ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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セドリック・ディゴリーの助言

 

第二回選挙対策会議に、マリエッタは候補者紹介文の案を持ってきた。「長くても400字程度じゃないと」と言いながら、彼女は、とんでもない長さの文章を書いてきた。マリエッタの隠れた才能に、ガラハッドは感服してしまった。なんだか、とっても多才な人物のように紹介していただけているが、自分ではここまでアピールが思いつかないし、嫌味のない書き方にできない―――ロジャーも同じことを思ったようで、彼は「すっげえ、文豪じゃん!」とマリエッタを褒めた。その日は最初から紅茶が用意されており、マーカスは冴えた意見を言った。

 

 

「 センテンスごとに分けて、分割しよう 」

 

 

マーカスは、ここに来て急に知恵を見せ始めた。

彼は、大のタッツヒル・トルネードーズファンとして、経験をもとにこう語った―――曰く、コンプ欲は愛を強化する。どれほどチームが負け続けたときだって、彼はクィディッチ選手カードを集め続けてきたのである。

長文を分割する作業の傍ら、ガラハッドはまたしてもボロカスに言われた。

 

 

「 ほら、今はふわっとガラハッドを支持する人が多い雰囲気だけど、ふわっと味方してくれる人たちは、ふわっと去っていくものさ。にわかファンって、そういうものだろ。でもね、コンプ欲に突き動かされて、交換会で友達が出来たりすると、誰しもだんだんにわかではなくなっていくわけで―――ほら、考えてもみようよ。他でもない、このガラハッド卿だよ?またそのうちに、僕らには想定しようのない事件を起こすはずさ。チョウとロジャーには悪いけど、僕は、彼に首輪はつけられないと思うね―――マリエッタは、この苦労わかってくれるでしょ?だから、ボロが出て人気が揺らぐ前に、ガラハッドの評判が落ちた時に、『今こそ、私が支えなきゃ』って思わせる仕組みをつくっておこう。そういうファンこそ強いって、僕、わかった 」

 

「 お前…意外と捻じれてるな?あと、なに?実は俺のこと凄く嫌い? 」

 

「 ううんダーイスキダヨ~。心底どうかしてると思ってるだけ~ 」

 

「 俺もマーカスに賛成~。ボロが出ないようにしごくけど、リスクヘッジは重要 」

 

「「 なんせSirのことですからねえ 」」

 

 

同室からの信用がなさすぎて、ガラハッドは黙って顔を覆った。アレコレやらかした覚えはあるから、何も反論ができなかった。

 

 

「 流石、長年搾取されてるオタクね 」

 

 

マリエッタはくいっと眉を上げて言った。同志を称えるような目つきだ。

マーカスは深々と頷いた。

 

 

「 僕、わかってるんだ。ああ、踊らされてるなあって…でも、僕のトルネードーズ愛は嘘じゃないよ―――ポスターは、一種一枚ずつの掲示にしよう。あとは、ビラがいいと思う。どの種類のビラが配布されるかは、同じ場所で受け取っても、ランダムであるほうがいい 」

 

「 いいんじゃない?マーカスほどのオタクじゃなくっても、『あれ?そっちは違うのだね?』となったら、それぞれビラをよく見るきっかけになるもの――――私も、一番を決めるならトルネードーズよ 」

 

 

チョウがあっけらかんと言った。

ガラハッドはやんわりと止めた。

 

 

「 お前ら、オタクオタク言ってやるなよ 」

 

 

チョウは悪びれない顔であった。

マリエッタはさらりと言った。

 

 

「 褒め言葉よ。『戦士』っていう意味 」

 

「 俺への『オタク』はチクチク言葉なのにぃ!? 」

 

 

ガラハッドは納得できずに叫んだ。ガラハッドが課された緊急課題は、「とにかく、オタク臭く見えないようになること」なのだ。

紹介原稿が固まれば、次は写真を差し込んでレイアウトを整える段である。選挙ポスター用の写真撮影は、ガラハッドにとって試練―――まさに、試練であった。ビラは複数種とすると決まったから、やたらいろんなシチュエーションの撮影が必要で、場所を変え服装を変え仕草や表情を変え―――そのたびにチョウとマリエッタ、ロジャーから怒涛のリテイクをくらいまくり、ガラハッドは心に傷を負うほど傷つき、すっかり自省的になった。襤褸切れの気分で膝を屈しながら、悟ったことといったら、以下のとおりである。

 

 

( 俺…そりゃあ彼女できたことがないわけだよ… )

 

 

異世界転生してるんだぞ、ちょっとは良い目を見れないのか、と…―――実のところガラハッド・オリバンダーは思ったことがある。写真のグレイスはブスではないから、自分も手入れすればそこそこいけるのでは?と…―――自身を客体として眺めて、彼は調子に乗ったこともある。

 

だが実際は、人格がダメなら全部ダメ。

 

自身は、これまでちょっとした選択とか滲み出るオーラとかが、「モテ」を「選挙」へと置き換えた場合、広く一般の皆様に、「まあ、投票しましょう!」と思わせるようなものではなかったのである。

そのことを深く自覚したとき、ガラハッドはどうしようもなく落ち込んで、三日間ぐらい口を利けなかった。そうこうしているうちに初めの一週間が終わってしまい、選挙戦は中盤を迎えた。

 

 

「 あと13日か… 」

 

 

夜を数えるならば12である。

それは、麗らかな昼下がりのことだった。

その日は天文学の授業が夜間に行われるので、ガラハッドは三限が空きであった。彼は昼食時間を過ぎても大広間に残って、ひとりで選挙活動に励んだ。

そろそろ、いつまでも自己紹介ばかりしていないで、有権者に公約を打ち出す時期だった。ビラは新シリーズへと切り替えた。ガラハッドは、そちらの原稿は自分で書いた。だからこそ、ここからの挨拶回りは、“ドブ板戦術”として有効な筈はずだ。とにかく虱潰しに歩き回り、握った手の数を票に繋げる。顔とプロフィール自体は既に知られているから、ガラハッドはどこに行っても有名人扱いだった。カタコトのドイツ語、フィンランド語などを並べて、彼はダームストラング生たちと握手を重ねた。

 

 

「 わあ、キミ、今日は授業がないのかい? 」

 

 

嬉しそうなフランス語が聞こえた。

ガラハッドは、今話していた生徒たちに不義理のない仕草で、声のしたほうを振り返って「おっ」と思った。非常に明るい笑顔で、ひとりのボーバトン生が近づいて来ていた。

 

 

「 やあキミ、選挙チラシで見たぞ。ギャラード・オリヴァンダーだ!ノアイユ先生の息子だろ?仲良くしてくれよな 」

 

 

爽やかな少年だと思った。

ガラハッドは、彼に愛想よく握手で応じながら「出た、フランス男!」と内心思った。悪い意味ではなくって、「英国にはいないようなお洒落さだ」ということだ。青い制服に金の紐帯をつけて、彼は騎兵のようにケープを着ていた。常に剣腕・杖腕を出しておこうというのだ、尚武の気概が漂い、和装の片肌脱ぎに通じる。チャラさの対極であって、ガラハッドはそれを粋だと思った。彼は勝手にスリザリンの机に座った。行儀の良い振る舞いではなかったが、ガラハッドは不快に思わなかった。

瞳に茶目っ気を光らせて、小気味良い調子でその生徒は言った。

 

 

「 なあ、ボクはシザーリオ・ド・ボーモンという。この名前、どこかで聞いたことはないかい? 」

 

 

シザーリオの声質は少し不思議だった。そのことよりも内容に気をとられて、ガラハッドは「あっ」と手を打った。ボーモン家といえば、あれだ。

 

 

「 君、ヴァイオラ嬢のご兄弟か! 」

 

 

ガラハッドは“アラベールのプレゼント”を思い出して、極力なめらかにフランス語で言った。アラベールが提示した三つの選択肢の一つは、『フランス東部の大地主・ボーモン家の令嬢との結婚』だった。

シザーリオは快活に笑った。

 

 

「 ハハハッ、兄か弟がいたら、婿はとらないさ!何を隠そう、このボクのもう一つの名前が、ヴァイオラ・ド・ボーモンだ 」

 

「 えっ? 」

 

「 ボクが、ヴァイオラ・ド・ボーモン本人だ 」

 

 

え゛っ?えっ?えっ…―――???

…と、鳩や鵜みたいに何度も訊くなんて、キモいらしいからもう二度とやらないけれど、吃驚する心を持つことは変わらないし、ガラハッドは愕然とシザーリオのことを見つめた。背丈が十分にあるから、すぐには気づかなかったが…―――たしかに、よく見ると、この人物は女である。全体的に線が細いし、手は手袋で隠されているけれど、顎から喉にかけてに注目するとわかりやすい。流石にそこを見るつもりはなかったが、白いズボンに覆われている、尻や腰骨だって女の形なんだろう。このところ鍛えられたそとづらによって、ガラハッドは「うげぇ」とぼやくのをこらえた。

 

 

「 …わぁお。こいつは一本取られた! 」

 

 

ガラハッドは適度に悔しがるような笑顔を見せた。

さっきまで尚武の伊達男だと思えた者は、急に珍妙なコスプレ女へと墜ちてしまった。ボーモン家の御令嬢は、男だと思ったら良い奴そうだったけれども、女だと思うと魅力の欠片もない。こんなデカくて奇妙で喧嘩っ早そうな女、どこに需要があるんだか…。こいつ、何を考えてこんな格好をしているんだろう?

ガラハッドの困惑を見抜くかのように、シザーリオは悪戯っぽくニヤリと笑った。

 

 

「 やったね!“伝説”のガラハッド卿をお相手に、度肝を抜くことができて光栄だよ。我がボーモン家は代々騎士(シュバリエ)の家系でね。ボクも、勝ちにはこだわりたい性分さ 」

 

「 へぇ… 」

 

「 おいおい急に元気がなくなったな?遠慮するなよ。このとおりボクは男だぜ。大公妃殿下を間近でお護りするために、神から女の肉体を授かっただけさ。あるとき、御告げを受けて――― 」

 

 

ガラハッドはそとづらを試された。彼は何回も瞬きしてしまった。

いや、その…神の御告げとか……そんなのって、でっちあげ放題ではないか?

この発想は穢れているのか?

ガラハッドは、なんだかフランス魔法界の奇妙さが、急に実体を持って迫ってきた気がした。ぐるぐる、どすどす、降り注いでくる…―――そうか『オルレアンの魔女ジャンヌ』を偉大だとするならば、こう主張する奴も否定はできないよな…。

 

このヴァイオラ・ド・ボーモン改め、自称騎士(シュバリエ)シザーリオ。なんとも電波で関わりたくないような、非常に話がわかる奴のような…。彼女(彼?)はからっとした笑顔で、一切恥じるそぶりなく本題に入った。

 

 

「 知っているかい?フランスの習慣では、通常既婚者じゃないとヴェルサイユ宮殿に出仕できないんだ。先立たれた者はともかく、未婚は一人前じゃないとされている 」

 

「 へぇ…ああ確かに、宮廷人の名前って、女性は『ナンタラ夫人』ばかりだよな 」

 

「 うむ。男女関係なく、そうなんだよ。髪結いだって馬番だって、ヴェルサイユには結婚してから出仕する。だからボクは、ボーバトンアカデミーを卒業後、すぐに結婚してくれる友人がほしいんだ。そうでないとこれまで通り、大公妃殿下の御卒業後も、殿下をお護りすることができないからね 」

 

「 なるほど… 」

 

「 そういうわけでボクと結婚しよう! 」

 

「 う、うーん、急だなあ!? 」

 

「 いいじゃないか、惜しむなよ。ボクだって、誰でもいいわけじゃないんだぜ。女の腐ったような奴はお断り!しかしキミは良い奴そうなんでな。どのみちキミだって、海外に足掛かりが欲しいんだろう?ボクは宮廷で出世してみせるよ!ボクと結婚しておいたら、いいことあると思うけど―――ああ、それに、何より… 」

 

 

耳の曲がりそうな話だった。

シザーリオは、いきなり色々なことを言ったけども、彼(彼女?)の次の主張には、ガラハッドは最も複雑な気分にさせられた。

密やかな声でシザーリオは言った。

 

 

「 …ボクみたいなのが妻だと、キミも気楽だろう?どのみち好きでもない女と政略結婚するなら、浮気ごときでキィキィ言う奴を選ぶのは馬鹿だ 」

 

「 ―――…。お、おう。そうだな… 」

 

「 男なら浮気ぐらいするよなあ?結婚の件、考えておいてくれよ。そのうえで、キミは、キミも―――生涯自由に恋愛を楽しむといい 」

 

 

シザーリオの表情は見えなかった。すれ違うように頬を寄せて、彼は秘密の耳打ちのように言ったのだ。少し俯いて膝小僧を見つめて、ガラハッドは、すぐには言葉が出てこなかった。

 

 

「 ―――…っ 」

 

 

二つ年上だからか?

シザーリオ・ド・ボーモンの余裕ある態度に、ガラハッドは圧倒されてしまった。彼(彼女?)はガラハッドが返事をしないとなると、「やあ」と近くのダームストラング女子たちに声をかけた。言葉が通じていないのに、笑顔だけで人を惹きつけていた。

 

 

 

( こいつ、女体なのに女を抱いたことがあるのか―――!? )

 

 

ガラハッドは生唾を呑んだ。

彼(彼女?)は、現実主義者ならではの手際で、こちらの自覚すると酷く恥ずかしい部分を、手際良くくちゃくちゃに蹂躙してきた。ガラハッドは「考えておく」とだけ短く言って、シザーリオとの会話をどうにか打ち切った。

時計などを見て、何か約束があるようなふりをして、彼(彼女?)と離れるために大広間を出たとき、ガラハッドは鬱屈とした気分だった。

 

 

( ピュアでいるのって、ダサいことなのか? )

 

 

男が、()()だったら、オタクっぽくてキモいことですか?

 

たしかにシザーリオ・ド・ボーモンの忠告兼主張は、ひどく合理的で正しい。彼(彼女?)はこちらに配慮のある、自由意志尊重主義者である。アラベールが根回しをした婚約者候補たちは、単にド・ノアイユと家格がつりあって齢が近いだけの娘。ただそれだけ。ただ、それだけの少女たちなんだけども……ッ

ガラハッドは胸が痛くなった。

 

 

( 冷たい結婚となるのが、当然かもしれない。でもそんなの、実際に出会ってみないとわかんないだろ!? )

 

 

漠然と清楚なお嬢さんと知り合ってじわじわと情を交わす想像をして、勝手に恥ずかしくなっていた俺は馬鹿だったのかよ!「馬鹿で悪いかよ!!」とガラハッドは、この際逆ギレだと承知しながらキッパリと思うのだ。

 

結婚するからには、お互い想いあい、温かい家庭を築きたいじゃないか。

そうぼんやりと夢想することは、いくら愚かでも罪ではない筈だ。

 

いきなり浮気する場合のこととか、考えながら相手を選ぶかよチクショー!?くっそ~恋愛上級者め~!!!前世でも今世でも女に縁のない俺とは、湧き出でる発想が根本的に違うらしい!

 

むぎゅむぎゅと歯軋りをこらえて、ガラハッドはホグワーツ城を飛び出した。「絶対に変人ぶりを曝すな」と、ガラハッドは仲間によく言い聞かされていた。人目のないところを目指して、ガラハッドはずかずかと草を踏みしめた。

 

 

 

こんなときに偶然会うなんて、今日は神様を信じてやってもいいだろう。

 

 

 

ボーバトンの天馬の暴走のため、今日は六年生の魔法生物飼育学も休講であった。受講生はみんな城内に戻っていたが、セドリックは湖畔で決闘の練習をしていた。杖を構える彼を見つけたき、ガラハッドは上擦った声をあげた。

 

 

「 セドリック! 」

 

 

彼なら何だって聞いてくれるはずだ。

手を振って、ガラハッドは微笑みを溢した。くるりと反転してこちらを向いたとき、セドリックも「会えて嬉しい」という顔つきをした。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

セドリック・ディゴリーにはこの数日間、次にガラハッドとゆっくり話す機会を持ったとき、彼に対して是非とも言ってやろうと決めている台詞があった。

ひどい揶揄いを受けたんだ、ひどい揶揄いで返してやらなきゃ。

そんなふうに言い訳をして、セドリックはちゃっかりと我欲を満たしている。

ガラハッドが近くまでやってきたとき、セドリックはポケットからビラを取り出した。

 

 

「 わあ、ガラハッド卿だあ 」

 

 

セドリックは白々しく言った。

 

 

「 本物のほうがカッコいい~。僕、もう七枚も集めちゃった 」

 

「 ばーか。黙れよ。とっとと捨てろ! 」

 

「 随分、らしくないことをしているじゃないか?ファイルして、十年後までとっておいてあげよう。一生笑いのネタになるぞ 」

 

「 死ぬほど恥ずかしい。勘弁してくれ 」

 

「 やだね。僕の自由だもの 」

 

 

セドリックはクスクスと笑った。

ガラハッドは赤い顔で舌打ちをした。癇の強い表情だが、それでこそ彼という人だ―――決して選挙ビラにはならない顔が見られて、セドリックは大満足であった。やけくそになってガラハッドは、そこらへんの砂利を蹴り飛ばした。

セドリックは杖を仕舞った。

セドリックは、小石を拾って湖に投げて、ちょんちょん、ちょんっと水面を跳ねさせた。同じように石を投げて跳ねさせながら、ガラハッドはまず選挙戦の裏側をぼやいた。「こんなにも無茶苦茶に言われた」のくだりで、セドリックは腹を抱えるほど笑った。彼が笑ってくれることで、ガラハッドは鬱憤がマシになる気がした。相変わらず、セドリックはとても優しいとも思った。

ひとしきり笑い終えたあとに、セドリックはさっぱりとした調子でこう補ったのだ。

 

 

「 前も良かったよ?君らしかった。こだわらなくて、実用を重視していた―――ただ、そういうのって、伝わりにくいんだろうな。今も、変わってないのがいいと思うよ!君ってスーツが似合うよなあ 」

 

「 まあ…スーツって誰でも似合う。そういうものだし 」

 

「 そうなんだけど、その一段奥というか 」

 

 

セドリックはうまく言えなかった。彼は、すかすかと手を振っただけになった。

ガラハッドは話題を変えた。

ガラハッドは、しゃがみこんで次に投げるのによい形の石を探しながら、「実は…」と長い話を始めた。それは、あまりにもとんでもない話だったので、セドリックは石を投げることをやめた。語りだした話を打ち切りたくなくて、ガラハッドは立ちあがらずに、良い石を選んでは取り置きして積んだ。「さっき一人目に会った」と言ったとき、声が暗くなっているのを自覚した。

 

 

「 なんというかその…変わった女性だったよ。結婚について、物凄く割り切っている感じで―――僕は、ちょっとついていけない。近頃、疲れてるから余計に… 」

 

 

セドリックは絶句していた。

彼は、ガラハッド同様、石を投げずに積むことにして、手当たり次第に近くにある石をとって、不安定な石の塔をつくった。そうやって沈黙のあいだを過ごして、やがてセドリックは掠れた声で言った。

 

 

「 …君は、乗り気じゃないんだね? 」

 

「 乗り気になれない。乗れる根性してない 」

 

 

湖はきらきらと輝いていた。

涙が滲んで、そう見えたわけじゃないぞ。

石はくっきりと冴えているので、セドリックは安心して少し笑った。彼は穏やかな調子で言った。

 

 

「 君って、以前からそうだよね。あちこち恋をしてまわるタイプじゃない。いつでも、『そんなのより興味があること』を持ってる 」 

 

「 ああ。思うに、あのボーバトンの…君がよく粉をかけられている…あのラテン系の人たちってさ、『好きな人や恋人がいないなんて、そんなの考えられない!』って感じだよな?僕は、彼らとはしみじみ相容れない 」

 

「 わかるよ。物凄く女の子がグイグイ来る。正直怖くないか?こういうの、寮で言うと自慢だって言われるんだけど―――僕も、実はあのノリが本気で苦手でね 」

 

「 おそらく、彼ら彼女らの言う『恋人はいるの?』は―――我々でいう『今ハマっている小説は何?』だ。僕らが表紙とあらすじを見て『ふーん取り敢えず読んでみるか』と判断するように、ラテン系って、容姿とざっくりとした人となりを見て、『ふーん取り敢えず付き合ってみるか』をやるんじゃないかな 」

 

「 なるほど、そう捉えると理解しやすいかも。彼ら彼女らにとっては、相手を中身までよく知るとか、格別の長所を見つけるとか、二人で何かを共有するっていうのは…『恋人になりたくなるきっかけ』じゃないんだね 」

 

「 ああ。おそらく『恋人になってからすること』だろう 」

 

「 きついな。根本的に文化が違うや。…で、そのなかで君はお見合いを重ねている、と 」

 

「 よせよその言い方。まだ、一人目と顔を合わせたばっかりだ 」

 

「 どんな感触だったんだい? 」

 

「 結婚は契約。浮気上等、生涯の自由恋愛を推奨された。ぶっとんだ奴だぞ。君も見たらわかる 」

 

「 えっ!!! 」

 

 

セドリックはとうとう石になった。

かつてのコリン・クリービーのように、セドリックはぎょっとした顔つきのまま動かなくなった。彼の大いなる驚愕ぶりを見て、ガラハッドは「だよなあ?」と嬉しく声をあげた。この反応が見たかったから、ここまでぐちゃぐちゃと喋ったのである。

 

 

「 だよな?普通ありえないよなあ!? 」

 

 

ガラハッドは共感を求めていた。

プライドが傷ついたような顔つきをして、セドリックはますますガラハッドを機嫌良くさせた。非常に珍しいことに、イライラとした様子でセドリックはぼやいたのだ。

 

 

「 …島国気質ってやつかもしれない 」

 

 

内向的で悪いか!と、セドリックは強く思った。

 

 

「 僕は、ボーバトン生のようにはなれないな。彼らみたいに、なりたいとも思わない。ガラハッド、君もそうなんだと思っていたけど!? 」

 

「 もちろん俺だって島国男児だよ 」

 

「 英国紳士たるもの、質実剛健を是とし欲に振り回されてはならない。その子は、フランスの蛙野郎を基準に君を見ている。君はそういう人じゃないのに、気の毒な勘違いをしている。その子とは…今後、どうするつもりなんだい…? 」

 

「 どうするもこうするも。圧倒的に向こうのほうが上手で、僕に主導権なんかない。親父の始めた滅茶苦茶に、僕は泡噴いて右往左往しているだけだ 」

 

「 僕が言えたことじゃないけど、なんでも、親の言う通りにするもんじゃないよ。僕は、父さんに期待されたから代表選手にエントリーしたわけじゃない。自分で…そうしたいなって思ったんだ… 」

 

「 わかってる。だから、僕もこうして出馬してるんじゃないか 」

 

「 それじゃあ… 」

 

「 ただ僕は、親父の言うことはムカつくけど理にかなっていて正しいと思う。杖職人として、たしかに将来のことを考えたら、結婚相手は名家の外国人のほうがいい。悪いけど、『ディゴリー大臣時代以来…』だから 」

 

 

ガラハッドはすぱっと軽やかに言った。

個人としての恨みはないから、こんなふうに言うのが良いと思ったのだ。彼がチョウ・チャンにされたのと同様に、セドリックは強く殴られた心地を覚えた。

セドリックは、鼻の奥がツンとしてきた。どうにもたまらなくって、彼は自ら積み上げた石の塔を倒した。ゆるやかな傾斜によって、石たちはコロコロと湖へ落ちていった。

 

 

「 どうして? 」

 

 

闇雲にセドリックは言った。

 

 

「 どうして?だってその人たちは、君じゃなくて、ただ杖職人の技術が欲しいだけだ 」

 

「 そうだ。僕だって似たような感覚だ。僕は、はやいとこ冷静になって―――彼女たちが、何を持っているのかを見極めないといけない。どういう義両親を持つか。これ、かなり重要! 」

 

 

ガラハッドは、ルシウス・マルフォイを思い浮かべて熱弁した。どれだけルシウスがヤバい奴だって、子のドラコは本気で「父上は素晴らしい方です」と思っており、そうとしか言わないのだから…いや、案外、そうではない部分もあるけど…ほとんどの場面において、そうなのだから。

ガラハッドは深く溜め息を吐いた。

 

 

「 こうなったら、望みはもう『メディシス家のベアトリーチェ』しかない… 」

 

 

セドリックは剣呑に目を細めた。

 

 

「 なんだい、まだ会ったこともない相手に、随分と乗り気だね?さっきは、『ついていけない』って言ったくせに―――君は、まだ割り切れてなんかいないうちから、先に割り切った顔だけをするところがあるな。それで、そのうちに自分を騙すんだ 」

 

「 そうだよ。よくわかってるなあ、セドリック 」

 

 

とても静かな声でガラハッドは答えた。

彼らは湖をじっと見つめた。影絵のように見える水鳥が、着水してくぅくぅと鳴いている。

セドリックは、なんだか怖い予感がして、

 

 

「 割り切らなくていい 」

 

 

と咄嗟にきっぱりと言った。

ガラハッド・オリバンダーという人物は、「寂しいと思わない」と決めたら、二度とそう思わないような人なのだ。少なくともセドリックはそう思っていて、そういうところにも惹かれている―――手段としての結婚だとしても、引き留めたいのが人情じゃないか?

セドリックは、またひとつ石を掴んで立ち上がって、思いきり力を込めて、投げた。

 

 

「 わかってるよ!『ディゴリー大臣時代以来』のことは!! 」

 

 

セドリックは全力で明るい声を出した。

そうだこれは友情じゃない。恋情だ。けれど、求められているものはわかっているから。

ぼちゃん!と水飛沫をあげて、石は湖底へと沈んでいった。

セドリックは穏やかに言った。

 

 

「 でも僕は、君に、幸せになってほしいから。君の技術を利用するとか、そんなのじゃなくって。君の、飾っていない日常の様子とか、一般的には、ちょっと困ったところとされる部分とか。譲りたくない習慣とか信念とか…君の、自分では好きじゃなさそうな部分とかも―――そういうのをまるごと好きでいるような、そういう人こそを、君は選ぶべきだと思う。妙なお見合いなんて、よしておけよ 」

 

「 そんな聖人いるかよ 」

 

「 いるよ。君を愛する人は、決まって近くから現れる 」

 

 

セドリックは笑顔で振り返った。「こんなふうに笑おう」と、ずっと決めていたわけじゃない。「声が震えてしまったかも」とさえ考えられず、セドリックは無闇におどけた。輝く湖面を背負っているから―――ガラハッドはとても眩しくて、目を細めてセドリックのことを見上げた。

 

 

「 そうか、有難う 」

 

 

ガラハッドは感服していた。「この世にあなたを愛してくれる人はいますよ」なんて、いかにも陳腐な慰めの言葉なのに、セドリック・ディゴリーという人が言うならば、ぺらぺらの定型句にも血が通っている。

なんだか、前向きにさせられていた。

 

ガラハッドは気恥ずかしく礼を言った。

そして、内心ではこう考えていた。

 

チョウとマリエッタに、ハーマイオニー…素顔の自身を知る女の子たちのなかに、こちらを愛してくれる子は、いるのかな?と。

セドリックの微笑みは語っている―――「いるか、いないか」を審議するのではなくて、「いるであろう」と信じて過ごすべきなんだ。さらにセドリックの助言が白眉であった点は、誰かを愛するとはどういうことか、とても具体的に教えてくれた点だ。自分は、誰かに恋をするのなら、相手のどんな部分だって受け入れないといけない。

身近な女子たちの個性を鑑みると、これって、なかなかハードルが高いことだな…。

 

 

「 君は、相変わらず凄い奴だ 」

 

 

ガラハッドはポツリと呟いた。

ガラハッドは、よいしょと自分も立ち上がることにして、はにかむセドリックの隣に並んだとき、薄っすらと皮肉な笑みを浮かべた。

「政治的な女子は無理」といって、好きだった子を見限った人物は誰?…自分で~す!

自身の至らなさを嗤って、積み上げた石を蹴っ飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

ガラハッド・オリバンダーという人物について、セドリック・ディゴリーはいくつか勘違いしていることがある。

 

ひとつ、ガラハッド・オリバンダーは、それほど割り切りよく感情を清算できる人間ではない。特に、愛情とかその類のものに関しては、彼はまず欲しがって、欲しがらずとも与えてくれる人に対しては横着で、そのくせ他人が自分よりもその人を横着に扱うと怒り、得られない場合は寂しがる。畢竟、どうしようもない奴なのである。

彼は、「どうして、自分は独りなのだ?」と考え始めると―――くれるべき情をくれなかった人々を恨み、情などはすべてくだらないと嘯き、生きながら怨霊と化して、自分を知らぬ人の不幸を願うようになる。

かつて、「家族は自分よりももっと酷い苦しみを味わった」と知ったとき、彼という人はようやく家族を許した。許すと同時に悲しがって、そうやって、初めて愛に触れた。

痛みを感じるときにしか、彼は愛の存在を思い出せない。

そういった人間というものは、宇宙のどこにでもいる。

 

つまり、極々普通の人物として、ガラハッド・オリバンダーは日夜いろんな感情を抱いている。くっだらねーことに明け暮れて、限られた寿命を縮めているのである。

 

 

セドリック・ディゴリーに現状を相談した日の夜、ガラハッドたち五年生は天体観測実習だったので、十一月も半ばのクソ寒い時期に、屋外で凍えながら膝を抱えさせられた。

シニストラ先生、横暴!ポカポカ呪文にも限界があるんですけど~?

さてそんなことを一通り思ったあとは、無限だと感じられるような空白が来る。目当ての彗星が近づいてくるまでのあいだに、ガラハッドはなんだか切ないような気分になった。

当然だ。静かにして、草と土の匂いを嗅ぎながら、じーっと星空を見上げ続けたら、誰だってこういう感傷へといざなわれる。心は、肉体に依存するので―――ハーマイオニー・グレンジャーに対して、ガラハッド・オリバンダーは未練を感じた。

 

空に彗星が走った。長い尾を引いていった。

不吉だって古代では謂われたらしいけど、ガラハッドはそれを美しいと感じた。

 

自分は、何が美しいかぐらい知っている。

「本当の美を知りなさい」だなんて、思い出すだけで煙たい小言だ。

 

 

 

 




■男のときシザーリオ、女のときヴァイオラとする名前はシェイクスピアの喜劇『十二夜』の主人公から。マグル界にいた「シュバリエ・デオンことデオン・ド・ボーモン」は、女装した男騎士。魔法界のは男装した女騎士です。
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