ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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Beautiful World

 

逆転せよ万物!

WOLF-RUT AUDIBLE(餓狼の声が聞こえる) それは() BEAUTIFUL WORLD(美しい世界)

 

 

ブラックを逃がすために時を戻すという発想に至ったとき、ガラハッドには同時に救いたい子がいた。三回逆転時計を引っくり返させたところで、ガラハッドはハリーの手首を掴むことをやめた。

 

ガラハッドはハーマイオニーに尋ねた。

 

 

「 これくらいでいいと思う? 」

 

「 途中で止めては駄目なの! 」

 

 

ハーマイオニーは小さな声で言った。

 

 

「 一度止めたから、これ以上は無理よ。今はさっきの三時間前!わたしたち、マダム・ポンフリーに見つからないように―――行かなきゃ。わたしたち、誰にも見られてはいけないわ 」

 

「 透明マント出して 」

 

 

さっきまでとは立場が逆転した。

ガラハッドは、ハリーの腕を手の甲で小突いて催促した。

 

 

「 早く 」

 

「 いま持ってない… 」

 

 

気分が悪そうにハリーはぼやいた。ハーマイオニーは逆転時計の使用に慣れているし、ガラハッドは鏡のなかの移動に慣れている。驚異の耐G能力を誇るシーカーも、いまは一般人並みの立場だ。

 

 

「 こっちへ 」

 

 

三人はハーマイオニーの先導で医務室を抜け出した。人目を忍んで移動しながらガラハッドは、窓から金色の陽光が差し込んでくるのを見た。

 

 

「 …本当に三時間前だな 」

 

 

ガラハッドのつぶやきに、ハリーはコクリと頷いた。

玄関ホールには誰もいなかった。

 

けれどハーマイオニーは警戒を解いたりなんかしない。

 

急ぎ足でホールを渡りきると、彼女は掃除用具庫の扉を開けて、箒と塵取りの中にハリーとガラハッドを押し込み、そのあとで自分も入って、内側から扉を閉めた。

ガラハッドは抗議の声をあげた。

 

 

「 ちょ、よりによって―――ここ!? 」

 

「 シッ!しずかに! 」

 

「 お願いします。しずかに…いさせてください…素敵な下げ緒ですね…? 」

 

 

ハーマイオニーに叱られて、ガラハッドは箒たちのご機嫌をとった。寄ってたかって柄で小突かれたり尾でチクチクやられたりして、ガラハッドはどんどん小さくなっていった。

 

ハリーは、暗い中で自分の足の位置の見当をつけて、いやというほどつねって感覚をたしかめた―――夢を見ているわけじゃないとわかる痛さだ。

ハーマイオニーは扉の内側に耳を押しつけて、緊張で癖毛をピリピリさせていた。

 

 

「 玄関ホールを横切る足音だわ…そう、たぶん、わたしたちがハグリッドの小屋に行くところよ!ぶきっちょに揃っているもの… 」

 

「 つまり、僕たちがこの中にいて、しかも外には僕たちがいるってこと? 」

 

「 そうよ 」

 

「 あ、その折は… 」

 

 

ガラハッドはぺこぺこと頭を下げた。一年生のときに授業で使用した箒は、飛行用から掃除用へと格下げされていた。「まだまだお綺麗ですよ」と箒を褒めるガラハッドを、ハリーは全力で無視した。

 

調子を乱されてたまるものか。

 

 

「 ―――ダンブルドアが変えたいと思っている何かは、この時間帯に起きたに違いない。ダンブルドア先生のねらいは、ただシリウスを逃がすだけじゃないんだ 」

 

「 ただ逃がすって…逃走って、そう簡単なことじゃないと思うわ。アニメーガスの力があるにしても、シリウスは8階から脱出しないといけないのよ? 」

 

 

ハリーとハーマイオニーは顔をしかめた。

ふたりとも精神を集中させ、脳みそを全部絞り切っているような感じがした。

 

 

「 階段が難関だと思うわ 」

 

 

ハーマイオニーは脱出経路を考えながら言った。

ハリーもそう思った。ハリーは、全然役に立たないガラハッドに聞こえるように、ちょっと意地悪な口調で言った。

 

 

「 僕なら窓から飛び立って逃げるけどね 」

 

「 は?そんなの、偉大なる御箒様の力があってのことだろうが。僕は身一つで飛べるぞ。お前こそ頭下げとけ 」

 

 

箒に砂を掃きかけられながらガラハッドは言った。

ハリーはハッと気がついて、またしても扉に耳をあてていたハーマイオニーをつついた。

 

 

「 ハーマイオニー、僕たち、バックビークを救うんだ!ガラハッド、君は―――フリットウィック先生のお部屋の位置が、外からだって窓でわかるだろう?僕たちバックビークに乗って、その窓まで飛んでいき、シリウスを救い出せばいいんだ。シリウスはバックビークに乗る。そうしたらシリウスとバックビークは、一緒にそのまま逃げられるんだ! 」

 

「 そんなのとうにわかってる。わかってるけど…くっ!なあ、ハーマイオニー、まだ? 」

 

 

ガラハッドはハリーのことを箒たちからの盾にした。ムッとしたけれども本気で困っていそうなので、ハリーは便利に使われてやった。

ふたりの会話を聞いていたハーマイオニーは、黙っていた。彼女は、「そんな奇跡みたいなことが成し遂げられるのかしら」という気分だったのである。近くに誰もいなくなったことを確認して、ハーマイオニーは扉を押し開けた。

 

 

「 誰かが窓から覗いているかも… 」

 

 

日暮れの校庭に出たとき、ハーマイオニーは怖々と背後の城の窓を見上げた。

間髪入れずガラハッドがこう言った。

 

 

「 だとしたら目が眩んでる 」

 

 

彼は日頃レイブンクロー塔の窓から日没を見ている。

 

 

「 もたつくな。灯台下暗しだ 」

 

「 全力で走ろう 」

 

 

ハリーが決然と言った。

 

 

「 まっすぐに森に入るんだ。いいね?木の陰か何かに隠れて、様子を窺おう! 」

 

「 ハグリッドは窓の外を見ていた 」

 

 

言いながらガラハッドはもう温室側へ向かい始めていた。よくわからないままに、ハリーは勢いづいてガラハッドへとついていった。

 

 

「 ハリー、お前の目が一番怖い。真っ直ぐに向かったら、僕たち小屋の窓から丸見えになる。三時間前のお前に見られる 」

 

「 あなた正しいわ。わたしたち、もうハグリッドの小屋へと着くころよ! 」

 

 

追いかけていきながらハーマイオニーも言った。それきり三人は喋らずに、全速力で迂回してハグリッドの小屋の裏手へと回った。

 

 

 

本気で走ると、三人のなかではガラハッドが一番速かった。

ハリーが、その数秒遅れでハーマイオニーがやってきた。彼女は太い樫の樹に手をついて、ハァハァと肩で息をした。そのときガラハッドはもう杖を振るっていた。

 

 

「 モビリアーブス 」

 

 

さわさわと葉擦れが鳴った。それぞれの梢の向きを変えて、近くの若木たちがにじり寄って三人を念入りに隠した。胸いっぱいに緑の匂いを吸い込んで、三人はそこで一息ついた。

全員、真剣に耳を澄ませて、いま小屋のなかで何が起きているかを知ろうとした。

 

 

「 やる? 」

 

 

一番落ち着きのないハリーがそう言い始めた。

先生のようにハーマイオニーが彼を止めた。

 

 

「 ダメ!いまバックビークを連れだしたら、委員会の人たちはハグリッドが逃がしたと思うじゃない!外に繋がれているところを、あの人たちが見るまでは待たなくちゃ 」

 

「 そこでひとつ質問なんだけど 」

 

 

ガラハッドはハーマイオニーへと軽く手を挙げた。

 

 

「 ハーマイオニー、逆転時計を使っている最中に、さらに逆転時計を使ってみたことはある?小屋の中とこの場所に―――僕たち、いま()()()()()()よな?僕たち、最大で何人に分身できるんだろうか?お互いの姿を見ない限りにおいては、無限?それとも… 」

 

「 ダメ!そういった行為は禁止されています! 」

 

「 試すと危険かな?なんせ僕たち、このままじゃ使える時間が60秒ほどしかない 」

 

「 60秒でやればいいんだよ 」

 

 

ハリーは低い声で言った。

そのとき陶器の割れる音が聞こえて、ハーマイオニーが小屋のなかでミルク入れを壊したのだとわかった。

 

 

「 60秒で…逃がせばいいんだろ…バックビークを…。うーん無理かな、ねえ、こういうのはどう?いま中に飛び込んで―――ただちにペティグリューを捕まえよう… 」

 

「 ダメよ! 」

 

 

ハーマイオニーは震え上がった。

 

 

「 わからないの?私たち、最も大切な魔法界の規則を一つ破っているところなの!あなたたち、どうしてそうも脱法的なの!? 」

 

「 挑戦的だって言ってよ 」

 

「 ロンはわかっていたのかな? 」

 

 

怪訝顔でガラハッドは囁いた。

 

 

「 レパロせずに、新しいミルク入れを出してくるべきだって―――そこにペティグリューが潜んでいるって。あいつは、ヤナギの杖持つウィーズリーだし……導かれたのかもな… 」

 

 

ロンの大声が響いてきた。「ハーマイオニー、君は無実だった。大丈夫、大丈夫だってば、ここには君を傷つけるものは何もない」と。

ガラハッドは、ふと複雑な気分になって隣のハーマイオニーのほうを見やった。

 

ハーマイオニーとハリーは、ぴたりと動きを止めて言い合いをやめていた。魔法省の面々とダンブルドアとマルフォイ親子が、長い影を落として城の石畳を降りてきたからだ。

まもなくハグリッドの小屋の裏口が開き、ガラハッドはますます奇妙な気分になった。

そう遠くないところで、自分自身がハリーのことを引っ張り出しているのだ。

当時は自覚しなかったけれど、余裕がなくて酷い顔をしている…。

 

 

「 大丈夫だ、ピーキー。大丈夫だぞ… 」

 

 

ハグリッドが優しい嘘をついた。

その瞬間に痛烈に感じたことを思い出して、ガラハッドは今また眉間に皺を刻んだ。

 

 

いよいよだ。

 

わずかな時間でバックビークを逃がす仕事を、ガラハッドは最初からハリーに任せるつもりでいた。魔法生物飼育学を受講していない自分は、生き物の手綱を持ったことがないし、何に気をつければいいんだかもわからない。

 

マクネアと呼ばれた死刑執行人は、いきなり小屋の裏側へと回り込んできて、「ふぅん」という顔つきでじろじろとバックビークを見た。ハリーは沸々と怒りを感じた。

正面から小屋に入ったらしいマルフォイ父子は、裏口から出てこなかった。

執行通知書がどうのと言いながら、ファッジが裏庭に顔を出して部下を手招いた。

 

 

「 ハグリッド。部屋をととのえてくれんかね?我々は儀式のために来たのだ。このような――――陶片が置かれていたのでは、このたびのことは相応しく収まらんよ。いいんだ、君は知らなかったのだろう。手続きの始められる状態に、君が、みずからととのえるべきだ 」

 

 

裏口の扉を開け放って、ファッジとマクネアは内と外の境界に立ち続けた。彼らからはまだ、バックビークの姿が見えている―――…。

 

けれども極力バックビークのいるところへと近い木陰に、ハリーはこっそりと移動し始めていた。裏口の見えるところから動かず振り向かないまま、ガラハッドは「待てよ」のハンドサインを掲げ続けた。

 

 

( ―――行け! )

 

 

腕を振ってハリーにサインすると同時に、ガラハッドもまた木陰を飛び出した。ハリーはかぼちゃ畑の柵を飛び越えてバックビークのもとに行ったが、ガラハッドは背を屈めたまま走ってハグリッドの小屋へ近づいた。

 

ハーマイオニーはガラハッドの大胆不敵さに慄いた。彼は窓からも裏口からも死角になるところにしゃがんで収まって、ニヤッとして親指を立てて見せた。ハーマイオニーはふたりの中継役になることにして、目まぐるしくハリーとガラハッドのほうを見比べ始めた。儀式の進行を把握するガラハッドが、ハリーに最大限の作業時間を与えてくれようとしている―――!

 

 

( …いつが引き際だ? )

 

 

ガラハッドは息を殺して考えた。

こんなときでもバックビークは、誇り高いヒッポグリフらしく悠然と振舞った。

ハリーは、ひとときハーマイオニーのほうを見ることをやめて、真剣にバックビークと向かい合い、深くお辞儀をしなくてはならなかった。

 

ガラハッドは、そのとき確かに聞いた。

 

 

「 首を刎ねよ 」

 

 

男たちの誰かに水を向けられて、ずっと黙っていたドラコ・マルフォイは、きっぱりとそう言い放った。決して若くはない声ばかりのなかで、彼の発言は非常に耳に残った。

おそらくファッジ大臣が言った。

 

 

「 ―――よって死刑の方法は斬首とする。わたしは指名する。処刑人は、委員会の一員なる任命執行人、ワルデン・マクネア… 」

 

 

ガラハッドはハラハラしてきた。ハーマイオニーの動きからして、ハリーは、まだヒッポグリフを逃がすのに手間取っていそうだ。「もう儀式が終わる!早く隠れろ」という思いと、「いいやハリーならギリギリまで粘ってもいける!何とかしてくれるだろう」という思いとが、血流にのってぐるぐると全身をめぐり、首筋から熱が立ちのぼっていた。「もうすぐ!!」とガラハッドは、ハーマイオニーに向けて精一杯大きく口を動かした。

 

 

「 ハリー、早く! 」

 

 

ハーマイオニーは堪らず木陰から飛び出した。バックビークの手綱を取って、全体重をかけて引っ張ることへと加わったのだ。ハリーは、額から玉のように汗を噴き出していた。ハーマイオニーは歯を食いしばった。

 

 

「 ―――…っ!? 」

 

 

ハーマイオニーの姿が見えなくなってガラハッドは焦った。

けれども、その場から動くに動けない。

木陰に戻ろうとしたときに裏口のドアノブが回る音がして、ガラハッドは急いで小屋の側面に戻った。

 

 

「 マクネア、ちょっと待ちなさい 」

 

 

ダンブルドア校長の声だ。

 

 

「 君も署名せねば 」

 

 

全速力でガラハッドは樫の隠れ場所へと戻った。

スライディングして、低く垂れた枝の下をかいくぐった。何十年ぶりの盗塁であろうか。

 

バタン!扉が開かれた。

 

風が吹いて、森がざわざわと鳴った。夏の葉をたくわえた樹々たちが、急ぐ足音を隠してくれた。

 

太陽が沈む。

森のなかは、外よりもはるかに暗かった。

 

鬱蒼とした樹々のなかでガラハッドには、不思議とハリーたちの居場所がわかった。「やり遂げた!!」という熱に浮かされながらもハリーとハーマイオニーは、処刑人たちを怖れて息を殺していた。

 

 

静寂、そして―――…。

 

 

「 あはは!あっはっはっはっはっはっは! 」

 

 

高笑い。

 

大人たちは呆然としてしまった。マグネアが癇癪を起こして斧を振り下ろしたその後ろで、ドラコ・マルフォイは泣きながら笑った。ずっと張り詰めていた緊張の糸が、ぶつんと切れて放埓になっていた。

 

 

「 あっはっはっは!あはっあっはっはっは、ああ可笑しい!! 」

 

 

ヒッポグリフは消えた。忽然と、忽然と消えてしまった。

気高い生き物だからだ!

大人は偉い?所詮人間の企てなんて、ヒッポグリフにはお見通しだったんだろう。

雄々しく大地を蹴って、バックビークは天に昇っていった―――…その想像をしてうっとりとドラコは微笑んだ。

 

魔法省一行は大慌てだ。ファッジ大臣は、しきりに上空を見回して捜索の指示を出した。

面白がるような口調で、アルバス・ダンブルドアはハグリッドに紅茶を求めた。ニレの樹のステッキに両手を置いて顎をあげて立ち、ルシウス・マルフォイはそんなアルバス・ダンブルドアのことを睨みつけた。

 

 

「 成程、貴兄の意思は斯く在るのですな、ダンブルドア校長…?貴兄か、あるいは不死なる天上の神々が、我々の闘争をお望みであるらしい! 」

 

「 おそろしいことじゃのう 」

 

 

そうは思っていなさそうな口調で、ダンブルドア校長は言った。

青い目はキラキラと光っていた。

 

 

「 良い夜じゃ。よい子の願いを叶えたのでな、妖精が取り分を求めることじゃろう―――ブランデーも出しておくれハグリッド 」

 

 

再び扉が閉まる音がした。

ハリー、ハーマイオニー、ガラハッドの三人には、大人たちの会話の仔細までは聞こえなかった。

ただ誰の声も聞こえなくなったことに安堵して、三人は全身から絞り出すような溜め息をついた。

 

 

「 ハァ…!何とかなったなぁ…!? 」

 

「 何ともなってないわ 」

 

 

ガラハッドはただちにハーマイオニーに否定された。

こぶしを握って彼女は力説した。

 

 

「 まだまだこれからよ!移動しなくっちゃ!わたしたち、誰にも見られないように―――少なくともここから立ち去らなくてはならないでしょ? 」

 

「 暴れ柳のところへ行こう 」

 

 

ハリーが提案した。

半分同類だと思うのだろうか。あまり近づかないようにしているガラハッドのことを、バックビークは興味深そうに凝視している。

ハリーは、改めてバックビークの手綱を握り直した。

 

 

「 先を歩いてよガラハッド。僕たち、森から出ないで移動しないといけない。けれど僕では、先頭を歩くとまたヤバい樹からパンチされる可能性がある 」

 

「 おおハリー、なんて賢くなったんだ 」

 

「 驚いた。君もヒッポグリフに引っ掻かれる趣味があったなんてね 」

 

「 あなたたち、後でやってちょうだい 」

 

 

ハーマイオニーはぴしゃりと言った。

ハーマイオニーが思うに、隙あらばくだらない舌戦にかまけるものの、ガラハッドもハリーも有能である。ガラハッドのおかげで、三人は何の危険もなく“禁じられた森”を移動することができたし、ハリーはとても上手にバックビークを牽いて歩いた。暴れ柳が見える木立の陰に、三人は新たな観測点を設けた。

 

やがてロンが芝生を横切って走ってきた。

 

 

「 捕まえた!とっとと消えろ、いやな猫め――― 」

 

「 今のくだりなんだけどさぁ… 」

 

 

ハーマイオニーはもう慣れてきてしまった。

ガラハッドとハリーのふたりは、過去の成り行きを眺めながらまたしてもぼやき合った。

 

 

「 お前さ、魔法使いのくせになんで二回も走って追いかけようとしたんだ?猫なの?的が隠れたんだよなぁ… 」

 

「 …この場合ベストの選択は、“呼び寄せ呪文”だったなって今見ると思うね…。そうか、今ペティグリューを呼び寄せて捕まえれば―――!? 」

 

「 ダメ!ダメよハリー!説明したでしょ! 」

 

「 五発もくらってたのか…タフかよ 」

 

「 どうも 」

 

 

ハリーはニヤッと笑った。

全員が暴れ柳の穴に入って、獰猛な枝が再び動き出してすぐ、ダンブルドアと魔法省一行が近くを通って行った。

 

憧れるようにハーマイオニーが嘆息した。

 

 

「 ああ!あの時に、ダンブルドアが一緒に来てくださっていたら…! 」

 

 

すぐさまハリーが毒を吐いた。

 

 

「 そしたら、マクネアもファッジも一緒についてきていたよ。賭けてもいいね。シリウスは、その場でマクネアに殺された 」

 

「 ―――…? 」

 

 

ガラハッドは、ようやく気づくことができた―――…こいつ、もしかして僕に似てきた?と。

純粋そのものだった筈のハリーくんよ、いつの間に賭けを覚えたんだ。

清廉な顔つきを作ってガラハッドは言った。

 

 

「 ヤナギの人選を信じよう!スネイプが選ばれて来たという事実は、結果的に何か良いことのはず。多分…多分な。やめろハリー、そんな目で見るな 」

 

「 ルーピン先生は選ばれて来たんじゃないの? 」

 

「 彼は自分から来た 」

 

 

まさしくその通りだった。

雲が完全に月を覆っているとき、ルーピン先生が城の石段から走って降りて来た。折れた枝を拾って、ルーピン先生は暴れ柳の幹のコブを突いた。すぐそこに置きっぱなしになっている“透明マント”には、気がつかないで彼は穴へと飛び込んでいった。

 

ガラハッドは顎を撫でながら苦笑した。

 

 

「 こうして見るとみんな慌ててたなぁ… 」

 

 

ハリーがぽんと手を打った。

 

 

「 ねえ、今度こそ良いことを思いついたよ!今、僕が走って行ってマントを取ってくれば、スネイプになんか触られないで済む 」

 

「 ハリー、わたしたち、姿を見られてはいけないの! 」

 

「 でも、だって我慢できないよ。ここに立って、なるがままに任せて、何もしないで見ているだけかい?僕、マントを取ってくる…! 」

 

「 奴が透明な姿で現れなかったら、事態はもっとマズくなっていたと思うけど 」

 

 

そのとき歌声が聞こえた。

バックビークがそれに反応して木陰から出て行こうとしたので、ハリーは懸命に引き戻さねばならず、マントの回収どころではなくなった。ほろ酔いで千鳥足のハグリッドが、ご機嫌で石段を上がっていった。

 

 

「 そろそろスネイプが来る… 」

 

 

神妙な顔でガラハッドは言った。

 

 

「 …ハリー、お前を超える速度かもしれない 」

 

「 は? 」

 

 

信じられないようなことが起こった。

 

青い閃光!城門のほうから猛烈な風が押し寄せてきて、三人は一瞬目を瞑った。

鈍い音がした。

三人が目を開けたとき、柳の下にはもうスネイプがいた。

 

ハリーは、息をひそめて歯噛みした―――なんとスネイプの野郎は、可愛いチョウ・チャンの箒でここまで来やがった!!

 

スネイプ先生は芝生にうつぶせで「おえッ、おえッ」と痙攣し、起き上がろうとして目を回して、また転んでくぐもった呻き声をあげた。チアダンサーのように暴れ柳は枝を振り、出入口をぽっかりと開けたままだった。白目を剥いて足掻いていたスネイプは、芝ではないものに偶然手を触れて、「うむ?」と言ってそれを引き寄せた。ゲロを吐いた地面にマントを引きずられたと知って、ハリーは無音で絶叫した。

 

スネイプは穴の中へと消えていった。

 

 

「 ッッッ最悪!最悪だよ…!! 」

 

 

ハリーはくねくねと身悶えた。

 

 

「 さあ、これで全部だな!後はもう、僕たちがまた出てくるのを待つだけ… 」

 

 

ガラハッドはわざとハーマイオニーに向けて言った。「怒るハリーから逃げようとしてるんでしょ」とわかって、ハーマイオニーはなんともいえない微苦笑を浮かべた。

 

 

「 …そうね 」

 

「 ガラハッド!それもこれも全部君が悪い!!ああ汚らわしい手で…うぅっ、厭だああああ! 」

 

 

ハリーは頭を抱えた。

相変わらず踊るような暴れ柳に見送られて、チョウの箒はレイブンクロー塔のほうへとひとりでに帰っていった。

ハリーはしつこくブツブツと言った。

 

 

「 彼女は気の毒だ。愛用の箒へスネイプに跨られたんだぞ?君、最低なことしたっていう自覚はあるのかい!? 」

 

「 度胸あるなお前…暴れ柳さんのご親切に文句つけるのやめろよ… 」

 

 

ガラハッドはマイペースに腰を下ろした。

ハーマイオニーも、バックビークの手綱の端を一番手近な木の幹にしっかりと結びつけ、乾いた土の上に腰をおろし、膝を抱きかかえた。

それからもハリーは一人で立って歯軋りし、蜘蛛のように指を動かしたり足元の石を蹴りつけたりしていたが、やがて同じように近くに座り込んだ。

 

ハーマイオニーは、ぶすっと不機嫌そうなハリーと、じぃっと夜空を見ているガラハッドを静かに見比べた。

ハーマイオニーは深い溜め息をついた。この二人がどうしてこうもいつも通りで元気なのか、ハーマイオニーにはわからなかった。

 

 

「 ねえ私、わからないことがあるの…どうして、吸魂鬼はシリウスを捕まえられなかったのかしら?私、ガラハッドに杖を届けたところまでは覚えてるんだけど、それからは気を失ったと思う…本当に…大勢いたわ… 」

 

 

しんみりとハーマイオニーは言った。

暗い声でハリーが同意した。

 

ハリーは、淡々と自分の見たことを話し始めた。

あのときほとんど周りを見る余裕がなかったガラハッドは、なんだか感心してハリーの説明に耳を傾けた。

 

 

「 ガラハッド、僕たちすれ違ったよね。今ならわかる。君は、空から、僕を背後から狙った吸魂鬼に向けて降下して―――僕は…情けないけど全然動けなくて、僕の視野に入っていた範囲で一番近くにいた吸魂鬼が、僕の口許に口を近づけてくるのを見たよ。そしたら、湖がひっくり返った。パンケーキみたいにふわっと返されて、湖が空になって空が湖になったみたいに見えた。ううん、そっちしか目に入っていなかっただけで、何でも全部ひっくり返ったのかも―――地上にいた筈の吸魂鬼が、いきなり天上にいて、どろどろと真っ逆さまに落ちてきた。その真ん中の空間を、大きな銀色の何かが、こっちに向けて疾走してきて、降ってくる吸魂鬼を霧散させた。わけのわからない話だと思うけれど、僕、嘘を言っていない。ガラハッド、その守護霊は、湖を挟んで、君と僕がいたほうとは反対の岸から来たんだ。あれこそ守護霊のはずだ…だって吸魂鬼を… 」

 

「 疑ってないよハリー 」

 

 

ガラハッドは短く言った。

 

 

「 本気で言ってるんだろ。正気で 」

 

「 でも、それ、誰の呪文の効果だったのかしら?それに、本物の守護霊が現れるときは天と地がひっくり返るなんて、わたし読んだことがないわ 」

 

「 そうなんだ… 」

 

 

ハリーは頷いて黙って考え込んだ。

矛先をガラハッドへと変えて、ハーマイオニーは質問を重ねた。

 

 

「 あなたは何を覚えてる? 」

 

「 あんまり… 」

 

 

ハリーの表情を窺いながらガラハッドは言った。

 

 

「 あのときは、必死だったし…マジで、消えるかと思った…君が杖を寄越してくれたから、僕は守護霊呪文を使ったつもりだったけれど、直前まで鷲の姿だったし、あのときちゃんと発音できていたのかも定かじゃない。喉まで冷たくなって、自分の声が聞こえなかった。腰から下なんか、取り外されて液体になってどこかへ行ってしまっていたとしても信じる。それくらい変な感覚だった 」

 

「 ッッッ、たしかに、君はいなかった…! 」

 

 

ハリーが興奮して顔を上げた。

 

 

「 通り過ぎていった守護霊の姿が気になって、僕は、一瞬振り向いたもの!夢中だったから不思議に思わなかったけれど、真後ろに君はいなかった…!! 」

 

「 その後はどうしたんだ? 」

 

「 守護霊ももういなかった!光が、消えていきそうだったから―――明るいうちに見渡したくて、僕はすぐにまた正面を見たんだ。誰が僕たちを助けてくれたのか、知りたいと思って―――…でも僕、まったく冷静ではなかったから、きっと思い込んだだけなんだ。混乱して、自分の見たい幻を見ていた…そしてすぐに気を失ってしまった 」

 

「 誰だと思ったの? 」

 

 

ハーマイオニーはズバリと聞いた。

 

 

「 誰が、わたしたち全員を助けてくれたの? 」

 

「 僕… 」

 

 

ハリーは、言いかけた言葉を飲み込んだ。自分の言おうとしていることが、どんなに奇妙に聞こえるか、わかっていた。

 

 

「 僕、父さんだと思ったよ 」

 

 

ハーマイオニーはあんぐりと口を開けた。だが、ガラハッドは逆に唇を引き結んだ。

最大限気を遣った口ぶりで、ハーマイオニーはハリーの父親のことを「既にお亡くなりになった」と言った―――ハリーにだってそれくらいわかっていた!

 

以後ハリーとハーマイオニーは口を利かなくなった。

ガラハッドは思慮深い面差しで、じっと双眸を銀に光らせていた。

 

ガラハッド・オリバンダーは考える―――自分は、死んで“あの世”から“この世”に来たのだから、ハリーの父親だってこの宇宙のどこかにはいるだろう。ひととき“道”が開いて、ハリーは彼岸の人物を見たのかもしれない。

 

そういうことだってあるだろうと、ガラハッドには心底真剣に感じられた。

 

不思議なことばかり体験してきた。

“起こり得ないこと”なんて無いと、手荒く教え込まれた心地だ。

振り返って見ればこの一年間、自分はみすみす殻に籠って、逃避に逃避を重ねて何をやっていたんだか―――…。

 

 

「 …確かめにいこうか 」

 

 

月は、雲の隙間から現れては消える。

長い沈黙であった。

悄然と膝に顎を乗せていた二人は、ガラハッドの提案にビクッと驚いたようだった。

怖れるようにハーマイオニーは囁いた。

 

 

「 でも… 」

 

「 また吸魂鬼を見る羽目になるって?あれはキツいけど、今度は距離をとればいい。僕たちは現に生き残っているんだ。必ず乗り越えられるものを怖れることはない 」

 

「 …それはそうね 」

 

 

ハーマイオニーは髪を耳にかけた。

 

 

「 ペティグリューが逃げる 」

 

 

暴れ柳のほうを見やってハリーが言った。

 

 

「 今度こそ―――捕まえてやりたいのに―――…僕たち湖で起きたことを確かめに行ったら、またしても奴を取り逃がすよ… 」

 

「 そこは僕としても迷いどころで 」

 

 

ガラハッドは月を見上げて言った。

 

 

「 ハリー、君が選ぶべきだ。バッグビークはここにいるんだ、既にブラックが逃げおおせる段取りはついている。こっちのほうの僕たちが今ペティグリューを捕まえても、真夜中にブラックが取りうる手段は変わらない。君はペティグリューを懲らしめるとスッキリしそうだが、それで君の父親は還ってこない。ペティグリューの捕獲を諦めれば、君は彼岸の父親に会えるかもしれない―――言葉は交わさず、見るだけにとどめるのが賢明そうだけどな… 」

 

 

風で樹々がそよいだ。ハリーは、ガラハッドの提示した二択に揺れ動いて、長い間返事をしなかったし、自分のローブを掴んで百面相をした。気遣わしげな表情で、ハーマイオニーはハリーの背中をさすった。

 

 

「 …行く 」

 

 

やがてハリーはぽつりと言った。

 

 

「 湖の向こうに行く。嗤えば?たとえ余計につらくなったって、僕は…―――もしもあれが本当に父さんなら―――会いたいよ。今夜は、“全員”がホグワーツにいたんだ…! 」

 

 

“マローダーズの全員が”という意味で、俯いたままでハリーは言った。

一番に立ち上がりながらガラハッドは、「当たり前だ」という顔つきで答えた。

 

 

「 そうだな、それが自然だろう。気づいたか?こちらの樹もとても立派!ルーピン先生はおっしゃったよ―――これも呪文だって―――…存亡、月に感じて一に悄然たり、月色今宵往年に似たり。何れの處か曾經て同に月を望める、櫻桃 樹下後堂の前 」

 

 

逝者を悲しむ歌である。

櫻桃の樹の幹を撫でて、ガラハッドは諳んじながら城の建物を眺めた。

“起こり得ないこと”なんて無いと確信したら、世界に不思議なことなんて何もない。

 

 

行くと決めたらハリーの行動は早かった。

ハリーはバックビークの手綱をとって、一直線に湖に向けて走りだした。ハグリッドの小屋のほうに近づくとあって、バックビークはご機嫌でついていった。

 

 

「 わたしたちも行きましょう 」

 

 

ハーマイオニーも立ち上がってお尻についた土を払った。

 

 

「 まだあわてるような時間じゃないわ。人に見られてはいけないから―――また森づたいに歩いて行きましょう 」

 

「 たったいま、校庭のど真ん中を走って行った馬鹿がいるけど? 」

 

「 言っても聞かないから…それに、ハリーは今、とってもつらい決断をしたところだと思うわ 」

 

 

「とても前向きな決断をしたところだわ」とハーマイオニーは、別に批判していないのにきっちりと言い直した。ふたりで来た道を歩いて移動して、ハリーが無人になったハグリッドの小屋のところにいるのに追いついたとき、三人は同時に月を見上げて、狼の咆哮が聞こえてこないか耳を澄ませた――――それが聞こえてきたら全員があの柳の穴から出てきて、ルーピン先生が人狼に変身してしまった時だとわかる。

 

 

「 わたし、小屋のなかでバックビークと待っているわ 」

 

 

ハーマイオニーが悲しそうに言った。

 

 

「 ガラハッド、あなたも… 」

 

「 僕、ハリーのほうについていくよ。こいつ、一人だと何をしでかすかわからないから 」

 

「 …そう 」

 

 

過去に介入しそうになったら止めてねと言い残して、ハーマイオニーは小屋のなかへ籠っていった。

小屋の外でガラハッドと二人きりになると、ハリーは肩を竦めて子供っぽく言った。

 

 

「 ハーマイオニーは冷たい。僕の父さんが本当に助けに来てくれたのか、彼女は興味がないんだ…彼女だって助けられたくせに… 」

 

「 優しい、の間違いだろ? 」

 

 

ガラハッドは片眉を跳ね上げた。

ガラハッドは今の申し出で、改めてハーマイオニーのことを好ましく思っていた。

 

 

「 助けてくれた人物は父さんだったというのは、混乱のさなかの見間違いだったかもしれないって、お前はさっき自分で言ってたじゃないか。悪いけど、僕はその可能性も大いに有り得ると思ってるよ。『死んだ人間が現れるわけない』なんて、頭の固いことを思わないだけでな。彼女は、お前が露骨に願望さらけだす妄想をしてただけっていうオチだったときに、それに気づかないふりをしてくれようというんだよ。お前の体面を考えてな 」

 

「 そこまで考えて物を言う? 」

 

「 僕なら考えるぞ?僕なら 」

 

「 でも、君はついてこようとしている。ハーマイオニーと違って、優しくないんだなぁ。付き合いがよくて嬉しいよ…別に嗤ったっていいから、どうぞ真相を究明して… 」

 

「 お前のなかの僕はどんだけ意地悪なの?僕も確かめたいんだよ。僕だって決して―――吸魂鬼を相手に―――ただやられっぱなしじゃなかった筈なんだ。最後には、必ず成功する呪文を使ったから 」

 

 

時間が余っていた。

湖の近くまで行って、ふたりは並んで低木の陰へと隠れた。

水辺の茂みでは、ひっそりと蛍が光っていた。少し早い気がするけれど、とても暑い日が続いていたから、こんなこともあるんだろう。

ガラハッドが蛍に気をとられていると、隣のハリーがしんみりとまた話し始めた。

 

 

「 君はシリウスの息子じゃなかった 」

 

 

ガラハッドは「ああ」と答えた。

短い声で、これこそ冷たかった。

ハリーはぼんやりと湖面を眺めた。

 

 

「 黒髪だもん。明らかに違ったな 」

 

「 明らかに、か…。君は、昔からドライだなあ。僕は、正直なところ残念に思う。真の裏切り者はペティグリューで、シリウスは僕の後見人で…―――彼は僕に、一緒に暮らそうと言ってくれて―――…これでもしも君たちが親子だったら、僕たちは家族になれたのに。もしもシリウスがこの夏すぐに家を持てたって、君は、アラベールさんたちとオリバンダーの店で暮らしたんだろうけど…でも… 」

 

「 でも、血縁があるならって?仮にブラックさんと僕が親子だったとしても、どのみち僕とお前とは他人じゃないか。彼はお前の叔父ではないんだから 」

 

「 そうだけどさぁ 」

 

「 どのみち義兄弟ということになる。僕がブラックさんの息子でもそうじゃなくても、変わらないだろ 」

 

 

ガラハッドはぼそりと言った。

ハリーは瞬いた。

あんまりとことん意地悪だと思われないように、ガラハッドは控えめに「ばーか」と付け足した―――ギャリックに比べれば穏当な口調だ。

 

じんわりとハリーは笑った。

 

 

「 …そうだね!僕、それだけショックを受けたってことだよ。本当にびっくりした。君たちは、似てると思っていたから 」

 

「 どこが?それ、ルーピン先生も言ってたなあ。ハリー、お前には悪いけどな。あんなモジャモジャ骸骨と比べられて『似てる』だなんて、僕じゃなくても普通傷つくぞ。やめてくれ――――…なぁ僕って、客観的にはあんなに凶悪な目つきをしてるのか? 」 

 

「 違うよ。僕、シリウスが若い頃の写真を持ってるんだ。もちろん清潔な恰好をしている、僕の父さんと母さんの結婚式のときの写真。彼は、なんだか雰囲気があって―――僕は前からわかっていたよ。彼は、馬鹿真面目なんかじゃないってね。写真の彼、ハンサムなのにちゃんと“冗談がわかる目”をしてた。君の目はそれだ 」

 

「 ハンサムへの偏見がひどいな 」

 

 

ガラハッドは苦笑に唇を歪めた。

 

 

「 双子の愚痴を聞いたな?それ、セドリックのことだろ… 」

 

 

人狼の咆哮が響いたので、雑談はただちに終了となった。

 

 

 

 

それから先は―――すぐじゃなかった。すぐだったと、長くても数十秒の出来事だったと思うのに、今、待っていると長く感じた。

湖の向こう岸に人影が現れるのを、ハリーとガラハッドは今か今かと待ち構えた。

 

やがて、ハリーらしき人影が見えた。

銀の満月に、旋回する鷲の影が重なった。

ぞっと寒気が走った。

 

 

「 ~~~ッ! 」

 

 

いよいよ確かめるべき瞬間だ。

吸魂鬼たちが、暗闇の中から湧き出るようにして、四方八方から出て来て移動し始めた。湖の周りを滑るようにして、それらはあの時僕たちがいたほうへと向かった―――これ以上たくさんは出てこないという様子が見えたとき、ハリーは放たれた矢のようにいっそう湖岸へと近づいた。

 

 

「 ッ…待て! 」

 

 

ハリーは、父親のことしか頭になかった。

あれは父さんだったと、信じたかった。

だってそうだとしたら、彼は今にそこの木立から飛び出してきて、僕たちは月下で会えるはずだ!

 

ガラハッドはハリーを追いかけて、ハリーの腕をひっつかんで水際の茂みへと無理やり隠した。ハリーよりはしっかりと身を隠しながら、ガラハッドは木の葉を透かしてよくよく目を凝らした。

 

 

いつの間にか霧が出てきていて、さっきほど鮮明に見えない。

湖の向こう岸には、小さな銀の光が灯っているが…。

 

 

「 僕が守護霊を出そうとしてるんだ! 」

 

 

ハリーが震え声で断言した。

 

 

「 君がやったあとだ!僕は、背中に君の声を聞いて―――それでハッとして、やろうとしたんだよ…! 」

 

 

じゃあ、もう自分は消えた後だっていうわけ?

ガラハッドは何度も目をこすった。

 

 

霞んでいる?いいや霧が濃くなっている。

こんな速度で霧が広がることってあるか?

それなのに湖面は強く輝いている―――…。

 

 

 

「 父さん、どこなの?早く…!! 」

 

 

ハリーが腕を振りほどいていった。

ガラハッドは「あっ」と思ったけれども、ハリーが行ってしまうのを止められなかった。

 

 

大地震だ!

直下型の激震で、無茶苦茶に視界が揺れる。

ええっ!?ここってイギリスだ。断層がないのに!!?

日本だってこんなの体験したことないぞ!!!

 

 

それなのにハリーは平気で走って行った。

そう()()()()とき、ガラハッドには見ることができた。

 

 

とてつもなく大きな青い足が、湖のあったところを踏み抜いていた。

足の甲を見下ろすことができて、銅色の足環が見えたのは一瞬だ―――高く浮き上がっていた水が、月を飲み込んで地上に落ちて来た!

ガラハッドはポカンとして天空を見上げた。

 

 

夜空と見紛う青黒の仏体

天地を鳴動させ雷鳴と共に現れる、金剛蔵王大権現だ!

嗚呼お釈迦様でも救えない衆生を、力ずくでお救いくださったのか!

 

 

あの頃を生きて死んだひとりの密教僧として、ガラハッドは当然この存在を知っていた。

修験道の本尊。究極不滅の真理の体現者。

『太平記』屈指の名場面、七生報国を誓うくだりで有名な、楠木正成が祭神となる山の仏様…。

 

そっか、役小角って魔法使いだよな…。

 

釈迦如来、千手観音、弥勒菩薩―――これらに縋ったって何も変わらない!そんな役小角の嘆きに応えて、金剛蔵王大権現は吉野山にお出ましになったという。

 

世界は、優しさだけではどうにもならないって、大昔から人は感じ続けてきたわけだ。

 

それでも何とかしようとしてきたわけだ。

 

あの日した出征の覚悟よ。義心を抱いて戦うのは、物語の人物だけじゃない。「自分だってその一人だった」と、ガラハッドは初めて気がついた。

 

 

 

 




WEB小説あるある。歌詞と結びつけて、勝手にJ-POPをイメソンに設定してありがち。BeautifulWorldは宇多田ヒカルのエヴァ曲。
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