ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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彼と彼女の共在

 

 

翌朝洗面台の前に立って、ガラハッド・オリバンダーは考え込んでしまった。昨夜は衝撃が強すぎて疲れて、寮に帰るや否やみずから電源を切るように眠ってしまったが、こうして静かな朝を迎えると、何だって冷静に吟味せざるを得ない。

肩幅、首回り、額つき―――髭を剃るという行為は、鏡から目を逸らさせない。右手で歯ブラシを使っている間、ガラハッドは、昨日までは左手で窓を開けたりベッドを整えたりしていた。けれど今朝に限っては、ガラハッドは歯を磨くあいだじゅう鏡の前に立ち続けた。

 

 

( 分解再構築だと…? )

 

 

昨夜のアラベールの声と、写真のなかのグレイスが脳裏を離れなかった。

水底に重いものが落ちて、いつまでも塵が舞い、水が濁り続けているような感じだ。ガラハッドは自分を見るほどに、ぞわぞわと内側から奇妙さを感じ続けた。

 

グレイスと自分は、肉体的にはもともと完全に同一だったとは。道理で幼い頃から、自分はグレイス似だったわけである。「そのまま瓜二つだ」というようなことを、かつて近所の人々はよく言ったものだ―――。

 

 

( …けれど、今はどうだ? あ゛? )

 

 

白人の成長って、残酷~~~!

矢鱈大きなうがいで締めくくって、ガラハッドは朝の仕度を終了させた。

以上!わたくしガラハッド・オリバンダーは、鏡の中の自分に、魅惑的な曲線や軟弱さ―――要するにどこをとってもともすれば女っぽく見えたりする要素は、ないと改めて確認しました!!

そして逆に落ち着かなくなったのだった。

男女って、ベースが同じでもこんなに違うのか…僅かな染色体の差ひとつで、こんなに…?

 

落ち着かない気分であるのは、事実と直感が噛み合わないからだ。

散歩でもしようかと思って早朝の談話室に出たとき、ガラハッドはますます直感に掻き乱された。

チョウが、膝や太股もあらわに、窓枠に足をかけてやんちゃをしようとしていたのだ。既に開かれている窓が、風を喚んでスカートを靡かせていた。

 

 

「 ―――っ!? 」

 

 

ガラハッドは“一瞬”をばっちりと見た。

おっと、こういうのは天からのギフト!いたずらに騒がず、噛み締めるのがよい。

ほら見ろ女子って、自分とはまるきり違うもので出来ている筈じゃないか!だってそうじゃないと自分は、彼女という磁石のふらつきが気にならない…。

 

傍に立て掛けていた箒を取ろうとしてチョウは、談話室が無人ではないことに気づいた。「やだ、見てたの?」とか言って、赤くなって叩いたりしてくるだろうか?―――うぞうぞ毛羽立つ砂鉄みたいに、ガラハッドは彼女の反応が気にかかった。

 

 

「 おはよう! 」

 

 

チョウはとても元気よく言った。

明朗快活なチョウに対して、ガラハッドの返事は胡乱極まりなかったが、そんなことでチョウの気分は萎まなかった。

 

 

「 見て、あそこにダームストラングの船があるの!すごくない!?昨日は暗くってよくわかってなかったわ。わたし、今からあれを見てくる。上空から、甲板も見たくて―――ねえねえ、ガラハッドも行こうよ! 」

 

「 ああ、うん 」

 

「 ふふふ、監督生さんが起きちゃう前にね 」

 

 

チョウは悪戯っぽく笑った。

ガラハッドは、好奇心に逸るチョウの提案に、確かで穢れのない魅力を感じた。彼女は爽やかな風をまとって、青く輝く湖を指さしていた。あそこに黒く見える帆船は、砲撃などしてこないはずだ。

 

 

「 いいな。行こう 」

 

 

ガラハッドは穏やかに笑った。

チョウとの前世からの関係については、思い込みであったとしてもよかった。君が、外国の船を恐れなくて、どこまでも飛んでいける女の子で、そういう子と一緒にいるというだけで、なんだか自分は幸せだ。

ふたりで塔から飛び降りて、我らは冒険へと向かうのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――…と、ふわふわキラキラした気分に染まったのは黄金の朝陽のマジックでッッッ!

 

ふたりで存分にダームストラングの船の周辺を飛び回って見物をしたあと、寮に箒を片付けないといけないチョウとは適当なところで別れて、自分は直接朝食の場に向かおうとして、再び石造りの薄暗い城内に戻ってくるや否や、ガラハッドは緑ネクタイ軍団と鉢合わせて、懊悩を再開させた。

とりあえず無難に会釈をしたときに、ハッと気がついてしまったのだ。

 

 

( そっか!僕って、女に生まれていたらこいつと婚約してたのか。木材を輸入する限り断れないもんな…うわ~…うわ~……ッッッ )

 

 

ガラハッドはドラコ・マルフォイをガン見した。

無言で凝視してこられて、ドラコは困惑するのではなく恥じ入った。先日ムーディーから白イタチに変えられてしまった件で、現在、校内で噂されている自覚があったのだ。

 

 

 

「 …な…何かありましたか…? 」

 

「 なし 」

 

 

ガラハッドは左右に首を振って言った。

なし。なしと言ったら、なしである。頬を染めるんじゃねえよキモいから。

ガラハッドは必死に無表情を決め込んだ。

 

うわぁ生まれて早々こいつの女になって、今頃亭主顔されて迂闊さの尻拭いをしているなんて、そんな人生嫌すぎる!絶対に嫌だ。男に生まれて良かった。

グッジョブ、アラベール!でもこれって、なかなかの博打だったのでは?

ドラコに妹が生まれていない件で、ナルシッサ夫人には感謝しなくては…。

 

ガラハッドは、仮にその子は可愛くて大人しくて無害であったにしても、あのルシウス・マルフォイが“杖の術”目当てで舅になりにくる想像をすると、ストレスで吐きそうであった。何より彼は、“グレイスが友人だと信じた相手”にして、“この自分を闇の帝王の子だと信じる者”だ。どういう心理状態で、斯くも面の皮厚くこれまで挨拶してきたのだろうか?

 

意味わからん。気持ち悪い。

けれど、こんな程度で吐いていたのでは生きていけない。

 

逃げるようにやってきた大広間は、気が遠くなりそうな場所だった。ボーバトンアカデミーの生徒たちは、今日もまたレイブンクローのテーブルにいた。まだ全員いるわけではないが、無視できる数ではなかった。

 

 

( とにかく、マルフォイ一派と離れたい… )

 

 

極力顔を上げないようにして、ガラハッドは素早く自分の席を確保した。

 

一方ドラコは、奥にあるスリザリンの席へとつく前に、レイブンクロー寮のテーブルのところで立ち止まって、ローブを翻してボーバトン生たちに完璧な会釈をした。ガラハッドはそれを見なかったが、振り向くまでもなく察した。なぜならボーバトン生たちがこぞって腰をあげて、それぞれ宮廷風の挨拶を返したからである。

ガラハッドは不整脈と戦った。

 

 

( そういえばボーバトンアカデミーって、“社交術”の修養も重視してるんだっけ… )

 

 

再び着席した彼らの囁きあいが、フランス語だけどわかってしまって、怖かった。

 

 

「 彼に違いないわ 」

 

「 ええ。あれがマルフォイ家の 」

 

「 ブラック家の女系は他にもいるはずさ 」

 

「 ノアイユ先生の息子はどこにいると思う? 」

 

 

やめろ~~~さっき挨拶もせずに君たちの横を通っちゃったから~ッ!!!

 

ガラハッドは気づかれたくなさすぎて、俯いて、努めて静かに振舞い続けた。やがて空だった皿に朝食が湧きだしたが、ガラハッドは何も食べる気にならなかった。

賑やかにロジャーたちがやってきた。

 

 

「 ボンジュール! 」

 

 

ロジャーは、ボーバトン生たちが今日もレイブンクロー席にいると気づくや否や、手を振って片言のフランス語を放った。指さしで名乗って相手の名前を聞いて、握手を交わすとはコミュ強の所業だ。「マジ?ずっと居てくれんの?嬉しい~!」と騒いで、笑顔を引き出すなんて彼にしかできまい…。

 

変身術を使っているわけでもないのに、同室の彼に見つからないでおくなんて無理に決まっている。貝のようになっているガラハッドを見つけて、ロジャーは当然らしくその隣に座った。

ロジャーは、座ってからも何度もボーバトン生たちのほうを見て、目が合った生徒にいそいそと手を振った。「頼む、目立つな」と念じて肘をついて顔を覆うガラハッドに、ニヤッと向き直ってロジャーは言った。

 

 

「 見たか?俺、友達できた! 」

 

「 あ、そう… 」

 

「 ボーバトン生ってみんなお洒落だよな!その鞄、すっごくイカすと思うって言いたかったんだけど、伝わったかな 」

 

 

ロジャーはいきいきとマイペースに言った。

「そうか…」とガラハッドは神妙に呻いた。

 

疑いを挟む余地もなく、ロジャー・デイビースのメンタルって超合金(オリハルコン)製だろう。朝起きたら同室が一人いなくたって、気にしなくてガタガタ言わないこいつって最高だ。

その点、あとから来たマーカスのしつこさに、ガラハッドは辟易させられた。

 

 

「 ねえ、今朝は長い詠唱をしてなかったよね?どうしたの?何か事情があったの?窓から出入りするなって、一昨年に寮則に加わったよね?知ってるのに破るなんて事情があったんだろうね… 」

 

「 うるさいな。少し身体を動かしたほうが、落ち着けるかと思っただけだ 」

 

「 緊急でどこかに行ったわけじゃないの?落ち着こうとしたって、何があったのさ?―――昨日、お父さんと話して何か思ったんだね?ここで話してよとは、言わないけど―――寮生の困りごとを聞くのも、監督生の役目だよ。僕で良かったら、いつでも… 」

 

「 要らない 」

 

 

ガラハッドはきっぱりと言った。

「放っとけよマーカス」と、ロジャーは雑に言ってくれた。

 

ガラハッドは、マーカスにあれこれ世話になるくらいなら、ロジャーのほうがずっとマシだと思った。けれどもどうにも落ち着いていられない事情について、ロジャーに打ち明けてみるのは嫌だった。

だって、ロジャーはロジャーだから。

凄い奴だけど、所詮はロジャー・デイビースだ。

ガラハッドは深い溜め息を漏らした。

想像してみたのだ―――もしも自分が、「俺、今年は親の監視のもとで、毎日強制お見合いなんだ…」なんて、弱った愚痴を溢そうものなら―――こいつは、ロジャー・デイビースっていう生き物は、絶対に悶えて大爆笑して、一日で全校中に言いふらすことだろう。「三人も候補いんの!?ハーレムじゃん!」と、ゲラゲラ笑って羨ましがるのだ。「トロール三匹だったら地獄だな!?」と、明け透けに言いそうなところは付き合いやすいけれども…。

 

 

( あ~クソ、フレッドとジョージも、ロジャーと同じ反応をしそうなんだよな… )

 

 

一時間目の教室に向かうとき、ガラハッドは、玄関ホールでゴブレットに名前を入れようとする双子を見かけた。渋滞の中心部から、「「いてッ!」」と情けないユニゾンが聞こえてきたとき、ガラハッドはまたしても溜め息を漏らしていた。

 

 

「「 わははははは!! 」」

 

 

ダンブルドアによる年齢線って、老け薬では突破できないものらしい。

立派な白髭をたくわえてしまって、双子はお互いの顔を見て大笑いした。

 

面白い光景だったが、ガラハッドは心底笑うことができず、観衆として彼らの挑戦を讃えたり、その目論見の甘さを野次ったりもできなかった。だってそこらじゅうにいるボーバトン女子たちのうち、誰が婚約者候補なのかわからない…。

 

誰もが自信満々という振舞いで、ボーバトン生たちは集団で年齢線を超えていった。用を終えて踵を返したある女子生徒に、ロジャーはピュウッと口笛を吹いた。とんでもない美貌のシルバーブロンドの子だ。

ガラハッドはそろそろ限界だった。自分は、ロジャーの隣にいるっていうだけなのに―――いやにその子たちからジロジロと見られたように感じて、ガラハッドは全身が重くなった。やめてくれ。流石に、櫛くらいは持つようになったけど、ドラコに比べたら自分は野暮だって、ちゃんとわかっているから…―――どうにも居たたまれなくなって、隠れたいときほど、自分という魔法使いは鏡を見る羽目になる。

 

いきなり姿を消した変わり者を、仲の良い面々は気にしなかった。

 

彼らは、それどころか一斉にニンマリして、どたばたと広い城内を走った。全力で走って、一番に変身術教室に着いたとき、「ほらね!」とチョウは笑い始めた。先に鏡経由で着いていたガラハッドは、背で笑い声を聞いてますます閉口した。

 

 

「 あはは、Sir、恥ずかしかったのよね! 」

 

 

ガラハッドは熱心に教科書を読んだ。早朝には無二の親友だと思えたチョウも、この状況になってはすっかり敵である。「うりゃうりゃ~っ」と表紙の端をつまんで揺すられても、ガラハッドは一切顔を上げなかった。

流石にチョウはトーンダウンした。

 

 

「 ボーバトンの子たち、みんなガラハッドのこと見てるもんね… 」

 

 

…君だってダームストラング生の視線を集めている。

ガラハッドはそう思ったけれども、敢えて言い返さないでおいた。

 

 

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