ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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夢への切符

 

 

一行が到着したのはいかにも辺鄙な、霧深くておそらく標高の高い、剥げた看板の立っているキャンプ場だった。間延びして響くアナウンス音のなか、ガラハッドはしげしげと案内板を見つめた。

「自然で遊ぼう♪わくわく広場」と書いてある―――こういった場所に来るのは、初めての経験だ。ガラハッドは手を振ってフローリアンだけと別れて、ウィーズリー氏とディゴリー氏の仕切りについていった。

勿論おとなしく振舞っていたけれども、内心楽しくなってきている。

 

 

「 これは5かね? 」

 

「 20です 」

 

 

自然を楽しみにきたマグルのふりをして、一行はキャンプに必要な道具を借りた。胡乱な管理人は予約客の名前を間違えており、ウィーズリー氏は会計に時間をかけた。マグル紙幣を見分けられない彼を、ハリーがひそひそとサポートした。

 

二番手のディゴリー氏は、ウィーズリー氏と同じ紙を同じだけ出してマグル式会計をクリアし、自信満々という顔つきをした。しかしウィーズリー氏は挑戦することそれ自体が好きらしく、格好がつかなくても気にしない。

 

第一の関門(?)を越えると、ウィーズリー氏は、次は杖でなく手でテントを張ろうと言い始めた。「マグルだって手で杭は打たない」とガラハッドは思ったが、彼らに口を挟む立場ではなかった。

 

 

「 正気かね?アーサー、君には恐れ入るよ 」

 

「 いいやエイモス、これもマグル安全対策のためさ!君のところも、そうするべきだ 」

 

 

ディゴリー氏は鼻で溜め息をついた。

思案六方のディゴリー氏とは違って、言い出しっぺのウィーズリー氏はとても楽しそうに振舞い続けた。彼から頼りにされすぎて、ハリーとハーマイオニーは困っていた。「僕、キャンプなんかしたことない」「わたしも」などと言いながら、彼らはのそのそとテントを張り始めた。

 

セドリックも当初困惑していたが、その様子を見て内心「なぁんだ」と思った。マグル式設営くらい、自分にでも出来る気がした。

 

 

「 ガラハッド、僕らもやろうよ 」

 

「 ああ 」

 

 

セドリックとガラハッドは、まずはレンタルセットの内容物を広げて、テントの構造を確認するところから始めた。彼らは開始こそ出遅れたものの、ハリーとハーマイオニーよりも先に仕上げた。

 

 

「 やっぱり器用だなあ! 」

 

「 いや~…そうでもない 」

 

 

適当にかたくロープを括ってしまいながら、ガラハッドは首を捻って苦笑いをした。何度かやり直してみたものの、“軍隊式”は思い出せなかった。

それでもセドリックからしてみれば、ガラハッドの杭とロープの扱いは立派なものだった。ハリーとハーマイオニーだってそう思うだろう。

 

これにてテントは地面へと固定された。

さて、あとは魔法でなかを拡張して、内装を良くするだけだ。

 

セドリックが「できたよ」と呼びかけると、彼の父エイモスは杖を取り出しながら、少々はしゃいで戻って来た。豪快に笑う赤ら顔は、誇らしさではじけそうであった。

 

 

「 おお、息子たち!もうできたのか!うまいもんだ。うまくて速い。なんてこった! 」

 

 

ディゴリー氏を捕まえていた魔法使いは、あまり気乗りしなさそうに仕事に戻っていった。自分が巡回役の同僚に話しかけられているあいだに設営をやりとげるとは、うちの子とその親友はなんと優秀なんだろう!―――と、エイモス・ディゴリーは思っている。

 

セドリックは、そんな父の心情を鋭く察して、ドスンと胃袋が重くなった。うわぁこれは、またしても余計なことを言いだすぞ…―――セドリックは、さっき父がウィーズリー氏を相手に、ハリー本人の前で「うちの息子はハリー・ポッターに勝った!」と言い張ったとき、非常に非常に…非常に困った。この年で父が親馬鹿だなんて、恥ずかしすぎることだとセドリックは思っている。

 

セドリックは急いでガラハッドをつついて、余所見していた彼に用事を言いつけた。

 

 

「 水を汲んできてほしい 」

 

 

ガラハッドは「ん?了解」と言って、そこらへんにあったヤカンを持って出て行った。セドリックは胸を撫でおろして、父の声を聞き流しつつそれを目で追った。

 

うきうきとした気分で、ガラハッドは水道があるほうへと向かった。さっき入り口のところで見た看板には、煤けた構内図も混じっていたのだ。

この道中で一番愉快だったことは、目の前を孔雀が横切って行ったことだ。

目当ての水道コーナーへと辿り着いたとき、ガラハッドはそこで知り合いをみつけた。

 

彼は朗らかに声をかけた。

 

 

「 おっ、チョウじゃん 」

 

「 やっほー、ガラハッド! 」

 

 

きらきらと宙を舞う飛沫。

濡れた手をぷるぷる振って、チョウ・チャンはにっこりと微笑んだ。

ガラハッドは、近寄ってチョウの隣の蛇口を使うことにした。並んで立って手元を見たら、「へえ!」と高い声が口を突いて出た―――目新しいが、懐かしかったのだ。小気味よい音をたてて、チョウは米を研ぐ作業へと戻った。ちらっと上目遣いを寄越して、「まさか来てるとはね」と彼女は笑った。

 

 

「 いつからいるの?誰と来てるの?ねえもしかして、ついにクィディッチが好きになった? 」

 

「 まあ、昔よりは? 」

 

「 いいことね!ふふっ、それって、ちょびっとは私の功績かもしれない 」

 

「 それはそう。生憎とまだ、クィディッチよりは白米のほうが好きだけど 」

 

「 あら、ざーんねん!でも、それなら…ここで何してるの?お散歩?ご趣味ですか? 」

 

「 まあ変わったかたですこと~ 」

 

「 んもう!先に言われちゃった 」

 

 

チョウは笑って次の手に出た。

彼女は、「えいっ」と指先を弾いて、ガラハッドへと水滴を飛ばした。目に水が入ったガラハッドは、反射でくしゃくしゃに笑った。もちろんやり返すに決まっているが、既に手の濡れているチョウのほうが強い。

益体もないことを言い合って、彼らはひとときふざけあった。仕掛けてきたチョウが突然反撃をやめたとき、ガラハッドは環境の変化に気がついた。「冷たッ」と騒ぐのをやめて振り返ると、自分の背後にはハリー、ロン、ハーマイオニーの三人が立っていて、彼らは蜘蛛の巣のついたバケツを持って、なんだか―――その、気まずそうである。馬鹿やっている我々に遠慮しつつ、水道の順番待ちをしているらしかった。

ガラハッドはすぐに謝った。

 

 

「 すまん 」

 

「 こんにちは… 」

 

 

チョウはちょっぴり恥ずかしそうに、前髪を整えながら彼らに挨拶をした。ガラハッドはチョウにヤカンを渡して、代わりに彼女の大釜を持った。

 

 

「 よっ! 」

 

 

米・水・釜ってなかなか重い。

 

 

「 チョウ、君のテントはどこだ? 」

 

「 あっち 」

 

 

ふたりは急いで場所を譲った。

 

さっきまでふたりがいた場所に進み出たロンは、蛇口を強くひねりすぎてしまった。ズボォッという音と共に水が飛び散り、ハリーとハーマイオニーはびしょ濡れになった。もちろん、ロンもびしょ濡れになった。

 

しかし慌てふためくロンをよそに、ハリーとハーマイオニーは何も言わなかった。ふたりは、チョウとガラハッドを目で追うのに忙しかった。

表情までは見えないが―――歩きながらチョウ・チャンは、ガラハッドに肘鉄を仕掛けている。ドブネズミになった気分で、ハリーはそれを眺めた。

 

 

「 ありがと。やっさしいじゃない 」

 

「 おいコラ揺らすな 」

 

「 ごめーん 」

 

 

ハリーは妬まざるをえなかった。ガラハッドめ…あれは、到底本気で不満に思っている声じゃないぞ。彼らはレイブンクロー寮の内部で、いつでもあんな感じなんだろうか…?

突然、ハーマイオニーが無茶苦茶を言い始めた。

 

 

「 わかった!ハリー、あなた、ついていけばよかったんだわ! 」

 

「 え゛っ 」

 

「 実際これは合理的な行動なの。早く動くことって、この場合大事なんだから!『重いでしょ、僕も持つよ』って言って、あなたついていけばよかったの。ハリー、あなたってば踏ん切りが悪いんだから 」

 

 

グーパンチを受けた心地で、ハリーはその場で棒立ちになった。彼は眼鏡を外して顔をぬぐい、レンズについた水滴を服で拭いた。

ロンがシャツの裾をしぼりながら言った。

 

 

「 まあ素敵なご意見。で、逆転時計はセール中かい? 」

 

 

ハーマイオニーは少し赤くなった。

 

 

「 違うわ。あれは、マクゴナガル先生にお返ししました。『返した』って、私あなたに言っ… 」

 

「 今更クソバイスされたってハリーは困るさ 」

 

 

ハーマイオニーは黙り込んだ。

ロンは、こうしてハーマイオニーから庇ってくれたものの、どうしてもニヤニヤが止まらないようだった。ハリーは急いで眼鏡をかけなおし、ロンの眼差しから逃れた。耳まで熱いと感じながら、ハリーは俯きがちに歩いた。

 

 

どうして…僕は、実はチョウのことをとても可愛いと思ってるなんて、誰にも言ったことはないのに…。

 

 

もしかして、ガラハッドまでもがこの想いを知っているのかな?

今のは、見せつけだったんだろうか。

そうではなさそうなのが、逆に許せないんだよな。

こうしている間も、あいつは可愛いチョウ・チャンと……。

 

ハリーは悔しさに呻いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はてさてそんな英雄ハリー・ポッターの懊悩などつゆ知らず、互いの帰り道が別れるところで、ガラハッドとチョウはさっぱりと別れた。彼らは、ただ普段通りに振舞っただけの、それぞれマイペースなレイブンクロー生だ。

 

ガラハッドが元の場所に戻ると、ウィーズリー家とディゴリー家のテントの狭間には体格のよい客人が来ていて、アーサーとエイモスは彼と立ち話をしていた。

それは、胸にスズメバチの模様がついた、鮮やかな黄色のクィディッチ用ローブを着ている男だった。

その客人にお茶を出そうとする、セドリックの作業はそぞろでミスだらけだ。ガラハッドが水入りヤカンを持って帰ってくると、セドリックはすぐそれを自在鉤にひっかけた。けれど薪木に火がついていないので、ガラハッドはしゃがんでマッチ箱を拾い上げた。「新聞紙ある?」と尋ねたガラハッドに、セドリックは熱っぽく囁いた。

 

 

「 外にいる人。彼、ルード・バグマンだよ…! 」

 

 

なんとも興奮した声である。

ガラハッドは暖炉の前にしゃがみこんだまま、チラッと外を見て、改めて客人の横顔を見た。それなりに年がいっていそうだが、どこか少年みたいな雰囲気の男だ。

 

 

「 へえ。有名な人? 」

 

「 ああ。元プロで、元イングランド代表!ウィムボーン・ワスプスのビーターだった。今は、魔法ゲーム・スポーツ部の部長なんだって 」

 

「 ふぅん。握手してもらった? 」

 

「 うん、よかった。力強かった 」

 

 

瞳を輝かせて、セドリックはコクコクと頷いた。彼はいま語彙力がないみたいだ。

ガラハッドは「よかったな」と言っておいた。

 

ルード・バグマン氏の到来には、フレッドとジョージも興奮しているらしかった。彼らは、バグマン氏に“騙し杖”を見せたり賭けを申し込んだりして、父アーサーに窘められていた。

ちらちらと外を確認しながら、セドリックは遠慮がちに言った。

 

 

「 まだ沸かない? 」

 

「 いくら暖炉があったってな。マグル式だもん 」

 

「 もどかしいな。なんで僕はまだ十七じゃないんだ…! 」

 

 

セドリックは杖を振る素振りをした。

ガラハッドは笑いを洩らした。

ちんたらと湯を沸かしているあいだに、ルード・バグマン氏はどこかへ行ってしまった。本来の用に立ち返るならば、彼は人探しの途中だったらしいのだ。双子と賭けなんかしている場合ではなく、お茶を飲んでいる場合でもなさそうだった。

 

ガラハッドは、さっきから軽く聞き耳を立てる中で、魔法省職員たちには似た名前が多すぎると思っていた。

バージル、バーティ、バーサだって。出来は随分違うようだが、どの人もなにやら行方不明だとか…。

 

やれやれといった表情で、ディゴリー氏はテントの内部へと戻って来た。

 

 

「 まったく、こっちは非番だというのに、外にいたら孔雀の誘導をさせられたよ 」

 

 

セドリックとガラハッドは笑った。

血色のよい額を撫で上げて、ディゴリー氏は困った顔つきをした。

 

 

「 ルード・バグマン。どうやら彼は、魔法生物規制管理部の仕事がどういうものかもわかっていないようだ。これだから口利きで入省した者は…。あちこち歩き回らなくったって、クラウチは大臣の近くにいるに決まっているさ。セドリックや、彼はのぼせ上がるに足る人間じゃないぞ。現時点でだってバグマンに比べたら、お前のほうがずぅっと、本物の紳士だ。あいつは、部下を探すこともまだしていないようだよ。ゲーム・スポーツ部のことだからな―――口を出しにくいが、しかし、もう一ヶ月も経つ… 」

 

 

セドリックの表情が曇った。

ガラハッドは、「まさかディゴリー氏は、自分がここにいることを忘れているのか?」と思った。透明になった覚えはなかったのだが。

 

それというのもディゴリー氏は、バグマン氏を貶したのに続けて、「マグル製品不正使用取締局のアーサーは、貴賓席のチケット欲しさに、あるときバグマンを見逃そうとした」とまで言ったのだ。ついさっきアーサーと歓談していたこの人を、ガラハッドはほんのり怖ろしく思った。

 

 

「 彼らはいい加減で、公平ではないんだ 」

 

 

天気でも述べるようにエイモスは言った。

セドリックは、流石に聞いていられなくなった。

 

 

「 父さん、僕の考えでは、あんまり手当たり次第、人の悪口を言うもんじゃないな 」

 

 

セドリックはイライラと言った。

ディゴリー氏は平然としていた。

 

 

「 無論だ。広めるために言いふらしているんじゃない。息子よ、お前には、彼らのようになってほしくないから、こうして教えているんだ。お前は、善い人物と是非関わっていくべきだ。人は影響を受け合うものだ――― 」

 

「 広まってる。ガラハッドに、聞こえてるじゃないか 」

 

 

ディゴリー氏はじっとガラハッドを見つめた。

真剣に見竦められて、ガラハッドは反応に困った。

 

 

「 君は信頼できるよ。セド、お前もそう思っているだろう? 」

 

「 そうだけど… 」

 

「 とにかく、よく考えることだ 」

 

「 僕は陰口は嫌いだ 」

 

 

セドリックはなおも言い返した。

ガラハッドは何も言わなかった。

 

静かな声でセドリックが、「僕は隣のテントの人たちに、隠し事を抱えたくない」と言い放ったときだ。ぺらりと壁がめくれあがって、愛嬌ある赤毛が顔をのぞかせた。何も知らないウィーズリー氏が、ディゴリー氏を真昼間の酒盛りに誘った。

 

 

「 やあご覧、マグルのやるBQBだよ!ビールはどうだね?いまソーセージを焼いている! 」

 

「「「 ―――… 」」」

 

 

真空が生じたみたいになった。

“だるまさんがころんだ”みたいに、三人の動きは止まっていた。

すっかりはしゃいでいたウィーズリー氏は、口をすぼめて変な顔をした。

ややあって、ディゴリー氏がもごもごと答えた。

 

 

「 アーサー、まだ日が高いが…? 」

 

「 昼間である以前に、休日だ。さっきのでわたしは確信したんだよ。お互い、飲んでいないと駆り出される、とね 」

 

「 まったくだ。いいとも、少し待っていてくれ。うちの食料も出してくるから 」

 

「 君たちもBQBにおいで 」

 

 

ウィーズリー氏はニコリとして言った。そんな仕草で落ち着いて誘われると、彼は立派な魔法官僚に見えた。

 

強張った笑みのセドリックとは違って、エイモス・ディゴリーはおとなである。彼はスマートに振舞って、その場から一度キッチンへと向かう前に、「どうしたい?」とそっとセドリックに訊いた。

セドリックの横顔を穿ち見て、ガラハッドは咄嗟に口を挟んだ。

 

 

「 僕は結構です。あの、遊んできても…? 」

 

「 僕も 」

 

 

セドリックは俯いて言った。

ディゴリー氏は深く頷いた。

幼なぶった声で「キャンプ場を探検してくる」と言って、ガラハッドは気まずい空間を抜け出した。“恥ずかしがり屋”の顔つきで、セドリックはウィーズリー氏に会釈をして去った。

 

 

 

 

 

 

 

三階建て尖塔つきテントに、縞模様のシルクテント。面白い光景がずっと続いている。

目移りするものの多い会場だけども、ここで「なんにも聞かなかったような顔」をするのは、不誠実であるような気がする―――…。

 

 

 

 

 

 

それからのことだ。ガラハッドは、多少複雑でモヤモヤした気分ではあったものの、一番には「セドリックが気の毒だ」と考えながら、キャンプ場をいい加減に歩いた。

 

ガラハッドよりもセドリックのほうが、エイモスの言動の真意をよく汲んでいた。さっきのは、ただの無神経な発言ではないとわかっている―――だからこそ絶対に聞き入れたくない。

 

まったく苛立ちを隠さずに、セドリックはむっすりとして歩いた。

父さんめ、ガラハッドのことまで巻き込んで、「双子とは距離をおけ」と匂わせるなんて!たしかに彼らの父が揉み消すようなことを、彼らはそのうちやらかしそうだけれども、それなら猶のこと遠巻きにするべきじゃない。真摯に向き合って、時に説得して道をあやまらせずにおくべきだ。「それでこそ友達だ」と、セドリック・ディゴリーは思う―――…。

 

 

…思う、ということにしておきたい。

本当の自分っていう奴は、そう断言できるほど立派な人間じゃないけれど、すぐ隣にいる彼から、冷淡な奴だと思われたくなかった。「彼はそう思っているんだ」と思った。

 

 

セドリックは溜め息をついた。もしも、さっきガラハッドがあの場にいなかったら…隣に彼がいなかったら、自分は、父の忠告に従ったかもしれない。少なくともわざわざ反論はしなかっただろう。そうやって、薄情な保身屋になっていったのかも。

これまで、()()()()()のかも。

 

セドリックの憂鬱は晴れない。

なんとなく並んで歩きながら、ガラハッドはどう打開するべきか気を回していた。さっきからガラハッドは、「見ろよあの凧、火を噴く仕掛けだぞ!」とはしゃいで指さすのをこらえていた。折角楽しむべき場に来ているのだから、いつまでもシケた雰囲気を背負って歩くのは嫌だった。

 

そこで日時計や噴水までついているテントの前に来た時、ガラハッドは適度に明るい声で呼びかけた。

 

 

「 セドリック 」

 

 

セドリックは顔を上げた。

全然そっちのほうを見ないで、ガラハッドは淡々と言った。

 

 

「 君の感覚は、本当にまともだと思うよ。理想だけを言うならば、そりゃ君は正しい 」

 

「 え…え、そう? 」

 

「 ホッとする。僕は、おじさんの言うこともよくわかるんだが、伝える手段って難しいよな。僕も君には、いつまでも真摯で公正でいてほしい 」

 

「 そう…。急に、どうしたんだい? 」

 

「 そういう話じゃなかったっけ? 」

 

 

ガラハッドは、ちょっとセドリックを見て笑った。

「急にどうした」なんて言われたら、平気ぶって言うのはもう失敗だ。

初めは照れ隠しだった。

けれどそれはすぐに、年配者が若者へと見せる、かすかな綻びのような笑顔へと変わった。

目が離せなくなった途端に、そっぽを向かれて―――セドリックはそれをどう感じたか、どうしたってうまく言えない。

 

今に始まったことではないが、こういうときセドリックは敗者だ。

友達ぶって歩いているけれど、実際のところ奴隷だ。

 

言うべきことは言ったガラハッドは、心底キャンプ場見物を楽しみ始めた。白いローブのアフリカ魔法族たちに、ガラハッドの目は釘付けだった。

 

 

西4Cエリアの森沿いには、もう列が出来始めていた。下手くそなマグルコスプレの役人が、「まだ入場待ちをしてはならない」と言って回っていた。

 

ガラハッドがどこへ向かっていくやら、セドリックには予測ができない。彼は興味深いものを見つけ出す達人で、すいすいと人を躱すのが上手い。

或るにぎわっている売店の前で、セドリックはガラハッドの袖をつかんだ。

 

 

「 ちょっと待って!僕、万眼鏡(オム二オキュラー)を買う 」

 

 

ガラハッドは笑って立ち止まった。

必死だな、そんなに万眼鏡(オム二オキュラー)が欲しいのかよ。

なんだか、こういうのは縁日のようで楽しい!

ぼったくり価格も祭りならではだ。

近づいて値札が見えたとき、セドリックは「ええーっ」と小さく言った。そんなセドリックの反応に、ガラハッドはますます機嫌を良くした。

 

 

「 10ガリオンもする!ホグスミードじゃ、いいとこ4ガリオンなのにな 」

 

「 そういうもんだよ、そういうもん 」

 

「 ぺかぺか光らなくてもいいのに… 」

 

「 やめとくか?あっちの売店も見てみよう 」

 

「 ヴィクトール・クラムを観たいからね。どのみち買うけれども、ちょっと調査してからだな 」

 

 

セドリックは大真面目に言った。

揚げたてチュロスの良い匂いが、そこらじゅうに流れて熱気になっていた。次に見つけた魔法道具屋でも、価格はひとつ10ガリオンだった。

セドリックは迷って振り返った。さっきの万眼鏡(オム二オキュラー)にはクローバーがついていた。こっちのはブルガリアカラーである。

きょろきょろしているセドリックに、ガラハッドは思い切って提案してみた。

 

 

「 なあ、これを使わないか? 」

 

 

君は信頼できると、ディゴリー父子から言われたので…。

ガラハッドはこのことについて、はぐらかしたりするのは嫌だった。

どうせ今夜バレることだと思って、ガラハッドはポケットの中身を見せた。

 

 

「 こっちのほうがよく観えるはずだ 」

 

「 え? 」

 

 

雑踏の中で、セドリックはキョトンとして立ち止まった。ガラハッドが取り出して広げたチケットには、金の箔押し文字で“貴賓席”と書いてあったからだ。

それは招待券であり、非売品である。

不相応なものを持っている自覚があったので、ガラハッドは、別に悪いことをしていないのに言い訳がましくなった。彼は早口でまくしたてた。

 

 

「 ええっと、いつも杖の芯材を提供してくださっている方々のなかには、商売じゃなくて『公共に対する寄付』感覚の方も、いらっしゃるんだよなあ。このチケットは、そういうかたがご厚意でくださったもの。本当は、親父と爺さんのぶん 」

 

「 すごい。すごい、さすがオリバンダー杖店だ! 」

 

「 いやいや。そんで、ひきこもり偏屈爺さんのぶんが、こうして余ってるんだ 」

 

「 二枚だけあるんだよね? 」

 

「 ああ、生憎、二枚しかない 」

 

 

一瞬、セドリックは複雑な表情をした。

ガラハッドは、セドリックの懸念を予想し間違えた。モノがわかっているつもりで、ガラハッドは渋い顔つきを作って言った。

 

 

「 エイモスさんは、駄目って言うだろうか?彼は、君に一般券を買ってくださっているんだものな。でもこいつは、決して不正なルートで得たものじゃないし―――君がこのチケットを使いたいって言ったら、彼は喜んで送り出してくれそうだが 」

 

「 うわ、やめて。父さんには、『一枚しかない』って言ってくれ。舞い上がられてしまうよ!僕なんかが貴賓席に行ったら、とんでもなく浮くっていうのにさ 」

 

「 一緒に浮いてくれない?僕だって、浮くに決まってるんだよ。どうせオッサンしかいない席だ 」

 

「 君、結構適当に言ってるな? 」

 

 

セドリックは笑いながら怒った。

 

もう!この…天使じみた悪魔ッ!

あのねシンデレラじゃないんだから、こういうのって突然言われても困るんだ。

セドリックが、「君はその格好で行くのかい?」と指摘すると、ガラハッドはちょっとバツの悪い顔つきをした。

 

 

「 いや、流石に…。こういうときのためのローブを、近所のおばさんが用意してくれてて、行く時はそれを着る 」

 

「 だよね?僕も、この恰好で貴賓席は無理だな 」

 

「 そうかな?なんかいけるって、君なら! 」

 

「 無茶苦茶言うんだから。ひとりで行って、精々緊張してきなさい。面白い話を期待しているよ 」

 

 

セドリックは睨む目つきをしてふざけた。

悪ノリは引き際が大事だ。ガラハッドは少々赤くなって、「うん。うん」とばかり返した。「だって俺は人見知り」としつこくボヤくほどには、彼だって根性なしではない。

 

明るい感じで、今を楽しみたいだけ。

猥雑な喧噪が続いていく。

 

買い物や見物を楽しみながら、セドリックが気分を害していないか、ガラハッドはその後うっすらと気にし続けた。彼ほどクィディッチを愛していない分際で、行けもしない貴賓席のチケットを見せたんだから―――ガラハッドが思うに、並みの人間であるならば、こんな野郎のことは恨むものだ。

 

しかしながらセドリックは稀有な人物で、それからはずっと上機嫌だった。

 

 

 

 

 

 

 

午後になって、ウィーズリー兄妹とハリー、ハーマイオニーと一緒に焚火を囲んだとき、セドリックは静かに微笑み続けた。

ガラハッドは、そちらの会話では貴賓席チケットのことを一切話題にしなかった。「ガラハッドは誰でも貴賓席に誘うわけではない」と、セドリックは信じたくなって困っていた。

きっと、常識がない人とか…試合に興奮して下品なことを言いそうな人とかは、駄目なんだよ。

ハリーやウィーズリー兄弟に頷きながら、そう思って微笑んでしまう自分って、醜いな。嗚呼でも、この嬉しさをどうしよう?セドリックは最早正気ではない―――…。

 

夕方、それぞれのハンモックに入ってゆらゆら揺れたとき、セドリックは楽しくて少し喋りすぎてしまった。セドリックは、予選から準決勝までの名プレーについて語ったが、ガラハッドは疲れていて眠かった。セドリックが「そこで今年のクィディッチ寮杯ではきっと」という言い回しをしたときの、ガラハッドの返事はへにゃへにゃだった。

 

 

「 今年は、トライウィザードがあるから寮杯は無いんじゃないか? 」

 

 

ガラハッドはそのように言った。

彼は、別に誰からも口止めをされていないので、この話題を隠すという発想がなかった。

ぱちくりとセドリックは瞬きした。

 

 

「 え、トライウィザードって、あの中世の三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)? 」

 

「 うん、なんか…復刻されるらしい… 」

 

「 一体、誰からの情報だい? 」

 

「 うちの爺さんが言ってた。お行儀良いルールに変えて、近代的な祭典になるとか… 」

 

「 知らなかった。それって、オリバンダー翁が言うならばきっと真実だろうけど―――魔法省がまだ公開していない情報だな 」

 

 

セドリックは「あっ」と閃きに撃たれた。

彼は、指を立てていきいきと考えを述べた。

 

 

「 まだプレスリリースしていないだけで、魔法省職員は知っているはずだ!さては父さんは…ねえ、僕は、どうもこのごろ父さんが、僕に対して何の期待をかけているのか、わかった気がするよ!僕、こないだ聞いたんだ。どうやら、凄い魔法生物が国境を越えてくるらしい。父さんは検疫官だから―――… 」

 

「 スゥ… 」

 

「 …聞いてる?ねえ、君は出場するの?向いていると思うよ、箒種目以外は! 」

 

「 んん~…バッキャロウ、箒なんか、俺に磨かれたら黙って掃除しはじめるよ。調合油いかがですか~ 」

 

「 ふふっ、何、今の…寝言?  」

 

「 寝たい。そっちも寝ろよ 」

 

「 あはは、ごめん 」

 

 

セドリックは声を落とした。

布越しに映る影を見つめる。とっとと居心地をつけて、ガラハッドはもう動かなかった。

まだまだ起きていたかったけど、もう潮時みたいだ。セドリックもそっと目を閉じた。

 

 

「 悪かった、うるさくしたね 」

 

「 いいや、こっちこそ―――悪かった。君も、高みから観たいだろうに… 」

 

「 …まあね。でも、チケットは自前で欲しいな。対等が良いから―――ふふふ僕、エントリーしようかな。もしも、もしも優勝出来たら―――僕は英雄になって…次のワールドカップは、僕ら自然と近い席になる 」

 

 

セドリックは静かに言った。

ガラハッドは薄く笑った。

 

目は開けなかった。微睡みは心地よかった。

聞こえてくるセドリックの声は、熱に浮かされているたわごとだ。

 

クィディッチワールドカップが、次も英国で開催されるわけないのに。

でもいいよ。なんかこう、ふわっと何かしらのはたらきがあって―――条約とか規制とかは、全部ふっとんじゃうわけだな。

 

溶けるようにガラハッドは眠った。

 

 

 

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