TS魔法少女の刑に処す   作:TS魔法少女を曇らせ隊

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第十話 それは万能であって全能でなく

 あかねが眠る病室から出て、俺はため息を吐いた。

 

「禁則事項、ね」

 

 アラストルは何を考え込んでいるのか、また黙っている。そうでなくとも彼は答えなかっただろうが、明確な答えを示されないまま動くというのは、どうにもしっくりこない。

 ここ最近は、ずっと復讐に邁進してきたからな。そうでない今にも慣れなければ……って、何度目だろうなこれ。

 

 ともかく、これからどうするか。

 

「アラストルが言えねェ、言わねェってことは、ミストレスに聞いても多分教えてくれねェだろうし……」

 

 “嫌だ”の一言で退けられる気がする。飄々としているミストレスと、骨の髄まで真面目そうなアラストルとは対照的だが、だからこそ譲れない一線は重なり合うように思えるのだ。

 

 “頑固さで言えば汝も大概に思えるが”

 

「……こっちの呼びかけには答えねェくせに、急に口挟んでくるなよ」

 

 “思索の只中に呼びかけられても、すぐに応えられるほど我は器用ではない……が、謝罪はしよう。すまなかった”

 

「……ああ、はいはい」

 

 一歩間違えたら煽りだが、精神でつながっているからこそ、コイツが本当に謝っていることが理解できる。

 そういうトコロだぞ、と呆れる気持ちもないわけではないが、飾りっ気のないアラストルの言葉を好ましく思うおのれがいるのも事実だった。

 

「ま、別にいいけどよ。そっちから話しかけたってことは、その思索は終わったのか?」

 

 “今考えても答えは出ない、という結論が出た”

 

「ああ、なるほど」

 

 それはさておき、というやつだ。飛躍する思考をとっ捕まえるやり方として、俺もよくやっている。

 そんなわけで、思索の旅からようやく戻ってきたアラストルを加えて考えることしばし──

 

「……今日はもう休むか」

 

 そんなありきたりな結論が出た。……もちろん、ふざけているわけではない。

 

 思えば、今日は色々なことがあった。

 新たな敵の存在、楓信寺静理の教え、彼女とあかねの確執、そしてあかねが秘めたる心。

 それらに一挙に触れたのだ、疲れない方がおかしい。

 

 “精神に疲労は見えないが?”

 

「気付いてない、麻痺してるだけかもしれん。もし疲れなくても、一回寝て整理すりゃ、やるべきことも浮かぶだろ」

 

 路地裏(アングラ)にいるときの俺は、常に神経を張り詰めていたが、今はそうではない。

 ならば好きに休息を取るのもいいだろう。

 

 ミストレスにも、戦いのために英気を養えと言われたことだし。

 

 “合理的だな。その選択を支持しよう”

 

 そんなどこまでも堅物なアラストルの賛同を得て、俺は自室に向けて歩き出す。

 

 と同時に、ポケットに突っ込んでいたスマホが震え出した。

 

 このスマホは魔法少女としての、つまり仕事用のスマホ──と言っても俺はこれしか持っていないのだが、それはそれとして。

 これが鳴るということは、つまり。

 

「どうやらもう一仕事あるみたいだぜ、アラストル」

 

 “そのようだ”

 

 脳裏で不敵に笑みを浮かべて、俺はスマホを取り出して。

 

 

 

『すまないが君たち、緊急放送だ』

 

 

 

 その瞬間、館内に響き渡った、心なしか焦っているようなミストレスの声に、“もう一仕事(それ)”どころではないと直感で理解した。

 

 

 /

 

 

「あの“摂取欲(パッチワーク)”とかいう肉塊が、大阪に現れたァ!?」

 

 マジでそれどころじゃなかった。

 いつもなら冷静になれと告げてくるアラストルも、脳内で愕然としているのがわかる。それほどまでの衝撃であり……。

 

「悪いね。今すぐ東京に来ると思ったんだけど、ちょっと想定外だった」

 

 先日の会議での諸々が無に帰した瞬間だった。

 例のごとく執務室の机に肘をつき、顔だけバツが悪そうにしているミストレスはため息を吐く。その憂鬱な様子すら優然と美しく、どこまでも癇に障る男だが、今はそれで脳を鈍らせる場合ではない。

 喉元まで迫り上がってきた文句を呑み込みつつ、ドン、と机越しにミストレスに詰め寄る。

 

「大阪……東京から、確か新幹線で二時間と三〇分! 今から救援に行って間に合うのか!?」

 

「詳しいじゃないか、旅行が趣味なのかい?」

 

「使いっ走りで色々行かされたンだよってか茶化してんじゃねェ!!」

 

 場を弁えない頓珍漢な答えに怒鳴り散らすと、ははは、と山彦のように笑い声が返ってくる。蹴り飛ばしてやろうかと思ったが……コイツの額に、一筋の汗が流れるのを見て、思い直した。

 

「……何か、あるんだな」

 

 ミストレスが何も備えていないなんて、あるはずがない。グッと机越しに顔を近づけて、囁くように問いただすと、ミストレスはゆるりと笑った。

 嵐を泳ぐ天女のような、下手な言葉を尽くすより雄弁なその微笑み。そこに一切の陰りはない。

 

 ならばオマエが用意しているものは何か、と続けようとしたその瞬間。

 

 ──ガコンッ!

 

 何かが外れるような音が聞こえ、そして、()()()()()()()()()()()

 急なことで対応できずにバランスを崩し、転びかけた俺を、椅子から離れたミストレスが支える。

 

 一瞬のこと……知覚できないほどの早業で抱き抱えられ、硬直する俺の耳元で、ミストレスの瑞々しい唇が、触れる間際で囁いた。

 

「これから君が見るのは、魔法少女協会だけが持ち、秘匿するものだ。外に広まれば、最悪、()()()()()()()()()()()()()()()代物でね……守秘義務を敷かせてもらっている」

 

「……オイオイ、盛りすぎじゃねェの? あと近い、離れろ」

 

 さっきの仕返しかよこの野郎、と至近距離で睨みつけるも、ふふふと笑うだけで躱される。ある意味で、その軽い態度こそが、彼の言葉が真実だと裏付けている証拠のようだった。……あと俺を離してもくれなかった。

 

 ──ガコッ!

 

「着いたようだね。はい、お嬢さま」

 

「誰がお嬢さまだテメー……ったく」

 

 結局、最後まで離してくれなかったミストレスは、到着の衝撃を揺らぎもせずにやり過ごしたあと、ゆっくりと床に俺を下ろした。

 悔しいが、見た目に似合わずどっしりとしていて、安定感があった。チビになった俺では、最後の衝撃でまた体勢を崩して……いや、やめておこう。わざわざ自分で自分のプライドを傷つけるほど虚しいこともあるまい。

 

「あれだよ、あんり君」

 

 そんな俺の葛藤を無視して、ミストレスは執務室の扉を指差した。

 一瞬、部屋ごと着いてきたのかと思ったが、どうもそれは違うらしいとすぐに悟る。

 

「上のとは別物、か? デザインは、一緒みてェだが」

 

 この秘密エレベーターは床だけを移動させるもので、元の扉自体は天井付近、つまり本来の執務室の位置に残っていたのを確認している。

 なので、ここにある扉は、執務室とは別物だった。……デザインに加えて、X線上の位置まで同じにする意図はわからないが。

 

 ミストレスはカツカツと床を慣らして、その扉のドアノブに手をかける。

 同時に、扉の上方に設置されていた水晶玉が淡く輝き、かちん、と鍵穴が回ったような音がした。

 

「さああんり君、覚悟はいいかい?」

 

「何の覚悟だ?」

 

「竜胆あかねは魔法の反動で戦闘に支障が出ている。

 楓信寺静理はその外交能力に極めて大きな不安が残る。

 葛澄明子は能力上、東京を離れることがない。

 よって現在、本部(うち)が外に救援に出せる魔法少女は君だけだ。

 ──君は、よく知らない誰かのために、命を懸けて戦えるか?」

 

 今更、つまらないことを訊くなと思った。

 何の躊躇いも葛藤もなく、ただそれだけは覆ることのない事実として、俺の口を動かした。

 

「当然。

 誰かのために戦えば、回り回って誰かの命を助けられる。その中には、きっと知り合いもいるだろう。

 なら俺が、あいつらのために戦うと誓った俺が、それに否やと唱えるとでも?」

 

 胸を張ることはできないし、遠慮がちに言うこともない。

 それは俺にとってごく自然な、当たり前の行動なのだ。そう在れるように俺は俺を決定した。だからそれは変わらない。

 だからその問いは無粋に過ぎる。

 

 ミストレスはくすりと笑う。

 俺の答えを予期していたのか、その通りに動く俺が滑稽なのか、あるいは予期していても、その通りに答えたことが嬉しかったのか。いずれにしろ構わない。どうでもいい、と言ってもいい。

 ミストレスの感傷は、俺には意味を持たないのだ。

 

「ふふ、君には遅すぎる話だったか」

 

 ミストレスはドアノブから手を離した。

 けれど水晶は今も輝いており、まるで、俺に開かれるときを待っているようで。

 その光に導かれるまま、俺はドアノブに手をかけた。暖かな、ヒトの熱が少しだけ、俺の掌に伝わってくる。

 

「これから君が体験するのは、いずれヒトがたどり着くべきもの」

 

「私はね、信じているのだよ。ヒトは全能(カミ)には手が届かずとも、いずれ万能をその代名詞に、(ほしいまま)にできるのだと」

 

「これはその一旦、前借りだ。現行の技術では叶わない、あり得ざる空想(ユメ)……未だ熟さぬ文明には、()()()()()()()()()()()

 

()()()()()()()()()──《転相門》」

 

 俺はドアノブを回し、扉を開く。

 そのさきにあるのは、何の変哲もない場所。

 

「ヒトは未来を変えることはできない。けれど、未来につながる現在においては、ヒトの(チカラ)(ヨロズ)に通じ、より良い今を築き上げる」

 

「さあ、いってらっしゃい。行って、目指すべき先を見ておいで」

 

 俺はミストレスに振り返ることなく、一歩、足を踏み出した。

 同時に、ゆっくりと扉が閉まる。

 それでもなお、俺に躊躇いは生じなかった。

 

 

 /

 

 

「そして忘れないことだ、あんり君」

 

 彼女は、彼はもういない。すでにこの先に踏み入った。だから口にする意味はない──であるというのに、止まらない。

 

「ヒトがその未来を凌駕し、踏みしだくことができないように」

 

 降り出した雨のように、うめく亡者の苦しみのように、一度こぼれれば、還らないもの。

 

「──現在(イマ)につながるおのれの過去は、どうあっても、消し去ることはできないんだよ」

 

 名付けることすら億劫なそれを、強引に、おのれの喉に押し込んだ。

 焼け爛れる喉元で、希望と絶望にとびきりの苦汁(くじゅう)をブレンドした、最高に罪の味がした。

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