「 乾杯! 」
ダンブルドアの一声で、大広間の全員が盃をあげた。宙に浮かぶ蝋燭は燃え盛り、黄金の火花をきらめかせた。三大魔法学校対抗試合が、今、開会された。
「 乾杯! 」
「 乾杯! 」
盛大な祭りの始まりである。肩触れる人々の放射熱で、大広間はいつもより暖かかった。
約二百年ぶりの開催だもの。今から始まることは、未来の教科書に載るに違いない。
「歴史的な瞬間だ」とガラハッドは、四方を見回して多幸感を覚えた。今宵の大広間の光景は、それほどまでに素晴らしいものであった。幾千の御燈明に照らされて、人々は皆美しく見えた。
二校の素晴らしいパフォーマンスに感化されて、ホグワーツの校歌斉唱は活気と迫力が漲った。金の皿とゴブレットには、かつてない量のごちそうが湧きだした。
いそいそとフォークを持ち上げたものの、チョウは食事どころではなさそうだった。
「 ねえ、見て…あそこにクラムがいる! 」
ネス湖のドラゴンでも見つけたみたいに、チョウはロジャーの服を引っ張って耳打ちした。クラムって、あのシーカーのクラム?
異常な興奮ぶりを見せるふたりにつられて、ガラハッドはちらりと背後を見やった。
スリザリンの席にいるダームストラング生たちは、赤い制服のせいでよく目立った。しかし男子は全員坊主頭なので、俯いて食事をされていると誰が誰やらわからない。
ガラハッドがチョウのほうへ向き直ると、「わたし、今日からブルガリア語の勉強をする!」と彼女はきっぱりと言った。
「 “サインください”って、ブルガリア語で言えるようになる!英語でお願いするよりも、きっと感じが良いはずよ 」
「 頼むぜチョウ。俺はフランス語をがんばる 」
ガラハッドは嫌な予感がした。
ロジャーはうっとりとしており、喜びを噛み締めるかのようだ。
ガラハッドが「つづきをどうぞ」と魔女カボチャジュースを注いでやると、ロジャーはしみじみとゴブレットを掲げた。
「 ボーバトンの女子、マ~ジ~で、レベル高い 」
「 ホグワーツの恥を晒すなよボケが… 」
ガラハッドは低い声で唸った。実は、内心ロジャーと同じことを感じていたからこそ、そのうちロジャーのやりそうなことがわかったのだ。事情を知らない筈のマーカスまでも、察し良く苦笑いをした。
チョウは自分の世界にいたので、マリエッタは孤軍奮闘だった。彼女は男子陣をキョロキョロ見回して、何度も空咳を響かせた。
各自が胃袋を満たしたころに、威厳ある声でダンブルドアは言った。
「 時は来た 」
ガラハッドは顔をあげた。
そして咄嗟に顔を顰め―――「うげぇッ」と漏らすのをこらえた。
いつの間にやらダンブルドアの左右には、魔法ゲーム・スポーツ部のルード・バグマンと、国際魔法協力部のバーテミウス・クラウチがいたのだ。前者のほうはともかく、後者とは二度と顔を見たくないと思っていたのに…奴は完璧な七三分けで、壇上に居座っているのである。
ダンブルドアの話を聞きながら、ガラハッドは怖々と壇上の席を観察した。
何も知らないアラベールは、クラウチの二つ隣の席にいた。彼と彼とのあいだには、ボーバトンの女性校長がいた。その人が尋常でなく巨大であることを、ガラハッドは救いのように思った。薄紫色の瞼に、馬並みの睫毛、豪華な毛皮の外套―――彼女は、並みの人間の三倍は存在感と肩幅がある。つまり、立派な壁なのであった。
一方、ダームストラングの職員のほうは、校長も補助教員も細身の人物だった。彼らと並んで座っていると、ルード・バグマンはつやつやの丸パンに見えた。
ダンブルドアがひとつ合図をすると、フィルチが恭しく木箱を持って登壇した。儀式らしい仕草で、ダンブルドアはそれを杖で三度叩いた。
万人がそれを見守った。
水を打ったような静けさのなか、ダンブルドアは懐に杖を差し込んだ。そして伝説のガンダルフかのように、“炎のゴブレット”を両手で木箱から取り出し、頭上へ高々と掲げた。蠢く影のひとつとなって、ガラハッドはそれを見つめていた。天に捧げられた盃は、青白い炎をゆらゆらと湛えていた。
ダンブルドアは重々しく言った。
「 代表選手に名乗りを上げたい者は、羊皮紙に名前と所属校名をはっきりと書き、このゴブレットの中に入れなければならぬ。立候補の志のある者は、これから二十四時間のあいだに、その名を炎へとくべるよう。明日、ハロウィンの夜に、ゴブレットは、各校を代表するに最もふさわしい者の名前を返してよこすであろう。このゴブレットは、今夜、玄関ホールへと置かれる。我と思わん者は、自由に近づくがよいぞ… 」
祈祷のような響きだった。本気の大魔法使いの声には、何か得も言えぬ力があった。
彼は、十六歳以下の生徒に向けて、決して年齢を誤魔化せると思うなと言った。そして十七歳以上の者に対しては、軽い気持ちで名乗りをあげるなと忠告した。
炎が名前をのみこむとき、その霊魂は神々に委ねられる。その者は魔法契約で縛られる。身命を賭して試練に臨み、最後まで戦い抜く覚悟のある者だけが挑戦せよ、と…。
―――…。
…そういうことを言われるほど、勇み立って名乗りをあげたくなるよな?
「競い、試されるのは魔力と勇気、論理性と推理力、それに危機対処能力」か―――…どんな課題が出されるんだろう!?
ガラハッドは想像するとワクワクして、今になって、自分がまだ十五であることを残念に思った。こればっかりは仕方のないことだから、あまり考えないようにしてきたけれど、やっぱり、悔しいものは悔しかった。
ちくしょう、明日になってもまだ十六なんだよなあ!
ガラハッドはせめてセドリックに選ばれてほしくて、傾いてチラリとハッフルパフ席を覗いた。こちらからの視線には気づかないで、セドリックはじっと“炎のゴブレット”を見据えていた。
「 さらに 」
ダンブルドアは話を続けた。
「 これは、客人の皆さんにとっては、名乗りを上げようのないものじゃが。ホグワーツは、皆さんのおいでを、心から歓迎いたしますぞ。本校での滞在が、快適で楽しいものになることを、わしは希望し、また確信しておる―――十一月のあいだに選出する、本校の“学生総代”によって 」
へえ、こっちのほうは初耳だな。
そういう役職の生徒というのを、ガラハッドは小説の中でしか知らない。学校報国会世代だったから、校友会活動を知らないのだ。二つ上までは知る“文化祭”とやらを、実はかなり体験してみたかったのだけれども…。
これまたロマンのある話ですねえと、ガラハッドは冷ややかに目を細めて聞いた。はいはい、どうせ実態はわかっている―――いよいよ教員の人手が足りないので、トライウィザード期間中、学生の雑用屋が必要なわけだ。今日まで激務が続いていたのか、アラベールは腕を組んでうとうとしていた。
ダンブルドアは言った。
「 今宵から募集を始めないのは、代表選手の選考から漏れた者にもチャンスを与えるためじゃ。学生総代の地位には、代表選手以外の四年生以上の者が名乗りをあげることができる。選出された者は、三校の生徒の交流がすすむ催しを企画し運営してもらう。うーんと、楽しいものがよいのう!わっしょい、話はこれで、終わりじゃ 」
間抜けなアラベールを眺めながら、ガラハッドはそれなりに手を叩いた。大きな拍手が響いたことで、アラベールは起きて居ずまいを正した。
ダンブルドアは自分の席に戻り、それからはニコニコと微笑み続けた。そんなダンブルドアの隣で、クラウチは「まったく面白くない」という顔をしていた。
これで歓迎会は終わりということになって、寮へ帰るようにという指示が飛んできた。だらだらと席を立ちながら、ブルーマフィアの五人は雑談をした。今度のは全員が該当者となるぶん、ロジャーの「四年生以上か…」は真剣な声色であった。
「 なあこういうのって、レイブンクロー向きの役目だと思わないか?だって必要とされてるのは、冴えたアイデアなんだぜ 」
「 それに、異文化を排斥しないマインドよね 」
「 これも一名だけなのかな?どうやって選ぶんだろう… 」
「 第二のゴブレットがあるんじゃないかしら 」
ロジャー、チョウ、マーカス、マリエッタの順である。ガラハッドは意見を言おうとして、運悪く機会を逃した。焦った声のマクゴナガル先生が、レイブンクロー生たちを掻き分け、西塔に向かう自分を追いかけてきていたのだ。
「 オリバンダー! 」
ガラハッドは黙って振り返った。
矢鱈何度もまばたきをしながら、マクゴナガル先生は立ち止って神妙に言った。
「 こちらへ…おいでなさい… 」
誰も揶揄わなかった。
ガラハッドは、今朝向けられた視線は気まずかったけれども、友人らのことを優しいと思う。黙って四人へと頷きかけて、集団を離れる意思を示した。
熱の滲むような声で、マクゴナガル先生はもう一度言った。
「 今夜は、特別に許可します。一人だけでおいでなさい 」
奇しくも、四年前と同じ科白だった。ガラハッドもマクゴナガル先生も、そのことに気づかなかったが。
人は誰しも、みずからが物語のなかに在ることを感知できない。
縮みゆく蝋燭を灯しながら、自身が円運動をしていると識らない。
さながらミネルヴァの梟が、迫り来る黄昏に飛び立つかのように。
親子を再会させるために、彼女は早くから動き出していた。予言の月の夜のように、彼女はガラハッドひとりだけを誘った。
マクゴナガル先生の執務室は、校長室に程近い場所に存在する。彼女は、ガラハッドを開けるべき扉の前まで導くと、小声で「それでは」と言って去った。仕事を抜けることになるアラベールの代わりに、ボーバトン生の拠点を確認しに行ったのだった。
「体調不良者はいませんか」などと、馬車の入り口で彼女は言った。
それから、彼女はグリフィンドールの談話室の暖炉前で、猫になってスヤスヤと眠った。お祭りに浮かれたヤンチャ坊主たちの、夜間の脱走を防ぐためだった。
ピンと耳を跳ね上げて、片目だけを開けてギョロリ―――丸くなったトラ猫がいるのをみつけて、フレッドとジョージはそっと自室へと戻った。「こんなことだと思いました!」と、彼女は尻尾をぷんぷんと振った。
さて、そんな全様までは知らなくても、ガラハッドは彼女の思いやりのほどがわかる。尊い慈しみを向けられて、身の至らなさを思った。
ガラハッドは、手を伸ばしかけたのにドアノブを握れなかった―――そっと小さな溜め息を吐いた。マクゴナガル先生の意図を直感して、おとなしくついてきたのは打算からである。積年溜めこんできた“訊くべきこと”を、自分はアラベールに対して抱えている。
けれど、この期に及んでまだ迷うのである。
だってさ…「我こそは父」ということにして手塩にかけてくれた男に対して、「本当の父親は誰だ?」と訊くことは、なんというか、その、申し訳ないだろう?しかし本当の父親を知らないままでいることは、どう考えたって不利益が多いのだ。
「いつから気づいていた?」と悲しそうにされたら、どう返事をしようかなあ…。
一生実父だと信じていることにしておいてやりたかったが、そうは問屋が卸さない。
あの熱っぽい声を思い出すことで、ガラハッドはやっと踏ん切りをつけられた。さっきすみやかにクラム探しを諦めたのは、ドラコ・マルフォイと関わりたくないからだ。
いよいよ年貢を納める心地で、ガラハッドはマクゴナガル先生のお部屋に入った。しみったれた顔つきで入ってきた息子に、父は陽気に挨拶をした。
「 よう!来たな。ミネルバにお礼を言ったか? 」
アラベールは紅茶を淹れていた。
少し前まで無人だった冷えた部屋に、ポットからの湯気が漂っていた。
ガラハッドは、抑えがたい好奇心と、半分くらいちょっとした現実逃避欲から、湯気へと近づいていきながら、応接セットのところにいるアラベールではなく、執務机やその後ろにある棚を観察した。整理整頓が行き届いていて、この部屋はとてもマクゴナガル先生らしい。エメラルドのインク壺と羽ペン、家族らしき写真に―――凄いぞ、約20年ぶんの月刊『変身現代』が置いてある!
思いっきり余所見をしながら近づいてきたガラハッドを眺めて、アラベールは「変わっていないようだな…」と感じた。
いや相対的には“変わっている子”なのだが、「絶対的には変わっていない」という意味で…。
蛙の子は蛙。つまり、蛙の親だって蛙。
絶対的にはまったくいつもと変わらない調子で、アラベールはにこやかにガラハッドに話しかけた。
「 久しいな。随分と身長が伸びている!実寸の感動は遠距離の目測を超える!ふむ、巻尺が欲しい 」
アラベールは部屋を見回した。
その隙に、ガラハッドは手近な椅子へと座った。
立っているとただちに身長を測られるのだ。これは、経験からいって間違いない。オリバンダー家の居間の柱には、年月日つきの刻み痕が並んでいる。
その光景を思い出して、ガラハッドは彼を裏切っている心地がした。
「 んーっと、まあ…久しぶり… 」
ガラハッドは歯切れよく言えなかった。
ますます内向性を高めたように見える息子に、アラベールは驚き呆れた。
「 お前…。まさか、その調子でフィシオロース氏に挨拶したんじゃなかろうな?『行っていない』などと言うなよ?チケットを送っただろう 」
「 ああ、ああ、勿論。アレは、ちゃんと行ったよ。服装とかもちゃんとして―――現地でエルドラに会った。それに、マイスター・スパッドモアにも 」
「 布っきれをいくら重ねてもな。大事なのは立ち居振る舞いだ。わからんのか?シャキッとして、もっときびきび喋れ。お前には、店の看板を背負って行かせたんだぞ 」
「 わかってるよ 」
ガラハッドはムスッとして言った。
小言親父め、こっちの気も知らずに…。
ガラハッドは、いきなり本題に切り込む勇気を持てないので、文字通り茶を濁しているだけだ。ガラハッドは紅茶にミルクをいれて、ぐるぐると乱雑に匙を回した。ひょいと匙の先をあげても、ミルクティーはカップ内で渦巻き続けた。
「 これは…。もしや、ついに反抗期!? 」
アラベールはいやに嬉しそうにした。
当然、「違いますが!?」とガラハッドは思った。
「 黙って聞いてもらえると嬉しいんだけど 」
ガラハッドは極力淡々と言った。
「 あなたに二つの用件がある。ひとつは報告と謝罪と忠告で、ひとつはセンシティブな質問だ。まず順を追って事実の報告をさせてほしい 」
「 いいだろう 」
アラベールは右足を左の太ももに乗せた。ふんぞりかえるアラベールとは対照的に、ガラハッドは前かがみになった。ガラハッドは足を開いて座り、膝上に肘をついて指を組み合わせた。くゆっては立ち消える湯気を見据えて、ガラハッドは静かに続けた。
「 あなたの代理で行った決勝戦会場で…ひと悶着あった。闇の印のニュースは、届いてるよな?フランスの新聞は、どう伝えている?―――マルフォイ家の息子に誘われて、暴動が始まったとき、僕は既に森の中にいた。森といってもキャンプサイトだから、ほとんどマグルが育てているところだ。そのエリアを移動中、暴動が始まってから逃げて来たハリーに会った。彼は、この暴動を起こしたのはマルフォイ家の当主だと主張した―――実際はどうだかわからない。マルフォイ氏は試合中、貴賓席にいたが、その後早々に姿くらまししていた。僕は、マルフォイ.Jrとその人工林部で別れた。彼がその後どこで何をしていたかは知らない。ハリーと僕らを引き会わせたのは、あの柳の杖に選ばれたウィーズリーの子だ。彼はトネリコを使った。彼らは他に、マグル生まれの女の子も連れていて―――あれは真夜中だったけど―――僕は、三人を
アラベールは目を細めて黙っていた。最後の一言を伝えるために、ガラハッドは長い前置きを強いられたのだった。
かの夜は、一体どんな意味を持つのか?
魔術師として現実に向き合うとき、人は、事実のどこに注目にすべきだろうか?
樹々を重要視すること、それは、ほんの一例にすぎない。人は、事実のどこに着目したところで、結局、その一部分しか視られないことだろう。そのうえ言葉にしてそれを伝えるなんて、どうだ、こんなもの、どうしたって
けれどもガラハッド・オリバンダーは熱心に話す。彼はそれしか手段を持たないのだ。
折角のお茶を全然飲まずに、ガラハッドは喋りつづけた。
「 下手人は屋敷しもべ妖精で、“妖精の杖”を使っていた。ただのしもべ妖精じゃなくて、さっき魔法省から出向してきていた国際魔法協力部の、バーテミウス・クラウチのしもべ妖精だった。そこであいつは、自分の監督責任が問われるからって、僕を容疑者へと仕立てあげやがった!クソみたいな屁理屈こねて、あんたのことも下に見ていた。さっきは立派な役人ヅラしていたけど、騙されちゃいけない 」
「 ふむ。まあ、そりゃあそうだろうな 」
アラベールは平然と言った。
彼はずずっと熱い茶を啜って、眼鏡を湯気で曇らせていた。
「 卑しめることで気を休めたいのだろう。それで、その後どうしたのだ? 」
「 え?まあその…大変、不名誉だから…店の看板を背負って…ええっと、喧嘩しました。部下たちの前で噴き上がらせて、その日のうちに闇祓いを寄越された。心ある省内の方々が、どうにか収めてくださったようで、あくまで形式的な捜査で済んだけど―――スマン、あんたが鍵かけてた本、開けた 」
「 ふむ、見たのかアレを。成人の日に贈ろうかと思ったんだがなあ… 」
「 マ ジ で 恥ずかしかった!要らない!あれ、捨てていいかな!? 」
ガラハッドは思い出すだけで赤面した。あれは、アラベールの書斎で厳重に封じられていたから、すわ闇祓い局にみつかるとヤバい錬金術書かと思いきや…ガラハッドが乳幼児だった頃の記録だったのだ。「や~ん可愛い~!」とか言ってトンクスは、写真の頬っぺたをツンツンつつきまくった。あいつに他人のプライベートを調べる権限が付与されるなんて、ガラハッドは法治国家の欠陥だと思う。
「 貴重な記録ではないか 」
アラベールは不機嫌に言った。
「 わたしのコレクションだ、捨てるなよ?見せてやってもいいと思ったから置いていったまでのこと。要らんというならば、寄越せ。フランスに持って帰る 」
「 うぐ…ッそういったおこころ、大変有難いとは承知しているんですけどぉ!よんどころない事情がありますんで、お尋ねしてもいいですかね!? 」
「 はあ。何を訊きたいというのだ? 」
「 僕の父親って誰 」
ガラハッドはヤケクソ気味に言った。
アラベールは、葉巻を咥えて先端を切り落としかけていたが、このときピタリと手を止めた。
彼の唇が自由にならないうちに、ガラハッドはすぐさま補足をした。
「 その、血縁上の…という意味でな?僕は危機管理上、知っておく必要がある!あんたに不満があるわけじゃない!さっきは、『要らない』『捨てろ』とか言ったけどさ… 」
「 …、どうしてまた急に… 」
「 グレイスは死喰い人だったんだろ? 」
ガラハッドは静かに言った。
その断定的な響きに、アラベールは苦い顔つきをした。彼もまたヤケクソな様子で、中途半端に切れた葉巻の先端の残りを手で引きちぎった。
「 ―――お義父さんは何と? 」
アラベールは唸るように言った。
ガラハッドはやりきれなくなった。
ガラハッドがギャリックの主張を代弁しているあいだに、アラベールは葉巻に火をつけた。
「 『彼女は攫われた』と―――…親心だ。爺さんは、そう信じていたいんだろう 」
「 グレイスはそんな間抜けではなかった。弱い魔女でもなかった。“お嬢さん”と私は呼んだが―――小娘という意味ではなかった。そこらの男なんぞでは歯の立たん、私が憧れ望んで弟子入りした一門の、その親方に次ぐ御方―――“
ガラハッドは返事のしようがなかった。
彼は、ただ嗅ぎ慣れた香りに包まれて、自宅の暖炉の前に立っている気分で、写真のなかのグレイスを思い出していた。
いつだって取り澄ましていて、武装したような美貌の彼女。たしかに“女王様”だけど、そんなに強い人間ではなかったのでは…。「彼女、トイレで泣いてたわ」という、嘆きのマートルの声が脳裏に響いた。
「 …つまり、どういうこと? 」
ガラハッドは続きを求めた。
喫煙や喫茶というものは、強制的に余白を挿入して、会話のペースを抑える効果を持つ。
アラベールの意図を汲んでガラハッドは、今さらぬるくなった紅茶を飲んだ。こんなもので一定クールになれるほど、自分っていう肉塊は単純だった。
「 落ち着いて、よく聞けよ 」
アラベール・ノアイユは言った。
「 わたしの直感では、彼女は、我々にはできない方法で、みずから“例のあの人”と対決することを望み、奴の邪悪さの前に敗れた。『危機管理上、知りたい』と言ったな?お前は、さては出会ったのだろう―――お前を、“例のあの人”の息子だと思っている者に。どっちだ?クラウチ?マルフォイ? 」
「 マルフォイ 」
「 マルフォイ以外にもいるかもしれない!だが、マルフォイは…そうだな、彼女が心神喪失に至った決定的な要因になっただろう。彼とグレイスは友人だったのだ。少なくともお嬢さんはそう思っていた。よく話を聞いたものだ。たしか同級だったかな 」
「 スネイプも。スネイプっていう魔法薬学の教授も、グレイスと学生時代に関わったみたいだ。彼は、彼女の後輩にあたるはず。奴も僕の父親のこと、一体どう考えているんだか… 」
「 あまり人数を数えたくはない 」
自分から言い出したことのくせに、アラベールは「もう沢山だ」という顔つきをした。話が前に進んでいなかったら、ガラハッドは彼の一服が許せないところだった。
「 人数は問題だ…だが本質は人数ではない。誰であったかも問題だ、だが本質は誰であったかではない。“例のあの人”によって、彼女は魂を殺された。その魂の殺人の瞬間を、目撃者はお前の誕生の瞬間だと解釈する―――生物的に、それが正しい理解だからだ。わたしは、それを利用してやろうと思った。お嬢さんを助けに駆けつけたとき、私が、最も早く彼女を見つけた者だった。わたしは痕跡を消した。お嬢さんのためでもあったが―――あとから見つけやすくするためだ。そぅれ実際に、罠にかかった奴がいる。よく気をつけて振舞えよ、ガラハッド―――“お前を崇める眼差し”が、“彼女を殺した眼差し”だ! 」
ガラハッドは打ちのめされていた。
呼吸を忘れている息子同様、アラベールもこれ以上一息おけなかった。
葉巻の火は消えていった。
「 生物上の理解、と言ったな? 」
アラベールは鋭い声で続けた。
「 息子よ、わたしが何者か言ってみろ。わたしは、ボーバトンの教員、杖職人、アメリカ生まれの成り上がり貴族アラベール・ニコラ・ド・ノアイユ。だがこれは本質ではない。国も身分制度も貨幣経済も、はなから想像の産物でしかない共同体や価値を取り去ったとき、わたしにのこる真名は―――… 」
「 …術者メフィストフェレス 」
ガラハッドはアラベールの錬金術名を言った。
ずっと知っていたことなのに、声が震えてしまった。
「 そうとも。我こそは
アラベールはニィッと目を細めた。
「 私は、聖書になど記されぬ者、科学の時代の魔術師。血と肉よりも尊いものをお前にわけた父、パラケルススとしての父だ。私は、汚されたお嬢さんの心臓を拾い上げた―――メスで切開して―――いかに愚劣を極めようとも、“例のあの人”が触れたはずのない心臓から、細胞を採取した。ガラハッド、お前はホムンクルスなのだよ。フラメルの拓いた道の果て、近代の結晶、諸々の学問の集大成!比喩や誇張なんかではなく、“生ける人類の叡智”と名乗っていい!お前は、遺伝子的にはグレイスと同一人物だ 」
誇らしくてたまらないという声色で、アラベールは笑顔を輝かせた。
「 くぇえ…!? 」
ガラハッドは鵜のように目を丸くして、首を伸ばして、情けない声をあげた。
アラベールはご機嫌で語り続けた。
「 あの錬成が、我ながらこんなに上手くいくとは!愉快でたまらん。お前は、こう、理想的に美しくフラスコの中に収まってだな―――何から何まで普通の赤ん坊ではなかったな。異界の記憶があったのだろうよ!生憎、忘れてしまったようだが… 」
「 …ッえ!?んぇ、ええええ!! 」
「 安心しろ。お嬢さんの二の舞にならんように、操作して雌雄を変えたが―――散々抱きあげて確かめた。染色体異常なし!骨の一本も欠けとらん!内臓配置も完璧!性器も使い物になる! 」
「 うるせえ 」
親にこういうこと言われるのってマジで最悪。
あの可愛がりって、そういう意味だったのかよ…!?
打ちのめされることにも疲れて、ガラハッドはガクッと頭を落として嘆息した。
良くも悪くも驚くことが多すぎて、ちょっとくらくらしてきた。
「 えぇぇぇ… 」
知ってたのかよ、俺が異世界転生者だってこと…!!!
いやまあ、そりゃあ、知ってるよな。
“ハロウィンの夜に生まれた子”はそうだって、知ってる魔法使いは知ってるもん。
しかも彼は、わざわざその日に合わせて、フラスコのなかの胎児(胎児か?瓶児じゃなくて?)を育てて魂を与えたのだ。気を遣って“普通の子”のフリをしていた自分、馬鹿すぎるだろ…。
彼も彼で、正体はイカレた錬金術師のくせに、“普通の子の親”のフリをしていたところがないか?
ガラハッドはジトッとアラベールを睨んだ。
まったく教育的ではない態度で、アラベールは嬉々としてティースプーンを振っていた。
「 のらくらして、まだ泳いでおけよガラハッド。誰がお前を“例のあの人”の息子だと思っているか、存分に炙り出すのだ!目玉の“例のあの人”が滅びようとも、お嬢さんの精神の死を鑑賞しやがった連中には存分に貸しがある。余さず取り立てんとな。私の計画は完璧だった!現に釣れた奴がいて、証明されている!私にとって誤算だったのは、戦後厄介な法が可決されたことだ。“例のあの人”め…いや、これはグリンデルバルドの爪痕だな…奴は、欧州の杖職人たちを殺しすぎた。大いなる善のために、と―――善とされなかった杖職人は、どうなったことと思う?知らなかった、という顔だな?ハハハ、 巫 山 戯 て い る 。知っているぞ、このホグワーツでは『歴史』は、ゴーストが垂れ流す黴の生えたものなのだろう?お気の毒に、ダンブルドア、彼のお耳には現代史の講義は痛いのだ―――とにかく“例のあの法律”はいかん。何だったかな、再生可能な… 」
「 持続可能な発展のための国際魔法使い協定 」
「 それだ。意地でも覚えないことにしている 」
アラベールはにっこりと言った。
邪悪な微笑みのたぐいだ。
「 まったく、いくらグリンデルバルド時代に英国は被害なしといっても、オリバンダーの職人は別だ―――彼らは義侠心がありすぎた。いっぱしの魔法使いを名乗って憚らんくせに杖の一本も自分で拵えないから困る羽目になった馬鹿どもを、彼らは見捨てられなかったのだ。遍歴職人になって、ガングランとガヴェインは死んだ。大陸のどこかで―――そうして英国の杖職人だって減っているのに、法施行により、真っ先に私は連行された。誰だか知らん先祖が、フランスの貴族だっただなんだと理由をつけられてな。あれから八年、私は忘れていないさ。私は、可愛い盛りだったお前と引き離された!我々は今も、かの悪法の犠牲となっている! 」
「 はいはい。で、本音は? 」
「 全部本音だが?して、復讐計画に暗雲が立ったわけだ 」
アラベールはけろりとして言った。
ガラハッドは腑抜けた苦笑を返した。
なんだろう、まるで知らない男が実父だと明かされるよりは、肌に慣れた雰囲気が心地いい…。
奇想天外荒唐無稽に対して、ガラハッドは結構慣れている面がある。
僕ってば、グレイスのクローンで性転換ホムンクルス?
OK、そういうこともあるよな!
この世に起き得ないことなど何もないのだよ…。
「これ以上は何にも驚くまい」と思ったのに、アラベールはまだとんでもないことを言った。
「 そこでだな、お前がボーバトンに来れないのならばと、私のほうが生徒を引き連れてこちらに乗り込んできてやった 」
「 は? 」
ガラハッドは心底こう思った。
頼む、アラベール、葉巻の続きを吸ってくれ。これ以上は理解が追いつかない。
紙煙草だったら火をつけなおせないから、一本ぶん吸う時間は確実に間ができるだろうに、気取ってんのか健康志向なのか、彼はガレラのロブスト党なのだ。
ガラハッドの限界なんか無視して、アラベールはぐいぐいと話を進めた。
「 名目のほうは何でもよかったが、まあついでなら、馬鹿どもにはおめでたく祭りでもやらせておこうかと。ホグワーツでお前が異界の記憶を失くしてきて、“予言の月”を知らんと言ったときに、これはまずいなと思って一計を案じた。本大会の起草者は私だ 」
祈りが通じたのであろうか…。
アラベール・ニコラ・ド・ノアイユ。錬金術メフィストフェレスと名乗る男は、再び葉巻を吸い始めた。指の隙間からのぞく入れ墨。銀縁の眼鏡は、曲線的な瞳も怜悧そうに見せる。
ガラハッドは緊張して耳を傾けた。
「 押しつけられた爵位を、使ってやったまでだ。私を買ったつもりの者たちに、ひと夢を見せてやろうと…国威だ何だと言って盛り上げてやると、こういった催しの提案は結構通る。私は、ボーバトンアカデミーの生徒に杖与える者として、我が技術は師ギャリックを超えたと証明するために来たことになっている―――いいか、口裏合わせとけよ?なおグレゴロビッチには一封包んだ!あっちもダームストラングに子供がいる。よろしくしとけ 」
「 肉体の殺人、人体錬成、遺体損壊破棄、贈賄、役満。駄目だこりゃ… 」
「 はっはっは、そう言うな息子よ。お前が炙り出してくれるクズ野郎どもを、私は殺そうなどとは思っていないぞ?そのときの気まぐれで、何か面白い呪いをかけようと決めている。『トロールにケツ掘られろ!』とかな。もちろん公開プレイだ。弛んで閉まらなくなるオマケつき 」
「 きたねえんだよ。黙れよおっさん 」
「 言っておきたいのだがなガラハッド、わたしは、お前を復讐の道具にするために生んだのではない。現にそのように利用していく面はあるが、第一に在ったのは復活の願いだ―――グレイスは、お嬢さんはひとりで戦って、あんなふうに壊されることはなかった。彼女は幸せになるべきだった。わたしは、今度こそ彼女が…彼女でありお前である君が…幸せになるのを見たいのだよ。そういうわけでな、これだ 」
アラベールは外套の内ポケットを漁った。
さしもの彼も本日は、マグルファッションと純血ファッションの中間という感じだ。スリーピースのスーツの上に、濃い茶色のオペラクロークを着ていた。赤地のチェックのネクタイなんかしめてしまって、とんだ先生気取りだ。ガラハッドは、「恰好のまともさ」という罪状をでっちあげて、「これは詐欺だ」と騒いでやりたかった。
「 おみやげだ、ガラハッド。これぞ本日の本題だな。折角ミネルバに部屋を貸してもらっているのに、随分回り道をしてしまった 」
「 いやいや、今の会話以上に重要な件ってあるか? 」
「 あるとも。私はまだ語っていないではないか。なぜ私は、本大会を企画したか―――その目的の詳細を 」
アラベールが「おみやげ」と呼んで取り出したのは、三通の白い封筒だった。宛名文字はすべて箔打ちで、煌めくような安っぽさはない―――いずれも“ノアイユ公爵へ”とある。
ガラハッドは、それを光彩と網膜を働かすという意味で、見るだけ見てはいた。だが、付き合いよく愛想笑いすることはしなかった。
だって、必要なくないか?生憎そんな余裕はない。
「 起草の目的、知りたいね 」
ガラハッドは可愛げのない態度で言った。
「 おみやげのほうは、有り難いけど…あのさ、そういうのもういいよ?子供ぶってたのは、僕なりの気遣い。余計なことだったみたいだけどな 」
「 ふたつは同じものだ。受けとれ。それにお前は、私のエゴで生まれてきたのだから、取れるところからは取っておくものだぞ 」
アラベールは説教臭く言った。
彼は、何やら手品のような手つきで、ナイフで封蝋を切らずに、魔法で手紙の中身を取り出した。そしてそれらをテーブルの上に並べた。
「 覚えておけ。こうするのがマナーだ。他家の紋章を傷つけてはいかん。相手は見ていないだろうと思って適当に開けると、なかには―――厭な呪いが発動するものもある 」
「 …あ、うん。ありそうだな、そういうことする家も… 」
「 わたしはマナー講師を憎む 」
アラベールは舌打ちをした。
「 連中、日夜新たな“失礼”を生み出すんだ 」
ガラハッドはしみじみと頷いた。マグルのみなさんはご存知ないだろうけれど、「失礼だ」と怒られたときには呪いが飛んできているので、魔法界って大変なところなのだ。
カードゲームでも始めるかのように、アラベールはトントンと畳まれた便箋たちをつついた。
「 さてさてな、ガラハッド、こればっかりは相性だが―――これまで骨を折った私としては是非、“大物”を狙ってほしいぞ。お前、人妻は好きか? 」
「 黙れ 」
ガラハッドは0,2秒で言った。
ここで「嫌いじゃないですけどぉ!?」とキレ気味に返せるほど、彼の反抗期はこなれていない。いけしゃしゃあとした口ぶりで、アラベールは一枚めの便箋を開いた。
「 嫌いじゃないなら、イケるだろう?お前は今年、勉強なんか放っといてボーバトンの七年にいる、アンナ・ショシャーナ・アスタルテ・ド・ピュールアプスブール・ブルボン大公妃殿下とお知り合いになり、世にいう大恋愛をしてきなさい。日刊予言者新聞に書き立てられて、大陸まで轟くくらいのをな―――“愛人”の座を目指すのだ! 」
「 はあ!?はあああああ!?? 」
「 いいかガラハッド、英国に飼い殺されることはない!“アンナ・ショシャーナ様の恋人”は自由だ! 」
「 発想がクズすぎる。法があるなら法を無視できる身分になればいいじゃないって? 」
「 そうだ。目には目を、権力に対抗するには権力を 」
「 理屈は正しい…正しいけどおかしい! 」
「 そうか?これは、一般論ではないか。妻を選ぶなら、外国人に限る。妻の実家を頼って、いざとなったら亡命させてもらえるからな。実家の太い女ほどいい。しこたま金があるか、盤石な地縁があるか…アンナ・ショシャーナ様はな、わはは、両方ともの意味で、欧州一実家が太い! 」
「 いやだ!女に頼って逃げるなんて嫌だ! 」
「 処女信者か?それとも無謀な馬鹿?言っていられる立場なのかお前…現に魔法省とぶつかりかけておきながら… 」
そんなこと真面目に言わないでくれ。
両手で顔を覆って黙り込んだガラハッドに、アラベールは話しかけ続けた。
「 クラウチが我々を蔑んだと言ったな… 」
ガラハッドは話が飛んだように感じた。
「 …我々に頼れば頼るほど、魔法界は我々を怖れねばなるまい。クラウチは、そのことに気づいているのだ。愚かではないと褒めてやろう、グリンデルバルドと同程度にな。クラウチとぶつかった件、私は叱ろうと思わんぞ―――黙っていては人間の甲斐がない場面というものはある。彼のような利口で穏健な人間は、我々に枷を嵌めて、時に蔑み、怖れを忘れようとするのだ。しかし近々、誰もが思い出すことになる。誰が、本当に偉いのかを。このトライウィザードは、三人の杖職人の代理競争…そうであることを欧州中の若い魔女と魔法使いたちに、杖調べの儀式で思い知らせてやろう!爵位持ちとしてのノアイユは、私が一代目ということになる。所詮は成り上がりで、よそ者の、あやしい特殊技能民だが、不勉強なティーンは勘違いするように、さも毛並みの良さそうな家訓を標榜していこうじゃないか。どうだね、一、祖国は高いうちに売れ。二、王を奴隷に奴隷を王に。三、パパ活ママ活上等。これを自由、平等、博愛と呼ぼう―――本質を知っておきながら…秘するときに魔術が始まるのだからな… 」
アラベールは立ち上がった。
彼は三枚の便箋を重ねて持って扇にして、それですっかり顔を上げなくなったガラハッドを叩いた。ガラハッドはがばりと起き上がって、その便箋らをもぎ取り、ただちに“残りの二枚”を見た。変に必死だった。なんとも不要領そうな息子に、アラベールは嘆息しつつ言った。
「 そのどちらかを選ぶなら婚約しろよ 」
ガラハッドはカメレオンになっていた。
赤くなったり青くなったり、目はくるくると回り始めている…。
「 まあ教師として、所見を言っておくと…二人ともお前ほどは鈍臭くない。『気が変わった』などと言われて、結婚前に捨てられるようなヘマはするな。頼むぞ、チャンスを棒に振るなよ 」
「 ケッコン…俺が、結婚…!? 」
「 もう一度言っておくが、私のおすすめは“愛人”の座だ 」
正気を失いかけているガラハッドに、アラベールは丁寧に言い聞かせた。
この子は、夏にデビュタントローブを着たばかりで、何だって細やかに教えてやらなければならないらしい。「鬱陶しい」と文句を言われたって、親ゆえにそうしてやりたくなった。
アラベールはガラハッドの肩をつかんで言った。
「 優雅というものは、禁を犯すものだ。それも、至高の禁を。ヴァチカンに叛いて産まれたのだぞ。お前は、最上の優雅を学びなさい。この一年でお前は、本当の美を知るといい 」
ホグワーツの夜は更けていった。
■実体なき宇宙を実体があるかのように語る、言語を通じて世界を概念化する営みである「戯論」は、「尋」より起こる。「尋」は「欲」にも通じる。大日経に「やめとけ」と書いてある。何でもやめとけって言われるとやりたくなるよね!
■「優雅というものは~至上の禁を」は三島由紀夫の『春の雪』より。『春の雪』の主人公松枝は『暁の寺』では女に転生しています。国際TSBLNTR百合作品(蛇オチ)