ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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ボーバトンからの刺客Ⅰ

 

土曜日、起き抜けの自身を洗面台の鏡で目撃して、ガラハッド・オリバンダーは軽く嘆息してしまった。

 

うーん我ながら、しっかりとオッサンになりつつあるなあ?「清潔だ」と「清潔感がある」は違うって、絶対にして謎の大原則だと思う。セドリックみたいな、ああいう突出した外れ値は別として、どう足掻いたって男ってこんなもんだろうに…。

…と、思いながら、でっかく、大あくび。

洗顔、髭剃り、整髪。

ガラハッドは、本日もチョウとマリエッタに「OK」をいただくべく、「ただ清潔である」以上の演出を目指した。そうやって淡々と朝の仕度を進めて、ガラハッドはしなくてもいい考え事もした。

 

 

( 人間、腐ればみんな糞袋で~す。容姿にこだわるなんて煩悩の塊!人間を見た目で判断するな!衆生よ観想せよ死を思え!―――なんでも、「勝たなきゃ言えないこと」って、あるよな~!! )

 

 

今のは、当選したら宣言してやるからな。

ガラハッドは、歯ブラシをしゃこしゃこと動かしながら、眉間に皺を寄せて、今日はどんな服を着ようかと考え始めた。そしてすぐに嫌になって先送りにした。街宣活動に向けて、感じの良い私服を選ぶことに比べたら、引き続き屁理屈をこねることのほうが彼にとっては容易いのだ。

ガラハッドは大真面目に念じた。

 

 

( くそ、滅べよルッキズム!とか…こういうの、ブ男が言ったらただの負け惜しみだもんなあ―――そうじゃなくても、そういうことにされる )

 

 

そしてその主張は通らないのだ。どんなに理があって、道徳が味方するものであっても、美醜序列内の底辺者が主張したのでは、より蔑まれて終わりだ。「キモがられない努力をしないなんて、怠惰だ」「生物的に淘汰やむなし」などと、非道な嘲笑を浴びせかけられることだろう。

 

同じ構造が、マグル生まれに対する差別の他、人狼差別、半人間差別、ハーマイオニー曰くの妖精差別(あれって、区別ってことではいけないのか?それを言い出すのであれば、うちをめぐる現状ってまさに職業差別だと思うんだけど?)にも当てはまって、いずれも序列の下層からの声は、より激しい加害を誘うばかりで、現状の残酷さの告発以上のものになりづらい。

 

序列の頂点に立って権力を持ったときに、初めて力を宿す言葉というのはある。

「この構造を変えよう。続々と非道を生みだす装置へと化した価値序列をなくそう―――つまり差別反対」というのは、まさにソレだ。

 

内心では、まるで同意していなくても、勝ち馬に乗るために行動を改める連中はいることだろう。そいつらの動きこそが“風向き”だ。その風向きが、実は最も有害な「何も考えていない連中」を動かす―――その日が来ることを自分は狙っている。

 

冷ややかな目で泡を吐いて、ガラハッドは歯磨きを終えた。

唾棄すべきものを唾棄するには、地位と名誉を勝ち取らねばならない。

 

 

「 今日も一日、頑張りましょう 」

 

 

ガラハッドは冗談めかしてそう呼びかけつつ、皮肉に嗤ってシャツへと袖を通した。こうして信用のおける人間らしく見せようというのである。スーツとは柔らかな武装だ。

ガラハッドほど早起きではないロジャーとマーカスは、まだ各自のベッドの上にいた。「起きなくては」という意志はそれぞれ見えていたが、土曜日の朝ってそうそう動き出せるものではない。しかも季節はすっかり冬に傾き、カーテンを開けても外は暗かった。きっと南仏から来た生徒などには、これはひどく憂鬱だと感じられる光景だろう。

 

 

「 …うっす、頑張っていこ! 」

 

 

やけに元気な声を張り上げて、ロジャーは勢いをつけて布団と決裂した。彼は布製の芋虫だったが、このほど脱皮して二本足で動き始めた。彼が洗面台の使用を終える頃には、マーカスも渋々立ちあがった。

 

さあ頑張ろう、選挙活動!

 

選挙期間はいよいよ終盤に差し掛かっており、この週末は踏ん張りどころだ。

ガラハッド、ロジャー、マーカスの三人は、談話室でマリエッタ、チョウ、ルーナと合流した。玄関ホールのところで、六人は他寮組と合流する予定だった。推薦人であるセドリックに、彼が「頼りになる」と評するハッフルパフのヒューズ、遊説で活躍しているフレッドとジョージ、彼らと仲の良いリー。集まってみると錚々たる顔ぶれで、頼もしい限りであった。

 

ところがスリザリンの生徒たちは、年から年中地下にいるわけであるから、冬に早起きすることだって平気であるらしい。オリバンダー一派がそこへ至る頃には、大広間の出入口付近は、もうスリザリン軍団によって占拠されていた。

 

 

「 あいつら、朝何時から並んでんだァ? 」

 

「 場所取り要員がいるのかも…きっと交代制よ 」

 

 

リーとマリエッタがヒソヒソやった。

ガラハッドは「しまった」と思ったが、この後のことはロジャーとセドリックに任せた。この場所の次に抑えるべき要地はどこか、ロジャーとセドリックは手短に議論して、さらりと踵を返した。

一度姿を見せてしまったのだから―――ガラハッドは、ふたりのキャプテンについて移動していく仲間たちを追わずに、敢えてスリザリン生たちのほうへと近づいた。少しならず緊張した面差しの、ドラコ・マルフォイの正面へと向かったのである。まるでお互いがヒッポグリフかのように、ふたりは衆目監視のなか“挨拶”をした。

ドラコは、穏やかに微笑んで美しい英語で言った。

 

 

「 このたびは、名のある者の定めです。ご苦労の多いことでしょう 」

 

 

ガラハッドは表情づくりに迷った。

こいつ、根っから上から口調だから、悪気なく言ってんのか喧嘩売ってんのかわからないんだよな…。別に家名を持ち上げてくれる手下がいなくたって、自分は苦労なんかしていない。それと別に、自分は『最古の純血』の評判に価値を見出して、貴族的責務として総代選に出馬しているわけではない。

 

対話することを諦めて、ガラハッドは爽やかにニコッとした。ガラハッドはすっと右手を差し出して、ドラコに握手を求めて健闘を称えた。

 

 

「 お互い頑張ろう。いよいよ勝負時だな! 」

 

「 ええ 」

 

 

ドラコははにかみながら握手に応じた。

ガラハッドは飄々として退場した。

 

余談だが勝負時、すなわち天王山(STRATEGIC POINT)は、あべこべ()になったら悲惨な縁故主義者(TRAGIC NEPOTIST)である。今のは呪文ですよ、気づかないなんてまぬけ(マグル)ですね?

 

何を射込まれたやら知らないで、ドラコ坊ちゃんってば背筋を伸ばしていらっしゃる。魔女と魔法使いの勝負だもの、これくらいはやって当たり前だ。

貴兄よ、じきに元気よく街頭演説をなさって、プロ化したハーマイオニーに襲われてくれ。

ガラハッドは涼しい顔でそう思っていた。そのとき瞳は銀に光った。

 

 

 

ガラハッドが仲間を追って校庭へと出ると、マーカスとマリエッタだけの姿が見えた。彼らは、ダームストラングの船とボーバトンの馬車、両方からよく見える場所を議論しているのか、校庭の中央をうろうろしている。

 

ガラハッドは他のメンバーを探して、きょろきょろと中央階段ホールのほうへと行った。階段の前には、リー・ジョーダンだけがいて、「このあと夢のホグワーツチームが飛ぶぞ」と言った。他のメンバーは一旦寮に戻って、クィディッチユニフォームに着替えて箒を持ってくるのだそうだ。リーは、ガラハッドに「準備は要らないから、身一つで実況に来い」と言った。キックオフは10時と定めたのだそうだ。

 

 

「 朝飯食って、玄関ホールに出たらさ、マルフォイとハーマイオニーがボロカスに言い合ってて、嫌になって外に出たらクィディッチをやってる。メンバー大募集中!もちろん観戦は自由!大抵の奴は向かう。ホットな試合、マルチカラーのメンバー!スリザリンのピュシー、まじりたくて仕方なくなるだろうな。トークの立つ実況、実は第三の候補者―――こりゃあ投票するしかない!どうだい、クールな作戦だろ? 」

 

 

リーはリズムよく言って笑った。

ガラハッドは念のために確認した。

 

 

「 まさか、競技用セットを使う許可をとったとか言わないよな? 」

 

「 そこはオモチャを借りてくるんだ。時間を区切って、参加者を入れ替えたほうがいいから 」

 

「 よかったよ。この件、マクゴナガル先生は関わっていないわけだな?それならお遊びで済みそうだ 」

 

「 そこは『最前列で帽子を振り回しにくる』に5シックルだぜ。あの先生がこれを見逃すかよ。クラムが参加してくれるといいなぁ…! 」

 

 

リーは夢見心地で上を向いた。

ガラハッドはシビアに時計を見て、ここでの参加者集めはリーに任せようと思った。城内を歩いてここを通過する生徒よりも、留学生へのアピールを強めたかった。

 

船着き場のほうにはマース・ヒューズが行ったそうなので、ガラハッドはその逆に向かった。薬草学教室の横の勝手口から出て、温室群を突っ切ってボーバトンの馬車の見えるところを目指した。誰かが、話しかけに来てくれたらやりやすいのに、と―――願っているのが漏れ出しているのだろうか?立派な馬車の全貌が見えるよりも前に、ガラハッドは予期せず右舷から声をかけられた。

 

 

「 やあ、ガラハッド卿じゃないか! 」

 

 

他にない声質である。

シザーリオ・ド・ボーモンだ。

よりによって、アイツかよ。

まあいいや、と…―――ガラハッドは、覚悟して(?)そちらのほうを見た。それだというのに、うっかり目を白黒させてしまった。鮮やかに紅葉している楓を背後にしているからか、本日もシザーリオ・ド・ボーモンは派手な雰囲気を纏って登場した。

 

着飾っているというよりは、強烈に華やかなオーラを持っている。

人懐こい笑顔に騙されるなかれ、コイツは凄い変人である。

 

彼女は、女なのに男の格好をしていて、まあ女であるぶん、男よりも綺麗な顔をしており、自身は男だと主張しながら、現実にはいないような男を気取っていて―――今日に至っては明らかに、『友達』といった風情ではない、変わった女の子の集団を侍らせていた。「シザーリオ様」と、ひとりの子が彼(彼女!)のことを呼んだ。その子がホグワーツ生だったので、ガラハッドは強めに二度見してしまった。

 

 

「 グッバーイ、子猫ちゃんたち 」

 

 

こいつは、何をほざいていやがるんだろう…?

ほとんど英語を喋れないくせに、優先して覚えたフレーズがそれなのかよ…。

ガラハッドは立ち尽くしてしまった。

シザーリオはニコッとして手を振って、取り巻きの少女たちを散り散りに去っていかせた。

うっとりとしていたホグワーツ生は、他のボーバトンの子たちに引きずって行かれた。こういう時に正しくわきまえることを、乙女たちは内輪で指導しあっているのである。ガラハッドは意味がわからないままに、成り行きでシザーリオとふたりきりになった。

 

冷たい秋風が吹き抜けていった。

ガラハッドは呆れを隠せなかった。

 

 

「 今の台詞…リアルで言ってるやつ、初めて見たよ… 」

 

 

ガラハッドはフランス語でぼやいた。

シザーリオの心臓って、毛が生えているに違いない。

何が起きたって動じなさそうな調子で、にこやかにシザーリオは言い放った。

 

 

「 そうかい?君も言うといいぜ 」

 

「 普通はそれを言うと、キモいんだ 」

 

「 普通じゃないから言ってる?有難う! 」

 

「 そう返してくるところがまた凄いな… 」

 

「 キミに一目置かれるとは光栄だ。どうしたんだい、今日は、ここで選挙活動かい?未来の夫のことだ、全力でキミに協力しよう!でもそのぶん、ボクの要望も聞いて欲しいな 」

 

「 ふぅん…何を考えているんだ? 」

 

「 ボクにホグワーツを案内してくれよ。キミ、今しがたどこから出てきたんだい?授業で行かないようなところを中心に、抜け道も教えてほしいな―――大公妃様をお守りするために…だ。ボクは、全校をくまなく知っておかなくちゃならない 」

 

「 全校のことは誰も知らないね 」

 

 

ガラハッドはきっぱりと言った。

少し声を落としていたシザーリオは、真剣に怪訝な顔つきをした。

 

 

( お…? )

 

 

ガラハッドはその表情に目を惹かれた。

今のは、初めてシザーリオのペースに呑まれずに済んだ瞬間かもしれない。突き抜けて飄々とした奴だけど、そういう顔だってするわけか。

自分のことを棚に上げて、ガラハッドはそっと目を細めた。

なんだか、今日ここでシザーリオと再会したことは、ちょうどいい調査の機会だと思えてきた。

 

フランスの魔法界について、自分はまだ知らないことばかりなのだもの。こうしているあいだに玄関ホールでは、今日もドラコとハーマイオニーの舌戦が始まりそうなものだが―――『穢れた血』『差別主義者』と罵りあう彼と彼女とを、ボーバトンの生徒たちは内心どう評しているのだろう?ボーバトンは、やはりホグワーツよりも純血主義者が多いのだろうか?歴然と血統による階級が存在するぶん、それに反発する勢力が存在するはずだが―――両者の数のバランスはどれほどなのか?

 

ガラハッドはかねてからそれを知りたかったし、今はそれを知る好機だと思った。

だが、いきなり質問することはマズいと思った。

こういうことは、普通いくら仲が良くても話題にしないし、うっかり踏み込むと大事故になる。

 

シザーリオを案内して歩き出しながら、ガラハッドはまず当たり障りのない雑談を仕掛けた。

 

 

「 ここが医務室側に繋がっていて… 」

 

「 そうかい?昨日行ってみたら、ここにまた戻ってしまったけれど? 」

 

「 それは壁の絵を見て歩いたからだ。進む方向だけを見て、まっすぐ行くことだ 」

 

「 なんと…それはとんだトラップだな 」

 

 

シザーリオは「うえぇ」と明け透けに顔を歪めた。

ガラハッドは「絵が好きなのか」と訊いて、シザーリオの人柄を探った。強烈に変な部分が目立ちすぎていて、彼女(彼?)の人となりはわからない点が多い。さらりとシザーリオは答えた。

 

 

「 ううん。芸術はよくわからない。でも視界に動くものがあると、つい目で追ってしまうだろう? 」

 

「 それはたしかにそう 」

 

 

ガラハッドはシザーリオに好感を持った。

シザーリオは、ホグワーツ城とその庭は、ボーバトン城とその庭園に比べると、“非常に素朴で古風”だが、自分にはそれが好ましいと言った。特に樹が刈り込まれていないのがいいそうだ。ふるさとを思い出すからと彼(彼女?)は言った。どうやら男女関係以外のことに関しては、我々は結構価値観が合うようだ。

 

斯くも、シザーリオ・ド・ボーモンは巧くやった。

 

城のあちこちを歩き回って、いくつもの階段をのぼって。やがてひとけがなく見晴らしのいい大理石ホールに差し掛かったとき、ガラハッドは、不意に雑談に交えて本題を放った。彼に心を許させたことを、シザーリオはそっと誇った。

 

 

「 ちょっと気になるんだけどさ 」

 

「 なんだい? 」

 

 

シザーリオはニコッと笑った。

ガラハッドはヒョイと窓から顔を出して、階下で始まった騒ぎが気になったかのようなふりをした。玄関ホールの大音声は、ここにまでほんの少し届いていた。

 

 

「 ぶっちゃけ、君たちから英国の事情はどう見える?ほらグレンジャー候補とマルフォイ候補は、今日も話題にしているだろう―――血筋とか育ちとかのことを。このあたりは、大陸よりも人口が少ないから…まあいろいろと…彼らは必死な感じだけど、そちらにしてみればちょっとの差しかないかなって… 」

 

 

ガラハッドはわざと曖昧に言った。

シザーリオが純血主義者なのか違うのか、ガラハッドは知らないのでこのように言った。騎士(シュバリエ)を世襲する家の者だから、高い確率で代々の純血かと思われるが、思想のほうはどうなのだか…。

くいっと首を傾げて、シザーリオは曖昧に曖昧で返した。

 

 

「 うーんすまない。ボクは、フランスのなかじゃ田舎者だからね。フランスはこう、とかは言いづらいな。だから、比較して英国の特徴もわからない 」

 

「 そうか 」

 

「 逆に、キミから見てボクたちはどう見える? 」

 

 

シザーリオは鋭く切り返した。

シザーリオのほうも、ガラハッドの思想がわからないでいた。どうあれ、利用してみせるつもりで――――…貴重な杖職人の一人なのだもの。それもグレゴロビッチのほうと違って、生きが良く機先の利きそうな…―――逃したくはない男だから、リスクになる発言は避けるに限る。ところがガラハッドは上手にすっとぼけて、ドラコの怒声に耳を澄ませているふりをしてのけた。

 

 

「 なんといっても大公妃様がいらっしゃるんだ。うちのほうの事情は、パッとわかりやすくないかい? 」

 

 

シザーリオは一歩踏み込んだ。

シザーリオにはガラハッドが、ただ気が逸れやすいだけの人に見えた。

 

 

「 とんでもなく歴史があるなと、思ってる 」

 

 

ガラハッドは斜め上に逸らした。

階級についてコメントしないガラハッドに、シザーリオは「こいつ…」と思った。

 

 

( わざとか!愚かじゃないな…いいとも。ベルサイユじゃ出世するタイプだよ! )

 

 

シザーリオは挑戦的に微笑んだ。

 

 

「 君の家系だって、紀元前にまでさかのぼるじゃないか? 」

 

「 看板と家系は違うと思うんだ 」

 

「 そうだな。実際は養子をとったりするものな 」

 

「 その養子のことだけど、必要な場合は―――君は、何を基準に選ぶべきだと思っている?たとえば、当主に姉がいて―――ひとりが近所のマグルと結婚して、ひとりが外国の魔法使いと結婚していたら。ふたりともに子供がいたら… 」

 

「 随分と細かいことにこだわるんだねえ? 」

 

 

シザーリオは低い声で言った。低音で力強いというだけで、どう聞いても女の声であり、男の声質には聞こえなかったが。

ガラハッドは警戒されていると察した。

ガラハッドは窓の外を見るのをやめて、まっすぐにシザーリオを見据えて言った。

 

 

「 君との将来を考ぇ…て、りゅッ! 」

 

 

…と、いうのは()()()()()()()であるけれども、ガラハッドはいつもほど上手くできなかった。

いくら、巧みにはぐらかすシザーリオを追い詰めたい一心だといっても、流石に今の台詞は、口にするには恥ずかしすぎた。ガラハッドは思いっきり噛んでしまい、どうしようもなく赤くなって顔を逸らした。

ぽかんと目を丸くして、シザーリオは一拍おいて言った。

 

 

「 っ…それは、うん、嬉しいことだな 」

 

 

シザーリオは少し俯いた。

シザーリオの顔が見えなくなったことで、ガラハッドはしゃあしゃあと口を利けるようになった。

 

 

「 僕、将来は子供が欲しいんだよな!息子と庭でクィディッチとか、夢があると思わない!? 」

 

 

ガラハッドは大嘘をぶっこいた。

あと少し揺さぶればシザーリオは、血についての本音を言うと思った。

 

ところがシザーリオは複雑な笑みを浮かべて、「そうか」と呟きながら顔を上げただけだった。

おとなびた面差しだ。2歳の差って、こんなに大きいものなのか?

彼女(彼?)が何を考えているのか、ガラハッドは全然わからなかった。

ガラハッドは質問を重ねた。

 

 

「 僕たち、結婚しても子供は望めないだろ?お互い、()()() 」

 

「 うん、そうだね 」

 

「 君は、子供がほしくないのか?家職を果たすために結婚するのに、自分が末代になるつもりか 」

 

「 そこまでは、まだ考えていないかな 」

 

「 考えておこう、夫婦になるなら。夫婦といっても、ずっと顔を合わせるわけじゃないんだから、こういうのは、話せるときに先に決めておいたほうがいい。それで、どうやって養子をとるかの話だけど――― 」

 

「 …ボクは、生物学上は、不可能じゃない。キミが欲しいというなら、どうにかしてやるさ 」

 

「 本気か?君、男なのに僕に抱かれるつもりなのかよ 」

 

 

ガラハッドは強気で言いきった。今度こそ、彼は攻めどころを突ききった。

シザーリオの頬に朱がさした。

勝利した確信を宿して、ガラハッドはニヤッと意地悪に笑った。

さあこれ以上どう逃れる?――――ふたりの勝負好きの勝敗は、おのずから明らかだった。

ガラハッドは余裕のある態度で言った。

 

 

「 僕は、男は嫌だね―――ま、君は、スカートを履けば立派なレディだと思うけど、そんな無茶を強いるつもりはないから、揉める前に聞いておきたいんだ。シザーリオ、僕は、よそで子供をつくれるけどな?君は、僕がよそでつくってきた子供に“騎士(シュバリエ)ボーモン”を継がせられるのか?特大トラブルの種になるんだから、わかってないと困るよ、これは 」

 

「 どこでだって遊ぶがいいさ 」

 

 

シザーリオは憎々しげにぼやいた。

 

 

「 ただしメイドは、駄目だぜ。ベルサイユで下女に手を出したら、殺す!手軽な女がいいなら、精々女優と浮名を流せよ。そんな男は腰抜けだけどな! 」

 

「 へえ。ソコ、そういう感覚なんだ…? 」

 

 

ガラハッドはひとまず頷いてから、「ん?」と引っかかりを覚えた。

あれ?でも、お前、以前「ベルサイユには既婚者しか出仕できない」って言ってたじゃん。つまり「ベルサイユでOK」の人々だって、全員既婚者じゃないか。おかしい、ベルサイユで遊ぶ話になってるぞ?俺としては、そんな気疲れするうえに不倫しかできない場所には、行きたくないのだが…。

ガラハッドはきっぱりと主張しておいた。

 

 

「 僕はUKで暮らす。変な遊びはしないぞ 」

 

 

シザーリオは本気で驚いたような顔をした。

 

 

「 どうして!?君は、自由になるために結婚するんだろ? 」

 

「 少なくとも、師匠が亡くなるまでは傍で孝行したい。いざとなれば国外に出たいっていうのは、それが穏やかにできる場所を探してるだけ。ちょっとこっちの魔法省は、高齢の師匠に無茶を言うときがあるから 」

 

「 そう…。へえ、それは、おじいさん思いだねえ… 」

 

 

生唾をのんでしまわないように、シザーリオは細心の注意を払った。

この結婚、世界一の名工もセットでついてくるならば、最高の最高に“お買い得”だ。「そこらの男よりは、杖職人がいい」どころじゃないぞ。天は我がボーモン家に味方している…!?

シザーリオはのびのびとした口調で言った。

 

 

「 そうかぁ、それなら、うちの田舎はいいかも!何にもないけど、葡萄はよく実るし、明るいし寒くないし、ご老人には過ごしやすい環境だ。オリバンダー翁も一緒に、いつでもくるといいよ!女の子たちも可愛いよ。君は、ボクの地元でだったら何人子供をつくってもいい―――…その、外の血は貴重で 」

 

 

ガラハッドが「はぁ!?」という顔をしたので、シザーリオは最後のを急いで付け足した。

 

 

「 外の血は貴重…!? 」

 

 

ガラハッドは怖々と繰り返した。

余計に拒絶心を見せたガラハッドに、シザーリオは焦って強弁を張った。

 

 

「 いや、いや決してそんな、我が地元は、おぞましい因習村みたいなところではない! 」

 

「 今ので誤魔化しは無理だろ!純血家系って…ほら、いろいろ弊害もあるよな!? 」

 

「 ボクは健康だ!風邪なんか全然引かないタイプさ。嘘じゃない。ボク、片手で林檎を潰すことができる 」

 

「 それと体質とは関係ないって 」

 

「 君の赤ちゃんだって、産んでみせる…! 」

 

 

シザーリオは少し涙目で言った。なんともいじましい容貌だが、ガラハッドは御免こうむりたかった。どこの世界にこんな変てこで、息子を一撃で握りつぶしてきそうで、実家がひしひしとヤバい匂いのする女を選ぶ奴がいるんだか。

今すぐ鷲に化けて、飛び立って逃げてやろうか!?

その後もシザーリオがしつこいので、ガラハッドは厄介払いのために言った。

 

 

「 僕の曾祖父の母親はマグルだ 」

 

 

だから何?おたくは、杖を手放すことができるのか?

その含みを込めてガラハッドは言った。

これでシザーリオとは決裂しても、構わなかった。

 

 

「 うちは英国で『最古の純血』と呼ばれているが、別に純血じゃない!遠くの“清い血”が入ることを期待しているんなら、他をあたったほうがいい!! 」

 

 

ガラハッドは少しも声を落とさなかった。

こんなことを全力で主張しないといけないなんて、イカレた世の中だと思った。

何故だ、さっきの息子とクィディッチ云々は、もちろん毛ほども思っていないことだけれども、ごく普通の結婚に憧れて、幸せな家庭を求めているのは本音だぞ!?どうして自分の周りには、おかしな女子たちしかいないんだ!?

痛烈な拒絶をしたはずなのに、シザーリオは目を輝かせていた。

 

 

「 それは…なんとも…重大な秘密を聞かせてもらったなぁ!いいよ。ボクは、そのほうが嬉しい!君は、身体が強いっていうことで…どうせ地元の人間には、黙ってたらわかんないよ。臭いがするわけじゃないんだから 」

 

 

シザーリオは擽られたように笑った。悪戯っぽい様子で、心底嬉しそうだった。

 

 

「 地元の人間は純血主義? 」

 

 

ガラハッドはとうとうストレートに訊いた。

「吐きそう」という顔つきであるので、現在の様子はとても選挙ポスターには載せられない。

 

 

「 そうさ。ちょっと事情があってね 」

 

 

シザーリオは何でもないように言った。

彼女(彼?)は、自身が純血であることを誇っているふうでもなくて、罵られた自覚もなさそうで、何故かずっと楽しそうだった。今のは「差別主義者か?」という意味の言葉なのに、フランスではニュアンスが違うのだろうか?

シザーリオが気を悪くしていないので、ガラハッドはさらに踏み込んで質問した。

 

 

「 君の友達は、どうなんだ? 」

 

「 そこは人それぞれ!まあね、本音を言うなら―――庶民や移民ほど、“純血”という響きに権威を感じるみたいだなあ。半人間と顔を突き合わせることが多くて、ご苦労の結果なんだとは思うけど。或る程度以上の階級の女なら、誰だって、わかってると思うよ―――“純血”なんていいもんじゃない。魔法族だけで血を繋ぐなんて、限界があるんだ。どんな女だって好きこのんで、骨のない子供を産むもんかよ。けれど中には、凄い女たちもいて…ポコポコ産んで、“良いの”だけを選りすぐって…―――真似したくない以前に、普通は出来ない芸をしやがる。それなら夫に隠れて、男を引き込むほうが簡単だよ。そこでベルサイユのご夫人がたは、みーんな卑しい男が大好き!才能のある若い男がいると、気取って支援する形をとる。カネを出して学問をさせたり… 」

 

 

シザーリオはニヤニヤしながら言った。

ガラハッドは、聞いていて自身の限界を感じた。

 

 

「 頭が痛くなってきた 」

 

 

ガラハッドは米神に指を添えた。

シザーリオはニヤニヤをやめた。

 

 

「 大丈夫?痛み止め飲むかい? 」

 

「 結構。寮に帰って休むから… 」

 

「 怪しくないよ。市販薬だからね 」

 

 

シザーリオは元の“いい奴”へと戻った。

彼(彼女?)は、爽やか且つ朗らかに言った。

 

 

「 ボク、キミのこと大好きだよ! 」

 

 

ガラハッドは嬉しくはなかった。

どっと疲れて、拒絶感の正体を考えていた。

結論、自分とシザーリオとの間には、思想信条の違いなんてなかった。少なくとも、「純血主義の否定」という点では。

そのほかいろいろ感じたことどもを、ガラハッドは整理できなかった。言葉にならない圧迫感があって、なんだか胃も痛くなってきた。

 

うわぁ、もう、9時51分。

ふと時計を見て、絶望してしまった。

 

 


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