学校に戻ると翌日からすぐさま授業が再開され、矢のように時が流れて気がついたらもう3月だった。
「 エイプリルフールか 」
気がつけばもう3月31日だった。ガラハッドは、明日はどんな嘘をつこうかなと考えたとき、ふともう春なのかと気づいて瞠目した。バレンタインデーとか復活祭とか、ホグワーツには面白い行事が多かった。毎月何かしらそういうものがあるので、大広間の飾りに驚いているうちに、季節が巡っていく。
「 こんなに寒いのに。春か?今は。このあたりって寒いよ。ダイアゴン横丁はもっと、もうちょっとは、暖かいのに… 」
「 春だよ!いよいよクィディッチシーズン到来! 」
談話室の窓辺で雪の残る校庭を見下ろしてぼやいていると、呼んでいないのにロジャーがすっとんできた。
流石に冬の吹雪のなかを飛ぶのは危険なので、冬のあいだ寮対抗クィディッチも、プロリーグのほうもシーズンオフであった。
「 新監督が就任してさ!今期のキャドリーキャノンズは熱くなるぜ。キャンプ地でのインタビューが載ってたんだけどさあ。今期はビーターが… 」
こいつは、誰にでもいいから隙あらばクィディッチの話をしたくて仕方ないのである。レイブンクロー寮の一年生のなかには、同じ病気の奴がもう一人いる。ズバリこいつがそうだ。
「 前期の戦績じゃあレイブンクローが最下位! 」
こぶしを握りしめながらチョウ・チャンが言った。悔しくて悔しくてならないそうだ。「ここからの追い上げに期待したいですね」という意味のことだけを言うのに、このお転婆は三十分かける。ロジャーとチョウが出会うと、なおさら談義は終わらない。
「 頭脳戦!頭脳戦しなきゃ、私たちレイブンクローなんだから!あのね、私スリザリンのチェイサーたちのフォーメーションチェンジって、キーパーの動きをよく見ていたら予想できるやつだと思ってて… 」
「 そ~う!それだよ!俺も気がついた!だから後期はとことん調べて、ノートに記録をつけてやろうと思っててさ! 」
「 ちょっとガラハッドどこいくの! 」
「 いや僕は、この話題が続くんなら男子部屋に戻ろうかと 」
「 付き合い悪いな!俺たち“ブルーマフィア”じゃないか。足抜けは良くない 」
ヘッドロックをかけてきながらロジャーは言った。
ガラハッドが「うっ」と仰向くとマーカスが、にやつきながら腕を広げて男子部屋への階段を通せんぼした。マリエッタが笑いながらぺちぺちと叩いて、馬鹿力のロジャーの腕を緩めさせてくれた。
ブルーマフィアというのは、かつて彼女が熱湯を浴びて、俺がその場で下手人を殴ったこと、そのとき大量失点をくらったが、このメンバーが授業で手を挙げまくって数日のうちに失点を取り返したことに由来する我々のあだ名だった。
しっかり貶されている気がするが、彼ら彼女らは他寮生からそう呼ばれて遠巻きにされることを、却って喜んでいる様子であった。
何しろそれは「賢い」と思われているということだ。青いネクタイをしめる者にとって、それは非常に重要なことなのだ。
「 私たちレイブンクローだもの! 」
ことあるごとにチョウは言った。
「 四大元素の空を受け持つ寮が、空で勝たないなんて道理が立たない!先輩方はどうしてチームの強化に力を入れないのかしら?ああっチームに入りたーい!早く二年生になりたいな。 」
「 その“空”と天の空は違うだろ。 」
「 いいの!私たち鷲の寮でもあるのよ? 」
「 ロウェナ・レイブンクローは谷川から来て杖を手に入れたが、箒を手に入れたなんて伝承はどこにもまったくない。つまり、そういうことだろ? 」
ぶちぶちとガラハッドは言った。
こういう屁理屈にしろ正規の論戦にしろ、子供相手に負けるガラハッドではなかった。
「 どうせお前らは、このあと外に出て飛行の練習をしようって言い出すんだ。僕はここで読書して、レイブンクローらしさを遵守する 」
「 いいじゃない。行こうよ、大空こそレイブンクローらしさなんだから! 」
「 それなら大空には箒じゃなくて、杖で至らないと 」
「 それは浮遊じゃないの! 」
「 空中散歩ってやつ? 」
「 わかってないなあガラハッド。そうじゃなくてえ 」
口々に子供たちは言った。散歩も良いよねと応じるマーカスの前を、つっつくような形のロジャーの手が遮断した。
「 ビューンって感じが大事なんだよ。わかるか?ビューン! 」
「 わかるわかる!景色が後ろに流れていくの。興奮して、寒さなんか感じない。飛ぶって最高! 」
チョウが頷いてポニーテールを跳ねさせた。
「 宗教の勧誘だよねこれ 」
溜め息をついてガラハッドは肩を竦めた。「二人とも、流石にやめてあげたら」とは、友の不機嫌を察したマーカス・ベルビィの言葉である。けれどもロジャーとチョウの二人は、どんな角度での滑空が心地よいか、体験しないと人生損しているか、すっかり盛り上がって話していて、マーカスの声掛けには気づきもしなかった。
「いいんだ」とガラハッドは手を振って、また窓の外を見た。実際どうでもよかったのだが、これには却ってマーカスは声を張り上げた。
「 やめなよ!ガラハッドだって、好きで飛べないわけじゃないんだよ?気の毒じゃないか。本当は、誰よりも飛びたいんだろうに! 」
「 え…?いや別に?その言われ方、逆に腹立つなあ 」
「 違うの?前は何度も、練習してたじゃないか 」
マーカスの目は真っ直ぐだ。ガラハッドはドキッとして、咄嗟にマリエッタのほうに目をそらした。
「 立派な魔法使いは、軽々と飛んだりしないものだわ 」
何を思ったか彼女は言った。彼女は比較的おとなしくて、一番賢いので、そっとしておいてくれると思ったのだが。
「 たとえばダンブルドア先生が飛ぶところを、あなたたち想像できる?――――安っぽく見えちゃうでしょ? 」
「 それって、クィディッチをする大人は頭が軽そうってこと? 」
「 私はガラハッドの話をしてるのよ 」
ばちりといま火花が散った。ロジャーは噛みついたが、澄ました顔のマリエッタ相手に、言い合う気はないようだった。勝負の結果は見えている。
巻き毛をいじって言葉を選びながら、マリエッタは途中でチョウのほうをちらりとやり、同意を求めるようにマーカスを見て頷き、やがて青い目を掬いあげるようにして言った。
「 私、ガラハッドは飛べなくてもいいと思ってるわ 」
「 え? 」
慰められているのかこれは?ガラハッドが固まっていると、沈痛な面持ちでマリエッタは、両手を胸にあててお祈りを唱えるみたいにした。
「 ううん、飛ばないほうがいい。びゅんびゅん飛び回るガラハッドなんて、考えられないもの――――あなたそのままでいいわよ 」
「 …そ、そう言われると逆に、燃えるなあ? 」
成人男性のプライド木っ端微塵。妹より小さい子にこんなことを言われて、笑みがぎこちなくならない大学生っているのか。
ここぞとばかりにお転婆のチョウが、ガラハッドの地雷のうえでタップダンスを始めた。
「 でしょう?そうでしょう!?気持ちに火がついて、飛びたくなってこない?意地っ張りガラハッド、素直になりなよ! 」
「 チョウ! 」
マリエッタの叱責がとぶ。チョウの天真爛漫さの前では、無力なものであったが。
「 う~~~ん…! 」
腕を組んでガラハッドは唸らされてしまった。
さっきからやけに静かな男二人組は、優越感の塊みたいな顔をしてお利口に肩を並べている。
「 チッ 」
にやにやしやがって!出来るようになるまで取り組まない怠惰さを貶され責められるよりも、出来ないのならば仕方ないね可哀想にねと、女児に同情されたり揶揄われたりするほうが、男の沽券に関わって、みみっちくも耐え難い。しかし箒はもう嫌だ。何故自分が、指の芯まで杖用油が染み付いているからって、やつら掃除用品に疎まれ蔑まれねばならないのか?道具は大切に使うべきものであるが、自分を目の敵にしてくる道具を拝んですがって頼って飛ばせていただこうだなんて、それこそ半人前の証ではないか!自由に扱える物がなければ、何も出来ない?そんなものは工夫が足りんのだ。軟弱で、大和魂のない輩の発想だ…。
「 …いいだろう 」
一見ただの12才だけれども、中身はつわもの日本男児。
ガラハッドは、歯軋りをこらえて顎に手を添えながら言った。
「 誓おうか、ブルーマフィアの名にかけて…。いずれ最もレイブンクローらしく、君たちとスニッチを奪い合ってやるよ 」
「 最高!そうこなくっちゃ! 」
「 マジで?自分でハードルあげてくるなあ! 」
「 危険なことしなくていいのよ? 」
「 ガラハッドの本気、僕ちょっと嫌な予感するかも 」
「 次は誰がぶっ飛ぶかな!? 」
「 場合によっては、お前らかもしれんなあ? 」
年頃の男子のならいで、ベッドのうえをリングにプロレスごっこなどもする少年たちである。じとりとガラハッドが視線をやると、うへへとロジャーはおどけた。ガラハッドは次のヘッドロックは避けた。ロジャーのほうが体格に優れるが、ガラハッドのほうが機先が利く。
「 お前らが煽ってきたんだもんな?今後俺が寝室にいるときは、集中させてくれよ 」
「 ウィ、ムシュー。騎士ガラハッド卿! 」
「 やめろってそれ 」
そして彼らは思い知ることになる。
チョウの言っている「四大元素」はアリストテレスによる理論。その空は空気のことなので、空=Skyというチョウの理屈は強引だが、それをすっぱりと否定する主人公のほうが勘違いをしている。仏教の五大で空は「色即是空 空即是色」の境地のことで、ここでは「アリストテレスの空」「つまり仏教でいうところの風」「仏教でいうところの空」「つまりアリストテレスから発展した理論でいうところのエーテル。天上に満ちる第五実体」がぐちゃぐちゃになって語られている。まだ一年生だから仕方ないね。