ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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ふたりの行方

 

シンプルに心を言うならば、ガラハッド・オリバンダーは寂しくなった。別にどうこうなりたいという願望を捨てても、「会いたいな」という気持ちは残るものだ。

 

彼は、ハーマイオニー・グレンジャーを相手に、短くそう書いて送るだけでよかった。

 

それなのに、彼はモテない男だった。彼は寂しいときに「寂しい」と認められず、可愛らしく甘えられない人格だ。彼は、代わりに仲の良い面々を相手に、「日に日に強まる監視がストレスだ」と表現した。つまり、手近な言いやすい人を相手に、不機嫌な態度でガタガタ言い始めたのだ。

曰く、お前らは俺を信用していなさすぎる、俺だって、自分のことはわかっているのに―――…とかナントカカントカ。

誠にアホらしいことであるが、続きを聞いてみてほしい。

翌日の円卓会議で、ガラハッド・オリバンダーはぶつくさと文句を垂れた。

 

 

 

「 いいか?俺だって、選挙期間中の言動で注意するべき点はわかっている 」

 

 

彼は当然らしい顔で言った。

本当にわかっているのだろうか?―――ロジャー、マーカス、チョウ、マリエッタは、「「「「ふーん」」」」と一斉に曖昧な返事をした。ルーナは、ガラハッドの自己認識なんかには興味がなくて、ぼーっとしているように見える顔で自分の考え事をしていた。

まるで真人間のようにガラハッドは話した。

 

 

 

「 第一に、気になったことをすぐに言わない。授業でも質問しない。第二に、人前で集中してはならない。近くに人がいるときに、考え事は厳禁だ。それから、『これって呪文になるよなあ』と以前から思っていた言葉を、運よくピタッと言うチャンスを得ても、効果を試してはならない。そういうのって、傍目にはただのダイナミック駄洒落だからな 」

 

 

ガラハッドは流れるように言った。

全然信用していない目つきで、ロジャーは「よくわかってんじゃねえか」と言った。日夜寝食を共にする者として、彼は「どうして、そこまでわかってんのに、お前ってまだお前なの?」と思う次第である。ガラハッドは、「黙れボケが」という態度でロジャーを威圧して、人指し指を立てて早口の主張を続けた。そのガラの悪さに嘆息して、マーカスは「ガラハッドは外では頑張っている」と思った。選挙ポスターには載せられない顔つきで、ガラハッドはとめどなく文句を吐き連ねた。

 

 

「 俺に行動の自由を寄越せよ!第三に…これが一番ストレスなんだが…俺は、俺が事実マトモで良識的な人間であるということを、物に感じやすい人々にも理解させるために、俺の興味関心について、話をしてはならない。おいおい、これは半分以上聞き手側の問題だろ!?俺は、俗っぽい趣味をお持ちの皆さんと違って、常に自身の嗜好を秘めておかねばならないのかよ。クィディッチが好きなら喋ってよくて、折口信夫に興味があると、喋ってはいけない?こんなのって、人倫にもとるよなあルーナ?しわしわ角スノーカックはいると思うぞ!君って、デカルトは読んだことある?僕は、そもそも我々杖職人が木材を輸入に頼りだしたのは、デカルトが物心二元論を唱えたせいだと思い始めていて―――はいはいこういうのがダメなんだろ?わかってるわかってる! 」

 

 

ガラハッドは偉そうに言った。

チョウは、下手に口を出すと厄介なので、「うわぁ、面倒くさぁ…」と顔芸で語った。ルーナはキョトンと首を傾げて、「何それ。面白そう」と呟いた。

 

のこりのメンバーはひたすら困っていた。

全員、ガラハッドの言いたいことはわかった。

わかったことだし、尊重してやりたくなったけれど、すぐに良い提案ができなかっただけだ。

 

それなのにガラハッドは五年生メンバーをぐるりと見回して、「このなかで『情念論』を読んだことがある者は?」と追撃した。いるわけがないので、全員、顔を見合わせるだけとなった。「ほら!」とガラハッドは悲劇的に溜め息を吐いた。

 

 

「 話を理解できる者が近くにいないから、結果的に俺は浮くだけなんだよ。お前ら、もっと環境破壊問題とかに関心を持て 」

 

「 うっぜえ。コイツ、殴りてえ 」

 

 

ロジャーが暴力の許可を求めた。

もちろん許可は下りなかった。

今、候補者の顔面に痣をつくってはならないので―――小刻みに左右に首を振る面々へと、ぬけぬけと明るくガラハッドは言い放った。

 

 

「 今時四年生の女の子でさえ、地球環境については考えていると思うのに! 」

 

「 きっしょ。そんな奴いるかよ 」

 

「 いますぅ。彼女は、魔法界の二酸化炭素排出量とか気にするタイプですぅ 」

 

 

ロジャーとガラハッドの言い合いは稚拙である。

マーカスは手で適当に彼らをあしらって、視線でマリエッタに議事の進行を求めた。能力不足を思い知って、マリエッタはしょんぼりと俯いていた。

 

 

「 それって、グリフィンドールのグレンジャー候補のことよね? 」

 

 

マリエッタは暗い声で言った。

チョウはちらっとマリエッタのことを見て、それからガラハッドの表情を探った―――彼は何も考えていなさそうに頷いた。

マリエッタはしょぼしょぼと言った。

 

 

「 たしかに、木材資源と環境問題について、彼女ならば一家言ありそうだわ。それとは、つながりがわからないけど…哲学の本、私も読んでみようかしら… 」

 

 

マリエッタの『がんばるリスト』にプラス1だ。

軽く言ってみただけという調子で、ガラハッドは「いいよ、忙しいのに」と言った。チョウは、静かに憤慨した―――んもう無神経なんだから…それでもマリエッタは読むのよ!馬鹿!

そのときルーナが机に顎を置いて、暇そうになめくじのポーズをとった。

 

 

「 で、結局何が言いたいの? 」

 

 

ルーナはすっとぼけて言った。

 

 

「 あたしたち、禁じられた森を植林で増やすの? 」

 

「 そうだよ。今のは、ただの君の愚痴じゃないかガラハッド… 」

 

 

マーカスは自力で舵取りに挑んだ。

 

 

「 …とにかく、気持ちはわかったよ。君は、ちゃんとやってるからこそ疲れてるってことだね。そろそろイジイジがきてるんだ―――で、今日のメインは、当選後の組織とチーフ候補の絵を描くことだよ?それぞれ、良い提案を持ってきてくれたと思うなあ… 」

 

「 俺から言っちゃダメか? 」

 

「 もちろん、君から提案するべきだよ 」

 

「 グレンジャー候補を陣営に引き込もう! 」

 

 

ガラハッドはパチンと指を鳴らして言った。

ロジャーが呆れた声をあげた。

 

 

「 まぁたコイツ、無茶苦茶言ってら 」

 

 

ガラハッドはただちに反論した。

ガラハッドは、これは決して私情ではない(と、いうつもりである)から、ハーマイオニー・グレンジャーを味方につけることについて、100分だって滔々と利点を語れる。

彼は提案の背景を話した。

曰く、当選後のチャリティー運営において、最も心配するべきは校内に敵対勢力が生じてしまうことだ。こちらの顔に泥を塗りたいあまりに、吸魂鬼の格好をして徘徊するなど、強固な組織戦を展開しているマルフォイ陣営やその残党から、選挙後に嫌がらせをされるようになってはいけない。さすれば安全なイベント運営は難しい。そこで我々は「圧倒的勝利」を目標として掲げつつ、決して対立候補をボコボコにしてはならない。しかしあくまでそれは直接我々が手を下してはならないだけで、鉄砲玉にやらせるならばOKだ。

 

ガラハッドは、グレンジャー候補を内々のうちに抱き込み、マルフォイ候補が“ドブ板戦術”をとっているところへと彼女を行かせて煽らせ、彼を幼稚に噴き上がらせて、かの紳士ヅラを剥がさせようと言った。彼は、マルフォイ候補が留学生たちへの“ドブ板戦術”において非常に強いことを指摘し、そこを崩す必要性を説いた。「精々みっともない泥試合をさせて、ガキだって知らしめてやらなきゃ」と…。そしてほどほどのところで自分が割って入り、マルフォイ候補へと恩を売るのだと言った。

 

 

「 どう? 」

 

 

爽やかに締めくくったガラハッドに、善良なるマーカスはドン引きであった。

 

 

「 悪くない…でも、それって… 」

 

「 それって、マフィアの手口なンだぁ 」

 

 

ルーナは「いけないンだぁ」の抑揚で言った。

ガラハッドは平然と答えた。

 

 

「 知らない?俺たち、ブルーマフィアって呼ばれてる。ルーナ、君もその一員になった 」

 

 

ルーナ・ラブグッドは黙った。彼女は尻をむずむずさせて、上目遣いにチョウとマリエッタを見た。ふたりは互いに頷きあって、「いいと思う」という表情をガラハッドに返した。ふたりは、倫理観のねじが緩いのである。先にマリエッタが頷いて言った。

 

 

「 妙案だわ!たしかに、そのリスクは考えておくべきだった。彼らって、前科があるものね 」

 

「 でも、ねえ、ガラハッド、一体どうやるつもり?グレンジャー候補に、どう働きかけるの?そんなに思惑通りにいくかなあ 」

 

「 まあまあ。そこは任せておいてくれよ。俺には君たちがいてくれて、このレイブンクロー寮のみんながいて―――様々な企画の案やチーフを募るのには困らないけど、かたやグリフィンドール陣営はどうだ?フレッドとジョージ、リー、コリンはこちら側!グレンジャー候補は、組織づくりの面では苦労しているはずだ。彼女は、思想で動く人間だから、理想が実現されるならば勝ちを譲るだろう。僕が、単独で話をつけてくる。こういうのは、数で囲むような形になってしまうと良くない。『YES』と言っていただくわけだから―――大丈夫、交渉のネタはあるんだ。彼女の実務能力は相当高い!この公約、実行には相当の工数が要るけども、打ち出せば必ず票が集まる。彼女をこの部門のチーフに据えよう 」

 

 

トントンと指で机を叩いて、ガラハッドは断定的に言った。近々リリースする予定の新しいビラが、卓上には綺麗に積まれていた。

 

 

「 それが出来たら助かるなあ 」

 

 

マーカスがホッとしたように言った。

 

 

「 そこのチーフ、凄く大変だと思うよ 」

 

「 並の人間ではやれないよな 」

 

 

ガラハッドはうんうんと何度も頷いた。

ロジャーが珍しく黙っていたのは、なんだか「言ってはいけないこと」へと思考がひっぱられたからだ。気だるくピアスをいじるほどに、ロジャーは複雑な気分だった。彼だってむかし親に言われたものだ…「坊や、蛙をいじめるんじゃありません。そんなことをしたら、レディ・グレイスが彼らに杖を与えるよ」と―――…闇の魔法使いだって杖を修理に出したりする。杖師・杖職人というのは、決してクリーンな稼業ではない。

 

かつて、ホグワーツで危険な目に遭って帰って、父親からそう言い聞かされたとき、「あいつはそんなんじゃない」とロジャーは反発して、その勢いでピアスホールをつくった。けれど、まあ、なんだ…あれ以来ただ面白可笑しいだけの同室は、やくざの息子だっていうことを、ロジャー・デイビースは思い出したのであった。

ロジャーはやんわりと苦笑して言った。

 

 

「 か~わいそ。マグル生まれの女の子、騙しちゃうのかよ 」

 

 

ガラハッドは「失礼な」と気楽に言い返した。

ロジャーの腹の底など、ガラハッドは知らなかった。

それに内心はもう嬉しかった。

 

 

( へへへ、これでハーマイオニーに会いに行ける。こんなに長いこと会わないの、実は久しぶりだったんだよなぁ…! )

 

 

ガラハッドは、この純朴な喜びのほどは、シザーリオにはわからないことだろうと思った。彼(彼女?)には味わえないだろうくすぐったさは、とても暖かくて心地よかった。

 

 

―――――…。

 

―――…。

 

おわかりいただけただろうか?

 

このとおりガラハッド・オリバンダーは、自身が何に気をつけて生活するべきか、折角の自己分析をとことん無駄にして、不本意な結果を招かないための対策を、まったくとることができていない。

いくら前向きに歩んで容姿に気を遣い、小手先の可愛げを磨いたところで、もとが地獄から来た怨霊なんだもの。どういうつもりであっても、彼は結果的に災厄を振りまく。

なのに、彼はさも純情で無害な男のつもりでいる。自身なんぞに()()()()()()()()を、異様に過小評価しているのである。

 

アホくさい会議は終わった。

全会一致によって、幹部たちは代表の単独行動を許可した。

いけ、レイブンクロー寮に勝利を!我らの叡智を代表に託す!

グレンジャー候補を傘下に加えるべく、彼ら彼女らは出撃の許可を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9割が打算であっても、1割の本音で「会いたかった」と唱えて票を獲れ!

困ったら、吐息7割声3割! 「本音です」っぽく誤魔化して同情をひけ!

単純接触効果、侮るなかれ!

一度握手した支持者には、すれちがうときに手を振るべし!

さもよく覚えているかのような素振りで!!

 

そのような寮内教育を施されて、レイブンクローのオリバンダー候補はこのところ挨拶マシーンである。いらっしゃいませ!杖磨きセットいかがですか!―――彼は、「ぜーんぶ、それと同じよ」とチョウに語られたときに、謎の納得感を覚えて、そこから爆発的に強くなった。

 

そう、この大広間を、ダイアゴン横丁だと思えば!

目に映る生徒たちは、すべて客!!

 

お土産を売り捌く手並みで、今日もガラハッドは“ドブ板戦術”をこなした。「素振り千回」の剣道修行が、謎の生かされかたをしていた。

 

そんな様子を隣のテーブルから眺めて、セドリックは、疲労と呆れの混ざった溜め息をこぼした。

まったく、彼、すっかりアイドル業が板についちゃってさ。

とにかく彼という人は、やることなすこと大規模で徹底的すぎる。今に始まったことじゃない、その習性。こう発露されると、心底困ったものである。「好きな人の難点を受け入れる」って、口で言うほど簡単じゃないぞ…。自分で言ったことのくせに、セドリックの気苦労は尽きない。

 

セドリックは、ガラハッドがハッフルパフテーブルの近くを横切ったときに、冷やかすような色を込めて、「まぁたやってるな?」と声をかけた。するとオリバンダー候補のお手並みは、セドリックにとっては“ここからが本番”となった。

 

ガラハッドは、急に恥ずかしくなってムッとした。彼は、立ち止まっていきなりセドリックの額に触れて、ぐしゃっと毛質のいい前髪を逆立てさせてやった。

 

「やられた!」という思いと嬉しさとは、ひととき奇妙に共存することがある。

むずがるように笑うセドリックを見て、ガラハッドは少々イラっとした。

 

 

( この天然ハンサムが…俺だって、お前の顔面とオーラで生まれてたら、こんな苦労してませんけど!? )

 

 

こいつって、どこまで完璧なんだろうか…―――「昨日は有難う」とだけ告げて、ガラハッドはさっさとグリフィンドールテーブルへと向かった。他でもないセドリックから推薦を受けているのだ。今は、絶対に負けるわけにいかない戦いの最中だ。兜の緒を締めるような心地で、ガラハッドはつかつかと歩いた。

 

ただいま一人でグリフィンドールテーブルに近づくことは、いわば敵地への単騎特攻である。「いるぁっしゃい!!」くらいのテンションで大広間の東端に現れたガラハッドに、ロナルド・ウィーズリーは大いに警戒を見せた。

ロンは、現在も同室のハリー・ポッターを相手に、ばっちり冷戦継続中なのだ。フレッドとジョージは、ただちに席を立って大きな声でガラハッドを歓迎する言葉を言った。

ふたりがハミングで言うならば、どんな言葉だって周辺の笑いを誘った。他寮の候補者を派手に囃し立て始めたフレッドとジョージに、ロンは二重に裏切られた気分を味わった。

ラベンダー・ブラウンが笑って手を差し出したので、ガラハッドは驚いた様子で言った。

 

 

「 え、握手してくれるの?君、グリフィンドールなのに?―――有難う! 」

 

 

これぞ訓練の賜物である。思いがけずプレゼントを貰ったかのように、彼はさも嬉しそうに見える顔で、ラベンダー・ブラウンの手を握った。

げんなりするロンの目の前で、ガラハッドは次々に女の子たちから手を伸ばされた。「げんなり」とはまた違う気持ちなのだけど、セドリックは、そっとひねっていた上体を戻して、ガラハッドのほうを見ることをやめた。

 

 

( 馬鹿だな…『有難う』で報われた気分になんかなって… )

 

 

そんな一言ぐらい、誰だって言うのにさ。

誰だって、誰にだって、言わないと「社会性のない奴」だもの。

そんな一言に価値を見出すなんて、馬鹿げている…

セドリックは静かに塞ぎこんでいった。

 

 

そんな「無口なハンサム」と違って、ロンは「永遠の三枚目」である。大袈裟に気色悪がって、ロンは大声でラベンダーに言った。

 

 

「 おえーっ、知らないのか、君!こいつって、スリザリンのトロールにも同じことを言ってるんだぞ 」

 

「 だって有難いからな。寮が違うのに、有難い 」

 

 

ガラハッドは急いでロンの言葉を遮った。

複雑な苦笑を見せるラベンダーを、ガラハッドは直視できなくなった。

 

別に、顔面が良ければ一人二票持っているわけじゃない。他派閥から流れてくれそうな人の顔の美醜なんて、自分はいちいち品評していない。「それほど暇じゃねえよ!」と吼えたいところだったが、ここで不機嫌を表すわけにもいくまい。

 

ガラハッドが堪えているのをいいことに、ロンは下品なからかいを続けた。彼は、こちらのことを「稀代の悪食」だと言ってきた。それは、一体どういう意味であるのやら…―――言われた本人のガラハッドよりも、ハーマイオニーのほうがよく知っているのであった。

彼女は、ロンの死角から静かに近づいて、対岸から急にテーブルをばーんとやった。ロンは飛び上がって驚いて、はずみでガラハッドの懐に飛び込んでしまった。

ガラハッドはこれ幸いと仕返しをした。

 

 

「 俺を頼ってくれてる?有難う! 」

 

 

ガラハッドは笑顔で言い放った。

ロンは恥ずかしくなってしまい、それで余計に恥をかいた。

ゲラゲラ笑う兄たちに合わせて、ロンは上擦った声でおどけた。

 

 

「 乙女の気持ち、わかっちゃったかもぉ 」

 

「 あんたには、百年、早いわ 」

 

 

齢五〇〇〇年の魔女みたいに、ハーマイオニーは不機嫌に言った。

ラベンダーはクスクスと笑った。

 

 

「 あんたは、ガラハッドの爪の垢を飲みなさいよ。産毛羽ペン、売ってもらいなさい! 」

 

「 やめてそれ黒歴史だから… 」

 

「 ―――こんなに近くで会うの、久しぶりよね 」

 

 

ハーマイオニーの声は急に改まった。

ハリーは、なんだか愉快そうな光景なので、「まじりたいなあ」と思って成り行きを眺めていた。ロンに近づきすぎることを避けて、ハリーはネビル・ロングボトムの隣にいた。

ガラハッドは、再び笑顔で言い放つモードに…入った。

 

 

「 うん、会いたかった! 」

 

 

飛んできたボールを―――打ったのである。

カッキーンとバットが振り抜かれたかのようで、ハリーは目が離せなくなってしまった。

 

このボール、どこにいくんだろう!?

 

俗に「会話はキャッチボールだ」というけれど、それってコミュニケーションの上手な者同士だけである。ガラハッドはドカンとぶちかまして、場外ホームランを放った。隣のテーブルでセドリックは、今のを聞いて呼吸を乱していた。

ハーマイオニーは少し赤くなって、しきりに耳に髪をかけはじめた。ロンはあんぐりと口を開けて、そんなハーマイオニーとガラハッドを交互に見やった。色めき立ったラベンダーとパーバティは、「ねえ、今のどういう意味!?」と口々に言った。「おっとこりゃ邪魔できないぜ」の表情で、双子はじりじりと後退を始めた。ハリーはニヤニヤが止まらなかった。

 

 

「 最近どう?SPEWは順調? 」

 

 

ガラハッドはいきなり反吐(SPEW)の話を始めた。

ハリーは、肩を震わせて小さく漏らした。「最高!」―――ネビルは、よくわかっていないままに笑った。

ガラハッドは真剣な声で続けた。

 

 

「 最近、あのバッヂが可愛く見えてきたんだ 」

 

「 嘘だろ!? 」

 

「 流行る余地は、あるなと思う。汚いぞバッヂが流行ったんだから 」

 

「 落ち着け。正気じゃないよ君は! 」

 

 

ロンは口を挟み続けた。

ハーマイオニーは嬉しそうに鼻を高くした。

 

 

「 それみなさいよ、ロン 」

 

「 ところが 」

 

 

ガラハッドの声は冷ややかに変わった。

 

 

「 ハーマイオニー、君は最近、屋敷しもべ妖精への福祉充実を訴えていないな?票になることを言おうとして、らしくなく日和っているだろう 」

 

 

ハーマイオニーの顔つきは変わった。

授業中と変わらない態度で、ガラハッドは小難しいことをつらつらと並べ始めた。こういうことが許されるから、彼はハーマイオニーのことが好きなのである。好きであるくせに彼は、ぐちぐちと彼女を責めていった。つくづく可愛くない男だ。

ガラハッド・オリバンダーは言った。

 

 

「 ハーマイオニー、君のような弱者の側に立つと決めた者は、現にある抑圧の不可視性こそを問題にして、絶えず多数派の罪を告発していく必要がある。それなのに君は… 」

 

「 …だって、だって今回の選挙は、妖精福祉とは直接関係ないじゃない 」

 

「 そういう論法を許さないのが君じゃなかった? 」

 

「 あなたは、私の宣言文の案に、『考えが甘い』って言ったじゃない。S.P.E.W(エスピーイーダブリュー)の活動は、まだ広く訴えていける段階ではないだけよ。私は、ちゃあんとあれからも修正案のことを考えています 」

 

 

ハーマイオニーはきっぱりと言った。

彼女は、決してチョロくなんかなかった。

彼女は、流石に略称の字面が悪いことに気づいたと見えて、細々と発音を直したものながら、今だって、たった一人でも胸に反吐バッヂをつけていた。それをしていないガラハッドは、ひどく批判的な視線を浴びせかけられた。

 

 

「 あなたに訊きたいことがあったわ 」

 

 

ハーマイオニーは冷たい声で言った。

 

 

「 思うに、当団体の宣言文を確定することに向けて難しいところは、『人権』という言葉を使えないことよ。『人権』って、『ヒトの権利(Human Rights)』だもの。『種族としての意味で人間ではないけれども、実際には生きた人間である存在』のことを、魔法界では何と呼ぶの?―――私、いまだに良い言葉を見つけられていないわ!『ヒトに準ずる者たち』…ありえないわよね。『杖持つ権利なき者たち』…逆に差別を強化してどうするの?調べたら小鬼と水中人は、私たちがヒト族を中心とした『人間』を意味する言葉を持つように、彼らの定義による言葉を持っているのよ。それぞれ彼ら中心にね。それって、種族の誇りに通じると思うわ―――でも、屋敷しもべ妖精にはそれがないの! 」

 

 

ハーマイオニーの声は熱を帯び始めた。

ガラハッドは、うっかり今は交渉の途中だということを忘れて、これには素朴に考え込まされてしまった。たしかに『人権』という言葉を使って妖精の啓蒙を目指すことは、「黒人に『白人権』を教えようとする」くらい舐めてる言動だよな…。

 

…とはいえ何も代案が思い浮かばず、ガラハッドは腕組みをして黙り込んだ。

 

ガラハッドが何にも言わないので、ハーマイオニーは周囲から呆れかえった視線を浴びた。

一体、どこの世界に、自分に会いたかったと言ってくれる男子に、こんな対応をする女子がいるのか?―――ロンは、「やれやれ」と仕草で示して…一見呆れたような態度だが、実は安心している…と、ハリーは見抜いて目を細めた。ラベンダーたちにひそひそやられるまでもなく、ハーマイオニーは自戒して唇を噛んだ。

 

 

「 ―――…っ! 」

 

 

繰り返しの叙述になるけれども、ここにひとつの事実がある。

ガラハッド・オリバンダーとハーマイオニー・グレンジャーは、とことん似た者同士の男女である。彼女は「私も会いたかった!ねえ最近の関心事を聞いてよ」と思っていたけれど、そういうことを思っているままの態度で、上手く可愛く彼に言えなかった。それに、おとなぶってこらえているけれども、内心は文句をいっぱい抱えている。

 

 

( どうして、対立候補として立ったの?せめて私のこと、応援してほしかったのに―――…これって、傲慢だったのよね… )

 

 

そんなことも彼女は言えない。

いじけたような気分で、ただ表情をくしゃくしゃにするだけだ。そして、「どうせ女子としては見てもらえない自分」を、一段と卑下してこのように言うのだ。

ハーマイオニーはみじめな声で告げた。

 

 

「 あなただって、私のこと、イカレてるって思ってるんでしょう 」

 

 

ガラハッドは思考に没頭していた。

鷲の眼光で虚空を凝視したまま、ガラハッドはサラリと言った。

 

 

「 うん?とんでもない。ロンにでもそう言われた? 」

 

 

ロンはちょっと申し訳なくなった―――こんな横顔を見せるほどに、ハーマイオニーが傷ついているとは思わなかった!殊勝なロンとは違って、ハリーは相変わらずハリー・ポッターらしくしていた。ハリーは、「『イカレてる』っていう評をもらった数ならば、ハーマイオニーよりガラハッドのほうが上だろうな」と外野から思っていた。

 

 

「 おっと 」

 

 

ガラハッドは急に思案顔をやめた。

イカレていると見なされがちな言動を、彼はちゃんと自覚し制御できる候補者なのだ。

いきいきとした様子で、オリバンダー候補は作戦行動に戻った。

 

 

「 ハーマイオニー、君は素晴らしいな!言語の限界に関しては、僕も時々考えることがある。いろいろ思っていることはあるけど―――これは、また今度ふたりで話す機会を持ちたい。ここではやめておこう。なあ、それよりもさ…いや、『それよりも』じゃなくて、『それだから』なんだけど…言葉に頼らない働きかけだって、僕ら手段として持っているわけで、僕らはそれを使っていくべきだよ 」

 

「 ふぅん…それ、具体的には? 」

 

「 えっと、まず『言語について話す別の機会』は、今日の放課後にしないか?その、選挙活動で忙しいとは思うんだけど、君の意向次第では、僕ら話すべきことは多いから―――それから、『言葉に頼らない働きかけ』っていうのは… 」

 

 

ガラハッドはリリース前のビラを一枚渡した。ハーマイオニーは、それをゴミかと思ったみたいだった。少し困惑した表情で、彼女はおずおずとそれを読める状態に広げた。ぺたんこに畳んだものを取り出すなんて、ひどくみっともなかったとガラハッドは後悔した。

 

交渉は正念場である。

ガラハッドは、後悔を続けるより前進のほうを選んだ。

彼はダサいビラを指さして神妙に言った。

 

 

「 君を信頼しているからこうして知らせるんだけど… 」

 

 

ハーマイオニーはちらっと視線を上げた。

 

 

「 …僕は近々、その公約を打ち出そうと思っている―――留学生がホームシックにならないように、日常の食卓に各国の料理を出すんだ。これは、実現するには屋敷しもべ妖精の協力が要る。彼らの来歴を確認して、校内にフランス料理がつくれる屋敷しもべ妖精がどれほどいるか、東欧料理がつくれる屋敷しもべ妖精がどれほどいるか、まずは調査するところから始めないといけない―――彼らは、働くことが好きなわけだろう?僕が思うには、働く喜びが最大になるのは…自身の来歴と結びついた、他にない技能を駆使するときだ。彼らを、“全員オールワークス”の状態から解き放とう。賃金とは、プロフェッショナルに対する表彰だ。その意識が全体で共有されたとき、彼らは誇りを得て、賃金を受け取ることを恥だと思わなくなって、君の理想は実現する。そう思わないか? 」

 

 

ハーマイオニーは息を吸っていた。吸ってばかりで、吐くことを忘れたらしかった。

ロンはキョドキョドし始めたが、到底口を挟めなかった。

ガラハッドは熱っぽく続けた。

 

 

「 ハーマイオニー、僕は、この仕事を君以外の人に任せたくはない。うちの寮には、調査を苦に思わない者、異種族への関心が高い者、職人魂ってものがわかってる良い奴らがいるけれども、この取り組みに対して、君以上の熱意を捧げられる人はいない。僕が当選したら、必ず、この部門の担当者に君を据えるよ。そう、僕が当選したらな―――そのときは、僕はこの公約の実現のためだけには活動していられないから 」

 

 

ハリーは口を挟もうか迷った。

ハリーは、懸命にハーマイオニーに視線を送った。

 

いいよ、ハーマイオニー!君が、この提案にとてつもない魅力を感じていることは伝わってくる!汚いぞバッヂに憤慨して、闘ってくれて嬉しかった。君は最高の友人だと思った。けど、変なバッヂを売りつけてくるのは、勘弁してほしいよ。妙な演説を垂れるよりは、ガラハッドのもとで活躍しておいてほしい。そのほうが君、存在が無害だよ。寮生はみんなそう思ってると思うよ…!

 

ハリーは静かに祈った。

しかしハーマイオニーは、とうとう返事をしないままであった。

 

 

ガランゴロンと鐘が鳴った。

悔しいが、時間が来てしまった。

すべての生徒たちが動き出した。

 

 

ガラハッドはしぶしぶといった様子であるが、時間通り次の授業に向かおうとした。ハリーは急いで彼を追いかけて、背後から元気に肩を叩いた。こんなふうにニヤつきがこぼれるのは、ハリーにとっては久しぶりだった。「任せろ」という顔つきをするとき、ハリーは近頃の憂鬱を忘れた。

 

 

「 今の話、聞いてたよ。僕からも説得してみる。アンジェリーナにも言うよ。ハーマイオニーは、彼女への義理で悩んでるにちがいないんだから 」

 

「 頼む!シーカー! 」

 

 

ガラハッドは猛烈に頷いて呻いた。

ハリーは、最高にニヤッとしてみせた。

 

 

「 こっちこそ頼むよ。僕はあのバッヂ、キュートだとは思わないんだ 」

 

 

ハリーは、ガラハッドの返事なんか聞かないで、言うだけ言って四年生の群れに戻っていった。その機知ある面差しが妙に目に焼きついて、心強いと感じた反面、ガラハッドは複雑な気分になった。立ち去りながらガラハッドは考えた。

 

やっぱり、自分ひとりぐらいは、あの反吐バッヂをつけてきてもよかったのでは?

自分なら、「いつものSirのジョークだ」として、ファッションとしてアレも受け入れられたのでは…。

 

ハリーは、あいつは馬鹿じゃないから、いくらかの小銭を支払うことで、()()()()()()ハーマイオニーを黙らせたのに違いない。必ず現れるだろうと思っていた人種だが、こんなに間近に出現したなんて、「彼女が気の毒だ」とガラハッドは感じた。

 

 

案の定翌日の朝には、ヘドウィグが良い知らせを運んできた。

つまり、ハリーは()()()()()わけだ。

そらおそろしいけど有難いことなので、ガラハッドはヘドウィグをたっぷりとねぎらった。万事が上手くいっているのに、妙に気分が晴れなかった。

手紙の内容は、以下の通りだった。

 

 

 

ガラハッド・オリバンダーさんへ

 

選挙要項を読み直しました。以下の提案は、規則違反ではありません。

私、ハーマイオニー・グレンジャーは、あなたとの連立体制を望みます。ただし、以下の条件の場合のみ。すべての条件に納得したら、これにサインをして送り返してください。その場合、私はあなたを勝たせましょう。

 

追伸:こういうのって、口約束にしないのが大事だと思うの。

 

 

 

ガラハッドはじっと紙面を見つめた。

太さの変わらない筆跡。ハーマイオニーの寄越した証文は、羽ペンとインクで書かれたものではなかった。同じように自分だって書き記せる。そうか、あの仕舞いこんだボールペンは、初めからこうやって使うものだったんだ…―――後づけの解釈でしかないものを、不意に真理だと直感した。

 

直観?いや錯覚だなと、わかっていて飛び込むこともある。

選択ってそういうもの。

 

ガラハッドは、鞄から筆箱を取り出した。

お揃いのボールペンを使って、彼は彼女の名前の下に署名をした。

恋を葬り去る証だった。

 

いいんだ、この同志の絆は、そこらの恋人よりも深くなる!

これは、トレローニー先生ご絶賛の予見ってやつです!

 

独りでも巫山戯(ふざけ)てみることで、ガラハッドは自分に勢いをつけた。

 

ごめんな、ハーマイオニー!屋敷しもべ妖精の賃金労働者化なんて、実のところ一過性に終わり浸透しないと思ってるよ!広まってしまっても、困るんだ。だって物価が暴騰しそう、人件費の相場は暴落しそうだから。

どうぞ失敗して、また僕に泣きついてくれよな。

『福祉』の次は、『人権』ときてビックリだ。

可哀想に君は、これからどんどん嫌われ者になる!何を生み出したところで、御国の穀潰しと呼ばれるだろう。明らかに図抜けて賢いのに、ヒステリックな考えなしだとされて、「マグル生まれだからそう言いたくなるんだろう?」と、一層被差別を強化される。そうやって孤立していくことが、気の毒だけど、どうしよう、実は認めざるをえず嬉しい…。

 

厄介な左翼(アカ)になろうというのなら、中途半端では終わらないでほしいな。

いずれは、『世界平和』を本気で要求しはじめて、狂人だと嗤われ蔑まれてほしい。

そのとき自分は、自分だけは、最後まで彼女を理性人だと呼んで、まめまめしく慰めていこう。彼女が元気を失ったら、地獄の話を聞かせてやろう。海底地下八千由旬の底に、億万の戦没者(みかた)がいると言おう。

 

澱む心を飼い慣らして、ガラハッドは明るく笑った。

 

 

 

 

 

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