ああもう恋愛なんてクソもクソ。カノジョもちが偉いみたいな風潮の社会もクソ。男同士で気兼ねなく遊ぶほうが、どれほど楽しいことか!!!
と、ガラハッド・オリバンダーは思った。
彼は、
地をよぎった大きな影に気がついて、セドリックは空を振り仰いだ―――今日は美しい晴れだ。
「 あれ?君、来たんだ 」
場所は、南のゆるい丘のうえである。さっき図書室で借りて来た本を、セドリックは芝生に広げていた。彼は杖先からペンキを出して、ページ上の幾何学図形を地面に写していた。
ガラハッドはそれを潰さないように着地した。
人間の姿に戻ったガラハッドへ、セドリックは手を止めて不思議そうに言った。
「 さっきは用事があるって言ってなかったかい? 」
「 ああ。けど、済んだんだ。フレッドとジョージは? 」
「 誘ったら、『あらまあ誕生日がお早い人はいいですね!』だってさ。怒らせちゃったよ。彼らも、興味があるだろうなと思ったんだけど… 」
セドリックは肩を竦めた。
ガラハッドは「気にするな」と言った。フレッドとジョージの二人は、相変わらずふざけた二人組だが、どうもこの頃真剣な様子で話し合っている時がある。きっとどうにかトライウィザードにエントリーしようとして、知恵を絞っているのだろう。燃やされてしまった注文書の製作もしないといけないし、彼らはあれで忙しいのだ。
セドリックは、開いて置いていた本のページをめくって戻し、今読んでいる章の始まりを指さした。『第三章 ヨーロッパ武術の基本理念』―――ガラハッドはしゃがみこんでそれを読んだ。
セドリックは地面に線を引く作業に戻り、ガラハッドのほうを見ずに言った。
「 年齢制限の件は、彼らならば何とかするだろう。僕のほうも、代表選手に選ばれるための努力をしておかなくちゃ。読んで、読み終わったら返してくれ 」
「 いいね、それで決闘術ってわけか 」
「 ああ。審査員がいるということは、ただ勝てばよいというものではない筈だからね。君が来てくれて助かったよ!実は同室のポールも、エントリーしようとしてるんだ―――ちょっと誘いづらいだろ 」
「 んー… 」
ポールって、誰だっけ?目立つ奴ではないから、セドリックのほうが万事まさるんだろう。ガラハッドはそれ以上考えなかった。
決闘術というものについて、ガラハッドは初めて専門書を読んだ。“時間”という言葉の示す意味について、初めはしばし考えさせられた。それというのもこの本の中では、“時間”の語はニュートン以前の意味で使われているのだ。そのうえで、筆者は戦闘上有効な動作の組み合わせを“真の時間”、非効率非効果の動作を“偽の時間”と呼んでいる。
ガラハッドが目を細めて考え込んでいる間に、セドリックは作業をやりとげた。セドリックが地面に描きあげたのは、二つの正円を重ねたベン図のようなものだ。その中心は二重の菱形が含まれており、両外側の半円は45度ごとに分割されており、その一区切りごとの弧に内接する八つの三角形は―――…と、まあ、詳細を説明していくとキリがない。つまりは絵画的幾何学図形であり、歩行法の練習のための補助線である。
我ながらうまく描けたと感じて、セドリックはにんまりと笑った。
「 ガラハッド、そこに立って!いいや、僕が先に立つ。君は、僕と対称になるように… 」
「 じゃあ、ここだな? 」
「 そう!有難いな、話が早いよ 」
「 左右、足の角度は90度 」
ガラハッドは読んだことをそのまま唱えた。
お互い、そのように立って杖腕を伸ばしてみると、なるほどこれはホンモノという感じだ。かつてロックハートに教わった構え方よりも、なんだか数段良いような気がした。
ホグワーツ代表に相応しくなるために、自分が何を身につけたいと思っているか、セドリックはガラハッドに説明した。ガラハッドはうんうんとすぐに頷いた。
剣道に置き換えて理解するならば、今から行う稽古は切り返しだ。セドリックが攻めの掛かり手で、自分は受けて返す元立ち。まずは正面打ちから始めて、前進しながら斜めに四本。直後に後退して、今度は五本打たれる。
しかし理解のほうはともかく、実際にやってみるとガラハッドにとって難しいのが、初めも終わりも移動中も、杖による決闘の術は、まったく“一足一刀の間合い”ではないということだ。そもそも前後運動というものがなくて、すべての足運びは横の動きである。当然、接触もない。元立ちとして返すといっても、打ち込まれた竹刀を竹刀で打ち落とすわけではなく、少し斜めに傾いて、相手の杖先の延長である攻撃線を避け、逆に相手に自分の杖先が向くようにするだけだ。自他ともに常に動き続けるから、これは口で言うほど簡単ではない。
実際に杖を使うと危ないので、セドリックとガラハッドはまず素手で練習してみた。どちらかが基礎の歩行法―――ランジのシングルテンポという―――を間違えたら、すぐに間違えたことがわかるように、互いに腕がぶつかる距離でゆっくりと基本動作を確認しおえたとき、ガラハッドは騙されているような気がした。
「 これって、ダンスなんじゃないのか? 」
セドリックも同じことを思っていた。
狐につままれたような顔つきで、セドリックは杖腕をおろした。そして誘い手としてガラハッドに答えかねて、一度円から出て本を読み直した。たしかに、今のは三拍子に乗ったらすぐにでもワルツなのだが…―――自分たちは間違っていないようだ。念のため三章を全部読み直してから、セドリックはゆっくりと答えた。
「 この距離だから、そう感じられるんだ 」
セドリックは円の中へ戻った。
「 本来は、もっと離れて戦うからね。でも僕たち何も間違っていない。練習時の距離はこれくらいが最適だと書いてあるし、僕はそれが正しいと思う。さあ、もう一度やろう!次は素早くやってみせるよ。足と判断が遅いと、くくっ、チョップをくらわせてやるからな 」
「 待てよ、反対側の動きも確認したい。僕も攻め手をやってみたい!…これは君の練習だけどさ 」
「 いいよ。交代でやっていくことにしようよ。そのほうがより実践的だ。僕の練習にもなる! 」
夕焼けが見え夕食の匂いがしてくるまで、二人は決闘術の練習をした。もしもワルツだとするならば、その日は三種の歩行法をアレグロの速さまでやった。
ホグワーツ城に歩いて帰るとき、彼らは心地よい疲労を感じていた。それぞれの寮のテーブルへと別れる直前まで、会話は途切れることがなかった。
「 次の練習のときは、燭台を用意するべきみたいだね。ほらこうやって―――この動きを速くしていくときにさ!灯が消えるようでは、いけないんだよ! 」
「 確かに杖で精確に狙うなら、そうだよな。ブレのない、最も無駄のない動きを鍛えていくわけか。マグルでいうと居合い抜きかな?ゴドリック・グリフィンドールのイメージが変わった! 」
「 あはは、たしかに、そのとおりだよ!フィリッポ・ヴァーディは書いてる、『武術とはサイエンスだ』だって。ゴドリック・グリフィンドールって、突出したエンジニアだったんだよ。ああ、これは教えたくないなあ! 」
「 フレッドとジョージに?アーサーさんも鼻高々になるだろうな 」
「 あのお父さん、マグルについて詳しいよね。是非訊いてみたいな―――知ってるかい?マグルって、この動きを突き詰めて近接で勝負をつけるんだよ。ゴドリック・グリフィンドールはマグルとも決闘した!見て、四章はダガーナイフ決闘で生み出されたイタリア式ステップ、五章はレイピア決闘で編み出されたスペイン式ステップ…どっちも凄く複雑!僕、これをナマで見てみたいよ! 」
「 うーんまあ、それって、大昔のことだと思うけど?今時のマグルは、一般に魔法族よりも従順で穏健だよ。不平があっても、実際的な手段はとらないんだ。多分、それが実践されていたのは18世紀くらいまでだ―――その頃は剣による決闘をする貴族がいた 」
「 そうかな。シャーロック・ホームズだって、
「 そういやホームズって
セドリックは頷かないわけがなかった。
夕食後、彼は早速体験したいと言った―――そして背負い投げと崩し袈裟固めをくらった。無論、吐き戻しの危機であった。
十月いっぱいの間、ガラハッドは新しいこの遊びに熱中した。
純粋に楽しいだけではない。二年前の悔しい思い出と、今年ますます理不尽でムカつくスネイプの振舞いが、ガラハッドのやる気を燃え上がらせた。
昨年医務室前で論破されたことで、スネイプはガラハッドへの憎悪を隠さなくなっている。
別に、腕を披露する機会なんてなくたって、「その気になれば、できる」という自覚は有ると気分がいい。ある晩自室でくるくると回りながら、ガラハッドはロジャーへと解説した。
「 決闘クラブのとき、僕がスネイプを杖先に捉えられなかったのは、あいつのほうがステップに長けていたからなんだ。スネイプめ。次があったら二秒でぶっとばす!まず、こう動くだろ…? 」
杖は剣であり盾である。左右の足を90度にするのは、敵から見て的を小さくするためだ。
前進?あるいは後退?
斜め前行、斜め後行からの反転?
攪乱して、ただ攻撃線上に相手を捉えろ。
指でバーンなんて要らない。
闘う人と人は、別の星系の惑星同士であるように、それぞれ流れるように円運動をして、一瞬見えない線でつながる。互いに手を伸ばしあいながら。
それだけだ。
それだけで、実戦ならばもう決着はついている。
ニヤッとして説明を終えたガラハッドに、ロジャーはとてつもない笑顔で言った。
「 やべっえええ!楽しそう!俺もやる!もう一回最初からやれよ! 」
「 腕は水平に。これはステップの練習用な?実際は上段から下段まで四種の構えがあるし、それも回転運動なんだけど、まずは歩行法から… 」
「 二人ともぉぉぉ!そんなことより、宿題しよ!?今からやらないと、終わらない量だよぉ 」
「 だから、その宿題を出した奴をぶっとばすんだよ! 」
「 別に、明後日からやったって終わるんじゃねえの? 」
ロジャーはマーカスをチクリとやった。
今年は出番のないクィディッチノートに図を描いて、ロジャーは、ガラハッドが説明した基本的な動きを理解した。何かと何かを組み合わせて個性を出したり、「Aのステップが来たらBステップで切り返せ」という定石を他よりも速くやること―――そういったゲームがロジャーは得意だし、得意である以前に大好きである。
ロジャーは、たちまち決闘術にのめり込んで、ガラハッドと一緒に深夜までくるくると回った。実に迷惑な同室生たちに耐えることで、マーカスは監督生としての資質を磨いた。
いきいきとしてロジャーは叫んだ。
「 獲った! 」
「 くっそ。お前飲み込み早いな!?セドリックよりも強いかもしれない… 」
「 マジで?あいつより?あいつよりか…へへへ明日、ちょっと絡んでみよっかな 」
あいつ、“遊び”のわかる奴だったんだなぁ。
鼻の下を指でこすりながら、屈託なくロジャーは笑った。
10月30日の朝、「ダームストラング専門学校とボーバトンアカデミーの一行が到着するため、本日の授業はいつもより早く終わります」という知らせを聞いた時、食事の途中だったガラハッドは、急に憂鬱なような緊張するような気分になった。彼は危機感を覚えて、「あー…」と力なく言った。
たった今騙し杖でロジャーからの不意の一勝負を受けたところだったが、場所や状況に構わずこんな遊びをするのも、今日までにしないといけない。「本日、午後六時から歓迎会を行います。だらしない服装で寮を出てきたり、馬鹿げた大きさの髪飾りをつけてこないように。本校の生徒として、恥ずかしくない行動を求めます」と言ったとき、マクゴナガル先生は明らかにこちらを一瞥した。
副校長の話が終わると、大広間は非常に騒がしくなった。「よその魔法魔術学校って、どんなところだろう!?」という話題が飛び交うなか、ガラハッドは深い溜め息をついた。急に付き合いの悪くなったガラハッドに、ロジャーは不審そうな目を向けた。
「 うえぇ親父が来る…ロジャー、もういらんことしてくるなよ 」
「 まるで俺ばっかり先手を取ってきたみたいに。まあ、いいけどな?へへへ、楽しみ楽しみ! 」
ニタァッとロジャーは目を細めた。真向いにいたチョウはクスクスと笑い始め、掬いかけだったプティングを溢した。
ガラハッドは、「勘弁してくれよ」の表情で彼女を見やって紅茶を飲み、ロジャーからの揶揄いを黙殺した。明日からは、自分だけが「毎日が授業参観日」状態だ。お利口ガラハッドくんを想像して笑っている、気楽なこいつらが羨ましかった。
熱っぽい声でマーカスが言った。
「 ねえ…一生に一度なんだよね? 」
「 え? 」
その言葉には嫌味もマウントもない。心底気遣わしげな様子のマーカスに、ガラハッドは目を丸くした。
「 え…何が? 」
真剣な様子でマリエッタも頷いた。
「 持続可能な発展のための国際魔法使い協定。あなたのお父様は、それでフランスの杖業を担うことになったんでしょう? 」
「 そうだけど? 」
「 つまり、こんな機会でもなかったら―――あなたって、二度と親御さんに会えないんでしょう? 」
「 …えーっと 」
ガラハッドは反応に困った。
たしかに、“一生”などという視野で考えたことがなかったが、約八ヶ月もアラベールが身近にいるなんて、今後は発生し得ない状況かもしれない。しかしだからといって、自分はそれを悲劇だなんて感じていないし、マーカスとマリエッタの調子につられて、ロジャーとチョウのふたりまで申し訳なさそうな顔つきをされるのは嫌だった。
ガラハッドは奇人っぽく振舞った。
「 ははっ、気にしたことないな 」
「 そう…。あなた強いと思うわ 」
「本当は寂しいでしょうに」をマリエッタは吞み込んだ。告げればプライドを傷つけると思って、言葉にはしないでおいたのだ。彼女の偏った私見によると、ガラハッド・オリバンダーという人の自嘲癖の根源は、
大きな制度に軽んじられて、甘えも寂しさも許されなくて…。
親と引き裂かれて修行の道を歩まされ、生涯を公益に捧げる人。八歳やそこらの子供には、通常割り切れない感情を彼は割り切ったんだと思う。自分の気持ちと公益を比べたら、公益のほうを優先するのが正しいんだ、と。
入学した頃「おとなっぽい」と感じていたことの、本当の姿が今ならわかる。彼が自分を軽んじるのは悲しいから、今年少しでも癒されてくれたらいい―――…。
魔法史の授業で斜め前の背中をみつめながら、マリエッタはそんなことを考えていた。
あなたが幸せなら、それでいいの。
あなたが輝いているのなら、こっちを向いてくれなくてもいいわ。
五年目へと差し掛かった恋は、もうそんな形にまで育っている。
さて、夜がやってきた。
その晩校庭でホグワーツ生たちが目撃したものは、いずれも素晴らしい光景だった。
ボーバトンの天馬はおのずから光を放ち、ダームストラングの船はオーラヴ1世のサーガも斯くやと思わせた。ボーバトンの演舞団は嫋やかで美しく、ダームストラングの演武団は勇壮で凛々しかった。どちらの学校にも、あっと目を惹かれる生徒がいた。校長たちはそれぞれ個性的で、自分の生徒たちを誇る様子が見えた。
宴のために城内へと戻るとき、ガラハッドはちらっとアラベールの姿を見つけた。壮麗な見世物の影には、どこでも裏方がいるものだ。
彼はふぅふぅ言いながらどうにか天馬を牽こうとして、ハグリッドに声をかけられて作業を代わられていた。アラベールよりもハグリッドのほうが、圧倒的にうまく天馬たちを寝床へと誘導した。
アラベールはいつも通りだった。やれやれ…と肩凝りをほぐして、彼はボーバトン生の列へとついていった。
フィリッポ・ヴァーディは15世紀の人で、イタリア式古武術が上手だったっぽいです。きっと魔法族だったし蛙チョコレートに載っていることでしょう。フィリウス、バーティと音が近いからなんとなく出したくなりました。