ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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紫の花の咲く頃

 

 

 

近頃起きているあいだ活動しすぎて、毎夜30秒で熟睡している気がする。30秒経ったら翌朝が来ていて、「えっ、もう!?」という感じがする。

仮眠明けにガラハッドがそう言うと、セドリックはクスクスと笑った。真実を言うべきか言わないでおくべきか、楽しい思案が始まったのだ。

 

時は、真夏の遅い日没だ。

トワイライトを見送って、一行はBBQコンロの周りでスープを啜った。

 

フレッドとジョージと顔を合わせたとき、セドリックはやはり黙っていられなかった。少し身を乗り出して、彼は悪戯っぽく言った。

 

 

「 聞いて。ガラハッドは、夢でまで磨き油を売っていたよ 」

 

「 えっ、嘘!? 」

 

「 突然、何度かオススメを受けちゃった。買っていいかな? 」

 

「「 えぇ~聞きたかった! 」」 

 

 

双子たちのハミングによって、ガラハッドの「勘弁してくれ」はかき消された。

ガラハッドにとっては幸いなことに、この話題はすぐに終わった。

ロンのことを指さして、フレッドとジョージは声を揃えて言ったのだ。

 

 

「「 こいつは、イビキがうるせえの 」」

 

 

しかしロンは平然としていた。

クイッと唇をひしゃげさせて、ロンは兄たちへと言い返した。

 

 

「 結局、屁をこいたのはどっちだったんだ? 」

 

「「 こっち 」」

 

「 道理で鼻が曲がった。なるほど、原因は二倍あったわけだ 」

 

 

ロンはハリーへと言い聞かせた。ハリーはクスクスと笑った。

ジニーは、長いパンを人数分に分けていきながら、呆れた目つきで馬鹿な兄たちを見やった。

気恥ずかしさからガラハッドは後頭部を触り、ちょっとまずい状態であることに気がついた。

近頃忙しかったから、髪が伸びてしまって寝癖がついているのだ。髪質の如何に関わらず、刈り上げだったら苦労はないのだが…。

手櫛でわしわしやりながら、ガラハッドはみんなを見回して言った。

 

 

「 なあ、誰か櫛持ってない? 」

 

「 テントに置いてあるわ 」

 

 

ハーマイオニーがさらりと言った。

「さらり」というか、「即座に」というか…だ。水場での一件を思い出して、ハリーは後者であるような気がした。

「そっちのパンのほうが分厚い」とか言って、ウィーズリー兄妹は言い合いをしている。ハリーは、「僕は何にも気づいていませんよ」という顔で、ゆっくりとパンを齧ることにした。

 

そういうわけでガラハッドは、腰をあげてハーマイオニーを頼りに行った。去り際、「君の髪質はいいよな」と、彼は肩を竦めてセドリックに言った。

「まったくだ」とハリーも思った。

ハンサムシーカーのディゴリー選手は、癖毛なんかで悩んだことがないだろう。

ハリーがちらっとセドリックを見ると、彼は困ったように微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウィーズリー家のテントの内部は、ディゴリー家のテントに輪をかけて普通の家みたいである。

男子テントは手狭そうだったが、女子テントは広さに余裕があった。

 

「こんにちは」と呼びかけるのも変なので、ガラハッドは黙って遠慮がちに中にあがりこんだ。勝手知ったるハーマイオニーに、今はのこのことついて歩くしかない。

洗面所に行くのだとばかり思っていたら、ハーマイオニーは寝室の扉を開けた。そして彼女は振り返って、鏡台の前の椅子を指さした。

 

 

「 そこに座ってちょうだい 」

 

「 え、いいの? 」

 

「 ? もちろん 」

 

 

ガラハッドは顔面に力を入れた。

「マジかよ女子の寝室に入れちゃった…」とか、少しでも思っていることを悟られたくない。

整えたベッドの上に置いてあるリュックから、ハーマイオニーはヘアブラシを取り出してきた。

ガラハッドは「もしや」と思った。

そうだ「座って」って、さっきは言われたんだっけ…―――それってつまりこういうことじゃないか?

 

 

「 もしかして、君がしてくれるの? 」

 

「 ええ。そのほうが早いんじゃないかしら 」

 

 

「合理的でしょ」という顔つきで、ポーチを漁りながらハーマイオニーは言った。整髪に不慣れだと看破されて、ガラハッドはひどく恥ずかしくなった。

ハイ自分は、無粋で野暮ったい男です。君に触れられるなんて夢のようです…。

 

 

「 助かる… 」

 

「 …いいのよ 」

 

 

ハーマイオニーは素っ気なく言った。できるだけ落ち着いて話そうとして、不愛想になってしまっていた。

 

ウィーズリー兄妹って仲良しだ。ジニーは、テントへとまだ戻ってこない。

 

つまり、このテントのなかは、現在のところ二人きりだということで―――ガラハッドは、ある点では非常に冷静に思考していた。まあ二人きりといっても、長くて十五分だろうなとか、そこらへんは。

 

けれど行動は浮ついていた。

 

ガラハッドは、いじましく座って寝癖を直してもらう立場のくせに、口を開けばハーマイオニーを揶揄うようなことを言ってしまい、仕返しに耳を引っ張られたりした。それがまったく痛くないから、笑ってしまうばっかりだ。異常に朗らかになっちゃって、こんなのって絶対奇妙だ。

 

変だって、自覚すればするほど歯止めが利かない。

膝の上のこぶしは、硬くなっていくばかり。

 

熱くなった額に手を添えられて、ガラハッドは正面を向かされた。ハーマイオニーは、「今夜は礼装でしょう?」と言って、ワックスを使うことを提案してきた。

美容師と客みたいになって、ふたりは鏡を介してお互いを見た。

 

 

「 ―――っあ、ああ。頼むよ! 」

 

 

“自分に触れているハーマイオニー”から見つめられたとき、ガラハッドは改めてハッとして、ドキッとした。何を提案されたんだかわからなかったけど、勢いで頷いてしまった。

 

 

数秒後、彼は我に返った。

 

 

( ヤバいな俺。もしこれが美人局だったら…… )

 

 

この通り、冷静な部分は、一応ある。

舞い上がるまいと心がけて、ガラハッドはじっとして記憶を浚った。

 

 

 

【問題】~これは約二週間前の復習です~

ガラハッド・オリバンダーとハーマイオニー・グレンジャーは、夏休みのあいだに二回約束をして出かけました。

一度目は、彼の新しいボールペンを買いにシェパーズブッシュへ。

二度目は、彼女のドレスローブを買いにダイアゴン横丁へ。

あくまで目的は買い物であり、互いに案内役を頼み頼まれる形でした。

さて、これはデートでしょうか?

 

―――算数じゃないからわかんねーんだよ!!!

 

ガラハッドは苦悶に呻いた。自分は、まだありありと“二度目”当日のことを覚えているぞ。この自分が女の子連れで訪問したことで、マダム・マルキンは物凄くニヤニヤして…フローリアンなんかもっと酷いもんで、あいつ、俺たちのことを見にやってきて…「馬鹿、あっち行けよ」と追い払ったら、フローリアンは声をあげて笑って…―――あのときのハーマイオニーの表情といったら!

彼女、“そのつもり”がなくはないんだ!

そうとわかる瞳だった―――ような気がする。

 

 

ガラハッドはそっと唾を呑んだ。

 

 

なあアレって、俺の思い込みじゃなかった確証ある?

彼女は、この自分と「付き合ってもいい」と思っている?

思っていそうに見えた。でも写真が残ってるわけじゃない。

確かめるなら―――“今”ではないだろうか?

 

 

息を浅くして乱れを殺して、ガラハッドは決心を固めていった。

絶対に断られたくないから、デートのようなデートじゃないようなギリギリを、この自分は狙って企画してきたけれど…弄した策に溺れたくはない。

今だ。今言うんだ。

告白しよう。「付き合ってください」と言おう。

 

そういうわけで深刻な顔をしているガラハッドを見て、ハーマイオニーは次の一手に出た。「今だ」という決意を固めるというならば、彼女のほうが先にそれをしていた。

 

平静ぶってハーマイオニーは言った。

 

 

「 調べ物の進捗はどう? 」

 

 

気持ちが逸って、ハーマイオニーは矢継ぎ早になった。

 

 

「 あ、あれから何度か、ひとりで図書館に行っていたりするの?取り寄せた本は届いたのかしらって、私なんだか、気になっちゃって。検索機を使いこなしていたでしょ。私、あれ、凄いことだと思うわよ。代わり身が発覚しないといいんだけど―――ええっとパパは、当分返さなくていいですって! 」

 

 

図書館カードの話である。

彼女もまたドキドキしていて、あんまり上手く話せていなかった。いきなりのことにガラハッドがポカンとしているあいだに、ここでちょっと解説です。

 

 

 

【解説】

一度目にデート(?)ただの買い物(?)へと誘われたとき、彼女は、「これを機に彼の心を掴むなら、ここよ!」と思い入れて、ショッピングモールの帰りに彼を大英図書館にも連れて行ったのでした。そしてマグルの身分証を持たない彼に、あくまで自然な親切らしく、自分の父親の図書館カードを渡しました。

この貸借の関係がある限り、両者が疎遠になることはないでしょう。

すべては彼女の計算通り!このお姫様は、かしこい。

 

 

 

結論、ガラハッド・オリバンダーとハーマイオニー・グレンジャーは、いわゆる“似た者同士”というやつである。彼らは互いに片想いのつもりで、慎重に距離を測り合ってきた。

 

どうしようもなく、彼らは似た者同士だった。

この話題を出されたことで、ガラハッドはスゥッと平静に戻った。

 

 

「 ああ助かる。本当に助かってる 」

 

 

ガラハッドは探究心以外を忘れた。

 

 

「 既に前のは返却して、次の本を借りている。検索機って最高の文明だな。前から気になっていたことがあって―――取り寄せのほうは、結構かかりそうなんだが、それについてまずは英語で読めるものにどんどんあたっていくことにしたんだ 」

 

「 前から気になっていたことって? 」

 

 

ハーマイオニーはしおらしく言った。

ガラハッドは間髪入れずに答えた。

 

 

「 折口信夫という研究者がいる―――いた。()()にも、()()()にも、彼は 」

 

「 そう…あなた、ひとりでマグル界に来ていたのね…暇だし…声をかけてくれてもよかったのよ?あなたの調べ物の手伝い、わたし是非やりたいわよ?あなた、先日話していたこと以外にもまだまだ…いろいろ…考えていることがあるのね。私、それにとても興味があるわ 」

 

 

ハーマイオニー・グレンジャーは主張したかった。

そりゃあ、まあね?水をかけあう遊びでしたら、他に可愛い子がいるでしょうけども。

奇才ガラハッド・オリバンダーが熱中するのは、水遊びなんかじゃなくてコッチでしょう?

ハーマイオニーは意気込んで喋った。

 

 

「 ねえ!わたし、『誕生日の分布』についてあれから調べてみたの!魔女と魔法使いのそれは、もしかしたら偏りがあるのかも?って、こないだあなた言っていたから―――“ハロウィンの夜に生まれた子”が、他にもいたら是非会いたいわよね! 」

 

「 もちろん。だがな、それは簡単には探せない。ハーマイオニー、悪いけど君が調べてきたことは、自主申告に依存したマグル限定のデータか、一般的な確率論だろ?僕が知りたいのは、魔女と魔法使いに限った誕生日…且つおおよその出生時刻まで含めた分布だ 」

 

「 数占いで使うような情報ってことよね 」

 

「 ああそうだ。それって、調べるには地道に訊いてまわるしかないのかな。苦労して集計して、結果は案外マグルと同じだったりして。あの誕生日の話はあくまで仮説だよ。まとまった資料がないから、憶測の域を出ない。前も言ったけど魔法界って、全数統計(センサス)があまり盛んじゃないんだ。だから全国への移動鍵の配置だって、まあまあ不要領で無駄が多いだろう? 」

 

「 わかってる―――調査する甲斐が有るか無いかわからないからこそ、余計に気になってやってみたいんじゃない。魔法省は、どうして各種の調査を行わないのかしら?どんな政策をとるにも、全数統計(センサス)はあったほうがいいでしょうに! 」

 

「 戦争がなかったから、発達が遅いんじゃないかな。歴史上、国が知りたがってきたのはまず百姓の数だ。それと、兵隊の数。日清・日露がなかったら、あの当時の日本だって… 」

 

 

ハーマイオニーの表情を見て、ガラハッドは一旦黙った。

そうだこんな話をしている場合じゃない。ジニーが、今にもここへやって来るかもしれない。

 

ガラハッドが他所へと目をやったので、「続けてよ」とハーマイオニーは急いで叫んだ。わからない話が出てきたって、彼女は興味を失くしてなんかいなかった。

まるで餌を取り上げられた仔犬だ。

勢いのままにハーマイオニーは、立ち上がったガラハッドの胸に手を滑らせた。髪に触れ続けるには、遠い距離があったのだ。

ガラハッドは恥じ入ってその手を見つめて、とても小さな声で言った。

 

 

「 悪い。君にする話じゃなかった 」

 

 

堪えがたい思いにとらわれて、ハーマイオニーはぶるっと身震いした。

 

 

「 どうして?わたし、何だって知りたいわ 」

 

「 うん、それはそうとあの…、少々…話があるんだけど、いいか? 」 

 

「  あなたと同じ目線に立ちたいの。あなた…あなたって、異世界の記憶があるんでしょう?“ハロウィンの夜に生まれた子”って、そうなんでしょう?ねえ当てるわよ。あなたって、昔の日本人の記憶があるんだわ。地球の裏側から、時間も超えてやってきたんでしょう!ね、だからあなたって、時々… 」

 

 

「そうだよ」とあまりに静かに答えられて、ハーマイオニーは突然グサッときた。

いけない、得意気な態度をとってしまった。

噛み締めるように微笑んで、ガラハッドは何度も頷いている―――今のって、すごく無神経な振舞いだったんじゃないの?

彼が突然泣き出した日の事を、ハーマイオニーは思い出していた。

彼は、どこまで昔の記憶があるの?どんなふうに、こちらの世界へ来たの?

あの奇行の意味って―――…。

 

ガラハッドはいよいよ言おうとした。

 

 

「 あの 」

 

「 ごめんなさい 」

 

 

瞬間、世界は静止したと言っていい。

銀の眼をかっぴらいて、ガラハッドは強烈な眩暈を感じた。

え?今、()()「ごめんなさい」って言った!?

そんことってある?またしも、反転している…

 

 

「 ねえわたし、一年生の頃、あなたに恋をしていたわ 」

 

 

静かな声でハーマイオニーは言った。

心をつまびらかにすることに、抵抗のなくなる瞬間はあるものだ。

彼女はじっとガラハッドを見上げた。

 

 

「 あなたが何を感じて、どう考えているのかも知らないまま、魔法全般への憧れをあなたに背負わせて…身勝手だったわ。何にも知らないままで、夢を見ていたのよ。なんでも、あなたなら解決してくれると思ってた。実際にはそんな、そんなに単純なこと、あるわけないのに。うまくいかないことがあるときは、あなたが冷たいからだと思った。でも違うわね。あなたも、ずっと考えてきたのよね。ずっとひとりで―――『おとぎの国じゃない』って、あなた昔わたしに言った… 」

 

 

ガラハッドは絶句したままであった。

眩暈が去ったところで、ガラハッドのIQは現在3だ。

もっと直接的に言っていただかないと、初撃のダメージは癒えやしない。

 

ハーマイオニーは穏やかに言った。

 

 

「 お願いもっと話して。ねえわたし、今はこうしていれることが―――あなたと一緒に、いろいろと考えていけることが―――凄く嬉しいわよ 」

 

「 へえ~…そ、そう… 」

 

「 …あの頃のわたしとは、もう違うのよ 」

 

「 ええっと!その、それ、それの案件なんだけど!それは、今からではもう遅いのか!? 」

 

 

ガラハッドは遮二無二叫んだ。

パッと朱を浴びたように、ハーマイオニーは小さく飛び上がった。子ども扱いしないで、今すぐに証が欲しかった。

 

ガラハッドは重ねて言った。

 

 

「 夢から醒めたあとは、幻滅したか?王子様じゃなくて、あくせく生きてる僕じゃ駄目なのかよ。今の君は、どう?…どうなんだ!? 」

 

 

ハーマイオニーは黙ってはにかんでいた。

ガラハッドはさらなるダメージを受けた。

その瞳は「駄目じゃない。好きよ」と言っているように見えるのに、唇はきゅっと閉ざされているのだ。前歯を見せたくない女心など、ガラハッドは知る由もなかった。

情けなく彼は呻いた。

 

 

「 な、なんで…返事は…? 」 

 

「 ん… 」

 

「 なんで黙ってんの?なあ、なんで黙ってんの? 」

 

 

「キスして」と言えるほど大人の女じゃない。

何度も瞬きをして、ハーマイオニーはその場から動かなかった。

 

 

 

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