ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

101 / 175
オリーブの地獄へようこそ

 

カッとして放った“武装解除呪文”が揃ったことに、ハリーは強い友情を感じた。嬉しそうにロンとハーマイオニーのほうを振り向いたハリーは、このとき残酷なほどジェームズによく似ていた。

 

 

「 ハリー、こんなこと、君はしてはいけなかった…! 」

 

 

シリウスは苦しく呻いた。

 

あまりにも長い月日が経った。スネイプの言ったことは完全な間違いではないと、今のシリウスには感じられていた。

 

傲慢な者だけが放つことができる美しさを、若いハリーはいま誇るかのようである。心からハリーを諫めるとき、シリウスは若き日の自分の愚かさを突きつけられていた。

 

 

「 ハリー、こんなことは…わたしに任せておくべきだった… 」

 

 

そんな彼の口の利き方に、確かな深い愛情を感じて―――闇のなかで急に光を照射されたように、ハリーはドキッとして凍りついた。ハリーはそっとロンたちを見ることをやめたが、当惑顔でブラックからの視線を避けた。

 

シリウスはそれ以上何も言えなかった。

 

 

「 うぅっ…うぅぅ 」

 

 

ハリーは、ブラックが固い結び目と格闘するのを眺めた。背後からハーマイオニーの泣き声が聞こえてきて、ますます重苦しい気分になっていた。

咄嗟にしてしまったことを悔いて、ハーマイオニーは膝から崩れ落ちそうだった。

 

 

「 ああわたしたち、凄い規則破りだわ!先生を攻撃してしまった…先生を…先生を攻撃して…きっと退校になるわ…! 」

 

「 だとしたらガラハッド卿はどうなるんだい? 」

 

 

真っ青な顔でロンが宥めた。

ガラハッドは、「全然状況が違うし」という思いを腹に抱えていたが、これでハーマイオニーのパニックが収まるのなら、別段ロンにダシに使われても構わなかった。

明るい声でロンは続けた。

 

 

「 僕らが退校だとしたら、ガラハッドなんか入学した記録自体を消されちゃってるね。スネイプの野郎、鼻血タラ~リくらいじゃ物足りないはずさ!去年の決闘クラブの時はもっと――― 」

 

「 ナイフを使ってはどうですか? 」

 

 

ガラハッドの声は少々冷ややかに響いた。「たしかに」とシリウスはナイフを拾った。リーマスを縛る縄をすべて切ってやったあと、シリウスはロンのほうに向けて言った。

 

 

「 君、元気が出てきたようだな? 」

 

 

ロンは急激に縮こまった。

 

ルーピン先生はよろよろと起き上がって、縄目の痕をさすりながら周囲に「ありがとう」と言った。

 

ハリーは、まだ身構えてブラックからの視線を避け続けている。

その隣でガラハッドは肩を竦めた。

 

 

「 さてと…いよいよやりましょうよ。証拠がないまま言い合っていたんじゃ水掛け論だ。まあ僕は、スキャバーズのそれがネズミ同士の喧嘩の結果だっていうならば、欠けるのは指じゃなくて耳じゃないのかと思ってるけど。観念しろよロン。すみやかにネズミを寄越すんだ 」

 

「 こいつに何をしようっていうんだ? 」

 

「 変身解除呪文を施す。大丈夫。もしも本当のネズミだったら、これで傷つくことはないんだ 」

 

 

ガラハッドの代わりにルーピン先生が答えた。

 

ロンはためらったが、とうとうスキャバーズを差し出した。

小さな黒い目が飛び出しそうなほど、スキャバーズは激しくのたうち回ってキーキー喚いていた。

まるで、人間の言葉がわかっているみたいだった。

ネズミにしては異様なかしこさだよなと、ガラハッドは冷ややかにジタバタする小動物を見て思った。

 

ルーピン先生が振り向くよりも前に、シリウスはスネイプの杖を拾い上げていた。

 

 

「 一緒にやろう 」

 

「 ああ 」

 

 

奇妙な共同作業の始まりである。

 

新郎新婦が同時にケーキを切るみたいに、リーマスとシリウスは小さなネズミへと杖腕を寄せ合った。ボロボロの大の男同士が、ご丁寧にカウントまでして、「ぴったり同時」にこだわって魔法を使った。

 

不思議な光景はまだまだ続いた。

 

二本の杖からほとばしった青白い光は、ひとつの光の玉になってスキャバーズを宙に浮かせた。

スキャバーズはそこに制止した。

小さな肢体が激しく捻じれ、辛抱堪らずロンは叫び声をあげた。

 

 

「 やめろぉぉぉお! 」

 

 

仙になり損ねた杜子春のようだ。

溶け落ちるかのように、ネズミは光ごと床へと落下し、ボトリといった。

 

 

「 おぉ… 」

 

 

そこからは、木が育つのを早送りで見るかのようだった。ガラハッドは興味深く変化を見守った。

頭が床からシュッと上に伸び、手足が生え、幹からは手足が生えた。そして次の瞬間、スキャバーズが落ちていたところに、一人の男が、震えながら、後ずさりしながらオドオドとして立っていた。

クルックシャンクスは飛び上がって、ベッドシーツに爪を立てて背中の毛を逆立て、シャーッ、シャーッと尋常でない威嚇の声をあげた。確信を持てるわけではないが、「この反応は本物の猫っぽいな」と、マクゴナガル先生と比較してガラハッドは思った。

 

 

「 ヒェッヒェッヒィッ…うぇっ…! 」

 

 

ロンが受けたショックは到底言葉であらわせないほどのものだ。

 

可愛がっていたペットがてっぺん禿げのチビデブ男になって、それがまた汚らしくて…―――萎びて弛んだ皮膚なんか絶対に触れたくないような感じがして、ハァハァと浅く速い息遣いが気持ち悪くて。

 

誰よりもロンがショックを受けていたが、誰にもロンを気遣ってやれるような余裕がなかった。

 

ハリーとハーマイオニーの二人は、ロンと同じように声ならぬ声をあげてネズミ男の姿を凝視していた。凍りついている子供たちをよそに、痺れるような眼光でリーマスは声色だけ朗らかぶった。

 

 

「 やあピーター、しばらくだったね? 」

 

「 シ、シリウス…リ、リーマス…友よ…懐かしの友よ… 」

 

 

「うわぁバンカラだ」とガラハッドは思った。ハリー、ロン、ハーマイオニーは、初めてルーピン先生のこの顔つきを見た。

 

静かな迫力に震えあがって、ペティグリューは、キーキーと情けないネズミ声でルーピン先生へと答えた。彼はどことなく顔つきがネズミ臭いので、割れた甲高い声がますますネズミっぽく響いた。

 

ハリーは、逃さずにペティグリューの一挙手一投足を見ていた―――だから気がついた。

ペティグリューの小さな潤んだ目は、一瞬明確にドアのほうへと走った。

 

 

「 ―――…ッ! 」

 

 

ガラハッドはこれを予見していたのか!

ハリーはチラッと隣の横顔を見た。先手を打ってペティグリューの逃走路を断っていたガラハッドは、お手柄であったが、ハリーから見て非常にクールだった。「やっぱりな」と得意ぶることもなく、ガラハッドは淡々とこう言った。

 

 

「 こんにちはペティグリューさん。人語は十二年ぶり?僕の言葉わかりますか?少しならず、聞こえかたが違いますよね? 」

 

「 ハァ…ハァ…! 」

 

「 YES or NOから始めたほうがいいですか? 」

 

 

ぴしゃりとした口ぶりで、「話す能力がないのか?」とガラハッドは暗に突きつけていた。シリウスとリーマス以外は家具同然のものと見なして、脱出路を探して動き回っていたペティグリューの目玉は、これにてガラハッドのほうへと釘付けになった。

 

 

「 ハァ…ヒッ…ヒィッ…お助けを…! 」

 

 

狩りが始まっていると、居合わせた者たちは感じた。

鷲はネズミを狩るものだ。

銀の瞳を光らせて、ガラハッドは興味のままに尋ねた。

 

 

「 本題の前に確認しておきます。あなたは、間違いなくMr,ペティグリュー?あなたは、正直者ですか? 」

 

「 YES…YES、YES!YESだ! 」

 

「 黙れ!小賢しくも指を切り落として、死んだふりをしておきながら―――!! 」

 

「 そのお返事は嬉しいですよ?『友よ』と呼びかける相手からは身を隠したのに、僕には正直でいてくださるわけだ。ペティグリューさん、あんたは、今、そのように自分で述べた―――あなたの感覚には興味がある! 」

 

 

クスッとガラハッドは唇を歪めた。ルーピン先生はシリウスの手首を掴んで、シリウスが呪いを放ってしまわないようにした。

 

どうしてピーターが闇の帝王のもとへとくだったのか、シリウスとリーマスは“こたえ”を見せつけられる心地だった。哀れみを請うようにペティグリューは、たちどころにガラハッドへと媚び始めた。

 

薄く笑ってガラハッドはそれを受け入れた。

 

すっかり揶揄う声色になって、ガラハッドは「正直者さん。おたくにとって僕は“友以上”ということになると思うんですが、何なの?」と尋ねかけた―――完全な意地悪である。「僕とおたくは、今日という日までほとんど関り合いになったことがないのに、どんなお世辞によって答えるやら見ものだな?」というわけだ。

 

あらんかぎりの語彙を尽くしてガラハッドに媚びることに、ピーター・ペティグリューは活路を見出していた。

 

 

「 慈悲深いかた…尊いかた…あなたは…あなたは、そういった御方だ。そういうのは見ればわかります!あああ助けて!お助けください!こいつは!!わたしを殺そうとした!!殺そうとして、またわたしを殺しにやってきた!こいつは、ジェームズとリリーを殺した!! 」

 

「 そうなんですか。ではその場合、僕より彼のほうに頼るのが筋ですよね? 」

 

 

ペティグリューは指の欠けた手でブラックを示していた。

ガラハッドはひょいとルーピン先生のほうを手で示して返した。

ルーピン先生は、どうにかこうにかシリウスの暴走を防いでいた。

 

ペティグリューに口を利く暇を与えずに、ガラハッドはぽんぽんと話を続けた。

 

 

「 まあ、頼れる立場じゃないですよね?本当にあなたが無実で、裏切り者はブラック氏のほうなんだったら、おたくは今年とっくにルーピン先生のもとへ駆けつけて、感動の再会をして窮状を相談できていた筈じゃないですか。要するに嘘なんでしょう?大体、もう三年もホグワーツに通い直しているわけなんだ。もしも本当に“潔白でありながら身を隠さないといけない立場”なら、おたくはとっくにダンブルドアのもとに行くはずじゃないですか―――さすが愛玩動物として暮らしていただけはある。どうやら、あなたの“へつらうべき強者を見分ける力”は、あなたの他の能力に比べて高いみたいだが―――それなのに、そうしなかったのはダンブルドアにも合わせる顔がなかったからですよね? 」

 

 

ペティグリューは呼吸のしかたを忘れたようだ。カチカチと歯を鳴らして、彼は直立して小刻みに震えていた。

 

シリウスは顔を歪めて言った。

 

 

「 ジェームズとリリーは、わたしが勧めたからお前を『秘密の守り人』にしたんだ。わたしは、これこそ完璧な計画だと思った!目眩ましだ―――ヴォルデモートはきっとわたしを追う。お前のような弱虫の、能無しを利用しようとは夢にも思わないだろうと!!貴様は、ヴォルデモートにポッター一家を売ったときは、さぞかし最高の気分だっただろうな!?その惨めな生涯で、最も力を手にしていた! 」

 

「 立場が人を狂わせたってやつ?そりゃあ“いつでも一緒の親友たち”に、元から弱虫の能無しだと見なされて、『お前ならば狙われないだろう』と一番危険な役を回されたら、ぶちかましてやりたくもなりますよね。お互いのお気持ちの話は、今はいいんです。事実確認のほうが先なんで 」

 

 

ばっさりとガラハッドは言った。

強く鞭打たれたかのように、シリウスは二三歩後ずさった。

リーマスは静かに瞼を伏せた。

 

ブラックの頬が痙攣したのを無視して、ガラハッドはなおもペティグリューに質問しようとした。

 

 

「 で、ペティグリューさん。あなたは何故――― 」

 

「 そいつは!ジェームズとリリーが死ぬ一年も前から例のあの人と密通していた!!元からそいつはスパイだった!!! 」

 

「 ―――であればこそ何故、彼はこれまでハリーを殺さなかったんですかね? 」

 

「 そんなの決まっている!こいつは、例のあの人が復活するのを待っていたんだ!闇の陣営の力に確信が持てないときに、こいつが少しでも自分に危険が及ぶかもしれないことを行うものか!こいつは、ヴォルデモート卿を裏切ったと死喰い人連中からも見なされている!アズカバンで散々聞いたとも!お前は、例のあの人が復活し次第、あの男にハリーを差し出すつもりだったんだろう!ポッター家の最後の一人として!!―――それで栄誉を以て闇の陣営に迎え入れられるつもりだったんだ!裏切り者とは呼ばれないために!!! 」

 

 

ブラックは犬のように吼えまくった。

ペティグリューは声を失くしたようであった。

ぱくぱくと口を動かしながら、ペティグリューは催眠術にかかったかのようにブラックを見つめていた。

 

激昂するブラックと蛇に睨まれた蛙状態のペティグリューを見比べて、ガラハッドは軽く目を細めて言った。

 

 

「 へぇ…。まあ反論はないみたいなんで、そうなんでしょうね 」

 

 

 

ああ早くこの話を終えたい。

 

 

OK、これにて事実確認終了。

ガラハッドは、「万事がアホくさい」という表情をもう隠せなかった。

 

あまりにも多くのことが起こりすぎて、昼間の試験のことを二日前のように感じた。

よく知らない中年男たちの憎みあいを見せつけられるなんて、いい加減うんざりするに決まっているだろう。

 

 

 

どうして、どいつもこいつもしっかり勉強していないんだ?

ブラックたちの世代だって、マクゴナガル先生から変身術を教わっただろうに…。

 

 

 

アニメーガスは姿を選べない。何の動物の身体を得るかは、自分なんかには決められないのだ。

 

 

ガラハッドには、マローダーズの四人の破局は、避けられぬ運命だったように思えていた。

だって心拍数が違いすぎる!

ペティグリューのような小さなネズミと、子牛みたいな大きさの犬や狼とでは、心拍数の違いに比例して、体感時間の長さがまったく違う。

プロングスという名前からして、亡きジェームズは玄関に角を飾られるほど立派な牡鹿だったのだろう。彼とワームテールの間の知覚の差といったら、細かく想像してみるのが厭になるほどだ。

 

 

記憶は薄れる。

感情は移ろう。

体感する時間の長さの差は、どうしようもなく人々を引き裂く。

 

それが摂理じゃないか。

裏切りは悪だが責めたって仕方がない。

どうしようもなく視えている世界が違う―――そういう人間と人間とは現に存在する。

 

ピーター・ペティグリューはもう、体感のうえでは、四回か五回くらい人生をやっているのだろう。その閉塞感と止め処ない不安、強迫的な気分ときたら何と表せばいいやら…。ペティグリューと自分の境遇を重ね合わせてしまい、ガラハッドはぶすっとして居合わせる面々の顔を見回した。ブラックとペティグリューは、ガラハッドから見てまた“いくら重ねたって仕方なのないやりとり”を続けていた。

 

やれ君はヴォルデモート卿の恐ろしさを知らないとか、友を裏切るくらいなら死ぬべきだったとか―――今はもうヴォルデモート卿はいないし、裏切りか死か選ぶべきだったのは十二年も前であるのに。

 

ガラハッドは隠しもせずに溜め息をついた。

もういい。もう、もう、うんざりだ!

そのうえブラックはこんなことを言い始めた。

ガラハッドは、これ以上なく野性的な見た目に反して、ルーピン先生と違って彼は女々しいと感じた。

 

 

「 リーマス、こいつを一緒に殺ろう 」

 

「 一人じゃできないのかよ 」

 

 

呆れた顔つきでガラハッドは言った。

 

 

「 あんたそのために脱獄して来たんでしょうに!一人じゃできないなら、殺しなんてするもんじゃないですよ 」

 

「 お前は黙っていろ!! 」

 

「 いいんだ、ガラハッド、言いたいことはわかる。シリウスが、わたしを誘ってくれた理由もわかる。殺ろうシリウス。わたしだって、積もる思いが―――…! 」

 

「 やめて 」

 

 

囁くようにハリーが口走った。

 

 

ペティグリューの泣き喚きは、ハリーの心境をも「もう十分だ!」と音を上げたいものにしていた。それほどに醜くく、おぞましかったのだ。

ハリーにはペティグリューが、育ちすぎた、禿げ散らかした汚い赤ん坊に見えた。

ハーマイオニーは両手で顔を覆い、壁のほうを向いて肩を震わせていた。

ロンはずっと嗚咽していた。

ルーピン先生とブラックの行動は、自分にしか止められないと、このときハリーは直感していた。

 

 

「 殺すのはいけない。いけない―――ああ、でも、こいつは僕の両親を…! 」

 

「 そうだ、ハリー!このクズのせいで、君は両親を亡くしたんだぞ!! 」

 

「 でも、死は償いにならない… 」

 

 

うわごとのようにハリーは答えた。

ついさっき聞いたガラハッドの言葉が、耳にこびりついて口から出ていた。

 

 

「 その通り 」

 

 

パチンと指を鳴らしてガラハッドは頷いた。

 

 

「 ルーピン先生、あなたまで、殺人を犯してみすみす地獄に堕ちることはないですよ。こういうのは、死んだって何も変わらないんです。僕がそう言うんだからそうだとわかるでしょう?でも、アズカバン送りも巧くないですよね。ブラックさんと同じ方法で、この男も脱獄するに違いないんだから。そこで、こういうのはどうでしょう?―――僕が、瓶詰めでピーター・ペティグリューを飼う 」

 

「 …ふぅん? 」

 

 

ハリーは、いい加減慣れているので然程動揺せずにいられた。

しかしルーピン先生とブラックは、失語して「何を言っているのかわからない」という顔つきをした。

 

ガラハッドは大真面目な口ぶりで、「ロン、君はもう彼を飼いたくないだろ」と真っ当な(?)気遣いを見せた。どういう考えがあるのかとハリーに尋ねられて、ガラハッドはペティグリューを償わせようと言った。

 

 

彼の提案を要約するとこうだ。

 

 

①まず、オリーブオイルの瓶を用意する

 

②ネズミ男を頭から瓶に突っ込んで、痩せて瓶の底に落ちるのを待つ

 

③一度瓶底に落ちたが最後、彼は滑って出口まで上がれなくなる。物凄く頑張って這い上がったところで、ボトルネックがネズミ返しになっているから、そこで大転落すること間違いなし

 

④水や餌は上から垂らしてやることにする。見上げればそこに出口があるのに、決して出られない状況がずっと続くのって発狂もの!

 

⑤そのうちに、ネズミの姿のまま口が利けるようになる呪文をかけてやる

 

 

「 どうだ?瓶の内部は、しばらくすると自然に屍泥処地獄になるよ。置き場を工夫して、瓶が割れたり倒れたりしないようにしておく 」

 

「 キィィィ、ひぇぇ、ふごッ、う゛、助けてぇ…!! 」

 

「 ちょっ、殺すよりエグいって思うのは僕だけぇ!? 」

 

「 あなただけじゃないわよ… 」

 

 

ぐったりとハーマイオニーがロンに相槌を打った。

ペティグリューを床に踏み倒して杖を突きつけているシリウスとリーマスは、神妙にお互いの表情を確認しあった。

ハーマイオニーは嘆息した。

 

 

「 でも、それが良いと思うわ…他に良い手だてがないもの… 」

 

「 餌なんかやらなくていいよ。君は、ペットの趣味が悪い! 」

 

 

ガラハッドが相手ならばハリーは強く言えた。

床で泣き喚くペティグリューは、きっともう自分でも何を言っているやらわかっていないだろう。

ガラハッドはむっつりと頭を掻いて応じた。

 

 

「 …餓え死なせたら話もできなくなるだろ?今って、何年生きてる気分なのか、いつのことをどれくらい覚えているのか―――なぜ場当たりにその時強い者におもねり、時が過ぎては裏切ってを彼は繰り返してしまうのか―――僕は、ペティグリューには正直結構興味があるし、事実関係とは別に、彼からはもっとじっくりいろんなことを聞き出すべきだと思う。こんな、いつスネイプが起きてくるやら気にしながらする立ち話じゃなくてな?大丈夫。そんな顔するなよハリー。僕はちゃんと、こいつがおべんちゃらしか語らないようであれば、瓶の中に火のついたマッチを投げ込むよ…死なない程度に!生憎と、かなり巧くやる自信があるね… 」

 

 

ガラハッドは控えめな自嘲を溢した。

火加減の技術に関連して、ハリーが想起していたのは最高のベーコンエッグだったが、帝釈天の責めを思い出してガラハッドは口を閉ざした。

 

 

「 話す必要なんてない 」

 

 

重苦しい声でシリウスが言った。

 

 

「 そいつには、吸魂鬼のキスが相応しいんだからな 」

 

 

ルーピン先生は何も言わなかった。

彼らは杖をおろしていた。

シリウスはじゅうぶん譲歩したと、ルーピン先生は硬い顔つきで思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員で“叫びの屋敷”から城に戻るにあたり、ルーピン先生はてきぱきと物事を捌き始めた。彼は先程自分がくらった呪文でペティグリューを縛り上げ、ペティグリューを脅しながら縄を引っ張って起こした。

 

ガラハッドにとって意外だったのは、ペティグリューを拘束する縄のもう一本の方を持つことに名乗りをあげたのが、さっき嗚咽を洩らしていたロンだったことだ。

ルーピン先生に添え木と包帯を施されたロンは、雄々しく立ち上がって屈辱的な表情でペティグリューを睨んだ。

 

同時にクルックシャンクスがベッドから飛び降りた。「自分は正しかった」と誇るかのように、意気揚々とクルックシャンクスは尾を立てて歩いた。

 

 

「 モビリコーパス 」

 

 

ガラハッドは、なおも気絶したままのスネイプを、杖を掲げてぶらんと吊し上げた。不本意ながらも自分が呼び寄せたのであるから、いくら殺したって死なないような奴でも放っていくのは忍びない。

 

とはいえ人体と木材では、大きさが似ていても重心が異なるわけで…。

 

狭いトンネルへと入る前から、スネイプの脚や後頭部はごつごつと家具や建物に当たった。「ねえ、大丈夫なの?」と囁いてくるハーマイオニーに、ガラハッドはわざとではないと歯切れ悪く弁明した。

 

 

「 お先にどうぞ、ブラックさん 」

 

 

ガラハッドが先に狭路へと入るよう勧めると、シリウスは垂直に飛び上がって驚いた。こんなに尊厳ある人間らしく扱われたのは、シリウス・ブラックにとってひさしぶりだった。

 

 

「 あ、ああ。…ありがとう! 」

 

 

つっかえていた扉が急に開いたように、流れ星が光るようにシリウスはニコッと笑った。

 

ハリーは、両親の結婚式の写真を思い出した。「あのハンサムな笑顔だ!」と感じて目を丸くし、絡んだ髪と髭の奥をよく見ようとした。

ハーマイオニーは複雑だった―――杖が塞がっているガラハッドは、単にナイフを持つブラックに背中を見せたくないだけである。

 

ルーピン先生、ペティグリュー、ロンが列の先頭だった。ロンを追って穴に入ったハリーをブラックが追い、それをハーマイオニーとガラハッドが追った。

全員、身体を折り曲げて、くねくねとしたトンネルを進んだ。数珠繋ぎである先頭が横歩きを強いられているので、帰りの道はとても長いものになった。

 

ガラハッドとハーマイオニーのふたりは、出し抜けに始まった会話を神妙に聞いていた。

 

 

「 これがどういうことか、わかるかい? 」

 

 

夢見心地のようにブラックは言った。

 

 

「 ペティグリューを引き渡すということが、どういうことか… 」

 

「 あなたが自由の身になる 」

 

「 そうだ 」

 

 

ハリーの声は緊張していた。

非常に遠回しにブラックは話した。いろいろ語っているが―――ようはシリウス・ブラックは、ハリー・ポッターと一緒に暮らしたいのだ。

ゴツン!と激しく頭をぶつける音と共に、興奮した声でハリーは答えた。

 

 

「 えっ、僕、あなたと暮らせるの!?ダーズリー一家と別れるの? 」

 

「 うん、むろん、君はそんなことは望まないだろうが…その…ただ、もしかしたらわたしと、と思って… 」

 

「 とんでもない!もちろん、ダーズリーのところなんか出たいです!住む家はありますか?僕、いつ引っ越せますか!? 」

 

「 ―――…っ 」

 

 

極力「楽しみね」という意味に聞こえる声色で、「いつだと思う?」とハーマイオニーが囁いてきた。ガラハッドは意味を察したが、下手なことは言わないでおいた。

 

 

ハリーの声は有頂天に上ずっている。

けれどもシリウスは「この夏、すぐにでも!」とは答えられないようだ。自分は、裏切り者でも殺人犯でもないながら、服役を免れる立場でもないと知っているから―――…。

 

闇の中では、いやに呼吸音が耳についた。水を打ったように静かなの列のなかで、ハリーだけがどこまでも舞い上がっていった。

 

 

 

まだ全身を穴から出さないうちから、ガラハッドは首をひねって脇に退いたハリーの表情を窺がった。無事にトンネルの外に出てヤナギの樹の下に立ったとき、ハリーは熱っぽくブラックのことを見上げて、「胸が一杯だ」という顔つきをしていた。

その笑みは月光に照らされていた。

 

 

ガラハッドはただそれを目撃した。

どうして、トンネル内よりも外のほうが明るいんだ?と気づくこともなく―――日没ならばとうに過ぎたはずだと、ハグリッドの小屋の出来事を思い出しもせず―――…。

 

 

白い月光に目を眩ませながらもガラハッドは、この光景を不思議に思わなかった

へろことの僕でいおあさ。いなか驚もてし差が光陽い白らか空雪、は君ねだ然当

 

 

満月がリーマス・ルーピンを照らした。

期待に満ちたハリーに何と言うべきか迷っていたシリウスは、ハッと顔を上げて「逃げろ」と唸った。

 

その一言でガラハッドはやっと状況に気がついた。

 

ルーピン先生の身体は、いまや硬直して爛れて籟病のように歪み、中毒のように震えていた。

ハーマイオニーが叫んだ。

 

 

「 今夜はあの薬を飲んでいないんだわ!危険よ! 」

 

 

。たいでん笑微くし美は神女死(ーテカへ)

 

 

リーマス・ルーピンは苦悶の声をあげた。

顔が伸びる。背が盛り上がる。みるみるうちに毛が生えて、手は丸まって鈎爪が生えた。

バキバキと牙を打ち鳴らして、狼人間は月を見上げた。

彼はまだ、自分には理性があるつもりだった。

 

今日飲むことを忘れていたからって、昨日までは毎夕日没直前に飲んでいたのである。たとえ薬の産物であったとしても、今はわずかに残る理性が頼りだった。

けれどリーマスは、不快感から衝動的に、自分を縛っていた手錠を捩じ切ってしまった。咄嗟にあげた悲鳴―――嗚呼、この声帯はもう人間のものではない!

 

絶望のほうが苦しく、首筋の痛みなんか感じなかった。熊のような犬に化けたシリウスに噛みつかれても、リーマスは恐慌状態を脱しなかった。

 

 

シリウスは、どうにか子供たちのいる場からリーマスを遠ざけようとした。

ハリーは呆然と立ち尽くしていた。

吊っていたスネイプを草むらに投げ出して、ガラハッドは杖先をせめぎあう獣二頭へと向けた。

 

 

「 ペトリフィカス・トタルス! 」

 

 

今度こそ彼はやり遂げた。

牙と牙をがっちり噛み合わせ、鈎爪で互いを引き裂きあう姿のまま二人は固まった。

バンという音が鳴った。

 

 

「 エクスペリアームス!武器よ去れ! 」

 

 

今度叫んだのはハリーである。迷いのない杖捌きで、ハリーはペティグリューからルーピン先生の杖を取り戻した。

既にロンがやられて、クルックシャンクスまで吹っ飛ばされてクシャっとなっていた。

 

 

「 動くな! 」

 

 

ハリーはペティグリューに向けて走った。

もちろん動かないでいるわけがないので、ペティグリューはもう変身して手錠をかいくぐっていた。

 

 

「 お前が動くな! 」

 

 

ガラハッドはハリーに金縛りをかけそうになった。

 

ハリーは、そんなの聞かずにペティグリューを追いかけたし、ガラハッドも二度も同じことでもたもたなんかしなかった。いきなり杖を投げて渡されて、ハーマイオニーはどうにかこうにかそれをキャッチした。

 

ばさりとローブを翻したガラハッドは、そのままになって走るハリーを追い越して飛んだ。

 

 

「 捕まえて!! 」

 

 

ハリーは叫んだ。

 

月は、厚い雲の隙間からひととき姿を見せていただけだ。

ガラハッドの鋭い鈎爪は、寸分の狂いでペティグリューを逃した。

満月の加護をなくしては、ガラハッドは夜目が利かなかった。

 

 

雲は流れ続けていた。

再び満月が彼らを照らしたとき、リーマスは毛という毛を逆立てて、地に踏ん張りミシミシと動き始めた。ガラハッドはペティグリューを探して目を凝らし、天空で弧を描いていた。

 

ハリーとハーマイオニーはとてつもなく迷って、ノックアウトされているロンの状態を確かめたり、ガラハッドが夜空のどこにいるかを探したりした。恐怖か興奮かわからないものに震えさせられ、汗と寒気を感じながら二人は走りだした。

言葉はなかったが、同じ考えに至ったのだ。

今のロンには何もしてやれないし、ガラハッドの援護はできないけれども、たったいま響いた、キャンキャンという悲鳴の主を助けにいくことはできる、と!

リーマスに力負けしたシリウスは、死にぞこないの海老のように後ろ向きに跳ねてしまった。

 

 

「 ギャンッ 」

 

 

その喉を食い破ってしまいそうになって、リーマス・ルーピンは自身の衝動に震撼した。

そこで身を翻して走って行った先は、近づくほどに苦しく激痛に見舞われる場所だ。

 

 

月は雲間から見え隠れしていた。キラキラと光る水面は、苛烈にリーマスの神経を焼き焦がしていった―――…。

絶叫。

友を追いかけて湖畔へと向かいながら、シリウスは人の姿へと戻った。子供たちに言葉を放ちたかったのだ。

 

 

「 来るな!!!逃げろ、逃げてくれ…ぁぁぁぁぁああ 」

 

 

シリウスの膝に力が入らなくなった。

必死で走って、湖が見えたと同時に、ハリーも見た。

吸魂鬼だ。

少なくとも百人が、真っ黒な塊になって、こちらへと迫ってくるところだった。水際のギリギリを滑るようにして、吸魂鬼は左右両方からまっすぐにシリウスを目指して来る―――…。

 

ハリーは、そのとき絶望してしまった。

 

 

 

ああ先生が、あのルーピン先生が水に怯え虚空と格闘している…

錯乱状態なんだ

シリウスは死ぬ

僕は、またしてもあのダーズリー家に戻るのか…

 

 

 

吸魂鬼は背後からも迫っていた。ハリーは、気づかないうちにすぐ近くまで接近されていたのだった――――…。

 

 

 

 

 

 

ところで、シーカーに向いていなさすぎて二度目にペティグリューを見失ったとき、ガラハッドもまたそこは諦めて、今できることへと目標を切り換えていた。月光の照り映える湖上では、彼は鷲として昼間と同じくらい眼を使えた。

ハリーが危ない!

けれどもガラハッドには杖がない。

「お願い!」と叫んでハーマイオニーは、自分の杖でガラハッドの杖を叩いた。自分には使えない呪文も、彼ならばやってくれると思ったのだ。

 

 

「 モビリアーブス!樹よ動け!! 」

 

 

オリーブの杖は主人を目指して飛んだ。

矢のように降下したガラハッドは、着地直前に人間に戻って、ハリーに背後からキスしようとする吸魂鬼に斜め上から蹴りを入れた。思いっきり蹴り倒してやろうとしたのだ。

 

吸魂鬼を相手に、それが上手くいくと思っていたわけではない。

けれど、そうしないではいられなかった。

 

ガラハッドはすぅっとフードの奥へ足先を飲み込まれて、全身に冷たいものが纏わりつくのを感じた。

 

 

「 ~~~~ッ!!! 」

 

 

―――――走馬灯?

そんな場合ではない。

 

消えたくないと感じることに、理由なんてない。

 

 

 

刹那の猶予すらもなかったことが、この場合は良くはたらいた。

腹から喉を震わせたとき、彼は完全に人型へと戻っていた。それも無意識だった。

 

もしも数秒でも手段を考える暇があったら、成功の確率とか不発に終わった場合の次の手とかを、彼はぐだぐだと考えてしまったことだろう。手に飛び込んできた杖を握りしめて、ガラハッド・オリバンダーは叫んだ。

 

 

「 エクスペクトパトローナム! 」

 

 

どっと銀色の泉が地から湧いたようだった。

 

けれど、これだけでは足りない。

群がってくる吸魂鬼たちの足もとへと、銀色の靄は静かに広がっていくばかりだった。

 

ガラハッドは必死で守護霊呪文を繰り返しているそのあいだにも、冷たいものがいよいよ肺までのぼってきて、そこより下は既に消え去った心地がした。立てているのか宙に浮いているのか、実体を持てているのかそうではないのか、自分の身体へと目を落として、悠長に確認している暇はなかった。

 

もう、だめかもしれない。

 

三つ子の魂百までも。ガラハッドは、やっぱり最後には御仏に縋ってしまった。

 

 

「 オン アボキャ ベイロシャノウ マカボダラ マニ ハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ ウン 」

 

 

声は響かなかった。彼と彼の放った光明真言は、ただ一迅の風と化した。

 

 

 

が、それはそれは美しく姿を見せていた。

冴え渡っていた湖の水面は、突風に吹かれて大きく揺らいだ。

満月はひしゃげて消えた。

湖面のが?いいえ天空のそれも。

ふたつ輝いていた真ん丸な月は、ひととき高波によって消えてまた現れた。

 

神使が駆けていった。

 

再び水鏡が像を結んだとき、ガラハッド・オリバンダーは気を失って湖のほとりに転がっていた。

逆に意識を取り戻したスネイプが、彼の呼気を確かめて担架に乗せた。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。