真夜中、三人は医務室へと戻った。マダム・ポンフリーが薬湯を用意する間に、どこにも行かず何もしてこなかったかのように、ハリー、ハーマイオニー、ガラハッドは巧妙に振舞った。
ガラハッドは良い気分だった。ハリーが見た父親らしき人物は、結局ハリー本人だったらしい。それって凄いことじゃないか。シリウスはバッグビークに跨って飛翔していったし―――ああ、なんという達成感でしょう!ちょうど入れ替わりに起きてきたロンに対して、ガラハッドは悪戯っぽい目を投げただけで、さっさと薬を飲んで寝てしまった。素晴らしい冒険についてロンに語り聞かせる役ならば、ハリーとハーマイオニーが買って出ることだろうと思っていた。
翌日の昼ごろ退院してみると、城内にはほとんど人がいなかった。
空は鮮やかに晴れ上がっており、試験は昨日終わった。
そんな本日はホグスミード休暇だ。みんなホグスミード行きを存分に楽しんでおり、帰寮しても自室には誰もいなかった。
机の上を見てガラハッドは笑った。少しひしゃげたサンドイッチと、「どこ行ってんだボケ」という雑な字のメモが置いてあったので。
ロジャーに何て言い訳しようかなぁと考えながら、ガラハッドは有難く遅い朝食をいただいた。
それからは新聞を読んだ。何らかの見事な技が使われて、昨夜のバッグビークとシリウス・ブラックの大脱走が、早くも記事になっていないかな…などと考えたのだ。流石にそんな出来事は起きていなかった。「所詮紙切れだ」と薄く笑いながら、ガラハッドは久々にゆっくりと新聞を読んだ。
それからは、校長室へとよばれた。
当初ハリー、ロン、ハーマイオニーも呼び出されているだろうと思っていたガラハッドは、校長室のドアを開けるとダンブルドアしかいなくて、三人がこのあと来る様子もないと気づいて、「うわ…」と居心地の悪い思いをした。アルバス・ダンブルドアの面差しは、風雨に晒されてきた岩壁のように見えた―――絶対ろくな話じゃない。
ガラハッドは嫌々という表情を浮かべないように苦心した。昨日は盛り上がって「逆転時計、貸して!」などとせがんでしまったので、ここで「ハァ…何なんだその態度?」と噛みつくわけにはいかない。「キラキラおじいちゃまのお顔見せてよ」なんて、ねだる気なんか死んでも湧かない。
「 ―――よく来てくれたのぅ 」
噛み締めるようにダンブルドアは言った。
「 予言が放たれた。ガラハッド、君は既に知っているかもしれんのぅ―――昨日、夜が来るよりも前に、ハリーから聞いていたかね?トレローニー先生が、ふたつめの本物の予言を語りなさった。真夜中になる前、その召使いは自由の身となり、ご主人様のもとへ馳せ参ずるであろう。闇の帝王は、召使いの手を借り、再び立ち上がるであろう 」
「 ―――… 」
…そういえばそんな予言があったな。ドキッとしてガラハッドは、じっと自分の足元を見て考えた。落ち着かなかった。
ダンブルドアは、じっと視線を送ってきて返答を待っている。
ガラハッドは顔を上げずに言った。
「 予言を知っていながら、みすみす成就させてしまった咎ですか? 」
「 そうではない。わたしは、おぬしを責めようと思って招いたのではない。誰も…誰もじゃ、誰も本物の予言の成就を止められる者などいない 」
「 そういうものなんでしょうか… 」
「 そうではない、と君は思うのかね? 」
「 なんとも…。僕には、予言の解釈自体が非常に難しいです。僕は召使いというのは、ブラックのことだと思っていたので。実際はペティグリューのことだったようですが 」
「 それは後付けにすぎないのかもしれぬ。予言は解釈が難しいというのは、まったくその通りなのじゃ。未来を予測するということは、まことに非常に難しい。我々の行動の因果というものは、実に複雑で多様なものであるゆえ…。…昨夜君の言葉によってハリーは、ピーター・ペティグリューの命を助けると決めた。ハリー・ポッターは自身に大きな借りのある者を、ヴォルデモートの下に腹心として送り込んだ。君が、この構造をつくった 」
「 はて。まぁハリーが僕の影響を受けているのは事実ですけれど、じゃあ何ですか?僕が、昨夜猛禽でありながらあのネズミを取り逃がしたのは―――本気で空振りしてしまって本気で悔しがったのは、意図せず自分自身がつくった構造のなかで踊ったってことですか?ハッハァそれはそれは…馬鹿らしい…難儀な…とんだ不要領者ですことで… 」
「 自虐はいかんよガラハッド。おのれを否定する心は、与えられた言葉の解釈を一方向に曲げる。トレローニー先生は君を、稀代の予見者になる素質を持つと激賞なさっておる。自分だけに見えているものを、語ることを怖れぬことじゃ。わたしは、トレローニー先生の最も素晴らしいところは、語ることをやめぬ勇気を持つところだと思っておる 」
ガラハッドは押し黙った。たしかに100予言すれば99はハズレであるトレローニー先生の、インチキババアと誹られることを怖れないガッツは凄い。素直に話を聞き始めたガラハッドに、ダンブルドアは一段と身を乗り出した。
「 ペティグリューは自由の身となった―――此度の予言は既に半分が成就しておる。まごうことなき、本物じゃ。闇の帝王は再び立ち上がる。予言の後半部分にも解釈の余地があることを、わたしは強く願っておってな―――さて、“賢者の石を狙ったヴォルデモート”が再び肉体を得る以外に、どんな可能性があると思うかね、LOAD DAHLIAAGAVEWEN? 」
「 ―――… 」
ガラハッドは全力で顔に力を入れて無表情を貫いた。「は?うざ。過ぎたことを持ち出してくんじゃねえよジジイ」と思ったけれども、たしかにたしかに「“あっちのヴォルデモート”が復活する」以外の可能性を考えたら、「“こちらに
怒りを堪えてガラハッドは呻いた。
「 僕が信用なりませんか? 」
「 まさか!ずぅっと信じておるよ。これまでも、これからも!―――ガラハッド、わたしはこう思う。我々は今、一本のフラスコのなかにいる。目の啓かれた者には、そうであることがわかる。あらゆるものはいずれ“金”になれる。多様で複雑で深遠で不可解、そんな因果の絡み合いは、そこに関わるものたちが“金”になることに向けた現象じゃ。ゆえにどんな変化であっても、まったく怖れるべきことではない。フラスコはもっと回されねばならぬ。誰も取り残されぬように…より大きなフラスコとなるように… 」
「 ―――…? 」
「 あらゆる存在について、或る者は『いる』と言い、或る者は『いない』と言うのじゃ。一部の非魔法族の見る世界では、我々魔女と魔法使いは本当に存在しない、斯くも生きているにも関わらず。フラスコの中で、“金”に向けて他と化合できるのは『いる』と見なされた者だけ。真実、そうであるのじゃ。そのことを忘れてはならぬ 」
「 …??? 」
ガラハッドは困惑で失語してしまった。「いきなり何言ってんの?」なんて、よりによって自分が他人に言える台詞ではないのだが…。
ああ、クソ、無茶苦茶イライラする!
ダンブルドアの言っていることは、ようは古典的な目的論とちょっとのハイデガーだ。自身がいかに世界と向き合い、何に関心を持つかによって、他者の存在それ自体が産出されるというんだからな。
ガラハッドはガシガシと頭を掻いた。
何なんだ?「そうであるとも言えますね」程度の差異だが、粛々と受け入れる気分にもならない。
関心によって産出されるのは―――肉体の形質に依存した認知しかできない自身が産出したりしなかったりしてしまうのは、他者の存在それ自体
ガラハッドは米神を指で押さえて言った。
「 あなたとは意見が一致しない 」
抑制的な声だ。
別に、こんなのは育った文化圏の違いでしかないってちゃんとわかっている。他人の信仰に口出しはしないけれど、黙っていることによって、なんとなく同意したことにはされたくないだけだ。
ガラハッドはツンケンとぼやいた。
「 まあ僕が貴方に何を反論したところで、誰しも鼻で嗤うことでしょうけれど。この手のことは結局『何を言うか』よりも、『誰が言うか』のほうがよっぽど大事じゃないですか。『何にも意味なんてない。一切は空しい。すべての価値は相対的ですよね』だなんて、正義について本気だして考えたことのない奴が言えばただの逃げ口上!でも弘法大師が言うなら、千年だって『その通りだ』と人に思わせるんですから。『あらゆることに意味があって、捨象してよいものはなくて、すべては“次”に向かって進んでいる』…あなたがそう言うならば、それを希望にする人は多いんじゃないですか?知りませんけどね 」
「 そうじゃな。じゃが、時は移ろうものじゃ 」
真剣な声でダンブルドアは言った。
「 おぬしの言葉は弱い―――今はまだ。けれどもおぬしは大人になる。素晴らしいブランデーの味を知って、わたしに一杯奢ってくれる気になるかもしれん。そのときに、また話そうぞガラハッド 」
不思議な声でフォークスが啼いた。
いつか今日という日を思い出そうとするとき、ガラハッド・オリバンダーは百分の一もうまくできないだろう。
砂が零れ去るようだった。波だって桜だってそうだろう。ひととき成立した軌道は虚空になる。盛りの去ったあとに、残ったものを数えて何になるのか。
ずっしりと疲れて校長室を後にして、ホグスミードから走って帰って来たフレッドとジョージの知らせを受けたとき、ガラハッドは高い声で「えっ」と言った。
そういった瞬間のことは覚えているのだが、その前後のことというのは定かではない。学生時代を懐かしんで、やがてこの一件を思い出そうとするとき、彼は瞬間ごとの時系列や因果関係がわからなくなっている。
ただ鮮烈に覚えているのは、みんなで胸花を握ってホグスミード駅へと急いだこと。終業式を待たずに、大広間でさようならの挨拶をしないで、リーマス・ルーピンという人はホグワーツを去ってしまった。
だから追いかけた。「あんなに良い先生はいなかったぜ」と、憤慨していたのはフレッドだったかジョージだったか。いつもの時計をチラッと見て、「まだ間に合う」とセドリックが叫んだのだった。
そして、それから数年のあいだ、ガラハッド・オリバンダーはこの日の思い出にこんな価値づけをする――――「あれが、初めて箒に乗れた日だったんだ!」と。動き出した汽車から窓の外を見て、ルーピン先生は「あっ」と驚き、座席から飛び上がった。その瞬間と彼の表情を思い出して、ガラハッドが気恥ずかしくも誇らしく笑って話すことができた日も、やがて戻れない過去になっていく。生きるってそういうものだ。
そう、この時期の出来事でガラハッドは、価値づけを変えながら一生覚えていることがある。大した事件ではないのに、変に記憶にのこる日常というやつ。
四年生の最後の日、ブルーマフィアの面々は「さぁ夏休みだ!」という気分でわいわいホグワーツを出て、爽やかな空のもと一秒だって途切れないおしゃべりをしていた。マーカスのおばさんの別荘に、マグル界のピカデリーサーカスというところ。どこだって遊ぶべきところしかないように思われて、いかに速く宿題をやっつけるべきかの話題に花が咲いた。「もう汽車のなかでやっちゃおうぜ!」とロジャーが言い出し、「賛成!」とマリエッタがぱちりと指を鳴らした。
「 みんなでやるほうが速いわ。まずは魔法史のレポートから!場所取りをしたら教科書を出しましょ! 」
「 意外だな。君がそう言うなんて。ひとりでやらなきゃ意味ない!とか言うんだと思ったのに 」
ガラハッドはひょいとマリエッタを見やった。
その視線がどことなく意地悪だったので、むすっとして彼女は腰に手を当てた。
「 なによ。サボり魔さんには言われたくないわ―――来年にはO.W.Lがあるんだから、この夏はとことん遊ばないと! 」
「 良いと思うよ?その姿勢 」
ガラハッドは頷いて言った。
するとロジャーは振り向いてニヤッとして、悪戯っぽい目線をチョウと交し合った。
チョウはマリエッタの肩に肩を寄せて、つんつんと小さくマリエッタの袖をひっぱった。
「 ねえねえ、あのこと、ガラハッドにはまだ言ってないの。言ってもいいかなぁ? 」
「 もちろん、良いに決まってるじゃない 」
「 えっ何の話? 」
「 僕はもう知ってるけどね~ 」
「 お前には聞いてないよマーカス 」
「 マーカス先輩って呼びなよ 」
「 ええっ? 」
ガラハッドは困惑して黙った。一方ロジャーのほうは意味がわかっているようで、ドヤ顔のマーカス・ベルビィ様に対し、肩を竦めて「敵わない」と小さくボヤいた。
にっこりとチョウが言った。
「 あのね、私たち別れたのよガラハッド。だから気を遣わないで。ダイアゴン横丁に行くときは連絡するわ。絶対箒を持っていくから、わたしの相棒に相応しいブラシを選んでよ! 」
「 ええ!?ええええええお前ら、いつ!?最近は喧嘩もしてないのに…!? 」
「 えへへ。別に、嫌いになったとかじゃないもんね? 」
「 俺たち、『お互い30になっても独身だったら結婚しよう』って約束したんだ。そのほうが毎日楽しくやれるかなぁって! 」
「 そうなのよ 」
一行は、既にホグスミード駅のホームに着いていた。
ガラハッドは愕然としてしまった。
え…嘘だろ、自分だけが何も知らなかったのか!?
あまりにもびっくりしたものだから、ガラハッドは恥ずかしい持論を口にしてしまった。動揺ここに極まれり。結構長い間、この件はイジられつづけることになった。
「 えっ…ノリ、軽っ!?えええええ恋愛って、そういうもん!?もっとこう…身を焦がす感じはないのか 」
「 ぶっは!あはは!わはははは、なに、お前そういうタイプ? 」
ロジャーは手を叩いて笑った。チョウとマーカスも、「へええ!」とクスクス笑い始めた。マリエッタは目を真ん丸にした。
ガラハッドは真っ赤になった。怪訝そうに真顔で観察されて、ガラハッドは恥ずかしくてマリエッタを見られなくなった。
「 何だよ!? 」
「 ううん…案外、ロマンチストなのねと思っただけ 」
姉のように優しく微笑まれてしまった。
ガラハッドは苦く黙り込んだ。特に親しい友人ではあるんだけども、ロジャーにチョウ、マーカスとちがって、「黙れ!」などとマリエッタには言いづらいんだよな…。
ガラハッドはぷいっとそっぽを向いた。
そこで気がついた―――隣の乗車口に向けて並ぶ列のなかには、セドリックがいて、はっきりとこちらを見ていた。
ああ、それからどうなったんだっけ?
記憶が鮮明なのは、ここまでなんだ。
僕らは何を話したんだっけ?
恋愛の話題は続いていた。売り言葉に買い言葉で、「好きな人ぐらいいるし」と口走ってしまったことは、ド級の自滅行為だった。執拗なからかいを受けて、ガラハッドは散々痛めつけられた。ハッフルパフ生たちを巻き込んで、ギャアギャア騒いでいるうちに汽車がやってきた。「あんたたちうるさいのよ!」と、卒業生のペネロピーに叱られおさめをした。
クソみたいなことばっかりしてたけど、なんやかんや楽しかったってことだよ。
【fin】