ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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闇の印

 

 

三日三晩続く可能性だってあることが、クィディッチというスポーツのおぞましいところである。

スタジアムにいる時間が短くて済んだことに、ガラハッドは心底ホッとしていた。

ひどい顔面になったブルガリア選手が、尊い救世主のように見えた。

地の塩って、世の光じゃーん!?あの芝生の血だまりに乾杯!

 

魔法使いの集団とは、変なところで見栄を張りあうものである。たっぷりとした布を翻して、大人たちはみんな“姿くらまし”をした。

のそのそ歩いて帰らないといけないのは、未成年である二人だけだった。

階段のところでドラコ・マルフォイは、「先程は父がすみません」と言った。

 

 

「 ……、…別に 」

 

 

ガラハッドはそうとしか返せなかった。やっとホッとしたところだったから、取り繕うことができなかった。

そわそわと気を昂らせて、ドラコ・マルフォイは続けた。

 

 

「 ご気分がすぐれませんね 」

 

「 いや…決してそんなことは… 」

 

「 ご無理なく。ここは不快な場所です 」

 

 

出口が見えてきたことで、ドラコはいよいよ緊張して声を上ずらせた。彼は屋外に出るよりも前に、ガラハッド・オリバンダーに「YES」と言わせねばならないと思っていた。さもなくば、彼は鷲となってどこへなりと飛び去っていくだろうから。

 

 

「 少し歩きましょうよ 」

 

 

ドラコは、デートにでも誘うみたいに言った。

「は?なんで?」と思ってドラコのほうを向いたときだ。ガラハッドは、その顔色をまざまざと見て―――ああ、彼もまた疲れたんだなあと思った。

蒼ざめた首を黒いローブにうずめて、ドラコは真剣な口ぶりだった。

 

 

「 森へ…森を歩きましょう。森は、静かですから 」

 

「 ご両親は?いいのか? 」

 

「 母は帰宅したんだと思います。父は、僕などは連れていけない席へ移りました 」

 

 

宴席か…と、ガラハッドは納得した。さっきのながれからして、きっとそうだろう。両国チームの健闘を讃えて、国を代表する貴族ってそういうことをしていそうだ。なんだか知らないけど上質な空間で、優雅にやっていらっしゃるんじゃないか。

 

ピッチのほうを振り返ると、シーカーたちの血が残っているところでは、フェイスペイントやファングッズをつけすぎの魔法使いらが、手に手にジンの瓶をひっさげて叫びあっていた。どいつも興奮しすぎていて、二本足の獣状態だ。「見るのも嫌だ」という顔つきのドラコに、ガラハッドはそれなりに共感した。

 

アイルランドサポーターたちは浮かれ騒いで、歌をうたい祝砲を鳴らし続けていた。

関わり合いになりたくない連中を避けて、ふたりは暗い森へと入った。

 

 

 

 

あるときガラハッドは言った。

 

 

「 …僕と御父上との会話は、聞いていたよな? 」

 

 

五分ほど歩いたところだった。

ふたりは低木の茂みを抜けて、森の内部へと入り込んでいた。

平然と道なき道をゆくガラハッドを、根に足をとられながらドラコは追った。

そこは静かだった。鈴虫の声と土の匂いがして、どこか懐かしいような感じがした。

喧噪を遠くのものとして、ガラハッドとドラコは話を始めた。

 

ガラハッドは、多くを考えたすえに話を切り出していた。

ドラコはよろこんですぐに応えた。

 

 

「 ええ、ですからこれも断られるかと思っていました! 」

 

「 なぜ誘ってきた? 」

 

 

ぴたり…とナイフをあてがうような物言いだ。

生来上位者には向かない気質のドラコは、ガラハッドの硬質な声にゾクゾクした。

ああこれが父上のおっしゃる、帝王の覇気というものか!

万事父から学んでいるからこそ、ドラコ・マルフォイは父を超えたい。

 

「言いたいことがあるんだろう?」と詰められて、ドラコはそわそわと指先を組んだ。

 

 

「 あの…あの、僕は、こう考えているんです。父は、今や昔の人物を評価しすぎです。父が“あの御方”を怖れすぎているのは、我々とホグワーツで暮らしていないからです。あの湯沸かしポットめを、矢鱈に大きく見込んで…ポッターが、実際にはどれほど単純で口ほどにもない奴か、僕は、再三申し上げているのですが… 」

 

「 なんで今急にハリーの話? 」

 

「 だって、あなたは奴を手懐けているじゃありませんか!強敵ではありませんが始末に負えない、あのハリー・ポッターを。あなたはポッターに倒されなどしないでしょう?あなたは、既に父君を超えておられます! 」

 

「 ―――…? 」

 

 

…少しは黙ったほうがいいぞコミュ障。

「手懐けている」じゃなくて、「仲良くしている」な?口の利き方をそろそろ覚えろよ。「可愛い顔して毒舌です☆」が、もう通用する図体ではないだろ…。

 

最高に機嫌の悪いガラハッドは、黙っていたがそんなことを思った。

 

一方真面目に考えるべきことに意識を戻すなら、ガラハッドは、流石に今ので自己のあやまりに気がついた。

 

暗闇のなかで、ガラハッドは顔を引きつらせた。ドラコからは見えなかったのは幸いだ。

 

 

「 へえ… 」

 

 

ガラハッドは薄い返事をした。

は?おいおいお前のいう“昔の人”って―――ルシウスのいう“老麒麟”って!かつて多くの門弟を抱えたギャリックのこと…では、ないわけだな!?

ハリー・ポッターとうまくやったら、父を超えたことになるだと?

その父こそ“あの御方”で、ルシウスは彼を怖れている、と!

怖れながらも“老麒麟”と見なして、蔑んで……「既に肉体がない」とは、まさにそのままの意味だったんじゃないか!!!

 

ガラハッドは絶句してしまって、不満含めあれこれと考えすぎて、「へえ」以上を言わなかった。

 

 

意味不明。何だこの最悪な思い込まれ。

こいつら親子は、遺伝学の遺の字も知らないんだな?

この自分が、ヴォルデモート卿の子供でなんかあるわけない!

だってあいつは、あのトム・リドルという少年は、格別黒い髪をしていたのに…。

 

 

何から説明して、否定すればいいやら。完全に否定したら、こいつらどういう反応をするのやら……ずっと…そう思い込んでこっちに接してきたんだろうし…そもそも、俺はなぜ奴の子だと思われているんだ?

 

ガラハッドは思考の海に落ちていった。

 

こうなるともう、彼はひどい早歩きだ。ガラハッドは灰色の眼をギラギラと光らせて、手で銀の髪をかきあげまくった。没頭して歩くガラハッドとは違って、ドラコは、ガラハッドからの言葉を欲していた。

 

二君に仕えんとする父よりも、自分は、この御方を慕っている。

比較して、機を見て挿げ替えようというんじゃない。

貴方しか知らずに生きてきて、貴方しかいないと思っている。

だから“一番”にしてほしい―――…。

 

急に大きな歓声が響いたとき、ドラコは、歩きながらちらりと樹々の向こうを見た。闇に慣れつつある瞳に、ランタンの明かりは強烈だった。

ドラコは、目の上に手で陰を作って、ぐっと目を細めて森の外を見た。遊歩道の空には、ガラハッドの気を引けそうなものがあった。

ドラコは、ニコッとしてそれを指さした。

 

 

「 ご覧ください!あれは、何なのでしょうね? 」

 

 

無邪気な声で、可愛く報告をされて―――ガラハッドは、不快になり、不意にとても嫌な予感がした。

ドクン、ドクンと、動悸が嘔吐感を誘うほど、彼は警戒心を膨れあがらせていた。

 

 

( 俺は、どうしてここに喚ばれたんだ…? )

 

 

黙れよドラコ、お前、どこまで本気なんだ?

“ヴォルデモートの息子”だと信じている相手を人混みから遠ざけて、俺がお前の立場だったら、何をするか?

まずは数で囲んで、それからそれから…。

…最悪の想定まではしたくない!

 

ガラハッドが穿ち見たところ、ドラコはあくまで無邪気な少年なのだ。彼は、森の外でくるくると回っている何か―――クラゲのような水ダコのような、宙に浮かべられている何かの、正体が気になりますと言って笑った。

 

魔法生物の好きな、ヒッポグリフに泣いた子だもの。

手慣れた悪党のようなことはするまい…。

なんであれ悪意はあるまい…。

 

樹々の隙間に、ネグリジェが反転して足が見えたときだ。ついに、ドラコはその正体を掴んだ。ドラコのことばかりを見ていたガラハッドは、「あっ」とドラコが叫んでから、遅ればせにチラッと森の外を見た。

 

 

「 ヒト!?ヒトです! 」

 

 

マグルだ。女である。

 

 

「 嘘でしょう!?―――チッ、愚か者ども…! 」

 

 

低い声でドラコは吐き捨てた。

 

森の外はひどいものだった。テントは燃え、食べ物は投げられ、逆さにつるされた女は、下着を隠そうとして空中でもがいた。真下へと押し寄せる群衆は、ギャーギャー嬉しがって指笛を鳴らした。それは森の中にまで響いた。

 

ドラコは深く怒り、焦った。

せっかくこの自分が、こうして動いているのに…これでは、父が仲間をつれて来る前に、魔法省の連中が出動してくる!

作戦は失敗…いや、まだ大丈夫か!?

おろおろとドラコは狼狽した。

 

ガラハッドは、一連のドラコを注意深く見つめていた。

彼は、またしても勘違いをした。

隠密行動を阻害された怒りを、義憤だと思って、ガラハッドはドラコを見直した。ガラハッドは、これで性善説の信者なのだ。

 

 

「 ドラコ!お前ってもう… 」

 

 

…成長した。君は、もう幼い子供じゃない。

今、父親とは別の人間になろうとしている。

真剣な面差しで―――…。

 

そのことを、嬉しく思わないわけがない!

 

 

「 逃げましょう! 」

 

 

切迫してドラコは囁いた。

彼に肩を押されて、ガラハッドはこくりと頷いた。

 

 

「 ここは危険です。奴ら、何をしでかすやらわからない! 」

 

「 ああ 」

 

 

「あの婦人を助けねば」という気持ちはあるのだが…。

…けれども、「僕らは杖を使えません」というドラコの発言は本当にその通りだし、ガラハッドはたっぷり頷くと、かなうかぎり帰路を急ぐことにした。今は早くテント村へと戻って、信頼できる大人の手を借りるのが得策だろう。

 

樹々に「どいて!」と念じ続けることで、ガラハッドは一直線に走った。

 

 

「 ちょ、待っ…速い!速いです!お待ちくださ…ッ 」

 

「 置いていく。あとで迎えにきてやる! 」

 

「 嫌ですよ!!えっ、あっいやそんな―――どうか、そんなことを仰らないでください。どうか… 」

 

「 そこにいるのは誰!? 」

 

 

夜陰を声が貫いた。勇敢な一声は、聞き慣れたロナルド・ウィーズリーのものだった。

息をあげながらガラハッドは、暗闇で音源を探した。ドラコは身構えて膠着した。

正確な居場所がわからないけれど、声のしたほうへとガラハッドは叫んだ。ロンに出会えたのは、ラッキーだった。

 

 

「 ロン!近くにおじさんいるか!? 」

 

「 ガラハッド?ガラハッドか、よかった、こりゃラッキーだ! 」

 

 

枯れ枝を踏む音がした。

ドシャッと足を滑らせながら、ロンはトネリコの樹の裏から転がり出てきた。ハリーとハーマイオニーも幹に手をついて、その後ろから次々に現れた。

 

 

「 どこにいるの?ああ、懐中電灯を持ってくればよかったわ… 」

 

「 親も兄貴もいないのか! 」

 

 

ガラハッドはロンに尋ねかけた。噛みつくような勢いに、ロンはおったまげて首を竦めた。

 

このまま存在を消すべきか、走り去るか―――…ドラコは躊躇ってただちに動けずにいた。

ドラコには気づかずにロンは言った。

 

 

「 いないさ。非番だけど一家で助太刀してくるから、子供は隠れとけって言われて来たんだよ。そっちこそ、今までどこにいたんだい? 」

 

「 スタジアムにいたさ。僕らは、8番出口から出た。あっちのほうでは、マグル女性が暴徒にやられてる 」

 

「 僕らどこの出口から来たんだっけ?とにかく、僕らは小さい子がやられてるのを見たよ。受付にいた子だ 」

 

「 おおかた一家でやられてるんだろう 」

 

 

ドラコは判断が遅かった。

ウィーズリー家のロナルドは、隠れていたトネリコを指さして、ガラハッドに「この樹でいいと思う?」と尋ねかけた。「頼っておいて『いいと思う?』は失礼だろ」と、ガラハッドはトネリコの肩を持った。

その間に―――猟犬のような勘の鋭さで、ハリー・ポッターはドラコが近くにいることに気づいた。そっとハーマイオニーをつついて、ハリーは威嚇的な声色で言った。

 

 

「 どうしてマルフォイがここに? 」

 

 

場に緊張が走った。

ドラコは、退却の機を逃したからには腕を組んでせせら笑った。実のところ万事窮していても、へっぴり腰姿なんかは見せられやしない。

さっき見た光景が目に焼きついていて、ハリーは胃がムカムカしていた。

 

 

「 ガラハッド?どうしてマルフォイなんかといるんだい? 」

 

「 貴賓席で会った。あっちは、我々ふたりしか未成年がいなかった。それで一緒に来た 」

 

「 マルフォイ、君の親はどこにいるんだい?今頃仮面なんかをつけて、下衆なことをしているんじゃないのか?いまに魔法省に取っ捕まえられて、悪行を暴かれるといい! 」

 

「 言葉に気をつけるんだな、ポッター 」

 

 

ドラコは平然として言った。その高踏的な仕草に、ハリーたち三人は強くイラっとした。

ガラハッドは様子見をしていた。今のはキツい煽りだったけど、ドラコはまだ余裕のある様子だ。

 

 

( おとなだ…コイツのほうがおとなだ…。 )

 

 

どちらも一線を踏み越えないことを祈るが、ガラハッドはふたりの衝突を止めなかった。ドラコのほうがおとなだと思うけど―――「もっと言ってやれハリー」という思いは強くある。

 

蔑みからドラコは嗤った。

 

 

「 ポッター、そのポッティなおつむで、勝手にそう思っておけばいい。うちの父上が、あのなかにおられるわけがないだろう?“穢れた血”なんかとつるむから、目が濁って何もわからなくなるんだ 」

 

 

その結果貴種と毛虱の区別もつかない!

 

今、ルシウスが何をしているか、ドラコ・マルフォイはもちろん知っていた。彼は自派の集会を開いて、新時代に向けて準備をしているのである。老いさらばえた“あの人”に代わて、新帝王が世を啓くとき、王者の“一の家臣”として影の実権を握る家は、この高貴なるマルフォイ家!それでこそ、常に勝者たる(Sanctimonious)マルフォイ(Malfoy)なのだ!

 

“一番手柄”をピーター・ペティグリューにとられたときから、彼らはそのように動き出している。“自分たちが筆頭となれない体制”など、マルフォイ家には価値がない。

 

ドラコは、ハリーとロンにいくら毒づかれても―――彼らが、モリーの前では言えないような単語を使えば使うほど―――くつくつと喉を鳴らして、朗笑をやめなかった。ファッジを転がした笑顔で、ドラコ・マルフォイは愉しげにした。

彼が『穢れた血』の語を使ったことで、ガラハッドは考えを改めている…。

ドラコ・マルフォイは言った。

 

 

「 ポッター!臆病じゃない者のつもりならば、精々アレに混じってきてはどうだい?君も、“穢れた下着”を見ることが好きなくちだろう?結構なご趣味であることだね 」

 

 

ドラコはハーマイオニーを顎でしゃくった。

「イヤな奴!」という顔をしたハーマイオニーを見て、ガラハッドはゾッと悪い想像をした。

 

どこというべきか…うまく表せないのだが……彼女は、どう見ても純魔法族には見えない。

そのうえで、ちょっと気の強い女ほど、酷くしてやりたくないか?

暴徒の目になんか留まったら、彼女は辱められるに決まっている…。

少なくともガラハッドはそう思った。

 

そのときだ。総員、葉擦れの音を聞いた。誰かが、暗闇のなかで衣服を枝にひっかけながら、集団でこちらへと近づいてきた。

ガラハッドはハーマイオニーの腕を掴んだ。

そして咄嗟に叫んだ。

 

 

「 行こう!もっと森の奥へ! 」

 

 

森へ妖しき者の巣食う土地へ。 濃密なる幻影の園へ。

 

駆けだしたガラハッドとハーマイオニーを追って、ハリーとロンはその場を後にした。

これ幸いとドラコは“離脱”を決めて、フンと腕を組んで鼻を鳴らした。

 

駆けていく四人の気配を追って、その集団は窪地へと転がり込んできた。

ドラコは、その者たちを怖れずに見下した。

 

 

「 ウ エ マダム・マクシーム…!? 」

 

 

それ見ろ。案の定ただの子供だ。

杖が使えないから、ドタバタ走ってきたのだ。

本当に怖れるべきもの―――あるいは強い味方は、音もなく静かに現れるのだ。

 

 

「 Êtes-vous un étudiant de Beauxbâtons?(お前たちボーバトン生か?) 」

 

 

その後のドラコたちの展開は割愛。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、この通りドラコ・マルフォイの上流魔法族ぶりに比べたら、ガラハッド・オリバンダーは今でも日本兵なのだ。彼は樹々についての知識と五感を総動員して、月明かりを頼りに、音を殺す苔の上を進んだ。

 

ハリーは、彼による導きを失ったら、二度と森の外へと戻れないと思った。

ハーマイオニーも同じように思った。

ロンは、あるとき長い腕でガラハッドのローブをひっつかんで、強引にこれ以上行かせないようにした。ムッと振り返ったガラハッドに、ロンは真剣に依頼をした。

 

 

「 ガラハッド、頼む、あんまり進まないでくれ。どうにかして、フレッドとジョージを探し出してくれよ。ジニーはそっちにいると思う 」

 

 

ガラハッドは進むことをやめた。

 

 

「 なあ、何か手はないか?とにかく、合流したいんだよ。俺たち一緒に森に入った。見てのとおり、すぐにはぐれちゃったけどさ 」

 

「 あいつら何の杖持ってたっけなぁ… 」

 

 

えーっと…と、ガラハッドは指で眉間をつまんだ。

えーっと確かフレッドとジョージは、あれでふたりまったく違う杖を持っていて、それぞれ何と何だったかな。

どの樹に頼ればいいかわからなくて、ガラハッドは無闇にキョロキョロした。

静かに佇む樹々たちは、動かないけれど優しかった。

そこにいるよ、と…樹々たちは視ないまま識っている。

杖が飛んで行ってしまいそうになって、キャッとウィンキーは叫んだ。

 

 

「 アッ、キャッ―――うう、うううう 」

 

 

ガラハッドはかなりギョッとした。茂みを泳ぐみたいにして、その人影は走り去っていった。

咄嗟に杖を取り出していたガラハッドに、ホッとした声でハーマイオニーは言った。

 

 

「 大丈夫…屋敷しもべ妖精だったわ… 」

 

「 クラウチ家のやつだった 」

 

 

ガラハッドは怪訝にロンを振り返った。

 

 

「 なんで知ってるんだ? 」

 

「 さっきスタジアムで席とりをしてたのを見た。結局、主人は来なかったけどね 」

 

「 クラウチ氏ならば貴賓席にいたぞ?彼は、大臣の接待で忙しい。なんで一般席で席とってるんだ… 」

 

「 思うに、あれは使用者による嫌がらせよ!あの子ウィンキーっていうの。高所恐怖症なの。なのに席とりをさせられてた。今だっておかしいわ。あの子のご主人は、使用者として安全に配慮してないじゃない!背が低いんだもの、暴動は倍怖い筈よ。可哀想に、パニックでここまで来て… 」

 

「 クラウチ氏にとっても、貴賓席は抜け出したい場所だったんだろう 」

 

 

ハリーは皮肉で“ご主張”を切った。

 

 

「 マルフォイと一緒の席なんだもの。クラウチ氏は、きっと堪えがたかったんだ 」

 

 

ガラハッドは笑い、ぶんぶんと猛烈に首を縦に振った。

そんな調子であるのを見るとロンは、「イヤなら行かなきゃよかったのに」としか思えなかった。商売をしている家の事情など、ロンにはわかる筈もなかった。

ハーマイオニーはむくれたが文句を言わなかった。

ロンが、ドラコの気取った言い回しを真似して顎をしゃくったからだ。

 

 

「 なあ君は、あちらの席で何をしていたんだい?信じられないけど、“そーゆーご趣味”ってやつなのかい? 」

 

「 僕、クラウチさんのことを好きになっていた 」

 

 

ガラハッドは恭しく返事をした。

そっちがドラコの物真似なら、こっちはパーシーの物真似だ。

 

ぷはっとロンは吹き出して、「やっぱ双子の親友はつよい!」と思った。

笑うついでに、実はずっと気になっていたことがあるのだ。ニヤニヤを浮かべながらロンは、ここで“彼にしか言えないこと”を言った。有難く聞き耳をたてて、ハリーとハーマイオニーは神妙にしていた。

 

 

「 おいおい、やめてくれよガラハッド!パースのやつ、泣いて泣いて禿げて寝込んじゃうね。“愛しのペネロピー”に続いて、“クラウチさん”まで君に盗られたんじゃなあ 」

 

「 え、あのふたり、別れたのか? 」

 

「 またまた!彼女、最近どうしてる? 」

 

「 さぁ…?なんか車の免許とりたいとか、大学行きたいとか、汽車でいろいろ言ってたけど―――あんなに仲が良かったのに、別れたっていうのか?ひぇぇ、カップルってわかんないな! 」

 

 

ということは…とハリーは嘆息した。

頼むよ、どうか、頑張ってくれハーマイオニー。この夏ヘルメスがラブレターを運んで飛び回らない件は、ただの破局で新展開ではない。それなら、目下ガラハッドは“危険なフリー”なんじゃないか。とっととウロンスキー・フェイントでもキメて、チョウ・チャンへと向かわせてはならない。

 

斯くして、全員がばかなことを考えていた。

静かで、暴動は止んだかのようだった。月光が淡く美しくて、これ以上どこに行く必要もない気がしていた。

「モースモードル」が放たれたとき、四者は濃紺の夜の底で、互いの表情を想像していた。火の玉があがったとき、彼らは光源を見なかった―――互いの、一瞬鮮やかに照った顔を見ていた。

 

 

「「「「 ―――ッ!? 」」」」

 

 

何だ?どこに誰がいる?今のは、何の呪文だ?

 

ガラハッドは地上に目を走らせ、ロンたちは上空を見上げた。ハリーは、一瞬、それをレプラコーンの描いた文字かと思った。ハーマイオニーは息を呑み、まじまじとそれを見上げた。

巨大な―――花火のように散ったのに、天空にとどまり鮮やかな星座に見える―――緑色の、口から蛇の這い出す髑髏!

高く高くあがって、真っ黒な空にギラギラと光って…―――!!!

 

…しかしガラハッドは、その造形を細かく見る前に、まばゆい光を怖れて、咄嗟に身一つで伏せて頭を抱えていた。爆発的な悲鳴を聞いた時に、立っているならばもう遅いのだ!あちこちから響いてきた悲鳴に、ガラハッドは砲撃の記憶をよみがえらせた。

 

海から来る。敵は海から来る。

 

ガラハッドは“下手人”の存在を忘れた。

呪文が聞こえ、打ちあがる途中の光が見えた。だから、“それ”は近くにいると決まっているのに。

 

金切声をあげて、ガラハッドは第二撃へと備えた。

 

 

「 伏せろ!!! 」

 

「「「「「「「「「「 ステューピファイ麻痺せよ! 」」」」」」」」」」

 

 

数十人の声が轟いた。目の眩む閃光が次々と走り抜け、森林を突風が吹き抜けた。髪の毛を波立たせて、四人は目を細めた。

伏せながらわずかに頭をあげたハリーは、包囲陣の杖先を見て、その光を炎だと思った。赤い赤い光が、宙を走り互いに交錯し、樹の幹にぶつかり、跳ね返って闇の中へ―――。

 

 

「 やめろ!!! 」

 

 

アーサー・ウィーズリーは叫んだ。

 

 

「 やめてくれ!みんな!私の息子だ!! 」

 

 

彼は包囲網の一翼にいた。声を張って輪から飛び出したアーサーに、エイモス・ディゴリーは杖先を逸らした。

 

 

「 何!?―――双子の子供か? 」

 

「 ロンだ!六男坊だよ 」

 

 

震える声でアーサーは言った。

 

 

「 ロン!ハリー!ハーマイオニーもそこにいるな?みんな無事か!?―――ああ、ああ、君もここにいたか…! 」

 

 

真っ青な顔でアーサーは、大股で息子たちを抱きしめにきた。「盾になってくれている」と、ガラハッドは強く直感した。

偉大すぎて、赤っぱげの頭は後光のよう。

自分よりも小さなおじさんだけど、その力はとても強かった。

 

アーサーの薄毛が際立ってしまうほど、上空は爛々と明るかった。そのときになってガラハッドは、ようやく“闇の印”を見た。

蹴倒すような勢いで、バーテミウス・クラウチはバシリと言った。

 

 

「 どけ、アーサー。お前たち、誰がやったのだ? 」

 

 

ハリーが、すぐに「僕らじゃない」と言った。

ロンは、伏せたときに地面に肘をぶつけたらしかった。せこせこ肘をさすりながら、ロンは奮然としてぼやいた。

 

 

「 僕たち、何にもしてないよ!一体、何のために攻撃したっていうわけ? 」

 

「 白々しいことを! 」

 

 

ロンはクラウチ氏から一喝された。

クラウチ氏は、杖をまだこちらへと突きつけたままだ。四人をぎょろぎょろ見回すとき、彼は杖先の対象も変えた。カッカした男に杖を向けられて、ガラハッドは自然に身を固くした。

 

 

「 おまえたちは犯行の現場にいた! 」

 

「 バーティ 」

 

 

ウールのガウンを着た魔女が割って入った。

 

 

「 落ち着いて。みんな子供じゃないの。バーティ、慎重になりましょうよ 」

 

「 お前たち、あの印はどこから出てきたんだね? 」

 

 

この隙にアーサーは訊ねた。

「わからない」という顔をした四人を睨みつけて、クラウチ氏は口角泡を飛ばした。「何故わからないのか」「こんなにも近くにいたのに」「つまりお前たちだろう」と彼はまくしたてた。

ありありと不快感を顔に出して、「違うわ」とハーマイオニーはきっぱりと言った。

 

 

「 多分…そっちの、あの岩の向こう側だわ。あっちから照っていたの!そうよ、私、こんなふうに見ました!ここらへんに立って―――ガラハッドとハリーの顔は見えたけれど、ロンのことは全然見えなかったの。つまりロンがいたところから見て、背中側なの―――そこから光が打ちあがった 」

 

「 うーん、多分?そうだな? 」

 

「 ハーマイオニーが言うなら、そう思う 」

 

 

ハリーとロンの証言は胡乱である。

「怪しい!」といきり立つクラウチ氏の後ろで、ウールガウンの魔女は溜め息を吐いた。

 

 

「 あなたはどう思う?オリバンダー君 」

 

 

ガラハッドは驚いて彼女を見やった。

知らない人物だ。受付の魔女でもない。

いかにも役人らしい雰囲気で、彼女は眉をあげてこう名乗った。

 

 

「 失礼。わたしは、運輸部のアイリーン・エッジコム。あなたのことを駅で知っています 」

 

「 あっ、そうだった。マリエッタのとこのおばさん! 」

 

「 ええ。バーティ、光源のことは、もういいでしょう?どのみち、もう遅いわよ―――犯人は、もう“姿くらまし”しているはず 」

 

「 そうとは限らない 」

 

 

冷え冷えとクラウチ氏は言った。

 

 

「 そうとは限らない 」

 

 

エイモスも同じように言った。

 

 

「 失神光線は、あの岩の向こうも突き抜けた―――犯人に当たった可能性は大きいぞ… 」

 

「 おじさん、気をつけて!僕、呪文を聞きました。全部はわかりませんが、(mors)が、含まれている呪文でした 」

 

「 ほほう、なんとお詳しいことか! 」

 

 

水を得たクラウチ氏をちらりと見て、エイモスは「任せなさい」と囁いて去った。肩をそびやかして、彼は下手人を探しに行った。七・八人の先頭に立って、杖を構えながら彼は進んだ。

 

クラウチ氏は微動だにしなかった。

度胸のあるディゴリーたちを行かせて、彼はガラハッドを睨みつけていた。

その形相よ―――アイリーン・エッジコムは、これ以上は何も言えなかった。ハリーは、「この男は、どこかちょっとおかしいのでは?」と、クラウチの表情を見て冷ややかに思った。

 

バーテミウス・クラウチは言った。

 

 

「 マルフォイ.Jrと話していた…オリバンダーの…グリヘッド・ノアイユ氏ですな?おたくは、あの印をどうやって出すのか、大変よくご存知だと見える。呪文まで知っているとは、一体どういうわけだろう!?そいつは、“死喰い人”しか知らないはずだ!! 」

 

 

ガラハッドは、これには流石にイラッとした。Memento Mori(死を忘れるな)という格言があるのだし、大抵の魔法使いは、実際にあれを聞いたら“(mors)”だとわかると思う。少なくとも通訳なんか夢のまた夢の、呪文学0点のアホ以外は。

 

ガラハッドはむっすりと尋ねた。

 

 

「 Mr,クラウチ。あなたは、いつ(mors)をお知りになりました?五年生の僕が、(mors)を知っているのはフツウの範囲でしょう? 」

 

「 わたしはそんなもの知らない 」

 

「 知らないはずない。基本的な単語です 」

 

「 いた!ここに誰かがいる!失神中だ! 」

 

 

誰もがエイモスのほうに向きなおった。

ハリーは、もしも今エイモスが手柄をあげなかったら、クラウチ氏はガラハッドを失神させたと思った。

 

よかった、これで疑いは晴れた!

 

ところがディゴリー氏が草むらから抱えあげたものを見たとき、ハリーは複雑な気持ちになった。縋り見ても、ロンは静かにしていた。ハーマイオニーは、鋭く「あっ」と言った。

小さくて、キッチンタオルを着ている妖精―――ドビーの友達だっていうウィンキーが、可哀想な姿で気絶していた。彼女はエイモスの腕のなかで、だらしなく手足を垂らして、白目をむいて口を開けていた。

 

エイモスは、これには軽蔑の意を隠しきれない。彼は、小枝や草を踏みしめて帰ってくると、クラウチ家の当主の足もとに、どさっとウィンキーを投げ出して見せた。

「見ろ!」という罵声を浴びるまでもなく、クラウチ氏の表情は凍った。

魔法省の役人たちは、今、一斉に彼のほうを見つめる―――…厭な静寂であった。

 

 

「 こんな…はずは…ない 」

 

 

弁明は途切れ途切れだった。

エイモスはクラウチ氏をきつく責め始めた。ふたりをよく知るアーサーは、頑固なエイモスを止めに入った。

クラウチ氏は苛烈なところがあるので、逆上させるのはよくない。

 

 

「 絶対に…こんなはずは、ないのだ……。だ、誰かが、わたしを嵌めようとしている! 」

 

 

クラウチ氏は震えながら叫んだ。

 

 

「 無駄ですよクラウチさん!他には、誰もいなかったんですから。信じがたい恥だ!こんな事件をおこしたのは―――よりによって、クラウチ家の、下僕か!いやはや 」

 

「 よせエイモス。まさか、本気で言っていないだろう? 」

 

「 焦らないでバーティ。きっと利用されただけ… 」

 

「 エイモス、君の考えはわかるがね、願わず悪事をさせられてしまうことは、人間であってもよくあることだ。ましてや人間より知能の劣る、屋敷しもべ妖精など格好の餌食だ。君は、それをよく知ってうまく扱うひとじゃなかったかね?名家のしもべを狙って、操る魔法使いはいるだろうよ 」

 

 

アーサーはウィンキーに杖を向けた。

呪文を唱える前に、彼は所有者に伺いを立てた。

 

 

「 クラウチさん、すぐに蘇生させましょう。証言を聞いて、妖精を操った犯人を追わなくては 」

 

「 …そんな、ことは、必要がない… 」

 

 

クラウチ氏は切れ切れに言った。

エイモスは言葉を強めた。

 

 

「 アーサー!見ろ、この下僕は、杖を持っていた。教唆者などこいつには必要がない。ただ主人がいるだけだ! 」

 

「 蘇生など必要はない。こいつは、このまま洋服刑に処す 」

 

 

クラウチ氏は低く唸った。

彼は、力ずくでネクタイの結びめに指をいれると、千切るようにしてそれを襟から引き抜いた。

ギラギラとした眼が燃えている。ハリーは、「この男イカレている」と思った。

 

 

「 こいつは!この杖泥棒は!!!格別愚かだった。証言などあてにならん!洋服刑だ!縛って、死ぬまでそこに転がしてやる!! 」

 

「 なんて酷いことを… 」

 

 

堪えきれずハーマイオニーは言った。

ガラハッドは、エイモスの持つ杖に目を奪われていた。なんて特徴的な形状だろう。指に嵌めて使うような形の、イチジクの樹の杖だった。芯材がないように見えて、ガラハッドは当惑していた。随分と使いにくそうだが…?

 

クラウチ氏は、動かぬウィンキーへとネクタイを叩きつけたあと、理性的な目で、すっと身を起こし杖を構えた。

彼から杖先を向けられても、何をするのかわかっていて、エイモスは一切たじろがなかった。

 

 

「 クウィース・ヌーメルセス! 」

 

 

閃光が走って―――消えていった。

それからは、何も起こらなかった。

何も起こらなかったので、ハリー、ロン、ハーマイオニーはきょとんとしていたが、ガラハッドと大人たちは驚きに目を見張った。

なんてこった、何も表示されない―――このイチジクの杖には、魔法省による管理番号がない。

 

 

「 まあ!これは… 」

 

 

アイリーンは手を口許にあてた。

 

 

「 闇杖か 」

 

 

アーサーは低く呻いた。

「こっぴどく体面を潰されて、いたたまれない」と感じるのは、今度は彼の番であった。

数十人の瞳が、クラウチ氏からウィーズリー氏のほうへ移った。

 

ガラハッドは黙って冷や汗をかいていた。

ガラハッドは、もう二度と退行しまいと考えて―――何だって、ひとつひとつ丁寧に注視して、対処して解決していこうと思ったから―――たとえば故グレイスが“政治犯”と一部から呼ばれる理由も、今では直視して、十分よく知っている。

だから、この杖には芯がない理由も、ひそかに理解して、瞠目していた。

なるほど、これは、初めから“妖精専用の杖”なのだ。“杖持つ権利なき者たち”へと、レディ・グレイスが与えた…。

 

…とんでもないものが存在することをめぐって、役人たちの泥沼劇が始まった。

彼らは、おとなげなくも大きな声を張り上げ、身振り手振りで責任をなすりつけあった。

初めに“道具局のウィーズリー”が言った。

 

 

「 まさかそんな、今じゃ寝物語なのに―――闇杖が、まだ巷に残っていたとは!こんなことは、誰も予想しなかったでしょう!闇祓い局は、もう十五年も前に妖精捜査を打ち切った 」

 

 

クラウチ氏が冷たく言った。

 

 

「 闇祓い局が、ではないだろう?ウィーズリー、違法道具探しは、あんたがた道具局の管轄だろう。一体、何をしていたのだ?この十五年のあいだ―――そのおそるべき怠慢を、君は、どのように説明するつもりだね? 」

 

「 …ええまったく、怠慢でしたとも。この杖は、少なくとも十五年以上、おたくの屋敷の中にあったんだ。盲点でしたね! 」

 

「 近年、新たに流通した可能性が高い!!! 」

 

 

クラウチ氏はいきりたって吼えた。

ガラハッドは、日頃防犯登録と在庫点検を担う者として、「そんなわけないだろ」と内心思っていた。

けれどアーサー・ウィーズリーとバーテミウス・クラウチは、双方そのほうが都合がいいらしかった。「バーティ、十五年も家を放っていたの?」という、マダム・エッジコムの声は冷たかった。

 

なんだか、まずい流れへとなってきた。

 

 

「 海外からの流入はないのだ 」

 

 

“海外協力部のクラウチ”は断言した。

 

 

「 わたしは、規格に合わない厚みの輸入鍋ひとつ、市場へと流したことはない。過去にどれほどの魔女と魔法使いが、私の目を盗んで密輸に勤しもうとしたことか。わたしは、ひとつもそれを許したことはない!そうだろうアイリーン? 」

 

「 私は…貨物輸送のことなどは、知りませんわ。煙突飛行担当ですので 」

 

「 しかし、昨夏“彼”は帰ってきていた 」

 

 

渋い顔でウィーズリー氏は言った。

 

 

「 海外協力部が、それを許可したのです。モノが渡ってこなくても、つくるヒトが入ってくるならば… 」

 

「 あれは、大臣のご命令だった! 」

 

「 ともあれ、あなたの下僕がこれを持っていたんですよ 」

 

 

“生物局のディゴリー”は話題を変えた。

 

 

「 過去形ですが…しもべに、洋服を与えるまでは、主人たるあなたに監督責任があったのですよ 」

 

 

クラウチ氏は平然と言った。

 

 

「 おかしな話だ。行政が、被害者へと責任を説いている!いつから生物局の仕事は、『有害生物の管理と対策』から、『被害者に自衛を強いること』になったのだ?そちらも約十五年、何をしていた? 」

 

 

ディゴリー氏はぺしゃんこにされた。

「大臣の命令」を持ち出されて、ウィーズリー氏もそれ以上何も言えなかった。

クラウチ氏は、この舌戦での勝利を確信して、居並ぶ役人たちに威圧的な笑みを浮かべた。観衆の多さを逆手に取って、彼は言質をとりにかかった。

 

 

「 君たち 」

 

 

クラウチ氏はねっとりと言った。

 

 

「 ウィーズリーに、ディゴリー…君たちは…うちのしもべが…少なくとも十五年間も、この違法な杖を所持していて―――そしてわたしが、このわたしが、そのことに気づかなかったと―――そう言いたいのか?そのように言われたのかと、私は驚いたのだが 」

 

「 比較的最近、製造された可能性もあると思います 」

 

 

アーサーは手のひらを返した。

その早業。見事な役人根性である。

クラウチ氏は満足して目を細めた。

 

 

「 アーサー、だとすればだ… 」

 

 

クラウチ氏はガラハッドをじっと見据えた。

 

 

「 …もっとも近い時期に国内で、闇杖を作りだすことができた人物は、すぐそこにいる。奇妙にも、こんなところにいたのだ。そのように、君は思わないかね?グリヘッド・ノアイユ・オリバンダー―――そこの彼は、“彼”と“彼女”の息子なのだぞ?悪の素質があって、おそろしい。ただちに枷を嵌めるべき者だ。わたしとしてもこの十五年間、生物局・道具局が怠慢であり続けたとは思っていない。この少年が、邪悪な杖を作って…わたしの屋敷しもべ妖精を、この会場で、誑かしたのだ。わたしは被害者だ! 」

 

「 …ふぅん 」

 

 

またしても、視線が一斉に集まった。

刺し殺すかのように、クラウチ氏から指を突きつけられて―――ガラハッドは、腹の底が冷えて、すぐには返答ができなかった。

顔色も変えなかった。これ以上、変えようがなかった。

滾々と湧き出でる怒り―――…。

 

満を持して来てしまった、最悪の展開。

 

ハリー、ロン、ハーマイオニーは、理屈なんか全部抜きにして、スタジアムでのことは何も知らないのに、口々にガラハッドのことを庇った。

ガラハッドはそれを聞き流した。

 

 

「 やめて!彼がここにいたのは、偶然よ。偶然なんだから! 」

 

「 俺たち、なんとなくここいらに来た! 」

 

「 横暴だ!彼は何にもやってない! 」

 

 

ガラハッドは重々わかっていた。

昨年度の終わりに、彼は思い知っていた。

自分をかばう証言―――こんなのは、全部「所詮子供の言うこと」だ。

そうだからこそ、大人が先に立った。彼らは庇ってくれようとした。

アーサー、エイモス、アイリーンは、見開いた目を充血させていた。

バーテミウス・クラウチという傑物は、彼らの止められる存在ではなかった。

 

「逮捕だ」とクラウチは勝手に断定して、「このなかに法執行部員はいるか」と叫んだ。

無意識だ。心算なんてなかった。元執行部部長である自分が叫べば、従って参じる職員はいるはずだ、などというような…。

 

 

「 令状!!! 」

 

 

生まれつき全能者のように、クラウチは傲岸に叫んだ。

さらりとガラハッドはクラウチへと言った。

 

 

「 変だな、あんたに権限はないでしょう 」

 

 

動き出していた者は止まった。

「そういえばそうだった」と、顔を見合わせる者たちがいた。誰が担当者に近いか探して、おとなたちは互いの顔ぶれを見合った。

その隙にガラハッドは続けた。

 

 

「 おたくは、随分と評判倒れの男だな。(mors)も知らなくて、組織も知らないか。人の名前も覚えないし―――わたしは、ノアイユ公ならびに最高級杖メーカー・オリバンダーのギャリック、その名代として参ったガラハッド。今夜このようなことが起きたなら、わたしの名前が出るのは当然だ。名代として、一門を背負って申しましょう―――わかってんな?こちとら、ガキの遣いじゃねえんだよ 」

 

 

クールに言わないといけない。

そのことを、ガラハッドは強く念じていたが、いささか実行は難しかった。怒りの滲み出る声で、ガラハッドは慇懃に口を利いた。

 

 

「 若輩者ではありますが、この立場でわたしはお尋ねしたい。Mr,クラウチ、いつから、あらゆる杖で行われたことの責任は、杖の製造者が負うことになりましたか?杖によって可能になることのうち、悪事に対する責任だけを、我々は負わねばならないのですか!?Mr,クラウチ、あなたのそのお考えは、公人としての見解とみてよろしいか!!!私人としてなら―――どうお考えであってもよろしいですが―――いささか―――乱暴で、通常導き出せる結論を超えている。あなたは、そうお考えになりませんか 」

 

 

言い過ぎかな、と。

一瞬ガラハッドは思った。

 

クラウチ氏の顔つきは、そのくらい今や無茶苦茶に歪んでいた。彼は、元は理知的で上品な紳士なのに、まるで“捻じれの発作”を起こして狂い出した、修羅場のクー・フーリンみたいだった。

そのギョロギョロ目を見て、ガラハッドは追撃を決意した。

「存外口を利く能があったようで、邪魔なことこの上ない」という目!そうやって強い感情を見せつけられるほど、ガラハッドは彼を睨み返してしまった。「気のせいか?」と思わされていた悪意は、二重に三重に真綿で包まれていただけで、初めからずっと在ったのだ!!

 

ガラハッドは渾身の一声を張った。

 

 

「 ご回答を、Mr,クラウチ!誰が、“闇の印”を掲げたか。誰が、法的地位のない下手人の監督責任を負うべきか。何が、あなたにそこから目を逸らさせているんだ?かたや死人かたや外国人だからって、まるで、この事件は職人たちに責任があるように言い立てて!自分たちの杖の製造者(ギャリック・オリバンダー)のことは何故か疑わないで、よそ者が使っている杖の製造者のこと、“彼”とか“彼女”とか呼ぶのは楽しいですか?犯罪者の息子はあやしい?それは確かにそうでしょうね!どうぞ、せめて咎めるなら、蔑むなら、陰湿でない手口でやればいい!わたしは、父母の子(わたし)として生まれ杖職人(わたし)らしく(ここ)にいるだけであやしい!そのようにあなたは仰った!そのご指摘そのものには、何も申し上げませんとも!! 」

 

 

銀の眼光は物語る―――「あまんじて容疑をかけられてやるが、当然恨むぞ」と。

呪詛というものがあるならば、ガラハッドはそれを成し遂げた気がした。クラウチ氏の様子は、傍目に見て露骨におかしかった。

 

大のおとなの体面をここまで潰すなんて、やってはいけないことかもしれない。

 

アーサーとエイモス、アイリーンがいなくては、二者は永遠に向かい合うところだった。

クラウチ氏が口走りかけては飲み込もうとする言葉に、ガラハッドはずっと耳を澄ませていた。「彼の言ったことは気にしなくていい」とエイモスが肩を叩いてきたが、「どうして、クラウチの発言責任を軽くしてやるために、自分が鈍感にならないといけないんだろう」と思った。

 

“闇の印”は消えた。

万事有耶無耶になって、キャンプ場は煙が燻っていた。

 

 

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