土曜日、起き抜けの自身を洗面台の鏡で目撃して、ガラハッド・オリバンダーは軽く嘆息してしまった。
うーん我ながら、しっかりとオッサンになりつつあるなあ?「清潔だ」と「清潔感がある」は違うって、絶対にして謎の大原則だと思う。セドリックみたいな、ああいう突出した外れ値は別として、どう足掻いたって男ってこんなもんだろうに…。
…と、思いながら、でっかく、大あくび。
洗顔、髭剃り、整髪。
ガラハッドは、本日もチョウとマリエッタに「OK」をいただくべく、「ただ清潔である」以上の演出を目指した。そうやって淡々と朝の仕度を進めて、ガラハッドはしなくてもいい考え事もした。
( 人間、腐ればみんな糞袋で~す。容姿にこだわるなんて煩悩の塊!人間を見た目で判断するな!衆生よ観想せよ死を思え!―――なんでも、「勝たなきゃ言えないこと」って、あるよな~!! )
今のは、当選したら宣言してやるからな。
ガラハッドは、歯ブラシをしゃこしゃこと動かしながら、眉間に皺を寄せて、今日はどんな服を着ようかと考え始めた。そしてすぐに嫌になって先送りにした。街宣活動に向けて、感じの良い私服を選ぶことに比べたら、引き続き屁理屈をこねることのほうが彼にとっては容易いのだ。
ガラハッドは大真面目に念じた。
( くそ、滅べよルッキズム!とか…こういうの、ブ男が言ったらただの負け惜しみだもんなあ―――そうじゃなくても、そういうことにされる )
そしてその主張は通らないのだ。どんなに理があって、道徳が味方するものであっても、美醜序列内の底辺者が主張したのでは、より蔑まれて終わりだ。「キモがられない努力をしないなんて、怠惰だ」「生物的に淘汰やむなし」などと、非道な嘲笑を浴びせかけられることだろう。
同じ構造が、マグル生まれに対する差別の他、人狼差別、半人間差別、ハーマイオニー曰くの妖精差別(あれって、区別ってことではいけないのか?それを言い出すのであれば、うちをめぐる現状ってまさに職業差別だと思うんだけど?)にも当てはまって、いずれも序列の下層からの声は、より激しい加害を誘うばかりで、現状の残酷さの告発以上のものになりづらい。
序列の頂点に立って権力を持ったときに、初めて力を宿す言葉というのはある。
「この構造を変えよう。続々と非道を生みだす装置へと化した価値序列をなくそう―――つまり差別反対」というのは、まさにソレだ。
内心では、まるで同意していなくても、勝ち馬に乗るために行動を改める連中はいることだろう。そいつらの動きこそが“風向き”だ。その風向きが、実は最も有害な「何も考えていない連中」を動かす―――その日が来ることを自分は狙っている。
冷ややかな目で泡を吐いて、ガラハッドは歯磨きを終えた。
唾棄すべきものを唾棄するには、地位と名誉を勝ち取らねばならない。
「 今日も一日、頑張りましょう 」
ガラハッドは冗談めかしてそう呼びかけつつ、皮肉に嗤ってシャツへと袖を通した。こうして信用のおける人間らしく見せようというのである。スーツとは柔らかな武装だ。
ガラハッドほど早起きではないロジャーとマーカスは、まだ各自のベッドの上にいた。「起きなくては」という意志はそれぞれ見えていたが、土曜日の朝ってそうそう動き出せるものではない。しかも季節はすっかり冬に傾き、カーテンを開けても外は暗かった。きっと南仏から来た生徒などには、これはひどく憂鬱だと感じられる光景だろう。
「 …うっす、頑張っていこ! 」
やけに元気な声を張り上げて、ロジャーは勢いをつけて布団と決裂した。彼は布製の芋虫だったが、このほど脱皮して二本足で動き始めた。彼が洗面台の使用を終える頃には、マーカスも渋々立ちあがった。
さあ頑張ろう、選挙活動!
選挙期間はいよいよ終盤に差し掛かっており、この週末は踏ん張りどころだ。
ガラハッド、ロジャー、マーカスの三人は、談話室でマリエッタ、チョウ、ルーナと合流した。玄関ホールのところで、六人は他寮組と合流する予定だった。推薦人であるセドリックに、彼が「頼りになる」と評するハッフルパフのヒューズ、遊説で活躍しているフレッドとジョージ、彼らと仲の良いリー。集まってみると錚々たる顔ぶれで、頼もしい限りであった。
ところがスリザリンの生徒たちは、年から年中地下にいるわけであるから、冬に早起きすることだって平気であるらしい。オリバンダー一派がそこへ至る頃には、大広間の出入口付近は、もうスリザリン軍団によって占拠されていた。
「 あいつら、朝何時から並んでんだァ? 」
「 場所取り要員がいるのかも…きっと交代制よ 」
リーとマリエッタがヒソヒソやった。
ガラハッドは「しまった」と思ったが、この後のことはロジャーとセドリックに任せた。この場所の次に抑えるべき要地はどこか、ロジャーとセドリックは手短に議論して、さらりと踵を返した。
一度姿を見せてしまったのだから―――ガラハッドは、ふたりのキャプテンについて移動していく仲間たちを追わずに、敢えてスリザリン生たちのほうへと近づいた。少しならず緊張した面差しの、ドラコ・マルフォイの正面へと向かったのである。まるでお互いがヒッポグリフかのように、ふたりは衆目監視のなか“挨拶”をした。
ドラコは、穏やかに微笑んで美しい英語で言った。
「 このたびは、名のある者の定めです。ご苦労の多いことでしょう 」
ガラハッドは表情づくりに迷った。
こいつ、根っから上から口調だから、悪気なく言ってんのか喧嘩売ってんのかわからないんだよな…。別に家名を持ち上げてくれる手下がいなくたって、自分は苦労なんかしていない。それと別に、自分は『最古の純血』の評判に価値を見出して、貴族的責務として総代選に出馬しているわけではない。
対話することを諦めて、ガラハッドは爽やかにニコッとした。ガラハッドはすっと右手を差し出して、ドラコに握手を求めて健闘を称えた。
「 お互い頑張ろう。いよいよ勝負時だな! 」
「 ええ 」
ドラコははにかみながら握手に応じた。
ガラハッドは飄々として退場した。
余談だが勝負時、すなわち
何を射込まれたやら知らないで、ドラコ坊ちゃんってば背筋を伸ばしていらっしゃる。魔女と魔法使いの勝負だもの、これくらいはやって当たり前だ。
貴兄よ、じきに元気よく街頭演説をなさって、プロ化したハーマイオニーに襲われてくれ。
ガラハッドは涼しい顔でそう思っていた。そのとき瞳は銀に光った。
ガラハッドが仲間を追って校庭へと出ると、マーカスとマリエッタだけの姿が見えた。彼らは、ダームストラングの船とボーバトンの馬車、両方からよく見える場所を議論しているのか、校庭の中央をうろうろしている。
ガラハッドは他のメンバーを探して、きょろきょろと中央階段ホールのほうへと行った。階段の前には、リー・ジョーダンだけがいて、「このあと夢のホグワーツチームが飛ぶぞ」と言った。他のメンバーは一旦寮に戻って、クィディッチユニフォームに着替えて箒を持ってくるのだそうだ。リーは、ガラハッドに「準備は要らないから、身一つで実況に来い」と言った。キックオフは10時と定めたのだそうだ。
「 朝飯食って、玄関ホールに出たらさ、マルフォイとハーマイオニーがボロカスに言い合ってて、嫌になって外に出たらクィディッチをやってる。メンバー大募集中!もちろん観戦は自由!大抵の奴は向かう。ホットな試合、マルチカラーのメンバー!スリザリンのピュシー、まじりたくて仕方なくなるだろうな。トークの立つ実況、実は第三の候補者―――こりゃあ投票するしかない!どうだい、クールな作戦だろ? 」
リーはリズムよく言って笑った。
ガラハッドは念のために確認した。
「 まさか、競技用セットを使う許可をとったとか言わないよな? 」
「 そこはオモチャを借りてくるんだ。時間を区切って、参加者を入れ替えたほうがいいから 」
「 よかったよ。この件、マクゴナガル先生は関わっていないわけだな?それならお遊びで済みそうだ 」
「 そこは『最前列で帽子を振り回しにくる』に5シックルだぜ。あの先生がこれを見逃すかよ。クラムが参加してくれるといいなぁ…! 」
リーは夢見心地で上を向いた。
ガラハッドはシビアに時計を見て、ここでの参加者集めはリーに任せようと思った。城内を歩いてここを通過する生徒よりも、留学生へのアピールを強めたかった。
船着き場のほうにはマース・ヒューズが行ったそうなので、ガラハッドはその逆に向かった。薬草学教室の横の勝手口から出て、温室群を突っ切ってボーバトンの馬車の見えるところを目指した。誰かが、話しかけに来てくれたらやりやすいのに、と―――願っているのが漏れ出しているのだろうか?立派な馬車の全貌が見えるよりも前に、ガラハッドは予期せず右舷から声をかけられた。
「 やあ、ガラハッド卿じゃないか! 」
他にない声質である。
シザーリオ・ド・ボーモンだ。
よりによって、アイツかよ。
まあいいや、と…―――ガラハッドは、覚悟して(?)そちらのほうを見た。それだというのに、うっかり目を白黒させてしまった。鮮やかに紅葉している楓を背後にしているからか、本日もシザーリオ・ド・ボーモンは派手な雰囲気を纏って登場した。
着飾っているというよりは、強烈に華やかなオーラを持っている。
人懐こい笑顔に騙されるなかれ、コイツは凄い変人である。
彼女は、女なのに男の格好をしていて、まあ女であるぶん、男よりも綺麗な顔をしており、自身は男だと主張しながら、現実にはいないような男を気取っていて―――今日に至っては明らかに、『友達』といった風情ではない、変わった女の子の集団を侍らせていた。「シザーリオ様」と、ひとりの子が彼(彼女!)のことを呼んだ。その子がホグワーツ生だったので、ガラハッドは強めに二度見してしまった。
「 グッバーイ、子猫ちゃんたち 」
こいつは、何をほざいていやがるんだろう…?
ほとんど英語を喋れないくせに、優先して覚えたフレーズがそれなのかよ…。
ガラハッドは立ち尽くしてしまった。
シザーリオはニコッとして手を振って、取り巻きの少女たちを散り散りに去っていかせた。
うっとりとしていたホグワーツ生は、他のボーバトンの子たちに引きずって行かれた。こういう時に正しくわきまえることを、乙女たちは内輪で指導しあっているのである。ガラハッドは意味がわからないままに、成り行きでシザーリオとふたりきりになった。
冷たい秋風が吹き抜けていった。
ガラハッドは呆れを隠せなかった。
「 今の台詞…リアルで言ってるやつ、初めて見たよ… 」
ガラハッドはフランス語でぼやいた。
シザーリオの心臓って、毛が生えているに違いない。
何が起きたって動じなさそうな調子で、にこやかにシザーリオは言い放った。
「 そうかい?君も言うといいぜ 」
「 普通はそれを言うと、キモいんだ 」
「 普通じゃないから言ってる?有難う! 」
「 そう返してくるところがまた凄いな… 」
「 キミに一目置かれるとは光栄だ。どうしたんだい、今日は、ここで選挙活動かい?未来の夫のことだ、全力でキミに協力しよう!でもそのぶん、ボクの要望も聞いて欲しいな 」
「 ふぅん…何を考えているんだ? 」
「 ボクにホグワーツを案内してくれよ。キミ、今しがたどこから出てきたんだい?授業で行かないようなところを中心に、抜け道も教えてほしいな―――大公妃様をお守りするために…だ。ボクは、全校をくまなく知っておかなくちゃならない 」
「 全校のことは誰も知らないね 」
ガラハッドはきっぱりと言った。
少し声を落としていたシザーリオは、真剣に怪訝な顔つきをした。
( お…? )
ガラハッドはその表情に目を惹かれた。
今のは、初めてシザーリオのペースに呑まれずに済んだ瞬間かもしれない。突き抜けて飄々とした奴だけど、そういう顔だってするわけか。
自分のことを棚に上げて、ガラハッドはそっと目を細めた。
なんだか、今日ここでシザーリオと再会したことは、ちょうどいい調査の機会だと思えてきた。
フランスの魔法界について、自分はまだ知らないことばかりなのだもの。こうしているあいだに玄関ホールでは、今日もドラコとハーマイオニーの舌戦が始まりそうなものだが―――『穢れた血』『差別主義者』と罵りあう彼と彼女とを、ボーバトンの生徒たちは内心どう評しているのだろう?ボーバトンは、やはりホグワーツよりも純血主義者が多いのだろうか?歴然と血統による階級が存在するぶん、それに反発する勢力が存在するはずだが―――両者の数のバランスはどれほどなのか?
ガラハッドはかねてからそれを知りたかったし、今はそれを知る好機だと思った。
だが、いきなり質問することはマズいと思った。
こういうことは、普通いくら仲が良くても話題にしないし、うっかり踏み込むと大事故になる。
シザーリオを案内して歩き出しながら、ガラハッドはまず当たり障りのない雑談を仕掛けた。
「 ここが医務室側に繋がっていて… 」
「 そうかい?昨日行ってみたら、ここにまた戻ってしまったけれど? 」
「 それは壁の絵を見て歩いたからだ。進む方向だけを見て、まっすぐ行くことだ 」
「 なんと…それはとんだトラップだな 」
シザーリオは「うえぇ」と明け透けに顔を歪めた。
ガラハッドは「絵が好きなのか」と訊いて、シザーリオの人柄を探った。強烈に変な部分が目立ちすぎていて、彼女(彼?)の人となりはわからない点が多い。さらりとシザーリオは答えた。
「 ううん。芸術はよくわからない。でも視界に動くものがあると、つい目で追ってしまうだろう? 」
「 それはたしかにそう 」
ガラハッドはシザーリオに好感を持った。
シザーリオは、ホグワーツ城とその庭は、ボーバトン城とその庭園に比べると、“非常に素朴で古風”だが、自分にはそれが好ましいと言った。特に樹が刈り込まれていないのがいいそうだ。ふるさとを思い出すからと彼(彼女?)は言った。どうやら男女関係以外のことに関しては、我々は結構価値観が合うようだ。
斯くも、シザーリオ・ド・ボーモンは巧くやった。
城のあちこちを歩き回って、いくつもの階段をのぼって。やがてひとけがなく見晴らしのいい大理石ホールに差し掛かったとき、ガラハッドは、不意に雑談に交えて本題を放った。彼に心を許させたことを、シザーリオはそっと誇った。
「 ちょっと気になるんだけどさ 」
「 なんだい? 」
シザーリオはニコッと笑った。
ガラハッドはヒョイと窓から顔を出して、階下で始まった騒ぎが気になったかのようなふりをした。玄関ホールの大音声は、ここにまでほんの少し届いていた。
「 ぶっちゃけ、君たちから英国の事情はどう見える?ほらグレンジャー候補とマルフォイ候補は、今日も話題にしているだろう―――血筋とか育ちとかのことを。このあたりは、大陸よりも人口が少ないから…まあいろいろと…彼らは必死な感じだけど、そちらにしてみればちょっとの差しかないかなって… 」
ガラハッドはわざと曖昧に言った。
シザーリオが純血主義者なのか違うのか、ガラハッドは知らないのでこのように言った。
くいっと首を傾げて、シザーリオは曖昧に曖昧で返した。
「 うーんすまない。ボクは、フランスのなかじゃ田舎者だからね。フランスはこう、とかは言いづらいな。だから、比較して英国の特徴もわからない 」
「 そうか 」
「 逆に、キミから見てボクたちはどう見える? 」
シザーリオは鋭く切り返した。
シザーリオのほうも、ガラハッドの思想がわからないでいた。どうあれ、利用してみせるつもりで――――…貴重な杖職人の一人なのだもの。それもグレゴロビッチのほうと違って、生きが良く機先の利きそうな…―――逃したくはない男だから、リスクになる発言は避けるに限る。ところがガラハッドは上手にすっとぼけて、ドラコの怒声に耳を澄ませているふりをしてのけた。
「 なんといっても大公妃様がいらっしゃるんだ。うちのほうの事情は、パッとわかりやすくないかい? 」
シザーリオは一歩踏み込んだ。
シザーリオにはガラハッドが、ただ気が逸れやすいだけの人に見えた。
「 とんでもなく歴史があるなと、思ってる 」
ガラハッドは斜め上に逸らした。
階級についてコメントしないガラハッドに、シザーリオは「こいつ…」と思った。
( わざとか!愚かじゃないな…いいとも。ベルサイユじゃ出世するタイプだよ! )
シザーリオは挑戦的に微笑んだ。
「 君の家系だって、紀元前にまでさかのぼるじゃないか? 」
「 看板と家系は違うと思うんだ 」
「 そうだな。実際は養子をとったりするものな 」
「 その養子のことだけど、必要な場合は―――君は、何を基準に選ぶべきだと思っている?たとえば、当主に姉がいて―――ひとりが近所のマグルと結婚して、ひとりが外国の魔法使いと結婚していたら。ふたりともに子供がいたら… 」
「 随分と細かいことにこだわるんだねえ? 」
シザーリオは低い声で言った。低音で力強いというだけで、どう聞いても女の声であり、男の声質には聞こえなかったが。
ガラハッドは警戒されていると察した。
ガラハッドは窓の外を見るのをやめて、まっすぐにシザーリオを見据えて言った。
「 君との将来を考ぇ…て、りゅッ! 」
…と、いうのは
いくら、巧みにはぐらかすシザーリオを追い詰めたい一心だといっても、流石に今の台詞は、口にするには恥ずかしすぎた。ガラハッドは思いっきり噛んでしまい、どうしようもなく赤くなって顔を逸らした。
ぽかんと目を丸くして、シザーリオは一拍おいて言った。
「 っ…それは、うん、嬉しいことだな 」
シザーリオは少し俯いた。
シザーリオの顔が見えなくなったことで、ガラハッドはしゃあしゃあと口を利けるようになった。
「 僕、将来は子供が欲しいんだよな!息子と庭でクィディッチとか、夢があると思わない!? 」
ガラハッドは大嘘をぶっこいた。
あと少し揺さぶればシザーリオは、血についての本音を言うと思った。
ところがシザーリオは複雑な笑みを浮かべて、「そうか」と呟きながら顔を上げただけだった。
おとなびた面差しだ。2歳の差って、こんなに大きいものなのか?
彼女(彼?)が何を考えているのか、ガラハッドは全然わからなかった。
ガラハッドは質問を重ねた。
「 僕たち、結婚しても子供は望めないだろ?お互い、
「 うん、そうだね 」
「 君は、子供がほしくないのか?家職を果たすために結婚するのに、自分が末代になるつもりか 」
「 そこまでは、まだ考えていないかな 」
「 考えておこう、夫婦になるなら。夫婦といっても、ずっと顔を合わせるわけじゃないんだから、こういうのは、話せるときに先に決めておいたほうがいい。それで、どうやって養子をとるかの話だけど――― 」
「 …ボクは、生物学上は、不可能じゃない。キミが欲しいというなら、どうにかしてやるさ 」
「 本気か?君、男なのに僕に抱かれるつもりなのかよ 」
ガラハッドは強気で言いきった。今度こそ、彼は攻めどころを突ききった。
シザーリオの頬に朱がさした。
勝利した確信を宿して、ガラハッドはニヤッと意地悪に笑った。
さあこれ以上どう逃れる?――――ふたりの勝負好きの勝敗は、おのずから明らかだった。
ガラハッドは余裕のある態度で言った。
「 僕は、男は嫌だね―――ま、君は、スカートを履けば立派なレディだと思うけど、そんな無茶を強いるつもりはないから、揉める前に聞いておきたいんだ。シザーリオ、僕は、よそで子供をつくれるけどな?君は、僕がよそでつくってきた子供に“
「 どこでだって遊ぶがいいさ 」
シザーリオは憎々しげにぼやいた。
「 ただしメイドは、駄目だぜ。ベルサイユで下女に手を出したら、殺す!手軽な女がいいなら、精々女優と浮名を流せよ。そんな男は腰抜けだけどな! 」
「 へえ。ソコ、そういう感覚なんだ…? 」
ガラハッドはひとまず頷いてから、「ん?」と引っかかりを覚えた。
あれ?でも、お前、以前「ベルサイユには既婚者しか出仕できない」って言ってたじゃん。つまり「ベルサイユでOK」の人々だって、全員既婚者じゃないか。おかしい、ベルサイユで遊ぶ話になってるぞ?俺としては、そんな気疲れするうえに不倫しかできない場所には、行きたくないのだが…。
ガラハッドはきっぱりと主張しておいた。
「 僕はUKで暮らす。変な遊びはしないぞ 」
シザーリオは本気で驚いたような顔をした。
「 どうして!?君は、自由になるために結婚するんだろ? 」
「 少なくとも、師匠が亡くなるまでは傍で孝行したい。いざとなれば国外に出たいっていうのは、それが穏やかにできる場所を探してるだけ。ちょっとこっちの魔法省は、高齢の師匠に無茶を言うときがあるから 」
「 そう…。へえ、それは、おじいさん思いだねえ… 」
生唾をのんでしまわないように、シザーリオは細心の注意を払った。
この結婚、世界一の名工もセットでついてくるならば、最高の最高に“お買い得”だ。「そこらの男よりは、杖職人がいい」どころじゃないぞ。天は我がボーモン家に味方している…!?
シザーリオはのびのびとした口調で言った。
「 そうかぁ、それなら、うちの田舎はいいかも!何にもないけど、葡萄はよく実るし、明るいし寒くないし、ご老人には過ごしやすい環境だ。オリバンダー翁も一緒に、いつでもくるといいよ!女の子たちも可愛いよ。君は、ボクの地元でだったら何人子供をつくってもいい―――…その、外の血は貴重で 」
ガラハッドが「はぁ!?」という顔をしたので、シザーリオは最後のを急いで付け足した。
「 外の血は貴重…!? 」
ガラハッドは怖々と繰り返した。
余計に拒絶心を見せたガラハッドに、シザーリオは焦って強弁を張った。
「 いや、いや決してそんな、我が地元は、おぞましい因習村みたいなところではない! 」
「 今ので誤魔化しは無理だろ!純血家系って…ほら、いろいろ弊害もあるよな!? 」
「 ボクは健康だ!風邪なんか全然引かないタイプさ。嘘じゃない。ボク、片手で林檎を潰すことができる 」
「 それと体質とは関係ないって 」
「 君の赤ちゃんだって、産んでみせる…! 」
シザーリオは少し涙目で言った。なんともいじましい容貌だが、ガラハッドは御免こうむりたかった。どこの世界にこんな変てこで、息子を一撃で握りつぶしてきそうで、実家がひしひしとヤバい匂いのする女を選ぶ奴がいるんだか。
今すぐ鷲に化けて、飛び立って逃げてやろうか!?
その後もシザーリオがしつこいので、ガラハッドは厄介払いのために言った。
「 僕の曾祖父の母親はマグルだ 」
だから何?おたくは、杖を手放すことができるのか?
その含みを込めてガラハッドは言った。
これでシザーリオとは決裂しても、構わなかった。
「 うちは英国で『最古の純血』と呼ばれているが、別に純血じゃない!遠くの“清い血”が入ることを期待しているんなら、他をあたったほうがいい!! 」
ガラハッドは少しも声を落とさなかった。
こんなことを全力で主張しないといけないなんて、イカレた世の中だと思った。
何故だ、さっきの息子とクィディッチ云々は、もちろん毛ほども思っていないことだけれども、ごく普通の結婚に憧れて、幸せな家庭を求めているのは本音だぞ!?どうして自分の周りには、おかしな女子たちしかいないんだ!?
痛烈な拒絶をしたはずなのに、シザーリオは目を輝かせていた。
「 それは…なんとも…重大な秘密を聞かせてもらったなぁ!いいよ。ボクは、そのほうが嬉しい!君は、身体が強いっていうことで…どうせ地元の人間には、黙ってたらわかんないよ。臭いがするわけじゃないんだから 」
シザーリオは擽られたように笑った。悪戯っぽい様子で、心底嬉しそうだった。
「 地元の人間は純血主義? 」
ガラハッドはとうとうストレートに訊いた。
「吐きそう」という顔つきであるので、現在の様子はとても選挙ポスターには載せられない。
「 そうさ。ちょっと事情があってね 」
シザーリオは何でもないように言った。
彼女(彼?)は、自身が純血であることを誇っているふうでもなくて、罵られた自覚もなさそうで、何故かずっと楽しそうだった。今のは「差別主義者か?」という意味の言葉なのに、フランスではニュアンスが違うのだろうか?
シザーリオが気を悪くしていないので、ガラハッドはさらに踏み込んで質問した。
「 君の友達は、どうなんだ? 」
「 そこは人それぞれ!まあね、本音を言うなら―――庶民や移民ほど、“純血”という響きに権威を感じるみたいだなあ。半人間と顔を突き合わせることが多くて、ご苦労の結果なんだとは思うけど。或る程度以上の階級の女なら、誰だって、わかってると思うよ―――“純血”なんていいもんじゃない。魔法族だけで血を繋ぐなんて、限界があるんだ。どんな女だって好きこのんで、骨のない子供を産むもんかよ。けれど中には、凄い女たちもいて…ポコポコ産んで、“良いの”だけを選りすぐって…―――真似したくない以前に、普通は出来ない芸をしやがる。それなら夫に隠れて、男を引き込むほうが簡単だよ。そこでベルサイユのご夫人がたは、みーんな卑しい男が大好き!才能のある若い男がいると、気取って支援する形をとる。カネを出して学問をさせたり… 」
シザーリオはニヤニヤしながら言った。
ガラハッドは、聞いていて自身の限界を感じた。
「 頭が痛くなってきた 」
ガラハッドは米神に指を添えた。
シザーリオはニヤニヤをやめた。
「 大丈夫?痛み止め飲むかい? 」
「 結構。寮に帰って休むから… 」
「 怪しくないよ。市販薬だからね 」
シザーリオは元の“いい奴”へと戻った。
彼(彼女?)は、爽やか且つ朗らかに言った。
「 ボク、キミのこと大好きだよ! 」
ガラハッドは嬉しくはなかった。
どっと疲れて、拒絶感の正体を考えていた。
結論、自分とシザーリオとの間には、思想信条の違いなんてなかった。少なくとも、「純血主義の否定」という点では。
そのほかいろいろ感じたことどもを、ガラハッドは整理できなかった。言葉にならない圧迫感があって、なんだか胃も痛くなってきた。
うわぁ、もう、9時51分。
ふと時計を見て、絶望してしまった。