃねェか、おい」
なんでもないように語っているが、意識を失った人体というのは非常に重い。それを持ち上げて服を取り替え、ベッドに寝かせる……言葉に起こせばこれだけだが、その苦労は凄まじい。
それもゲロの海に沈んだ
「改めて言うが、助かった。君がいなかったら俺ァまだ吐瀉物の中だ」
同時に深く頭を下げて、改めて謝意を示した。
「いえいえ、そんな畏まらなくても〜。あなたもミストレスさんにスカウトされたのでしょう〜? なら仲間ですよ、私たち〜」
「……スカウト……まあ、確かにされた、な、そうだなァ、うん」
そもそも人の身体を勝手に弄り回して了承も得ずに連れてくるのは、もはや誘拐ではなかろうか。
スカウト自体はされたが、それを断ってこうなった身としては釈然としないものの、あまり事情を説明したくはない。
……男が女に造り変えられるとか、誰が信じるってんだよクソが。
沸々と湧いてくる怒りを深呼吸で鎮める。
まずは情報を集めなければ。
「そもそも、ここはどこなんだ? ミストレス……さんにスカウトされた後の記憶がねェんだよ」
彼女はにこにこと、戸惑った様子もなく口を開く。
「ここは
「……おう」
知らねェ。
なんてことを臆面もなく言おうものなら不審がられることは間違いないので、とりあえず知っている風を貫き通すしかない。
だが、日本魔法少女協会が何かぐらいは知っている。
「……魔法少女……魔法少女だと? なんだってそんなモン……!」
魔法少女。数十年前に現れた人類に敵対的な
その名の通り女性にしかなれないが、その戦闘能力は圧倒的で、ミサイル並みの攻性能力と特異性を持ち合わせている。
そのため『人が多いところに出現する』性質を持つアマイガスとの戦いを有利に進められることから、メディアでは彼女たちをヒーローとして扱っている。
そして彼女たちの支援拠点として作られたのが『日本魔法少女協会』──だったか。家族と一緒に朝のニュースを眺めていた頃の知識だが、そう間違っちゃいないはずだ。
「よし、よし、ある程度考えがまとまってきた」
状況を整理しよう。
『俺は目覚めたら女になっていた。』
『ミストレス・アドラーは日本魔法少女協会の代表を務めている。』
『魔法少女は世界を守るヒロインである。』
『
──段々と膨れ上がる疑念、確信。
あの時、俺をスカウトしにきたミストレス・アドラーはなんと言っていた。
“ともに世界を救わないかな?”
そして先ほど、目の前の少女はなんと言っていた?
“ あなた
つまり──
「一つ聞いていいか」
「いいですよ〜」
「
端的な俺の言葉を受けても、少女の貌は何も変わらず、その微笑みは曇らない。
それこそが何よりも雄弁な答えであり──彼女は、懐から片眼鏡を取り出した。
一体それがなんなのか、俺が口を開く前に、彼女はそれを胸元で握りしめる。
まるで神に祈るように、彼女の口から意味ある言葉が紡がれた。
「《
刹那、握られた両手の隙間から淡い光が溢れ出す。
その光は少女の腕を液体のように滴り、彼女の身体に行き渡る。その様は敬虔な修道女が海面に沈み込むような──信仰に殉ずる残酷さを思わせた。
やがて顔をも覆い隠した
無個性だった彼女の服は、白衣を基調とした黄の衣装に。どこか大人びたシンプルな装飾に飾り付けられ、それでも少女らしい可愛らしさを発している。
彼女の手は白手袋に包まれ、どこか機械的な指輪が一つ、片手の指にはまっていた。
茶髪だった髪は先ほどよりももっと明るい黄色へと塗り変わり、顔立ちこそ変わらないものの、わずかばかりの化粧が彼女の柔らかな印象をさらに受け取りやすくしている。
そして黒が際立つ片目には──先ほどまで手に持っていた、怪盗を思わせる片眼鏡。
一瞬で見違えるほどの
「魔法少女イエローアイ──うふふ、これからよろしくお願いしますね〜?」
「……まったく」
本当に──あの野郎は。
どこまでも、どこまでも、ふざけた真似をしてくれる。
「
どこからか、彼の高笑いが聞こえたような気がした。