TS魔法少女の刑に処す 作:TS魔法少女を曇らせ隊
「アタシは竜胆あかね。魔法少女レッドパッション……」
明るい、ともすれば光の加減で赤にも見える綺麗な茶髪が特徴的なポニーテールの少女は、そこまで言って肩をすくめた。
「その顔は知らねえってカンジだな。これでも結構テレビで報道されてるんだぜ?」
「気にする必要はねェよ。四、五年くらい、テレビを見る生活の余裕がなかっただけだからな」
何を食べていても、何を見ていても、何を考えていても脳裏から憎悪が離れることはなかった。ゆっくりテレビを見る余裕などなくて、必然的に魔法少女のことを知る機会もない。
裏を返せばこの少女は今から四、五年までに活動を始めたということになるが……。
「…………」
「……なんだよ?」
その竜胆あかねが俺のことをジッと見つめている。
女性にしては高身長な彼女にジッと覗き込まれると、少しだけ居心地が悪い。今の自分は一五〇弱だからなおさらに。
男の頃は逆に見下ろす側だったから慣れないものだが、それで目を逸らしては負けである。
何が勝ちだとかは別として、とにかく心で負けてはならない──彼女を見上げるようにして目を合わせた。
そのまま数秒の睨み合いが続き。
──少女の両腕が動いた。
喧嘩で慣れている俺でも目を見張るほどの所作、わずかな気負いもなく伸ばされた両腕は俺の顔に迫り、すわ殴られるかと咄嗟に顔を引いた瞬間。
もにょん、と。
両手が頬に触れた。
「なーんか……キャラ被ってね?」
「!?」
「っていうかほっぺ柔らけえ……うちの妹に勝るとも劣らないぜこれは……!」
「!!?」
なんだ何が起きている、と脳が理解を拒む。
そういえばイエローアイにも初対面で頬を握られたような……男だった頃には馴染みが薄いからわからないが、もしかして女の子同士ならこれが普通なのか? 女の子同士ってこんなにボディタッチ多いのか……? は、破廉恥だぁ……!
混乱している俺が揉まれるがままになっていると、横からむにゅっと人影が──
「こら〜あかねちゃん、困ってるでしょ〜」
「んっ、お、おお、悪い。ちょっと我を失ってた」
ばっ、と竜胆あかねの手が離れ、俺は一歩後ろに飛び退いた。
イエローアイの言葉に正気を取り戻したらしい竜胆あかねが、気まずそうに頬を掻く。
ごほん、とわざとらしく咳をして、彼女は俺に笑いかける。
「ともかく、新入りがいるとは嬉しい報せだ。アンタもミストレスさんにスカウトされた口だろ?」
「……まあスカウトはされたけどよ。っつか、イエローアイもそうだがなんでスカウトだってわかるんだ?」
政府に志願して本部に派遣された、とか、色々ルートはあるはずだ。
俺の場合、ミストレスが法令に則って死刑囚に魔法少女刑を提案するときに、奴の
問われた竜胆あかねは、特に考える様子もなく答えた。
「本部の魔法少女は、全員あの人にスカウトされてここに来てるからな」
「そうなのか?」
「そうなんです〜。あかねちゃんは元は地方の魔法少女だったんですよ〜」
ちなみに私は進学して東京に来たときに偶然スカウトされました〜、というイエローアイの補足に、竜胆あかねもうんうんと頷く。
ただその後、顔を暗くしてため息を吐いた。
「
「アイツ、って、さっきの青髪の子か?」
「ああ。
遠くを見つめ、おそらくはあの少女の姿を夢想しながら、竜胆あかねは息を吐く。
「
そう語る少女の顔はひどく暗い。
……こういう顔に、少しだけ見覚えがある。まだ復讐を終えられていない頃、ろくでなしの巣窟で、だ。
“アイツにできて何故自分にはできないんだ”──つまりは羨望、嫉妬の感情。
ただ、羨むだけで何もしなかった彼らと違い、眼前の少女には怒りがある。
どうしようもない現状への怒り。──どうしようもない己への怒りが。
そういう顔には覚えがある。
ほんの少し前まで、俺がそうだったから。
「…………」
“落ちこぼれのあかねちゃん”、か。
こういうのは自己の根幹にまで関わってくる──少なくとも俺にとってはそうだった。
だから容易に触れていいものではないと、俺は彼女の問題を棚上げした。
部外者は部外者らしく、最後まで、何もしないのがお似合いだ。
──“本当に?”
「っ」
どこからか脳裏に言葉が響く。
鈍痛を伴うそれに顔を顰めそうになって、咄嗟に顔に無表情を貼り付けた。
「……ま、アイツのことはいいんだよ。とにかく、歓迎するぜ。なにせ東京は広いからな、三人だけじゃ忙しくてたまらないんだわ」
──いや、俺は魔法少女じゃねェ。
咄嗟にそう言おうとして、しかし、喉からその言葉が出ることはなく。
「アンタの名前、聞かせてくれよ」
自分でも戸惑っている間に、握手とともにその言葉をかけられる。
名前ならば話が早い、と少しだけ気が楽になった俺は、自分の名前を言おうとして──気付いた。
あの時、面会室でミストレスはなんと言っていた。
メディアで俺が連日報道されていると言ってはいなかったか。
ならば──もしかして、彼女たちは、
俺の名前を、知っているんじゃないか?
そう考えて、血の気が引いた。
「? どうしたんだ、顔面蒼白じゃんか。気分でも悪いのか?」
「い、いや、大丈夫だ。なまえ、名前だよな、おう」
心配そうに覗き込んでくる竜胆あかねに言い訳じみて言いながら、必死に頭で考えをこねくり回す。
俺の名前を知っている相手に、俺の本名を告げたらどうなる。……わからない、そもそも男が女になってるとか、信じられないことでいっぱいだ。冗談だと思われるかもしれない。
だがもしも、アマイガスと戦う魔法少女であり、超常にも慣れているであろう彼女たちが、本当だと理解してしまったら。
別に蔑まれること自体はいい。それくらいは慣れているし、そもそも気にもしない。そこは
だがもしも。
もしも、年頃の少女たちに何か──何か、悪影響が出てしまったら。
そんなことはないかもしれない。そんなことは起きないかもしれない。
俺の考えすぎかもしれない。俺の影響なんてそこまでなくて、精々殺人鬼だと蔑まれるくらいかもしれない。
だが、脳裏をよぎるのだ。
こちらに手を伸ばす彼女の姿が。
悪党に目を付けられたがばかりに──無残な死を遂げた妹の姿が。
俺は悪党だ。
単なる犯罪者のカスだ。
そんな男に関わっていると彼女たちが自覚したら、何か、起きてしまうかもしれない。
そう考えるだけで、震えが止まらなくなる。
「…………ぁ」
どうする、どうすればいい。どう答えればいい。
答えない、というのはあまりに不自然すぎる。絶対に言えない、隠していることがあると告げているようなものだ。
そんなもの不審者でしかないし、何よりそんな奴をミストレスがスカウトしてきたと思われたら何か悪いことが起きるかもしれない、ああダメだ思考がとっ散らかっている。
動悸がどんどん激しくなって──
「お、俺は、……なた、だ」
「おい、大丈夫か? そんなにつらいなら無理しなくても──」
「俺は、
咄嗟だった。
それは、あるいは本能が吐き出した、反吐のようなものだった。
「これからよろしく、……な」
それは、彼女の名前だった。
どうしようもなく奪われ、失い……魂の奥深くにまで刻み込まれ、取り戻すことなどできないはずの──
──彼女の、妹の、名前。
悲鳴をあげる心を無視して、俺は彼女の手を握る。
「そうか、ひなたか」
心配そうな顔をそのままに、竜胆あかねは納得したように頷いて、それからにこりと微笑んだ。
それは気遣いに満ちた、快活に溢れる笑みであり。
「良い名前じゃんか」
──ああ、本当に。
本当に、本当に本当に──そう思うよ。
そんな言葉を返す代わりに、俺は歪に口角を釣り上げた。