ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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マッドアイ・ムーディー

 

次の授業は闇の魔術に対する防衛術だった。

 

今年講師として着任したマッドアイ・ムーディーは、ギャリック・オリバンダー曰く「最も気合の入った闇祓い」だ。ガラハッドは、もしもムーディーがオリバンダー杖店を監査する役割で現れたら、最大限の警戒をするようにギャリックから教えられている。

 

 

『 グレイスが、ヴォルデモート卿に攫われて監禁されてからじゃ。魔法省は、杖の専売化を狙っとる―――うちの娘を探して助け出すよりも先に、杖は杖は?と騒ぎよった。杖がないことには戦えん、とな。だぁれが、それを忘れてやるもんかね!魔法省てぇのは、偉い商売だ。なくてはならんものだ。けども、従ってやる義理はねえ―――連中に“理由”を与えてはならん。ムーディーは、物を疑うことにかけては天才的じゃ。工房を見せれば、いくらでも難癖をつけてくるこったろう 』

 

 

ムーディーは、かつてクラウチが魔法法執行部部長だったとき、彼のもとで強力な剣として働き、数多の凶悪犯を捕らえたらしい。

それは去るヴォルデモート卿時代のことであるので、非常時ゆえに有耶無耶になっているが、ギャリック・オリバンダーはこう主張する―――先般、曾孫を襲った事件から確信を得て―――「当時は少なくない数の者が、冤罪で杖を向けられたに違いない」と。

ガラハッドはもちろんそれに同意する。

ひそかに、シリウス・ブラックのことを思い出しながら。

 

ガラハッドは、ムーディーとこうして「ただの教師と生徒」でいられるのは、ホグワーツだけが許す奇跡のように感じた。魔法省魔法法執行部闇祓い局について、孫娘の一件以外でも、ギャリックは千万思うところがあるらしいのだ。彼がぶつくさ言っていたことを思い出して、ガラハッドは緊張して首を竦めた。今年の闇の魔術に対する防衛術の教室は、ルーピンがいた時とは違い、冷たいような感じがした。

コツッ、コツッと義足を鳴らしながら、マッド・アイ・ムーディーは不気味に歩いていく―――…。

 

 

『 …はじめは小鬼、次は巨人。次は誰を相手に商売するなとぬかして、そいつらに名前をつけることやら―――客が減るんじゃこっちは干上がる。そのたびにこってり持ち上げて、名誉で腹を膨らませろってのは人を馬鹿にしておる。どいつも、杖の使い方をろくに知らんから、他人が杖を持つことが気になるんじゃ。どいつもこいつも、自分じゃ杖の一本も作れねぇくせして。ぴぃぴぃ噛んでくる口だけは一丁前だ――― 』

 

 

コツン。ムーディーは足を止めた。

 

 

「 授業を開始する 」

 

 

教壇のうえから、ムーディーはそう宣言した。

ガラハッドはちらっと机から目を上げた。

ガラハッドは、ムーディーのぐるぐる回る魔法の義眼は、他の生徒たちのほうよりも、かなり頻繁にこちらのことを見ていると思った。ぞわぞわと厭な感じだ。

ガラハッドたちが机上に用意していた教科書に向けて、ムーディーは不遜に顎をしゃくった。

 

 

「 そんな物、仕舞ってしまえ 」

 

 

彼は頬の傷を歪めた。

彼は、長い灰色まだらの髪を振って、唸るような低い声で歯を見せて喋った。まるで鬣を震わせて吼える、獰猛な獅子であるかのようだった。

 

 

「 五年生!どいつもそうとは見えん―――お前たちは、遅れている…非常に遅れている!わしは、このクラスについてルーピン先生から手紙を貰っている。お前たちは、呪いのひとつも知らぬと…闇の怪物と戦う術を修めたところで、おまえたちにはまだ致命的な弱点があると!おまえたちは、“人間の悪意”というものを知らぬ。自分の持っている棒っきれが、どんな力を持つか…それを隣の者も持っているということが、どういう意味を持つか。お前たちは学ばねばならぬ!! 」

 

 

ムーディーはリーアンを一喝した。彼女は、自分が採取した腫れ草の膿をそっと友達にあげているところだった―――それはニキビの薬だ。

色気づいた女子などとは違って、ガラハッドは神妙に前を向いていた。

ガラハッドは、斯くもまだまだ現役を張れそうな様子ながら、マッドアイが引退を強いられた理由を考察していた。

アラスター・ムーディーという人物を観察するときに、その義眼同様、義足に注目しないでおくのは難しい。ガラハッドは、一見それが松材のようだが、実際は松ではないらしいことに舌を巻いていた。我々のような樹に強い魔法使いから、ただちに足もとを崩されるのを嫌って、この男は本当の義足の材質を隠しているのだ。

その結果杖の忠誠心が…などと考えていたガラハッドを、ムーディーはぐるりと向き直って急に指さした。義眼は、まだリーアンを見据えていたが、肉の眼はガラハッドを捉えていた。

 

 

「 お前は、面構えが違う 」

 

 

ガラハッドは呼吸が浅くなった。

ムーディーは教壇の机へと戻って、じっくりと出席簿を確認した。まるで大鍋を前にした妖女が、「今日はどの子を食べてやろう?」としているみたいだった。

危機と感じながらもガラハッドは、自身の潔白にかけて顔を伏せなかった。

 

 

「 オリバンダー杖店の、か…―――なるほど、なるほど。まっこと、油断大敵!さかしらに目端を利かせて、わしを知った気になったな?いかにもこの老骨、かつてのような力はもうないわ!ダンブルドアの頼みがなければ、静かな隠遁生活をしていた… 」

 

 

ガラハッドは静かに首を横に振った。

互いに立場があるけれど、彼と対立したくはなかった。

元・闇祓いと、未来の杖職人。互いに“現役の”ではないのだし、我々は第一に教師と生徒だ。

ガラハッドはムーディーをじっと見つめた。

 

 

「 先生、あなたは十分強い 」

 

 

ムーディーはしばらく黙っていた。

ムーディーが何を思ったかはわからない。

当初、彼は威嚇的な顔をしていた。だがやがて、彼はしわがれた声を出して、顔の傷跡をひん曲げて笑った―――なんだか楽しそうに見えた。

ガラハッドはホッとして視線を落とした。

そして、次にまた名指しで何か言われないように、急いで指示されたとおり教科書を片付けた。二度とボーッとなどするものかと思った。

 

 

「 早速始めよう 」

 

 

ムーディーは教卓の椅子に座って講義をした。

 

 

「 さて…今年お前たち五年生がおこなうべきことは、魔法省の指針によるとこうだ。生きて働く知識・技能の習得、未知の状況にも対応できる思考力・判断力・表現力等の育成、学びに向かう力・人間性等の涵養。この三つの柱に整理される、お前たちに施される教育の教科内容は、『呪い』だ。具体的には、おできの呪い、眉毛つながり呪い、出っ歯呪い、たらこ唇呪い…これらを題材に基礎的基本的な呪いの構造を理解し、その影響を多角的に考察する―――くだらん…実にくだらん!お前たち、こんな学習はそこらで勝手にやっておけ!どこの闇の魔法使いが、面と向かって、こんな幼児じみた呪いをかけてくれるのだ?今年お前たちが身につけるべきは、“真に生き抜く力”だ 」

 

 

ムーディーはぐるりと生徒たちを見回して、“禁じられた呪文”に関する全員の知識を確認した。

服従の呪文、磔の呪文、死の呪文。

この三つだと知っている者は多かったが、「知っているだけ」ではムーディーは許さなかった。「なぜ違法なのだ?」とムーディーは重ねた。「取り返しがつかないから」とフェイが答えた。ガラハッドはそれだけではない気がしたが、複雑な気分で黙っていた。

 

 

「 お前たちは、よく知らねばならん、違法だとされる闇の呪文についてこそ。誰も、見たこともないものから、身を護ることなどできない 」

 

 

ムーディーは机の引き出しを開けた。彼が取り出したガラス瓶の中では、黒い蜘蛛が数匹這いまわっていた。

ムーディーはそのうちの一匹を取り出して、手の上で“服従の呪文”を放って見せた。彼が蜘蛛を使って呪文の効果を示すと、多くの生徒は驚いたり笑ったりした。

ガラハッドはなんだか居心地が悪く、むっつりと黙りこんでいた。いま蜘蛛がやっているような、奇妙なダンスみたいな動きは―――手旗信号といって―――自分も体練でやったことがある。「今思うと、なんであんなことしてたんだろう?」と思うようなことが、自分には結構いろいろあるのだ。

 

授業は進んでいった。

 

次に見せられた“磔の呪文”は、ガラハッドには、正直よくわからなかった。一部には「とんでもなく怖ろしい!」という反応をしている子がいるけれど、「蜘蛛で実演されてもな…」とガラハッドは思った。いくら肥大呪文で大型化されたところで、苦しんでいるんだかいないんだか、蜘蛛の表情って全然わからない。

 

 

「 エッジコム 」

 

 

マリエッタが指名を受けた。

 

 

「 今のをどう思った? 」

 

 

節くれだった指を向けられて、マリエッタはとても嫌な顔をした。こんなことについて指名されることは、侮辱だと捉えているかのようだった。

 

 

「 穢らわしい…許されない、呪文です 」

 

「 許されざる呪文だが、使う者はいる!何故だと考える?」

 

「 そんなの…知りません。知らないわ、犯罪者の考えることなんか 」

 

 

「ねえ?」とマリエッタはこちらに振り向いてきた。

てんで違うことを考えていたガラハッドは、「あ?うん」とふやけた返事をした。

直後、ふたりして首を縮めることになるくらい、強烈な雷が教壇から飛んできた。

 

 

「 愚か者!!! 」

 

 

マッドアイ・ムーディーは吼えた。

 

 

「 なぜ、そうするかを考えるのだ。敵の行動原理を、洞察するのだ!さもなくば次の一手は読めない。真の敵は誰であるかも、見誤ることになるだろう。エッジコム、貴様は、みすみす見誤って恥じぬ者なのか! 」

 

 

ムーディーは黙っていたとしても怖い男だ。

そんな存在に怒鳴られて、マリエッタは完全に竦みあがっていた。

自分と違って、叱られ慣れていないから…―――ガラハッドは急いでムーディーに手をあげてみた。

 

 

「 はい!えーっと、先生、質問があります 」

 

 

適当に言い出したから、適当に続けるしかない。

 

 

「 えー思うに、筋肉は一定の刺激を与えると反射で縮みます。それゆえ見た目は同じようにピクピクすることになりますが、例えば同じ打撃系の痛みでも、骨をやられる際とはらわたが捻じれる痛みとは、違いますよね。“磔の呪文”の苦しみって、外傷でいうと何に近いんですか? 」

 

 

教室が静まり返った。

 

 

「 う、うぅむ… 」

 

 

ムーディーは義眼をぎょろぎょろさせて黙った。

「えっ気にするとこ、そこなの?」と、エルビスが囁きを洩らした。ロジャー、チョウ、マーカスは驚いたふりをしておいたが、これは狂言だと正しく見抜いていた。それくらいマリエッタの顔は蒼白だし、その目には涙が浮かんでいる。

 

“磔の呪文”の痛みってどんな怪我に似てる?―――そんなの、考えたこともなければ試したこともない。試して調べたことがあったとしたら、かなりヤバい。

回答不能質問をぶっこんできたガラハッドに、ムーディーは長々と唸った。

 

 

「 …貴様は、随分と殴られた経験があるようだな? 」

 

「 いえ、あの、違うんですよ。本当に純粋な興味です!父や曾祖父のこと、僕は尊敬していますよ!? 」

 

 

ガラハッドは急いでそう言い張った。

前世や地獄の経験から気になったことだが、なんだかムーディーの反応は、ギャリックやアラベールによる虐待を直感したみたいだ。

神妙で沈痛な面差しで、ムーディーは進行を再開した。

 

 

「 三つ目の呪文を見せる… 」

 

 

「この先生きらい」と、マリエッタはチョウへと囁いた。チョウはマリエッタの手を握って、こくんと小さく頷いて黙っていた。

ガラハッドの穿ち見たところ、ロジャーとエルビスは興奮している。忌まわしさが勝っているマーカスやジルと違って、“本物の力”に手に汗握っているのだ。

三匹目の蜘蛛に杖を向けて、ムーディーは声を轟かせた。

 

 

「 アバダ ケダブラ! 」

 

 

緑の閃光が走り抜けた。

 

本当に“光”であるにしては遅く、ゴォォォッという音と風を伴うナニか。

けれど無反動。返り血もなし。

ガラハッドは、改めてこの世界じゃ殺しはお手軽なものだなと思った。マグルの世界でだって、今時はこんなものかもしれないけれど。

蜘蛛は攫われるように宙へと浮かび上がり、コロッと落ちて机の上に在った。

ああほら、あの蜘蛛の遺体みたいに、自分の遺体だってヒョイっと払いのけられたかもな~!?ショベルカーでドサドサ掻き回されて、ゴキゲンなリゾートになったりしていたら面白い―――…ガラハッドは心を守るために嗤った。

 

自虐、骨髄に徹して性根歪みまくり。

 

ガラハッドが皮肉な気分へと浸っていると、いきなりムーディーは「ノートをとれ」と宣言した。呪文の綴りのひとつも板書せずにここまでやってきたのに、「自分の頭を使って、今日新たに学んだことをまとめろ」だそうだ。

仕方ないのでガラハッドは新品のノートを取り出して、とりあえず開いて日付を書き、「実戦、三つの許されざる呪文について」という見出しをつくった。そのあとは、しばらくペンが止まってしまって、物憂く白いページを眺めた。

他の子はもう何か書いている。

ガラハッドは小さく溜め息をついた。別にこのノートは提出物じゃないから、どんなことを書いてもよさそうだった。

 

 

9月9日 実戦、三つの許されざる呪文について

杖のひと振りで人を殺せるなら、当然、殺しをしたい人間は多くなる。

苦しんだことのない人間が、想像して作り上げられる苦しみのレベルは?

怖れるべきは服従の呪文。誰だって、俺は殺してしまえる。自分は正しいと確信しながら、幸福のうちに。

 

 

「 その通りだ!!! 」

 

 

またしても教壇からムーディーが吼えた。

びっくりして飛び上がったガラハッドは、ぎょろぎょろとした義眼とばっちり見据えあった。

 

 

「 服従の呪文は、おそろしい!解除されたあとも、殺した記憶は残るぞ。戦え!お前らは、この一年で戦えるようにならねばならん!真に怖れるべきものは、ひそかにお前たちを服従させようとするものだ。まっこと、油断大敵! 」

 

 

ガラハッドは感服してしまった。

今年はルーピン先生がいないことを、強く残念に思ってきたけれども…ムーディーもまた熱血教師だ。

彼から教わるこの一年は、とても貴重な一年になるに違いない。

 

 

 

 

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