TS魔法少女の刑に処す 作:TS魔法少女を曇らせ隊
帰還した双子に、乾紫乃が魔法をかける。
東京と変わらない、光を伴う回復魔法──まるで生命の息吹そのものが染み込んでいるような深い碧が、二人の身体を癒している。
帰還してからずっとこうだ。少なくない魔力が治療のために費やされていくのを見て、ついつい口を挟んでしまう。
「そんなに使って大丈夫なのか? これから戦闘だろ?」
「大丈夫大丈夫、うちの魔法でどうとでもなる。今はさっさとこいつらを復帰させるのが先や」
回復魔法は肉体だけでなく、魔力の源である精神までも落ち着かせ、その休息を促す。確かに威力偵察に出た木嶋美雲の回復も早まるだろうが──
「……なんかすげェ速度で回復してねェか?」
早まる、どころの話ではない。回復魔法の光を二人が心地よさそうに浴びるほど、先ほどまですっからかんだった木嶋美雲の魔力がどんどん回復していく。そもそも乾紫乃の回復魔法が、俺のものより効果が高そうなのもあるが、それにしても異常な回復速度だった。
それを気にした様子もなく、二人は揃って口を開く。
「「敵性アマイガス、個体名を“
まるでオルゴールを奏でるように。
まったく同じ抑揚で、まったく同じ言葉が、ズレることなく紡がれている。異口同音、どころの話ではない。声色に至るまで完全に同じ──双子であってもあり得ないほどに、その波長が同一だった。
“これが、第二魔法、か”
彼女の魔法は、二人が持つものを共有すること──二人分の回復が合わされば、魔力の回復もその分早くなる。単純かつ論理的だが、驚きが優ってしまった。
……人の理想を体現する第一魔法の先、人の本質を突きつける第二魔法。
そこに至るには、おのれの内側──見たくもない陰を、真正面から見定める必要があるという。それは理想を、地に足つかない夢を掲げる第一魔法とは、まったく正反対のものだ。
俺は、それを目覚めさせることができるのだろうか。
「「奴は魔法少女を捕食したことで、その超常の味に酔いしれています。ずっと観察していましたが、市街地に手を出す気配すらありませんでした」」
「美雲の張った結界を感じ取ったからちゃうんか?」
「「だとしても、そちらに意識を向けようともしないのはおかしいわ。奴に取り繕おうとする知性はない、それは戦って確認したもの」」
「そう。なら、ミストレス協会長の情報は間違いなさそうね」
「「あまり過信するのもやめた方がいいと思いますが」」
……いけねェ、作戦会議中に呆けてしまった。自分のことは後だ後。
「“
「「ええ、その通り。使ってくるのは模倣・増殖された肉体と黒い魔力、それを用いた汎用魔法くらいで、固有魔法は確認していないわ」」
もしも捕食するような場面があったとしたら、とっくに通報がないとおかしい。それに加えて、奴に知性はない。威力偵察と認識して、固有魔法を温存するような真似はしないだろう。直接戦った彼女たちの実感付きだから、信憑性は高い。
なら俺でも充分戦えるはず、と口に出そうとした瞬間、双子が、俺に向けて手を突き出した。
「「あなたはここで待機していてちょうだい。今回のアマイガスは、私達で対処するわ」」
「は……? いや、それは」
「「わかっているわ。あなたも含めた四人で戦った方が、より確実に仕留められることは」」
であれば何故、俺に下がっていろと言うのか。
納得できない俺に、今度は支部長が諭すように言う。
「先月、東京に現れた高位アマイガスは、そちらで討伐したのでしょう?」
「……はい。一度目は俺が。二度目は、もう一人の魔法少女と一緒に」
「そして今、もう一匹のアマイガスが、この大阪に現れた。今までほとんど確認されていなかったヒトガタが、立て続けに……これは、明らかに何かの予兆と言ってもいい、私はそう考えています」
そこまで言われてようやく気づく。はっとした俺を見て、乾紫乃はからからと笑った。たんぽぽのように華やかで、けれど気丈な笑みだった。
「いっつも応援を呼べるわけちゃうさかいな。今回はタイミングがずれたからまだええけど、同時に出現したら、そのときどないすんって話やし」
「つまり、大阪は自分たちで充分処理できると、今後に向けてそう示すための……?」
「「そういうこと。日本に存在するA級魔法少女が複数人集まれば、ヒトガタは討伐可能。その前例を作ってくれた
純粋に、
彼女たちは、これから先に起こることを見据えている。確証がなくとも、“もしかしたら”を考えて、それを実行しようとしている。
彼女たちは、ただ大阪を守っているのではない。
大阪を守った上で、のちにどれだけの命を拾えるか──日本全体の先を考えて行動しているのだ。
「……俺はそこまで、考えが及ばなかった」
俺は、東京にいる彼女たちを死なせないために、今度こそ守るために魔法少女になった。だから、と言って良いのかはわからないが、それ以外のことには目を向けていなかった気がする。
“あの子たちのためになる”──誰かを助けることも、それにつながると考えたのだ。
まさしく、魔法少女としての格が違う。
彼女たちは遥か先を見つめながらも、足元の花を慈しんでいる。それを可能とする力と経験が、花にも勝る気高さとして、彼女たちを飾り立てている。
……個人の復讐のため、全体を旨とする社会からドロップアウトした俺にとっては眩すぎる。不甲斐なさで目が潰れそうだ。
「「仕方ないわ。第一魔法を覚醒させたとは言え、あなたはまだ魔法少女としては駆け出しだもの」」
「うちらは魔法少女としては、例外的に
そこに嘲りはかけらもない。純粋な慰めだが──しかし。
「……その視点はきっと、俺も持つべきもの。だから無駄なことなんて言わないでください、乾先輩」
反論しようとして自然と口を突いて出たのは、使い慣れた舎弟口調だった。
ロクデナシの集まりにも、最低限の秩序はある。それが上下関係であり、それを乱すものは拳で罰せられていた。
もちろん俺はそんなヘマはしなかったが、金髪の半グレが隣で何度も殴られていれば、いやがおうにも厳格にならざるを得ない。
なかなかどうして、汚水を呑み干して芯まで根腐れしたような連中との付き合いも無駄にならないものだ、と染み付いた舎弟根性に我ながら感心していると。
「センパっ……ちょ、そら小っ恥ずかしいわ〜! そんな偉いもんちゃうで〜!?」
「「いいじゃない、シバちゃん先輩。似合ってるわよ、シバちゃん先輩」」
「あんたらはもうちょっと遠慮せぇやっ! 親しき仲にも礼儀ありやろうがっ!」
「さすがシバちゃん先輩、流れるようなツッコミだ……!」
「あんりちゃんっ……そのノリはええから早よ戻ってきてっ……!」
行けそうだと思ったから挟まってみたが、乾先輩と木嶋先輩たちの域にはまだまだ及ばないらしい。
──ギャグセンス、それは復讐者には無縁の代物。生半可な腕で挟まると恥で死にたくなるので注意しよう、うん。
「スン、って真顔になるのもちょっと怖いであんりちゃん……」
「「なるほど、天然ボケね」」
“周りにツッコミがいると自分はボケに回るタイプ、か。だが悲しいかな、経験値が足りない”
黙ってろアラストル。
“何故我にだけ……?”
/
そのようなことがあって、しばらく。
俺は変身を済ませた状態で、大阪市街で息を潜めていた。
内側のアラストルの力も借りて、外に漏れ出る魔力を極限まで抑え込む──気配を殺す業など素人も同然の俺ができる、最大限の潜伏だった。
閑散とした市街地は、普段の活気からは想像もできないほどに暗く澱み、沈んでいる。
まな板の上の魚のようだった。
とっくに死んで横たわるか、あるいは、死を間際にして捌かれることを悟り、無力にあえぐ矮小ないのち。
捌くか、捌かれるか。
殺すか、殺されるか。
血まみれの二元論が、俺たちとヤツとの間で、
『A……a、a……』
歌っているのだろうか。
路地をずるずると這いずりながら、意味をなさない音の連なりを、呑気に醜くさえずっている。
よしんば意味があるのだとしても、それを解読する気にはなれない。だってその口は、俺の知らない誰かのもの──揺らぐ弦すら他人のものなら、賢しげに振る舞ったとして、そこに品性が欠けている。
知らず、両手を握りしめる。
たとえ関わりがない誰かのものでも、不愉快なものは不愉快だった。
「「大丈夫よ」」
「……先輩方」
「「過度な激情は身を滅ぼすけど、今のあなたはそうじゃない──自信を持って怒りなさい。それが魔法少女の、根源的な力だもの。……というか、もう感情制御を身に付けてるとか、あなたほんとうに新人なの?」」
「前歴がちょっとへんてこなもので。ともかく──俺の怒りも含めて、お願いします」
「「任されたわ」」
前に歩み出る二人の背中は頼もしい。強烈な自負から来る高純度の魔力が、第六感を安堵させていた。
俺は彼女たちとは反対に、後ろに下がる。戦いに巻き込まれない位置まで──それがこの戦いで目指すもの。
“大阪は大阪で戦える”と、そう示すための前提条件。
「手ェ出しそうになったら、殴ってでも止めてくれ」
“必要ないだろう。汝の理性は、とても硬い”
ならばいい。
俺は俺の仕事をこなす。
「頼みます、木嶋先輩……乾先輩」
木嶋姉妹が両手に輝く星を浮かべる。
それぞれ青と赤、陽鶴と美雲の色に染まった、二人だけの第一魔法。
「………………」
怪物が彼女たちに気付く。
先ほど逃げ出した餌だと気付く。
『u、AAAAAaaaaaaaaaaaa!!!』
その大口をぱかりと開いて、肉塊が猛然と、二人にして一人の魔法少女に飛びかかった。